「私どものしたことを許してくれとはいいません。ただ、基に参らせていただきたく 頭を下げたまま志摩は言う。困った顔をした亨子は、静かに肩に手をかけると、志摩の 顔を上げさせた。 「姉さんも喜ぶと思います : : : 」 高陽と湊はその様子を見て、互いに微笑んだ。縺れていた糸が解きほぐされていくよう 戔」っ一」 0 はかま ) 墓参りをすませると、恵の心遣いで、小料理屋で一席が設けられた。噂が広まったの か、慈子の息子を見にきた人々で店内は賑わっていた。 「やつばり、慈子ちゃんに似てるね」 「目のあたりがそっくり。どことなく亨子ちゃんにも似てるよ」 動物園の猿のごとく見世物にされているようで、勇帆は不機な顔をした。 舞「こういう時は、とりあえず笑っておくんだよ」 狐 高陽が小声で注意した。 妖 「俺はおまえみたいに、まわりに合わせられないんだよっ ! 」 声のトーンを落として、勇帆は高陽をねめつける。そのとたん、高陽は胸を押さえた。 ほまえ もっ
迫ったわ。どうしても姉さんが船津にいるのは許せなかったみたいね。それは貧乏だか ら ? 親がいないから ? どっちにしても私のせいだわ : 笑っているのに泣いているように見えた亨子は、とても弱々しい子供みたいだった。 「姉さんは船津を出てから、勇帆くんのことを忘れるためにがむしやらに働いたの。様子 がおかしいと感じた時は、末期の胃ガンだった。あと 1 か月の命と言われて、私は何度も たの 連絡して、勇帆くんに逢わせてやってくれと頼んだのに : : : 、瀬戸次は絶対に逢わせてく れなかった」 やすこ 時の流れが止まった。一目でも息子に逢いたいと願う母親の姿が見えた気がした。慈子 の声が聞こえた。 『勇帆、勇帆。私の勇帆。あなたを愛しているわ : : : 』 ひび 湊の空耳だったのかもしれない。けれどそれは確かに心に響いた。自分でも気づかない なみだほお かな うちに、涙が頬を伝っていた。哀しい母親の愛が身を締めつけた。 うら 「姉さんの最期の言葉は、『船津の人間を恨みます』だった : ・ 舞耳の奥で、慈子が歌うように繰り返す。 妖『勇帆、勇帆。あなたが幸せになりますように : すよ一つに : 「私はその言葉を忘れない。船津の人間を許さない・ せま 。あなたが私を忘れないでいてくれま 。それだけを思って今まできた
高校に入ってから初めて朝練を休んだ。体が異常に重かった。あの現象を見たせいだろ みなと うか、ばうっとした頭で教室に入ると、湊がさっそく近寄ってきた。 きのう ふなづ 「船津くん。昨日、まっすぐ家に帰ったの ? 」 夜足を投げ出してにり、面倒臭そうに野は湊を見上げた。その様子を見て、湊の 舞表情が変わる。 きず 狐「痛いの ? 傷が痛むの ? 」 まゆね 勇帆は傷口を押さえて、眉根を寄せた。 うず 「昨夜は傷が疼いて眠れなかったんだ」 第 2 章惹き合うもの ひ
軽やかなチャイムが鳴ってその日最後の授業が終わった。教師が去る前から、 1 年 1 組 の教室は解放された生徒たちの声でざわめいていた。 「今日どうする ? ゲーセン行く ? カラオケ ? 夜「ナイキのスニーカ 1 、見に行こうぜ」 ふなづいさほ 舞男子がたむろして放課後の予定をたてているなか、船津勇帆はスポ 1 ツバッグを肩にか 狐けて後ろのドアから出ていってしまった。しばし会話をやめてその様子を見ていた男子た ーなジェスチャーをした。 ちは、両手を広げてオ 1 「さすが、 1 年の時から期待されているバスケ部員さんは違うよな」 第 1 章閉ざされた心
100 いつまでもその場に立ち尽くす勇帆の手に、湊はそっと触れた。 「湊 : 「私 : : : 、余計なこと、言っちゃったね。ごめん」 勇帆は、ばんと湊の頭に手をのせた。バスケットボールを片手で持ち上げられる大きな 手の下で、子犬のようなすがる目をして湊は見上げた。 しろいろある 「変なところばっか見せちゃったな俺んち、自分でも知らなかったけど、 ) みたいだ : : : 」 「私、誰にも言わないから」 ふっと笑うと、勇帆は両腕を頭の後ろで組んだ。 きのう 「そんなこと思っちゃいねーよ。昨日、高陽には少し話したんだけどな、ちょっとまいっ たな」 「吉舎くんには : 二人の距離の近さを感じて、湊は黙る。 「でも、おまえだったらいいや」 てくさ はっとして湊は勇帆を見上げた。照れ臭そうに笑っている様子は、少し元気が出てきた ように見えた。
同士だった。 勇帆は照れを隠しきれないまま様子にったが、すぐに顔の筋肉を引き締めて、まっす ぐに高陽を見つめた。 「おまえに訊きたいことがある。 : : : 俺に憑いている母さんの霊って、どんなふうに見え じゅそ る ? 呪詛ってなんだ ? どうして、じいちゃんやばあちゃんに痣ができた ? 俺にはわ からないことばかりだ」 ひぎ 勇帆の質問に、べッドに腰かけ膝の上で手を組んでいた高陽は、びくりと眉を動かし 勇帆は高陽の答えを待つ。 おくたま 「勇帆、君さ、奥多摩で、生きている人間のほうが大切だって言ったよな : 本心 ? 「ああ。それが何か : : : ? 」 のろ 「この家は呪われている。これが答えだ」 「待てよ。答えになってない。俺の質問とおまえの答えと、共通点がないじゃないか」 「 : : : もし、母親が生きていると今でも思っていたとしたら ? それでも君は、母親より ばあさんを守るか ? ひとみけわ 勇帆の瞳が険しく光る。 まゆ 。それって
とっぜん 突然訪ねてきた夜の次の日から、高陽はもう 3 日も学校を休んでいた。なぜ休んでいる みなと のか勇帆は気になり、湊を呼び出して訊いたが、理由を知らなかった。 「おまえなら知ってると思っていたけどな。女子の中で人気があるんだろ ? 高陽は」 昼休みの屋上で勇帆は湊にねた。屋上は昼食を摂「ている女生徒や雑談をしている男 子生徒で溢れていた。 「吉舎くんって人当たりいいし、みんなに好かれているけど、プライベートなことって会 さそ 話しないみたいよ。それに自分から進んで行動するんじゃなくて、誘われればって感じだ 夜湊は困った様子で話す。 舞「でも、女同士って情報交換してるんじゃないのか ? のりこ 狐「うん。範子たちは知ってるみたいだけど : : : 、私は : なじ そう言われてみればまわりに人が集まっていても、それに馴染んでいるようには感じな つくろ かった。和を乱さないようにうまく繕っているようだった。 あふ こうよう
「役者だみ・」 ばそりと呟いた勇帆の声は志摩には届かなかった。志摩はいそいそとスリッパを出し 「ご飯を吉舎くんもどう ? ゝえ、僕は食べてきたのでけっこうです」 「ばあちゃん、俺のぶんだけ部屋に持ってきてよ。ちょっと話があるからさ」 えしやく 言い残すと勇帆は部屋へ向かった。高陽は志摩に会釈をするとあとを追う。勇帆に 3 歩 遅れて、家の中の様子を探るようにゆっくりとだった。 「なんだよ、をしいかよ ? 俺んち」 怪な表情で勇帆はねた。 「ああ、僕の家とはずいぶん違うから」 夜「おまえんちってマンション ? 赤坂の一戸建てっていうのは、それこそ珍しいだろ」 舞「う 5 ん、マンションじゃないけど : : : 」 すす かばん 狐部屋に入るとべッドに腰かけるよう勧め、鞄を置くと、勉強机の椅子にどっかとっ 「で ? 俺になんの用事 ? 」 あかさか
「そういうことだったのか : とうほん せりふ 家に着いてから二人は謄本を広げたまま、その台詞しか言わなかった。湊が淹れたコー あき ヒーもテープルの上で冷め始めていた。二人の様子を見ていた湊は、呆れた顔で泓め息を ついた。 。次にすることがはっきりとわかったんだ 「もうさっきから、二人してそればっかり からいいじゃないの」 勇帆は「ああ : と上の空で返事を返してきた。 「そうだ。今日、これを持ってきたんだ。貼っておけば、何かの役に立つかもしれないか ら」 かばん 高陽は鞄の中から和紙に包まれたものを出してきた。勇帆は謄本から視線を上げて、高 陽の手元を見た。高陽は和紙を広げ、その中から文字が書かれた本を何枚か出した。 「なんだよ ? それ ? 」 「護符」 「護符 ? それをどうするんだ ? 」 れい 「貼っておくと、霊の侵入を防げるかもしれな ) 「ばあちゃんの痣にも関係するのか ? 」 ごふ しいや、たぶん防げるよ」
「わ : : : 私はおまえに言わなくては : : : 」 最後の力を振り「て瀬戸次は呻いた。首は太いロープを巻かれているように、 い締めつけられていた。 はんにやぎようそう 白い顔は瀬戸次の前面にまわり、冷たい息を吹きかける。般若の形相をした顔は、瀬 戸次の苦しむ様子にますます笑いを大きくする。 瀬戸次は手を伸ばし顔を捕まえようとしたが、ふわりと顔は天井近くまで飛び上が 、見下ろしている。 「いさ : : : ほ」 瀬一尸次は一言だけ漏らすと、息絶えた。 その言葉に顔は動きを一。だけ止めたが、瀬戸次の死を確認すると、冷笑し、すうつ と闇に溶けた。 『おじいちゃんは大きいね。僕、世界じゅうで一番背が高くなったみたい』 瀬戸次に肩車され喜んでいるのは、幼稚園児の勇帆。空に向けて両手を伸ばしている。 『ほら、お空に手が届きそうだよ』 『勇帆、大きな人間になれよ。何事にも恐れず突き進む男になれ。そのためにじいちゃん やみと つか いきた てんじよう