118 「何のために、なんですう ? 「おそらく、依頼をされていたからだと思うな。私が依頼を受けたのと、同し相手に。私は断 ったが、彼女は受けたのだろう」 「どーしてその、依頼人は」 「さてね。そういうことは、私たちは話さないし、話せない。それは君も知っていると思う つぐ シェリアークは恥じたみたいに、ロを噤む。 「私が君の魔剣を望むのは、一つにはそれが手に入れば依頼人に渡せると思うからだな。 失われた術を、目にして己のものにしたいという衝動も、あるが」 「オルヴィは : 「いいかげんにしろ」 さえぎ シェリアークの問いかけを、ユサの鋭い声が遮った。 むらおさ 「宿しやげれげれの村長が待ってんだぞ。てめえとてめえの元お仲間のごたごたで、時間を つぶ 長々と潰してられると思うか ? 「あ ! ・ : : すみませんー しよばんと肩を落とすシェリアークを冷ややかに一暼してから、ユサはオルヴィに視線を据 、る。 が」 いちべっ
224 る」 「放せ : : : てめ : ・ 「僕は軽く触れているだけだよ。剣を使うまでもない、軽くふりほどけば、僕の手はすぐに君 から離れる」 シオンは楽しげに声を立てて笑った。 「動かないんだろ ? 身体が。もっと冷静にしないと。君は幼いだけしゃなくて、短気にすぎ つかがしら 首筋から手を放し、ユサの右手がかろうして握り締めている剣の柄頭に、触れ。 じゅ 「剣と三つの呪、もうしばらく預けといてあげる。君のその、強さに免じて」 ュサの耳元に、ささやく。 「いっか君ごと、もら、フけど 振り払おうと手が動いた時にはもう、シオンの存在は空に掻き消えるようになくなってい た。同様に、オルヴィと彼の弟子たちもすでに姿を消していた。 また、時間稼ぎをされたのだとようやく理解する。 ォルヴィたちを、逃がすために。下らないたわごとを言って。 「 : : : くしよ、フ・ つぶやきが、唇をついて出る。
189 水の戯れ る 「剣の呪だ」 そう見えた。ォルヴィの胸元にあったペンダントヘッド、そのティアカットされた水の呪よ り引き出したカか、それともそのものかはわからないが。 「だったら終わるな」 不限議にそう思った。 ュサは青毛の腹を蹴り、坂を再び登り始める。石と泥とが混しり合う地面を蹴り、青毛は洞 あな 穴へ続く道へと登り詰めた。 その、とき。 音がした。 くず 鈍く響く音。岩が重く崩れ落ちるような、そんな音だ。 なに、と思った矢先に。 気が激しく揺れるのを知った。 まるで何かが音にならない断末魔の叫びをあげたかのように、びりびりと振動が伝わってく 恐怖と絶望、そして憎しみの念が波動となって襲いかかる。 たづな 尋常ではない気配に全身が冷たくなり、手綱をもつ手の中に汗が勝手に流れた 「なんだ : ・ ・ : これ。何が : : : 」
186 「 : : ・うわ のぞ のぞ 現場の様子を覗いてこようと坂道の途中から川を臨んだュサは、呆れると一一一一口うかあっけにと たづな られて絶句した。思わす手綱を引き、その光景に見入る。 「こりやそーとー根が深いや・・・・ : 」 もうりよう 川の一角に、魍魎の広がりがあった。川の底に沈む古い呪が解放され、また少し離れた位置 よど より二方向から水を活性化させる陽の光の呪を注ぎ込まれて、深くたゆたう澱んだ水の気のす 「我が身の内へ来たれー 強い命令に、眼のない頭をもたげ、蛇は大きくらせんを描き己を生み出している術士の身体 を取り込んでゆく 「我と一つとなれ。水の王よー 水の蛇は、形を崩してかき消える。 へび じゅ あき
184 「本当かあ ? あなど 「アルジェは君が思っているほど、未熟ではないよ。君を侮って手を抜いていたからね、あの 時は」 っと横目でユサを見る。 「そろそろ、話をやめるよ。術に入る」 「しゃあ、出てくわ。結構やっかいな仕事なら、そばにうろちょろしてるのがいると集中でき ないだろー 「そういう気遣い必要ないけどね。周囲に気が散らされるようじゃ、大きな術を組むことなど 元よりできるはすがない 「 : : : そりやそうだ」 あいづち 相槌に、オルヴィは目を細めた。 「私が、話せなくなるだけだ。君が喋っている分には全然構わない 「それじゃ俺がアホみたいしゃないかよ」 ュサは不服げに肩をゆすり、背中を起こす。 はた 「傍から見ると : : : そうかもしれないね」 くちもと くすっと、ロ許を押さえてオルヴィは笑った。 「やつば出てるよ。万一あんたが失敗でもしたら、あんたのあの弟子たちだと俺のせいだって しゃべ
おび ひくりと、サーザの目に怯えが走る。 昼間尋ねた問いを、再び彼はロにした。。 つくも やしろ 「月守りの社で。何かあった ? 「 : ・・ : アドルは」 サーザはっと少年から目をそらし、声を押し出した。 「何か、知ってる ? 月嗣の儀式のこと」 歩く速度が、少し遅くなる。 「巫女になると年を食わなくなることくらいは、知ってる 「そんなの村中誰だって知ってるわよ」 むうっとして、サーザは怒ったみたいに言った。 「私がアラインさまの跡を継ぐって聞いたときに一番に思ったことって、『七十歳になっても はたち 八十歳になっても一一十歳前の容姿って、かなり嬉しいかも』だったんだから」 「サーザらしいや」 ぶっと、アドルは吹き出す。 れ「なによっ の「別に」 軽く言って、彼は歩く速度を上げた。辺りはしんとしている。家々の窓から、ランプの灯が はのかに漏れていた。
ーフに少しだけカルダモンを加えて作った飲み物を、温めたミルクを入れたカップ の中に注ぐ。ふわりと柔らかい香りが辺りに凛い、フレイエルはそれをシェリアークとユサの 前に置いた。 しん しず 「さ、できた。身体が芯から暖まり、心が鎮まるぞ」 「どれだけ待たせてんだよ、てめえは。さっさと本題いけ。 背もたれのある椅子に思い切りもたれかかって座ったユサは、唇をとがらせてぶつぶつ言い ながらもカップを手にする。 「あ、これおいしいですう」 一呼吸先にカップに手を出していたシェリアークは、こくんと喉を鳴らしてへれえっとほほ 笑んだ。 れ 戯「ほんのり甘くて、優しい味ですねえ」 はちみつ 水 「ちょっぴり蜂蜜を入れてあるんだよ。そこが隠し味でな、スプーンにほんのひと滴 : ・ 「さっさと話をしろって言ってつだろ、フがー ウエスタンラリアットがぶちこまれた。 のど
つぶ わかっているから、本当、困っていたんだ 9 夢見をさせないために、村を潰そうなんて考えち や、フ / 、、らいこさ 目の前に見覚えのある青年が立っていた。前髪が顔を隠して表情を見て取ることはできない が、彼の手に、金の鎖と乳白色の中の黄金の輝きが収まっていた。 「、ン : : : オン : 「覚えていてくれたんだ、名前。光栄だな」 シオンはうっとりと石の輝きを撫でる。 「綺麗だね、これ。待っていたかいがあった」 一歩身を引くと、シオンの姿は闇に溶けるみたいに掻き消えた。 「じゃあね、セイ。これ、本当にありがとう」 声だけが、残り。やがてそれも消えた。 ぼうぜんたたず 静まり返った夜の中に、シェリアークは一人呆然と佇む。やがて我にかえって、彼は己の右 手を確認するが。 かたど じゅ れ月を象った呪はやはり、なくなっていた。 の 水 きれい ゅめみ
しずく 降り注ぐ雫に、黒い魍魎が奇妙な動きを見せた。どろりと姿を崩しながら、のたうち始めた のだ。 「セイ・ : : ・」 シェリアークは尚も、呪を唱えていた。もだえる魍魎の姿も、その現象に驚いている人々 も、見すに。 やがて。 魍魎が霧散した。 のたうっていたものも、雫を浴びずに激しい動きを見せていたものも、切り刻まれ小片とな って地面に散らばっていたものも。すべて。 いなくなった。 ほんの、一瞬のことだった。 しんと : : : 静まり返る。 声という声がすべて飲み込まれて、ただ静寂が、村を包んだ。 れ 誰もがたった一人を見つめている。銀色の髪を三つに編んだ、若い術士を。 むらおさ っしか包丁を手に外に出てきていた妻の肩をいたわる の最初に動いたのは、村長であった。い よ、フにそっと叩き、シェリアークの前に立つ。 「セイ : : : 今のは : : : 君が・ : ? むさん くず
じゅ 「俺が欲しいのは答え一つだけだ。剣の呪は、返すのか ? お前」 しず 「ユェシャンへの鎮めの術が終わるまでは、無理だ。私はあれなしで川を鎮められるほど、水 を操れない , ジュアン王の筆頭術士は、さらりと言った。 「先に返して、こいつに川を鎮めさせるつつーのは ? 」 「自分の権威を自分から捨てる気はないな、さすがに」 じちょう 楽しそうに、笑う。少し自嘲気味の笑みにも見えた。 「わかった」 ュサは肩を竦め、カップを手にしたままのシェリアークを軽く小突く。 「いくぞ。終わりだ」 一一一口うと同時に、彼は椅子から立ち上がっていた。はいー 、と間延びした返事を返してシェリ アークも席を立つ。 「では、見送ろう」 れォルヴィは部屋の扉を開いて二人を促し、門へと案内した。 の「しゃあ、また」 門に着いたところで、彼はユサとシュリアークとをふり返る。 「ユェシャンでもう一度、会えるかな ? すく