番だって言っている勇帆が、たとえ自分に振り向いてくれなくても、一生懸命にポールを 追っている彼が好きだったのに。 ( 私は船津くんを元気づける言葉を何も知らない。なんの役にも立てない : しずくかばん ひとみなみだこぼ こらえきれず湊の瞳から涙が零れた。ばたばたと滴が鞄に落ちて飛び散った。 「おい ? なんでおまえが泣くんだよ ? 」 「ごめんっ ! 」 湊は立ち上がり、玄関を走って出た。落ち込んでいる勇帆の姿を見たくなかった。それ なさ に、手助けできない自分の情けない姿も見られたくなかった。 どんつ。 しりもち 門を出たところで湊は誰かにぶつかった。前を見ていなかったので、反動で尻餅をつい てしまった。 「ごめんなさい ! 」 「こちらこそ、大丈夫 ? 」 差し伸べられた手に支えられ立ち上がった湊は、相手が女性だったことを知る。夜に溶 もふく ける喪服を着た代後半の女性。 「湊っ ! 」 湊を追って出てきた勇帆は、その喪服の女性を認め、体を硬直させた。
しんどうきようこ 「信藤亨子の現住所。照合しておいた」 せたがやく 東京都世田谷区の住所は、電車で行っても分とかからないだろう。 「いったいどうやって : : : 」 不審な顔をする勇帆だった。念のため、午前中に大学に現住所を教えてくれないかと電 ことわ 話をしてみたが、プライベートなことは教えられないと、けんもほろろに断られてしまっ た。それをいともあっさりとやってのけるなんて。 めいぼ 「名前と生年月日さえわかれば、けっこうすぐにわかるもんなんだよ。名簿を商売道具に している会社もあるんだ。こんなの調べるのは簡単なことさ」 「へえ : : : 。俺だけじゃ、この時点で行きづまっていたな」 感心して高陽を見ると、彼は地図を広げて住所を確認している。 さんげんぢやや 「三軒茶屋で世田谷線に乗り換えて、世田谷で降りると近いな。今から行ってみるか」 高陽は立ち上がって部屋を出ていこうとした。慌てて立ち上がって勇帆もあとに続く。 夜「お、おう。行こうぜ」 展開の速さについていけず、内識しつつも逡巡していた。 狐高陽は静かに勇帆に訊く。 「怖いか : 迷いを言い当てられてむっとし、それでも正直に勇帆は答える。 こわ あわ
始めた。 「俺さあ、今まで物をもらったことないんだよ。おまえは女の子からプレゼントもらうか めんどうくさ きょひ もしれねーけど、俺は全部拒否してきたんだ。興味なかった。面倒臭いのヤだったし。な のに初めてもらったものが、『家内安全』とはなあ。なんか笑っちゃうぜ」 指先でお守りをつつきながら、なおかつおかしくてたまらないと、勇帆は笑い続けてい てんじよう よすみ そんな勇帆を高陽はずっと見つめる。それから視線を部屋の四隅へ、窓へ、天井へ、 と気づかれないように動かしていった。 一とおり笑いが収まると、勇帆は高陽の顔をまじまじと見た。 「そういや、おまえ、何しに来たんだ ? なんか用事があったんだろ ? もう帰る」 「あ、ああ。でもいい。 高陽はべッドから立ち上がった。出された紅茶は手をつけられないまま冷めていた。 やっ 夜「やつば、おまえってわかんない奴だな」 しんしまなざ 舞苦笑まじりに勇帆も立ち上がった。高陽はふと真摯な眼差しを向ける。 狐「勇帆、最近変わったことはないか ? はくりよく いあっ その眼差しの威圧に勇帆は押された。同じ歳の目とは思えない迫力があった。 のうり 勇帆の脳裏には昨夜の現象がすぐに過ぎった。だがそれを高陽に話すのはためらわれ
178 ろつぼんぎ ふなづ 六本木の交差点を飯倉方面に下り、ほんのわずか歩いたガラス張りのビルに、船津コー ポレーションはある。フロアの 5 階から 7 階を占め、輸入雑貨の業界では 5 本の指に数え られる大手だ。 いさほこうよう 勇帆と高陽はエレベーターで 7 階に降り、受付を素通りして社長室に入ろうとした。 「すみません。どちら様ですか ? 社長に御用でしたら : : : 」 社長秘書のネ 1 ムプレ 1 トのある席にっていた女性社員が、慌てて立ち上がった。 「社長 ? 社長代行だろ。中にいるんだろ ? 冷めた視線を社員に向け、勇帆はドアを開けようとした。 オ目お ~ し、も
志摩の勧めもあって、和はインターハイに出場した。家庭の事情もあったとはいえ、 長く部活を休んでいたことでべンチを温めているだけだった。もうバスケットに興味は持 てないかもしれないと危惧していた心とは裏腹に、勇帆は見ているだけでもわくわくとし こうようかん た高揚感を覚えた。 「先輩 ! 、リイバック ! そのまま速攻 ! 」 やまもと 思わず立ち上がり、コンビを組んでいた山本に叫ぶ。 さわ 初戦から、優勝候補と騒がれていた強豪校と当たり、星和高校は苦戦していた。データ を調べ上げているのだろう。星和の攻撃は読まれ、シュートさえなかなか決められなかっ のた。前半終了には、すでに点の差がつけられていた。 狐 「 2 、 3 年の動きはお見通しだな : ・ 妖 かんとく 監督は渋い顔をしている。相手校は高さのバスケで攻めてきていた。中からのシュート はほとんどカットされている。 しますす エピローグ
といき いくらいの吐息を漏らした。 「ばあちゃん : ・ 心配させまいと、勇帆を振り向き笑った志摩の首筋に、瀬戸次と同じ痣を見つけ、勇帆 は櫛子から立ち上がった。 「それ : ・ どうしたの ? 」 「何が ? 」 「お母さん、Ⅱ時には弁護士と親族が来るからね。勇帆もちゃんとした格好しておいて さえぎ 志摩の痣を確かめようとする勇帆の言葉を遮って、早苗が話しかけてきた。 「わかったわよ、しつこいわね」 志摩は盆に湯飲みを載せ、早苗へと持っていった。そのままソファーにって話してい 勇帆の目は志摩の首に釘づけだった。うっすらとではあるが、確かに痣がある。 きのう ( なんだ ? あれは。じいちゃんと同じ痣ができてるなんて。昨日まではなかったのに ) そしてぞっとする。 ・ : 、ばあちゃんまでじいちゃんと同じように : ( まさか : あせ クーラーのきいた部屋で、勇帆は汗がこめかみを伝うのを感じた。 る。
144 二人はきよとんとした顔で湊を見る。 「戸を見たことあるの ? あれって離婚とかして除籍したら、どこの籍に入ったか記載 されてるでしょ ? 「本当か ? 」 「たぶん。誦しくは知らないけど」 勇帆と高陽は同時に立ち上がった。 「区役所、行ってくる」 「僕もついていく」 しようがないなあと小さく笑うと、湊は手を振った。 るすばん 「私はおばあさんが心配だから、留守番してるね」 「悪いな、湊。すぐに帰ってくるから」 勇帆は居間のサイドボードの引き出しから印を出すとポケットに入れ、高陽と出て し十 / 渋区役所まで全速力で走って間分とかからなかった。少しの時間も惜しく、いらいら とうほん と待ってようやく戸籍謄本を手に入れた。 それを覗き込んだ二人は、無言で見つめ合った。 やすこ しんどう 母・船津慈子は除籍後、信藤慈子になり、東京都奥多摩に移っていた。 のぞ
あの日、亨子は湊を店に誘った。ログハウス調の落ち着いた店だった。二人は運ば れたアイスコーヒーに手もつけず黙り込んでいた。湊は亨子によい感情を持っていなかっ たし、亨子はじっと窓の外を見たままだった。 ふなづ 「どうして船津くんに言ってあげないんですか ? お母さんのこと、あんなに知りたがっ ているのに」 いさま 最初に切り出したのは湊だった。勇に会いにきたはずなのに、湊を誘った意味がわか 舞らなかった。亨子は湊を見ると懐かしそうに、そして寂しそうに陸笑んだ。 狐 「あなたは姉さんに似てるわね」 妖 「 : : : 船津くんのお母さんに : ・ からんと氷の音をさせてストロ 1 でアイスコーヒーをき混ぜて、亨子は店内を見渡し きようこ 「亨子さんから聞いたのよ ! 私は会って話をしたわ ! 」 ゆる すき 力が緩んだ隙に腕を振り払って、勇帆にめる視線を向けたまま、湊は立ち上がった。 りえん しわざ 「離縁させたのは、おじいさん一人の仕業よ。おばあさんは知らなかったのよ」
ゆいごんじよう ゆず 「でも、その遺言状が、勇帆くんに会社を譲るとあったら、俺たちはどうなるんだ ? 」 政人が声を低くして訊く。 「そんなことはないでしよう ? 今、遺言してるってことは、勇帆が学生だっていう前提 のもとで書かれたものなんだから」 「それもそうか : ふすま したう 二人の会話を襖の会で聞いていた勇帆は、小さく舌打ちをする。 そして、わざと足音をさせてその場を立ち去った。 ふなづ ( 船津の財産が欲しいならくれてやらあ。そんなもん俺は欲しくない ) のぞ 部屋を覗くと、視線を感じて志摩は体を少し起こした。 「寝てろよ。ばあちゃんも疲れただろ。なんか食べたいものないか ? 買ってきてやるか ら」 そばにって柔らかい口調で話しかける勇帆に、志摩は涙ぐむ。志摩に対して優しく接 するのはいつ以来なのか、当の本人の勇帆でさえ覚えていない。 「ばあちゃんが元気じゃないと、じいちゃんも浮かばれねーよ。ヨーグルトだったら大丈 夫かな」 立ち上がろうとした勇帆の手を志摩はんで、「行かないでくれ」と頭を振る。 「ばあちゃん : ・ いさほ
から人気だし、かたやバスケ部のエースだし、話題にならないほうが不思議よね。 まあ、違う意味の噂も立ってるけど」 「なんだよ、違う意味って」 「僕と勇帆ができてるって噂だろ」 まじめまなざ ロの中のポテトチップスを吹き出した。高陽は真面目な眼差しで勇帆を見ている。 「まさか : 、それはねーだろ : ・ 「勇帆は僕の気持ちを察してくれないからな」 「高陽う : 「本気なの ? 吉舎くん ! まあ こうしようひび しばらくの間合いの後、高陽の哄笑が響く。 「二人で同じ反応をするなよ。僕にはそんな趣味はないから」 あせ がつくりと肩を落として勇帆は立ち上がった。背中に汗をかいているといった感じだ。 よご 「高陽の。。 こよ付き合ってらんねーな。汚しちまったから着替えてくる」 といき 勇帆が部屋を出ていってから、湊も吐息を漏らす。 きれい 「吉舎くんみたいな綺麗な人がライバルじゃ、勝ち目がないと思っちゃった」 「湊、あれ見ろよ」 高陽がお守りを指さす。湊はそれを認めて目を見張った。 うわさ しゆみ