たのではありませんか」 「だが、身内かもしれぬ者が同行を希望したのだ。断ればいらぬ誤解を生むー 同行の許可は致し方なかったのだと、隊長と呼ばれた男性が説明したのだが、一番若年の青 年は納得したようには見えない。 きた 「あのような『保護者』がいては、我等の再教育に支障を来さないとも限りません ! 」 純粋な子供ーーーなればこそ、彼らの理念を徹底的に植えつけることができる。 あふ 純粋にして才能に溢れた子供ーーーなればこそ。 家族から引き離し、頼る相手などいないという状況に追い詰めた上で教育を施すーー、それが レントのやり方だった。 ィリアという幼女に対しても、同じ方策を用いるはずだった。 いや、彼女に関してはより繊細な注意を払い、環境を整えるつもりでいたのだ。 みばく なにしろ、彼女の持っ魅縛能力は桁違いのものであったから。 浮城における異能力者ーーその候補に上げられる者たちゃ、その試験で落とされた者たちな えどとは比較にならぬほどの潜在能力を、イリアと名乗る少女の中に、魔性 : : : いや、守護者た けちは認めたのだから。 あわ にんしん 「慌てることはない : : いざとなれば、あの娘に妊娠させればいいだけのことだ。お前たちは 気づかなかったか ? あの娘自身には、確かに大したカはなかった。だが、あの娘が主張する 177 けた ましよう ほどこ じゃくねん
「支配すれば、わたしの望む世界を具現化することができるのか ? 」 問うたカシルシークに守護者たちは一様にうなずいた。 「ならば、支配しよう」 自らが望む世界を具現化させるために。 そのために必要な鍵となる相手と会うために。 「それは、誰だ ? 」 カシルシークは尋ねた。 味方として引き人れるべき、最も重要な存在ーー人材はだれなのか、と。 彼らは答えを示す。 同じ黒髪を持っふたりの女性ーーいや、ひとりは幼女としか呼びようのない存在の情報を含 めて。 どくん。 胸が、飛び跳ねるような衝撃を覚えた。 単純に、似ているからと : : : それだけでは覚えるはずもない衝撃にカシルシークは身を震わ けせた。 「彼女だ : : : 」 つぶやいた瞬間に、違うと断じる。 195
皿ともしない口調で「それはどうも」と返してくる。 かば さりげなく左手で幼女と手をつないでいるのは、相手を庇うつもりなのか 色違いの瞳が、なんともしく映る。 あの女性の瞳とはまったく違う、だが片方は確かに見慣れた尊く美しいその輝き・ 彼女だ、とカシルシークは確信する。 顔だけなら、幼女のほうがあの女性には似ている。長じれば、それこそ瓜二つと呼べる姿と なるだろう。 だが、本当に『彼女』に似ているのは、男装に身を包み、厳しい表情で自分を見つめている 娘のほうだった。 たかぶ 夢でしか見たことのない美しい女性ーーー夢でしか味わうことのなかった胸の昂りが、現実の ものとなるのをカシルシークは感じた。 彼女を手に人れよう。 即座に彼は決めた。 夢のなかの自分と、現実の自分は違う。 自分には、不興を買うことを恐れる相手などいない。 なにより、夢のなかの女性と違い、彼女はまだ誰のものでもないのだ。 誰に憚ることがあろうか。 はばか と・つと
最初に裏切ったのは浮城のほうなのだから。 では、それでもラエスリールを浮城に取り入れるとしたら ? どんな方法が残されているというのか・ 俗事に塗れた者たちが選んだのは人質を取るという方法だった。 ラエスリールにとって意味のある人物を、人質にして彼女を呼び戻す : : : 、いや、浮城の支配 下に組み込むというものだった。 ざいせき 当然、その人質となる人物としては、彼女が浮城に在籍していた頃から親しくつきあってい た面々が候補に上げられた。 ほばくし ラエスリールを浮城に連れてきた捕縛師セスラン、彼女と友人関係を築いたリーヴシェラ ン、そして彼女にとっては姉替わりとも呼べる立場にあるサティン。 にな 不本意な役割を担うぐらいならたやすく浮城を後にする気はあった三人だが、情報を集める 上で浮城の内部は実に都合がよいこともあって留まっていた。とはいえ、問題がなかったわけ まもて えではない : : : サティンの、架因の死以来不在となっていた護り手のことだ。 なまなかの者では、浮城の上層部から彼女を護りきることはできないどころか、下手をすれ ば彼らの息の掛かった者が選出されることも考えられた。そんなことになれば最悪だ。サティ 呼ンの心ヰなど関係なしに、浮城はラエスリールを再び引きこみにかかるのが目に見えていた。 そういう意味で、ほかのふたりはいいな、とこの時ばかりは彼女は力強い護り手を持っ同志 まみ
ましよう 世界に五人しかいない魔性の王ーー妖主のひとりを父に、先代の浮城の城長を母に持って生 はんじんはんよう まれた半人半妖の娘ラエスリ ひとく その複雑すぎる出生ゆえに浮城の上層部は悩み、一度は囲いこむことで事実を秘匿し、結果 的に彼女を守ろうとした。 だが、特異なその出生が外部に流出するかもしれぬという事件が起きたとき、浮城は彼女を 処分しようとしたのだ。 浮城にとって都合の悪い部分を隠すために。 つど 人間にとって唯一の希望とも呼べる、魔性に対抗出来得る異能を持つ者たちが集うこの地 に、その魔性の王の血を引く : : : そのために特異な能力を与えられた者など、いるはずがない と : : : いや、いていいはずがないのだ、と。 間違っても、そんな存在が浮城の看板になるなどと : : : そんなことは絶対にあってはいけな いことなのだと。 えなんという身勝手な言い分だろう。 こ えき 彼らにとって必要なことは、浮城という組織の益となる存在であり、そうでなくなった時点 で彼らはあっさりと切り捨てるのだ。 呼 わかってしまったから、サティンはいまも浮城にいる。 あの大切な妹分を守るために : : : そして、彼女をおびき出す最適の囮と自らがならないよう ようしゅ おとり しろおさ
しやま 写磨は結界に包まれた自らっくり出した屋敷の一室にいた。 人間の目には決して捉えることのできない、強固な結界の内側に築いた屋敷だ。・ 人って来れるのは、写磨に許された者か、あるいは彼女以上の力を持つ者だけだ。 だから、安心していられる。ここは彼女の城なのだから。 その彼女の見つめる先には、ひとりの娘が眠っている。 ようき 獲物である妖貴を呼び出すために選んだ人間の娘だった。 さら 美しい黒髪の娘は調べ上げていたから、選ぶのも攫うのも簡単だった。 すき 大きな屋敷に住み、厳しい警護ーー彼女の目から見れば隙だらけではあったけれどーーーに守 られた娘という条件にかなったのが、目の前に横たわる少女だっただけのことだ。 求める獲物をおびき出すために、髪の一部を切り取り、その場に残してきたせいで、娘の髪 ふぞろ は不揃いになっている。 そのせいだろうか : : : 以前はもっと美しく感じられていた髪が、そう見えない。 「いえ : : : そうではないわ : : : ね」 ぎじえ 苦笑まじりに写磨は娘に近づき、眠ったままの『疑似餌』の黒髪をすくい取った。
200 なにを言われたのかーーーその先になにがあるのか、ラエスリールには理解できなかった。 浴室の用意 : それはつまり、人浴しろということなのだろうか ? だが、それはおかしい。この王宮に着いて以来、ラエスリールは毎日のように人浴を繰り返 している。しかも、時刻的に見て、いまはまだ目覚めてあまり間もないころだ。清潔にするこ とを目的とした人浴のそれにしては早すぎる。 わけがわからない。 とんちゃく だが、そんな彼女の困惑に頓着する風もなく、サライヤはさっさと彼女を寝台から追い出 し、用意の整っているという浴室に追いこもうとした。 しかも、それまでラエスリールが苦手だからと敬遠していた、蒸気ばかりで噎せそうなそこ に、だ。 もしかして、これは嫌がらせなのか・ 思わずそうロに出しそうになったラエスリールの唇に、蓋をしたのはひとりの幼女の縋るよ うな声だった。 「お姉しゃん ! 」 ィリア、だった。 もめんあわせ 自分同様、薄い木綿の袷を着せられていたとおぼしき幼女の体から、それはすでに脱げかけ ふた むせ すが
シェランと連絡が取れるという、それだけだ。 浮城を脱走同然に後にしたこともあり、最初こそ彼らと絡を取ることを躊躇った彼女だ が、意を決して連絡した際、偶然その場にいたサティンに『心配するじゃないの、連絡できる いっかっ んなら連絡しなさい、この大馬鹿者っ ! 』と一喝されて以来、なるべく連絡は取るようにして いた。 とはいえ、相談事を持ちこむのは初めて : : : と言えるかもしれないが。 それでも、ラエスリールの手に余る事態であることは明白で、だからどうあっても助け手は 必要だった この一件が片づくまで、イリアを預かってくれる相手など、彼女には心当たり の『こ』の字もなかったのだから。 : ? それと この前連絡したのが三カ月前だから : : : また薄情者とか罵られるんだろうか・ も連絡するなら自分がいる時を選ぶぐらいの器用さを持ちなさいとか : : : そういう無理な注文 を押しつけられるんだろうか・ た内心ヒャヒャしながら、教えてもらった通りに鏡の片方に向かって、「あの : : : 」と呼びか けた彼女は、このとき、想像もしていなかった。 けよりにもよってこのときに、連絡できる唯一の場所ーーっまりは義母マンスラムの私室であ そうぞろ るーーに、彼女がどうしても強く出られない、大切に想う全員が総揃いしているとは ! 『まさか・ : ラスにラスなの : 159 ののし ためら
166 ラエスリールは悩んでいた。 ィリアのことだ。 : だが、それは危険すぎるのではな リーヴシェランの忠告通り、一緒に連れていくべきか・ いのか、とひとしきり悩み、迷った彼女はしかし、宿に帰りつくなり、その問題から解放され たのだ。 宿に戻った彼女に闇主は告げてきた。 客だ、と。 自分や闇主を訪ねてくる人間に心当たりはなかったため、首をかしげて客の待っという部屋 に向かったラエスリールは、告げられた内容に軽く目を瞠った 三人の、身なりもきちんとした男たちは、イリアの母親から依頼を受け、少女を引き取りに 来たのだと告げたからだ。 本当なら、めでたいことだった。 あんしゅ みは
それにしても、なんという輝かしい瞳だろうーーー怒りをあらわに自分を見つめるその顔が、 なんと美しくこの目に映ることか。 くすりと笑い、彼は問いかけた。 うるわ 「どうやら姫君にはご機嫌麗しくはないご様子 : ・ : 城の者がなにか粗相でも・ びう 姫君ーーという言葉に、ラエスリールの眉宇がびくりと震えた。 なにかを探るような光が瞳に宿る。それに気づいてカシルシークも内心首をかしげた。 こぼ 意識して口にした一一一口葉ではなかった。なぜかするりと出てきたのだーーーそう、まるで零れる ように。 だが、それ以上自身の内側に探りを人れる前に、彼女が口を開いた。 「物々しすぎます。わたしはイリアの母君のもとへ、彼女を送り届けるためにレントに来たん です。王宮の方々のもてなしには感謝してますが、いつまでたってもイリアの母君には会えな い、連れとも会えないでは、誤魔化されているような気がしてしまうだけです」 やさおとこ た彼女の言うところの連れが、若い優男であることを、カシルシークは知っている。 みりようがん 有望な魅了眼を持っ幼女ーーイリアを手に人れるため、リリム・アスラに出向いた男は彼の け部下のひとりで、詳細な情報はすでに彼からもたらされていた。 あなたの連れは、もうこの世にはいないのですよ よほどそう言ってやろうかとも思ったが、彼女の心を手に人れるためには、それはあまりに 205 ごまか そそう