王都 - みる会図書館


検索対象: 水の戯れ
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1. 水の戯れ

使って。これくらいのペンダントを祭壇に飾ってさ」 アドルは右手の親指と他の四本とで丸い形を作り、目で示した。 「へえ」 奇妙に、ユサの目が輝いた。 「ペンダントね : : : 」 「しいだろ、もう。ジュアンの術士の話なんか、どうだって。メシが冷めちまう」 アドルはユサの面白がるみたいな笑みからぶいっと顔を背け、早く来いと言いおくや階段を 駆けおりていった 「だってさ。聞き覚えあるのか ? お前。レアルって名前 : : : 姓に」 ュサはちらりと後ろを見る。シェリアークはちょっとだけ申し訳なさそうに、首を竦めた。 「わかりませんー。仲間だって言われればそうかなあと思いますし、違うって言われればそう じゅっむ ですねえと思います。ただ、その方が川を抑えるだけの呪を紡げるとしたら、本当にすごいカ の持ち主なんだってのはわかりますがあ」 そんなん、俺にだってわかる。 ロの中でだけばやいて、ユサは問いを重ねた。 「お前にはできないわけ ? それ。マジで」 「今は無理ですー。水が全然応えてくれませんから。サーザにも話しましたけれど、昼間みた すく

2. 水の戯れ

シェリアークはそそくさと準備を整え、いそいそと立ち上がった。 のどがわ 「もう平気だ。やたら喉が渇くのと」 アドルはつつけんどんに答えて、細い麻の包みを背中に回しているユサを一小す。 「あいつに殴られたところが、いまだにずきずきするくらいで」 ほお ュサに叩かれた右と左の頬は、確かにちょっと腫れていた。 アドル・シード。村長の一人息子の、これがフルネームであった。 「ああ、そうでしようねえ。ュサはあんまり手加減とかしませんから。でも、頬はちゃんと冷 やしておけば、一一日で治りますよ」 うなず 、ンエリアークはうんうんと頷く。 「それと、喉が渇くのは、身体が水の魍魎に奪われた水分を欲しがっているってことですか ら、欲しい分だけ飲んだ方がいいですー。あと、念のためにレバーとか青い野菜とか、たくさ ん摂ってくださいねえ。もしかしたら少し、血も奪われているかも知れませんからあ」 まゆ 太い眉をちょっと持ち上げて、アドルはわかったと言った。それから、つと視線をシェリア ークから逸らして、ばそっと付け加える。 れ 戯「あの : : : 助けてくれて、ありがとうな。昼間は、そういうの、全然言えなかったけど」 水 ) えー、とんでもない。もっと早くに助けられるとよかったですー」 うれ シェリアークの顔が、自然にほころぶ。ちょっと嬉しくて、つい ( ばろっと尋ねてしまっ なぐ あさ

3. 水の戯れ

じゅもうりよう 「気になるなら、てめえで調べろ ! 呪だ魍魎だは、お前の専門領域だろつ。うんちゃらうん ちゃら頭の中だけでこね回してて、何がわかるって一一一口うんだ。勝手な想像で不安がって悲劇ぶ ってんしゃねえ ! 」 つぐ 迫力に気圧されて、シェリア 1 クはロを噤んだ。 「でもー」 「でも ? いろ ュサの暗い青の瞳が、うんざりといった彩を見せる。 「あー しおれて、ちょっといたたまれなくてシェリアークが窓の方に目を逸らしたところに、扉を ノックする音がした。ュサが素早く剣を布にくるみ直す。 「メシ、もうすぐできるって母さんが。良かったら、下にきてくれって」 声と同時に扉が開き、アドルのいかにも十四歳といった感しの、幼さと大人っほさが不思議 と入り交しった顔が現れた 「具合、どうですかあ ? アドル。すいぶん顔色はよくなったみたいですけどお」

4. 水の戯れ

「そそそそんなっ。それ困りますう」 シェリアークの動揺は、見事に話し方に反映する。 「なんでお前が困るんだよ」 「だ 0 てそれ 0 て、天変地異の類『何も起こ 0 てない』のに、自然のバランスが崩れはしめ てるってことじゃありませんかー」 まゆ ュサは意識を剣に向けたまま、うっと、フしげに眉をひそめた。 「どうして ? 」 「どうしてって、だって、昼間つから魍魎いたんですよ 「だから ? 何だって一一一一口うんだよ、そんなもん」 さや いろど あっさりと言い捨て、ユサは指でゆっくりと鞘の一面を彩る呪をなぞってゆく。目を細め、 つか 何かを呼ぶみたいに唇が動いた。シェリアークはそんなユサの腕を掴んで、おろおろと揺さぶ りをかける。 「ユサ、ユサ。ねえ、それってそれって、私の剣が封印を解かれてしまって、それで滅びの夢 を紡ぎ始めて、魍魎に力を与えてるってことなんですかあ ? そうなのかなあやつばり。もし れ 戯そうだとしたら私・・・・ : 」 水 「ええい、うっせえぞお前 ! 全然集中できないだろーがリ」 ュサは手を払い、テープルに剣を投げ出した。いらいらと腰を上げ、怒鳴りつける。 ぐ

5. 水の戯れ

一旦唇を閉ざし、言葉を探るみたいに彼は、目を空に泳がせた。そして、再び口を切る。 「これは、私がサーザとアドルとを助けたときから感じてたことなんですけど。日中のうちか も、つり・よう ら魍魎が出てきたってのに、誰も彼も何か妙に反応がないっていうか。サーザもアドルもそう でしたし、村のみんなも : : : 。普通だったら大異変だって、もっと。ハニックとか起こして騒ぐ ふんいき もんしゃないですかあ。でも何か、ここだと『へえ』っていうか、当たり前みたいな雰囲気を 感しるんですよねえ」 「 : : : 当たり前なんだろ、だから」 シェリアークはロを〃え ? 〃の形に開いた状態で、息を詰めた。 「あ、当たり前 ? 「あいつら、『こんなに早いなんて』とか、『この時期に』なんてのは言っていたけどな。魍魎 に昼間に襲われたって事実に関しては、別段驚いちゃいなかったようだぜ」 ちみもうりよう ゆが はいかい 一般に魑魅魍魎といった自然の歪みから生した存在は、太陽が支配しない時間帯にのみ徘徊 につしよく する。昼日中にうろちょろするなんてことは、日蝕になるとか、大地震や山火事で自然のバラ くず じゅっむ ンスが突然大きく崩れたりとか、カのある術士が呪を紡いで使役する以外には有り得ないはず 」っつ」。 ナ′才 / かいわい 「この界隈じゃあ、魍魎が昼間もうろうろするのは結構一般的なんじゃねえ ? 困ってるのは 予定外に早い季節だってのと、その、月祭りとかいうのが目の前だってせいで」

6. 水の戯れ

つか だがその柄であれであれ、裏返したもう一面の方には、そのような美を備えた文様はま 0 つば たく存在しなかった。ほんの一筋すらない。鍔と剣身とは、両面とものつべらばうである。も しそちらの面だけを見せられれば、大した技術もない者が、習作として初めて鍛えてみた剣だ つか と思うだろう。そんな代物であった。柄の中央に至っては、ばかんと穴が開いているだけであ る。何かをはめ込むためのものだというのは分かる。が、はめ込むものがなければ、ただの間 の抜けた穴にすぎなかった この剣をユサが『がらくた』と呼のは、そのせいだった。本来はこの全面に、柄と鞘の一 ふうじゅほどこ 面にあるのと同じ封呪が施されているはずで、術士の剣が剣たり得るのは刻まれた呪が鋼にカ を与えるからこそで、呪のない術士の剣は、はっきり言って子供のおもちゃ以下である。 そしてこの剱にあるべき呪は、剣の完成と同時にシェリアークの仲間の手によって奪い取ら れた。剣にまっとうなカーーーー予定では風も水も夢も断ち切れるーーーを発揮していただくに は、ますそのはぎ取られた呪を返してもらわなくてはならない。 ュサは取りだした剣を眺め入り、「つとにバランス最悪」と吐き捨ててから、話を続けた。 いんぎんぶれい 「俺たちがあの巫女予定の女と村長のガキを一緒に連れてなかったら、殷懃無礼に門前払いを 食らわされていたさ。こーゅー村しや」 その全く気の入っていない口調に、シェリアークはちょっとだけ不満げに鼻を鳴らす。 「それはまあそうかもしれませんけど。私が言いたいのはそーいうんじゃなくてですねえ」 さや はがね

7. 水の戯れ

柱のところに明かりを引っかけて、シェリアークはテープルに座って背中の包みを下ろそう ゆる としているユサをふり返る。三つ編みを解いた銀髪は、今は緩やかにウェープを作って腰近く まで垂れていた。 「妙だって思いません ? ュサは」 「あ ? こんな奧まった場所ー。 こよっんとしてるちんけな村しゃあ、外の人間によそよそしいの は当然なんじゃねえ ? フレイエルの地図には、こんな場所に村があるなんて書いてなかった からな。そいつがまた、カビが生えそうな時代から月の社なんぞを守ってて、もうすぐよそ者 は立入禁止の祭りだ儀式だっていうんだから、なおさらだろ あさ ュサは彼には目もくれず、紐をとき麻の布を開く。 ジャンクソ 「お前のがらくたの剣よか、よっぱどありがちだ」 きなり 生成の布の中から現れたのは、古ばけた、実に奇妙な仕様の剣であった。 ったかたど つかさや 柄と鞘に、実に見事で複雑な文様が浮かび上がっている。柄では木と蔦を象ったと思われる うずま 形がうねり渦巻いて和声を発し、鞘では二頭の竜が、互いの身体を絡み合わせながら風を読 み、風を従えて泳ぎ回り、互いの尾を己がロで捕らえようとする姿が映し出されていた。見る れ 戯角度光の加減によって、それは戦っているようにもじゃれあっているようにも見える。 水 不思議な生々しさ。そこに刻まれているのは、蠢き息づく、紛れもなく生きた文様だった。 じゅ シェリアークが紡いで封じた呪の、見事な結晶である。 つむ ひも ほど うごめ

8. 水の戯れ

さくもん 集落の存在を示す柵門が見えてくる。 ばか 「 : : : 莫迦なのはサーザだ」 村に到着する直前にアドルがはつんとそう呟くのを、シェリアークは聞いた。 シェリアークが荷物を置いてため息をついた頃には、いっしか日もとつぶりと暮れて、夜の とばり 帳がユェシャンの村を包み込んでいた。 もうりよう やしろみこ 彼とユサの一一人は、村長の息子と次代の社の巫女とを魍魎から救った恩人として、温かく村 に迎え入れられ村長の館の一室に案内された。 なりわい 剣士を生業としているユサと、術士の卵であるセイ・リン。彼らはユェシャンの村でそのよ うに紹介され、そのように認識された。 ねどこ 一一人が村人たちから受け取ったのは、感謝の言葉と屋根付きの寝床一日分と。もうちょっと したら、温かな食事がそこに加えられるはすである。 にお 階下から、とてもいい匂いが漂ってきていた。 「ねえュサあ、何かちょっと変な感ししませんかあ ? ここ。一応歓迎してもらってると思う し、みなさん本当に親切にして下さってるんですけどお」 つぶや

9. 水の戯れ

「な : : : なんですってえ ! 誰がっ・ 満面を朱に染めて、サーザは息を詰めた。怒りのあまり、声もないといった感じで。全身が わなわなと震える。 なだ どうしよう、とシェリアークは田 5 った。こういう状態の女の子を宥めるのは、術士の技では 不可能なのだ。 「ばっかじゃないのつ卩あんた。あったまきたー」 だめだ、もう。 爆発を予感して、ンエリアークは目をつむる。けれど。 「いつまでうだうだやってんだ ! てめえらは。さっさと来やがれ」 サーザが何かを一一一一口うよりも、何かをするよりも早く、ユサの怒鳴り声が割って入った。 「日が暮れちまうだろうが ! 」 森を抜けたところで、こちらを振り返ってもろに不機嫌そうに、青い目が見ている。 「右か、左か。とっとと一一一一口えっ 「右ですリュサさま , サーザは大きく一つ深呼吸をしてから、ロに手を当てて呼びかけた。 さ′、もん 「右に曲がって下さい。そうしたら、すぐに村の柵門が見えてきます」 うなず きびす ュサは頷くでもなく、そのまま踵を返して右に曲がる。シェリアークは、アドルを抱えてさ

10. 水の戯れ

顔を持ち上げたアドルの視線の先にいるのは、サーザだった。 「べらべらべらべらと、なに村のこと喋ってんだ。もうやめろよ いいしゃな 「えー、どうしてよ。セイさまが聞きたがってるから、話してるだけでしよう ? つきつぎ リに。うちの村が月を祭ってることも、秋の月祭りも七十年りの月嗣も、別に隠すよう しロカ なことしゃないわ」 「隠すようなことでもないけど、わざわざ延々と話すようなことでもないだろ。何か、サーザ は自分が次代の巫女に選ばれたのを、自慢してるみたいに聞こえる」 「なによ、それ。私がいっ次代に選ばれたのを自慢したって一一一一口うの まゆ サーザの細い眉がつり上がり、薄い紫色の瞳に微かに怒りの色が浮かんだ。 「そう聞こえるんだって、言っただろ。七十年ぶりだとかアラインさまがいきなり告知なさっ ゅめみ たとか、月嗣の儀式で夢見を受け取るんだとかさあ」 「全部本当のことしゃない。私、何も嘘をついてないし、誇張もしてないわ」 「ま : : : まあまあまあ : : : 」 間に挟まれる形になっているシェリアークは、おろおろと二人を見回し、何とかなだめよう れ 戯とするが 水 「嘘とかそういうんしゃなくて、言い方が変なんだよ。月祭りも月嗣も、よそ者には全然関係 ない。それなのに何か、浮かれてさ。一人ではしゃいで」 はさ しゃべ