目次 呼声が聞こえる 呼ぶ声が聞こえる かけ違えられた釦 : 亠めとが医・ 135 232
234 おうが 神の娘』に登場した黄呀さんじゃなかった分。作者が言うことじゃないでしようかね。 ボタン . さて、今回もう一本収録された作品『かけ違えられた釦』について。 前回果たせなかった『ラスに言い寄る誠実な男出現 ! その時闇主は : : : 』を今度こそやり ざせつ たいと思った私でしたが、今回も挫折 くうう。ラスに誠実な男は縁がないのかそれと も縁がないのは前田作品になのかに 判断は読者さまにお任せするとして この作品において、私をめろめろに誑かしてくれたのはイリアでした。なにしろこの子、頭 の中に生まれて開口一番「お母しやま、どこお」と涙ながらに叫んでくれたわけです。 ラスのことを『お姉しゃん』、闇主のことを ( 恐ろしい度胸だ ) 『お兄しゃん』と呼ぶ強心臓 ・ : もとい、無邪気で可愛い女の子 ! 可愛いじゃないか・ つら かくして彼女は、辛く苦しい執筆中の、作者のオアシスになってくれたわけであります。 どうも、茅菜といい ( 正体、アレだけど ) 、内梨といい、可愛く素直 ( 自分の感情に、とい う注釈つきなのがなんとも : : : ) でちょっとこまっしやくれた女の子、というのは私のツポみ たいです。 ィリアも、ちゃんと幸せになれるといいなあ : : : ( ちょっと遠い目 ) 。 さてさて、ちょっと近況など。 かわい たぶら ないり
138 と けれど、イリアにはすぐにわかってしまった。 そのひとが言っているのが嘘なのだと。そのひとが『お母しや』を知っているはずがない のだと。 だって、そのひとからは、お母しやまの気配がなにも感じ取れなかったのだ。 『嘘つき、嘘つきっ ! ・お母しやまのことなんにも知らないくせにつ ! 知らないくせに、連 れてくなんて嘘 . つきのくせにつ ! 』 叫んだ後、体がかあっと熱くなって : : : よく覚えてはいないのだけれど、でも、気づいたら この街にいた。 覚えているのは、自分を連れていこうとしたひとが、嘘つきだということだ。 だから、あのひとに捕まってはいけないということ。 それだけだ。 「お母しやま : : : お母しやま : : : 」 呼んでいると、また泣きたくなった。 「ううん、だめ : : : ィリアは強くならないとだめなんだもん。お兄しゃんと約束したんだも ん。ィリアとお兄しゃんで、お母しやまのこと守ってあげなきゃいけないんだから「、 : : 」 ぐい、と乱暴に手の甲で涙をぬぐって、イリアは立ち上がった。
かいむ 相変わらず、協力の意志皆無としか思えない口調で告げた後、彼はこう続けた。 「それと、そんなに呼びにくいんなら、別に無理して名前を呼ぶことはないぞ ? 心配しなく てもあいつのせいでおれはお前に逆らえないようにされてるんだし、昔つから、名前なんぞそ うそう呼ばれたことはないからな」 無理してなんか・ : と反論しかけてサティンは一一一口葉を飲みこんだ。 白々しいのは自分でもわかっているのだ。 「 : : : 慣れるわよ、その内」 だから名前を呼びつづけることはやめないのだと主張して、サティンはひとっ気にかかって いたことを口にした。 「 : : : 名前を呼ばれなかったって : : : 呼ばれるのが嫌いだったから呼ばせなかったの ? それ とも : ・ : こ のど 深く踏みこみすぎたかと、言った後で思ったが、一度紡がれた言葉は喉の奥には戻ってくれ えない。 ひど 「呼ばれるのは確かに好きじゃなかったさ : : : そういう時は大抵あの陰険男に酷い目にあわさ れてたからな。だが、だからって呼ぶなって言ったところで誰も聞きやしなかったろうよ、お 呼 れはあいつの出来の悪い模造品扱いだったからな。そんなおれのことを名前を持つひとりの存 在だなんて見なしてたやつはほとんどいなかったしな。そういうわけで、おれは『おい』だの つむ
もやめたいと思うのなら、手は残されているはずなのだ。 望みもしない復活をさせてくれた男はともかく、もうひとりの自分の命を握る娘は、他人に 無理強いできる性格ではないし、彼女ならあっさり許してくれるだろうことはわかっているの それでも、そこまでする気になれないのは : : : サティンの呼ぶ声を聞きたいと思う瞬間があ るからだ。 同志でもなんでもない : : : たかだか人間に過ぎぬ娘が呼ぶ声を、心待ちにしている自分がい るからなのだ。 : ったく : : : 呼ぶならもっと早くに呼べばいいものを・ : ・ : 」 舌打ちまじりにつぶやいた彼の耳に、間近で笑う声が飛びこんでくる。 衣於留だった。 「 : : : なんだ ? 」 不機嫌を装って問いかけた彼に、昔なじみの女性は、意味ありげな徴笑で答えてくれた。 だんな 「安心したわ。ちゃんと、あなたの名前を呼んでくれる相手、出来たのね。旦那は人間だった ぶから、一秒でも一緒にいたくて、あなたのこと放っておいたんだけど、気にはなってたのよ。 誰でもいいから : : : わたしみたいに同じ身の上とかって言うんじゃなくて、あなた自身を認め てあなたの名前を呼んでくれるひとが見つからないかなあって : ・ : 見つかるといいなあって。
弱音めいた言葉が脳裏に浮かんだのを、すぐさま彼女は払いのけた。 勝てる。勝てないはずがない : : : 自分は充分な力を手に人れたのだから。 「そうよ、負けない : : : 負けるはずがない・ さんさ いまでは散叉のもたらした礫に封じられていたカのほとんどを手にしている。 みなぎ 全身に力が漲っているのがわかる。 裏切り者の妖貴など、自分の相手ではないのだ。 さら もはや 「最早人間の娘など攫う価値もないけれど : : : 」 どんな美しい黒髪も、獲物の持っそれにかなうはずがない。 「けれど : : : せつかくの客人ですものねえ。丁重に招待してやらなくては : : : あれの連れがせ めて黒髪であったなら、これ以上はない招待状となったでしように : : : 残念なこと」 のど つぶやきながら、写磨はくつくっと喉を鳴らした。 えさ ぎじえ 輝かしい未来を手に人れるために、彼女は最早餌とは見なせぬ疑似餌を物色した。 美しい、美しい黒髪を持つ、真の獲物を呼びこむための生贄の娘を 聞 声 呼 つぶて ていちょう いけにえ
232 コ・ハルト文庫では二カ月強ぶり、シリーズ的にはちょうど一年ぶりの新刊です。 「またに はようつるぎ と皆様叫ばれること請け合いの、『破妖の剣 ( またしても ) 外伝 6 呼ぶ声が聞こえる』を お届けいたします。 ひすい 思えば『翡翠の夢』完結から、「本編は次回作で完結です」 ( あと一冊で、じゃないあたりが ミソね ) と言いながら、出るのは外伝ばっかり : : : ええ、私自身、四冊も外伝続きになるとは 思っておりませんでした。 でもねえ、『翡翠』全五冊を読まれた方ならわかってくださると思うんですが、読者さまの 切なる希望ーーーラスと闇主のラブラブ : : : ってのは、本編ではほとんど人らない : : : というか ひま 人れる余地がなかったりするんです。人れる暇もなく、次から次に大騒ぎになっていくんです もの : : : まだしも外伝のほうが、そういうシチュエイションに持っていきやすいんですよー とゆーわけで、「どうせ最終作に人ったら、べタベタも甘々もラブラブもほとんど ( ↑皆無と 、あどか医、 あんしゅ
120 『鎖縛 ! 』 その呼ぶ声は、いつもより格段に大きく、脳裏に響いた。 自分の名前ーーーというだけではない響きが宿るその声。 自分自身を呼んでいるのだと、確信できる、その娘の声。 なにやら怒っているらしく、声そのものが熱く感じる。 『わたしはここよっ ! 』 それだけで、彼女の居場所がわかる。 伝わってくる。 あの娘はいつも、そうなのだ。嫌々口にするときも、怒りで半ば我を忘れているときも : いつだってきちんと、自分を『呼ぶ』のだ。『本物』である男のことも知っているくせに、彼 女は自分を出来の悪い模造品扱いしない。 平気で虎の威を借るくせに、正確に自分を呼ぶ。 けんか かか だから : : : なのかもしれない、喧嘩ばかりしているにも拘わらず、つきあっていられるの まもて は。いくら弱みを握られているとは言え、本気で彼女の護り手がイヤなのなら : : : 命をかけて
やってやるわ : : : やってやるわよ : かぎ : あなたの名を呼ぶことが、力を引き出す鍵となるのなら : : : っ ! 「呼んでやろうじゃない : ひっそりと、サティンは唇を噛みしめた。 しゆったっ 浮城を出立して十日ーー - ーサティンと鎖縛のふたりは、クーダル帝国南西部の街ナイアに宿を 取っていた。 事件の多発している一フヴィランカはクーダルの西端にある。 クエラと呼ばれる騎乗用の竜を利用しても帝都から半月弱はかかるその地方まで、あと数日 はかかりそうな旅程だった。 いおう え「暖かいのはいいけれど、硫黄臭いのが難点と言えば難点よね : ・温泉街だから仕方ないのは わかってるんだけど : : : 」 あおむ かっこう 宿の寝台に仰向けに倒れた恰好で、サティンは護り手の名前を口にした。 呼ぶことを決めたものの、いまだにするりと声は出てこない。 さばく まもて
136 背後から、怒声が聞こえる。 「追えっ ! 逃がすな、絶対に捕まえるんだっ ! 」 追いかけてくる足音ーー自分を捜す声、声、声。 怖くて怖くてたまらない。 だって、ここにはイリアを守ってくれる大好きなお母しやまがいないから。 かたすみ 目立たない、路地の片隅に座りこんで、イリアは必死にそのひとを呼んだ。 「お母しやま : : : お母しやま : : ・呼んでるのに、どうして来てくれないの ? 怖いよう : : : イ リア、怖いよう : : : 」 ぐすぐすと泣きながら、彼女はひたすらに母親を呼びつづける。 無理もない。 ィリアはまだ物心ついて間もない幼女だった。 三つか四つか : : : 五つにはなっていないだろうことが、その姿からも見て取れる。 プロローグ