娘 - みる会図書館


検索対象: 呼ぶ声が聞こえる
145件見つかりました。

1. 呼ぶ声が聞こえる

しやま 写磨は結界に包まれた自らっくり出した屋敷の一室にいた。 人間の目には決して捉えることのできない、強固な結界の内側に築いた屋敷だ。・ 人って来れるのは、写磨に許された者か、あるいは彼女以上の力を持つ者だけだ。 だから、安心していられる。ここは彼女の城なのだから。 その彼女の見つめる先には、ひとりの娘が眠っている。 ようき 獲物である妖貴を呼び出すために選んだ人間の娘だった。 さら 美しい黒髪の娘は調べ上げていたから、選ぶのも攫うのも簡単だった。 すき 大きな屋敷に住み、厳しい警護ーー彼女の目から見れば隙だらけではあったけれどーーーに守 られた娘という条件にかなったのが、目の前に横たわる少女だっただけのことだ。 求める獲物をおびき出すために、髪の一部を切り取り、その場に残してきたせいで、娘の髪 ふぞろ は不揃いになっている。 そのせいだろうか : : : 以前はもっと美しく感じられていた髪が、そう見えない。 「いえ : : : そうではないわ : : : ね」 ぎじえ 苦笑まじりに写磨は娘に近づき、眠ったままの『疑似餌』の黒髪をすくい取った。

2. 呼ぶ声が聞こえる

だが、実際には鎖縛は千禍を越えることはできなかった。 誰よりも強く憎んだ。誰よりも強く恨んだ。 なのに「彼は千禍を倒せるほどの力を得ることは : : : いや、『本物』に成り代わることは、 ついにかなわなかったのだ P 一度、絶好の機会を得た。 ゆくえ 千禍の行方が知れなくなっていたころのことだ。 自分を『偽物』に貶めた男の不在時に、彼はひとつの賭けに出た。 か′、」く はんじんはんよう 柘榴の妖主が本気で心奪われた半人半妖の娘を手に人れようと画策したのだ。 あの男が本気になった娘が、彼ではなく自分を選んでくれたら : : : いや、その娘を自分が手 に人れることができたら、立場を逆転させることができるのではないかと思ったのだ。 実際にはかなわなかったけれど。 そうぼう しんく 忘れられない黄金と深紅の、宝石のようなまばゆい輝きーー彼女の色違いの双眸に浮かんで えいた光は、どんな宝石よりも美しく力に満ちていた。 『おいで : : : 』 第ささやいた、娘の声 呼 それまで聞いたこともないほどに、甘い響きが宿つ一ていた。 『おいで、鎖縛 : ・ : 』 おとし

3. 呼ぶ声が聞こえる

攫われたのはラヴィランカでも有名な貴族の娘だった。 名は一フーヴァンク。 へいごう ぶんけすじ かってクーダルに武力併合される以前はラヴィランカ地方の領主であった一族の分家筋の娘 ということだった。 過去、攫われた娘たち同様、大変美しい黒髪を誇っていたという彼女は、確かに人間の権力 ましよう などから無縁の魔性に狙われてもおかしくはない立場にある存在だったが、以前の被害者たち こんせき とは明らかに違う痕跡が残されていた。 ひとふさ 彼女のものとおぼしき黒髪が一房、わざとらしくも攫われた現場に残されていたというので ある。 「わたし達が着くなりのこの騒ぎったら : : : あー、イヤな予感びしばしって感じだわ」 へきえき 辟易した調子でぼやいたサティンに、鎖縛は冷ややかな声を投げかけてくるだけだ。 「やばいと感じたのなら、さっさと逃げ出すに限る。せつかくおれが申し出てやったのに、断 さら さばく

4. 呼ぶ声が聞こえる

けしよう ごもん て人間に伝えられたものと聞いております。その折り伝えられた護紋を、あの娘は自らの肌に じきじき 化粧として刻んできたのですよ。とは言え、さすがに王たる方が直々に伝えられた護紋 : ・ : あ の娘に直接危害を加えようものなら、紋に宿る柘榴の君のカ赤即座に反応いたしましよう : ですが : : : 」 意味ありげに散叉がにやりと笑った。 嫌らしい笑いだった。 かんしん 「肝心のあの裏切り者は護紋の化粧はしておりませんし : : : できませんでしよう。聞けばあれ かりそ は元は柘榴の君の配下であったという話ですからな。裏切り者がかの君の護紋を仮初めにでも あなた 纏おうとすれば、即座に滅ぼされてしまうことでしよう。つまり貴方さまが気になさることは 「切り離せばいい・ , : : というわけね」 みなまで言わせず、写磨は断定した。 これ以上散叉に主導権を握らせておきたくなかった。いや主導権は自分が握っているはずだ さつかく というのに、そうではないような錯覚をこれ以上覚えたくなかったのだ。 「ならば、あのふたりを切り離すのみ : : : 娘の保護と封印はお前にまかせるわ、散叉。 : : : 引 き受けて、くれるわね ? 」 「お心のままにーーー」 まと ざくろ

5. 呼ぶ声が聞こえる

たのではありませんか」 「だが、身内かもしれぬ者が同行を希望したのだ。断ればいらぬ誤解を生むー 同行の許可は致し方なかったのだと、隊長と呼ばれた男性が説明したのだが、一番若年の青 年は納得したようには見えない。 きた 「あのような『保護者』がいては、我等の再教育に支障を来さないとも限りません ! 」 純粋な子供ーーーなればこそ、彼らの理念を徹底的に植えつけることができる。 あふ 純粋にして才能に溢れた子供ーーーなればこそ。 家族から引き離し、頼る相手などいないという状況に追い詰めた上で教育を施すーー、それが レントのやり方だった。 ィリアという幼女に対しても、同じ方策を用いるはずだった。 いや、彼女に関してはより繊細な注意を払い、環境を整えるつもりでいたのだ。 みばく なにしろ、彼女の持っ魅縛能力は桁違いのものであったから。 浮城における異能力者ーーその候補に上げられる者たちゃ、その試験で落とされた者たちな えどとは比較にならぬほどの潜在能力を、イリアと名乗る少女の中に、魔性 : : : いや、守護者た けちは認めたのだから。 あわ にんしん 「慌てることはない : : いざとなれば、あの娘に妊娠させればいいだけのことだ。お前たちは 気づかなかったか ? あの娘自身には、確かに大したカはなかった。だが、あの娘が主張する 177 けた ましよう ほどこ じゃくねん

6. 呼ぶ声が聞こえる

120 『鎖縛 ! 』 その呼ぶ声は、いつもより格段に大きく、脳裏に響いた。 自分の名前ーーーというだけではない響きが宿るその声。 自分自身を呼んでいるのだと、確信できる、その娘の声。 なにやら怒っているらしく、声そのものが熱く感じる。 『わたしはここよっ ! 』 それだけで、彼女の居場所がわかる。 伝わってくる。 あの娘はいつも、そうなのだ。嫌々口にするときも、怒りで半ば我を忘れているときも : いつだってきちんと、自分を『呼ぶ』のだ。『本物』である男のことも知っているくせに、彼 女は自分を出来の悪い模造品扱いしない。 平気で虎の威を借るくせに、正確に自分を呼ぶ。 けんか かか だから : : : なのかもしれない、喧嘩ばかりしているにも拘わらず、つきあっていられるの まもて は。いくら弱みを握られているとは言え、本気で彼女の護り手がイヤなのなら : : : 命をかけて

7. 呼ぶ声が聞こえる

認めて欲しいと思う者たちからは。 なぜ 考えた。 いやになるほど考えて、ひとつの結論を出した。 写磨の認めて欲しいと思う者たちは、ことごとく美しい黒髪と黒い瞳の持ち主だった。 妖貴と呼ばれる者たちだ。 けれど、写磨の髪は黒くなかった。写磨の瞳は黒くなかった。 黒くないから : そう、写磨は考えてしまった。 漆黒という色彩を、我が身に備えていないから、誰も認めてはくれないのだと。 ならば、漆黒を纏う者を喰らうことでそれは可能になるのではないか、と。 写磨は、だから、美しい黒髪の娘を攫い、その身を屠りつづけたのだ。 えしかし、成果はなかった。 どれほど美しい黒髪の娘を喰っても、自らの髪が黒く変わることはなかったのだ。 ・つに どうしたら、いい・ いらだ 呼ジレンマを覚え、イライラしていた写磨の前に、助言者が現れたのは、彼女の苛立ちが最高 潮に達したころのことだった。 しつこく さら

8. 呼ぶ声が聞こえる

208 すさ だが、いま、カシルシークには、これまで感じたこともない恐るべき確信があった。 この娘は : : : 見抜いている ぞっとした。 わしづか 心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を覚えた。 なぜだ、なぜだ、なぜだ けど 気取られるような失態を犯した覚えはない。 断じてない。 なのに、なぜ、彼女は気づくのかーー気づいたのか。 「なにを : : : 」 こぼ しやが かす からからに渇いた喉から零れた声は、得体の知れぬ不安と恐怖のために掠れ、嗄れていた。 ごまか なんとか誤魔化さなくてはーーそう思うカシルシークの目の前で、手に人れると決めた娘が 妻まじい変化を見せた。 外見が変わったわけではない。 変わったのは気配だ。 彼の夢のなかに出てくる女性とよく似ている部分に変化はない。だが、その纏うカの気配は 格段に違っていた。 しゆきん 身に纏う命の炎はまさしく朱金 のど

9. 呼ぶ声が聞こえる

弱音めいた言葉が脳裏に浮かんだのを、すぐさま彼女は払いのけた。 勝てる。勝てないはずがない : : : 自分は充分な力を手に人れたのだから。 「そうよ、負けない : : : 負けるはずがない・ さんさ いまでは散叉のもたらした礫に封じられていたカのほとんどを手にしている。 みなぎ 全身に力が漲っているのがわかる。 裏切り者の妖貴など、自分の相手ではないのだ。 さら もはや 「最早人間の娘など攫う価値もないけれど : : : 」 どんな美しい黒髪も、獲物の持っそれにかなうはずがない。 「けれど : : : せつかくの客人ですものねえ。丁重に招待してやらなくては : : : あれの連れがせ めて黒髪であったなら、これ以上はない招待状となったでしように : : : 残念なこと」 のど つぶやきながら、写磨はくつくっと喉を鳴らした。 えさ ぎじえ 輝かしい未来を手に人れるために、彼女は最早餌とは見なせぬ疑似餌を物色した。 美しい、美しい黒髪を持つ、真の獲物を呼びこむための生贄の娘を 聞 声 呼 つぶて ていちょう いけにえ

10. 呼ぶ声が聞こえる

もやめたいと思うのなら、手は残されているはずなのだ。 望みもしない復活をさせてくれた男はともかく、もうひとりの自分の命を握る娘は、他人に 無理強いできる性格ではないし、彼女ならあっさり許してくれるだろうことはわかっているの それでも、そこまでする気になれないのは : : : サティンの呼ぶ声を聞きたいと思う瞬間があ るからだ。 同志でもなんでもない : : : たかだか人間に過ぎぬ娘が呼ぶ声を、心待ちにしている自分がい るからなのだ。 : ったく : : : 呼ぶならもっと早くに呼べばいいものを・ : ・ : 」 舌打ちまじりにつぶやいた彼の耳に、間近で笑う声が飛びこんでくる。 衣於留だった。 「 : : : なんだ ? 」 不機嫌を装って問いかけた彼に、昔なじみの女性は、意味ありげな徴笑で答えてくれた。 だんな 「安心したわ。ちゃんと、あなたの名前を呼んでくれる相手、出来たのね。旦那は人間だった ぶから、一秒でも一緒にいたくて、あなたのこと放っておいたんだけど、気にはなってたのよ。 誰でもいいから : : : わたしみたいに同じ身の上とかって言うんじゃなくて、あなた自身を認め てあなたの名前を呼んでくれるひとが見つからないかなあって : ・ : 見つかるといいなあって。