国しばしの沈黙。 「宿代とメシ代。それと、月祭りだ。受ける ? 受けねえ ? 」 アドルがユサに、何かを言いたそうにするが 「 : : : よろしく、お願いしたい。役所への最初の依頼の書と引き換えの書類を、お預けする。 こんな場所から申し訳ないが。頼みますー ロムスはべッドに横になったままで、頭を下げた。 「父 : : : さんっ : アドルが叫ぶ隣で、ロムスはユサに、書類の入ったかばんを示す。 「大丈夫、請け負った分はちゃんと働くさ。俺はな」 ふところ 依頼書と引き換え券とを懐にしまい込み、ユサはにやりとアドルに笑いかけた。 「ここでの生活費と月祭りの見学だぞ。忘れるなよな」 一時間後、ユサはロムスの馬で城の敷地内にある術士の館に行き、大きな鉄の扉をノックし ていた。 しず 「すみませーん。ュエシャンの村から、水の鎮めの術を依頼に参った者です , 対応に出た男に、にこにこして説明をする。
テープルを拳で叩き、立ち上がった。 「何言ってんだ : ・ くそったれ」 吐き捨てるみたいに言い、その場を離れようとして。 かんじようば 奧の方、柱の向こうのテープルから勘定場へと足早に向かう一一人連れの姿を目にして、動き を止めた。 見覚えがある。 ュエシャンの村長と、その一人息子と。 つい数日前に見た明るい茶色の髪の一一人を、見まちがうはずがない なんでこんなところに、と思い 「ああ。そう言やあ、王に術士を派遣してもらうとか、言ってたか」 アドルの話を思い出した。 二人は急いでいる様子で代金を支払い、〃ふあみれす〃を後にする。それをなぜということ もなく見送ってから、ユサはあっと思った。 あいつらなら、許可証を持ってるか ? ュサは手早く勘定を済ませ、彼らの後を追った。扉を開き、広い大通りの右と左とを一一人の 背中を探して見渡し。
団シェリアークに対してとは打って変わって硬く身構えた。ぐっと、何かを言いたそうに唇が動 「何だ まゆ 眉をもち上げるユサを。 「お前。お前のこと、俺、覚えてるぞ。あんとき、俺たちを助けるのに金を要求したの」 きつにらす 屹と睨み据えて彼は言い放った 「お前は、俺たちのこと平気で見殺しにしようとしてただろっ」 「それがどうした」 ュサの平然とした、襷、むしろ冷ややかな一言にアドルは顔に朱を走らせる。 「質問に答えろよ、ガキ」 ュサは手を伸ばし、アドルの二の腕を擱んだ。 「し、知らないよっ、そんなこと」 アドルはカ一杯腕を振るい、ユサの手をふりほどいた。 「ジュアンしや、こんなことになってる場所はここだけしゃない。依頼が重なったときとか は、弟子がやるって話も聞いてる。今のところュエシャンはそういうのないけど、今年がどう かなんて、俺が知るもんか」 「そいつの名前、お前知ってんのか ? ジュアン王に仕えている術士の名だ」
205 水の戯れ かたまり 幾つかは大きな、家一軒を楽に飲み込めるほどの大きな塊となり、幾つかはまた小さく分離 して身を揺らし移動している。ぶよぶよとした感触、こすれ合う音が、この位置からでも感し 取れた。黒ずんだゲルの群れは、間違いなくュエシャンの村を目指している。 まるで、何かに操られているみたいに。 / エリアークの指先が示すものを目にし 凍りつくような恐布に、声がどうしても震えた。、、 て、アドルも目を見張る。 「こんな・ : ・ : 量 : ・ それに : : : 何だ、この : : : 変な、空気は」 あえ 山而ぐように言い、アドルは激しくたてがみを擱んだ。 「くそ : : : っ ! 俺が : : : 」 あわ 慌てて、シェリアークも後を追う。 「近道するつ。馬に振り落とされないで」 アドルは彼に向かって叫び、馬首を左手へ、木々に覆われた細い獣道へと返した。 日が中天に差しかかるのを、村の小社の前に集まった人々は今か今かと待ち望んでいた。こ おお
「やめてよー。今の状況じゃ、それジョークしやすまないんだから。口に出しちゃうと、何だ か本当にそ、フなるよ、フな気がするしゃないー」 一番年かさの少女が、ちょっとだけ真顔になって怒った。 「ねー。もしこのまま当日を迎えたら、どうなるのかなあ ? 月祭り 先よりも少しばかり、赤毛の少女の声のトーンが下がる。 「みんなで月にお祈りしながら参道登るんしゃないのお ? ここまで魍魎が来ませんようにつ 「満月なわけだから、月は夕暮れにならないと姿見せないけどねー 「その辺、マジで笑えないって」 「やつばり術士が間に合うの、期待するしかないでしょ 天井を見上げて、溜め息が一つ。 「だけど本当にどうなったのかしら、術士を依頼するっての。村長とアドルが出発してから、 もう何日になる ? 」 れ「とんとんといってれば、昨日あたり帰ってきててもいいはずなのに、遅いわよね」 の「何か、事故でもあったのかな ? 「レアル術士がお忙しくて、なかなかコンタクト取れないとか ? 」 ュエシャン、依頼金ぎりぎりしか持ってってない 「ジュアンの王が渋ってんじゃないのー むらおさ
るってのは、かなり礼儀知らすなんじゃないかって思うんだけど、俺」 くすくすくす、とユサは笑った。 「そこ、動くなよ。この剣がどんなにできがいいかっての、自分の身体で確認はしたくねえだ ろ ? 」 背後で手を持ち上げようとした年長の術士に向かって、ふり向きもせずに告げる。白髪の術 士の手は、その位置で動きを止めた。 「さーて。じゃあ、教えてもらえるかな。なんで俺をいきなり襲ったかっての。俺は実に礼儀 もうりようしず 正しく、『ュエシャン西岸、ヌーチアン川に出没する魍魎を鎮める』ことを明記したジュアン 王の命令書をあんたたちに示して、王の筆頭術士さまに会いたいって言っただけだぜ ? それ がなんで、こんな展開になるわけ ? ん ? のどもと ュサはアルジェの方を壁に押しつけ、剣を抜く。そうしてその切っ先を、彼の喉元にあて た。 「俺を『捕らえようとした』理由って、何なんだ ? 言わないと、刺すぜ」 れ「おま : : : お前は : : : 」 まぎ のアルジェの唇が、震えつつ、動く。笑っていても、この訪問者が紛れもなく本気だとわかる からだ。 「我が師を : : : 傷つける者。我が師が : : : 望む : : : 者、 , だ」
ゆる ュエシャンの脇を巡るヌーチアン川は、森を抜けたところで緩やかに方向を変え、東へと向 かう。その北側に、大陸の南半分では随一と言われるジュアンの王都があった。 広大な森林地帯の北の端に開かれた巨大な都には、北に王の住む城が城壁で仕切られ、その 周囲にやはり城壁に囲まれて王城に仕える高位の者の居住区があり、官庁の建物が整然と並 せき び、南面に市街に開かれた形で、窓口でもあり関でもある役所が設けられている。 王都の道路は広くとられ美しく舗装され、大型の馬車でも充分余裕を持って通ることができ 市街の西と東にはそれぞれに市場が立ち、店々が並ぶ。ジュアン王都は他の国との行き来 も盛んで、市場に並ぶ品々は実に多彩であり豊富であった。 れ 戯しかし。 にぎ 水 隣国ナイアスとジュアンの一番の違いは、王都の大きさでも高級感でも市場の賑やかさでも 王都に住む王様のお抱え術士のこど
「はあ : ・ シェリアークは生返事をして、左下、今では眺め下ろす形になったヌーチアン川に、目を向 け・る。 この場所からだと、ー 月は少し南に下ったところで大きくくの字に曲がり、流れの方向を変え ているのがわかった。 もうりよう うなず とどこお ュエシャンの村付近に魍魎が発生する理由が頷ける。その場所で流れが緩み、水が滞るから かたまり 今も、動きの緩い水の内よりもう : : : っとした気の塊のようなものが、そこここで浮かんで は消えを繰り返しているのが目に入った。あれが空中でどんどん濃度を増すと、やがて形をは つきりと作るようになり、魍魎となる。 普通なら、その気の塊自身はもっと希薄で、昼の光を受けただけで散じてしまうものなのだ が、今はこれだけ離れた場所からでも目にすることができた。 じゅ 死んだジュアンの術士の呪が、あの場所に生きて、水の濁りに力を与えている。 れ「おいつ、何ばーっとしてやがる」 のびしやりと頬をはたかれて、我にかえった。ュサが目の前にいた。すぐ後ろに、アドルが先 に行くわけにもいかすに馬を止めて待っている。 「あ : : : す、すみませえん。ここからでも〃すだま〃が見えるんだなあって思ってて、つい ほお ゆる
笑い声を含んだまま、赤毛の子が断言する。 「違いないわ」 うず つら 間髪を入れない合いの手に、また、祭事の部屋に笑いの渦が起こった。膨れつ面を作ってい たサーザも、だんだん頬をすばめていって、そしてやがて一つ息をついて笑顔になる。 つきつぎ 「いいけどお。手は抜かないでよね。月嗣は七十年に一度っていう、超ビッグイベントなんだ から」 「わかってるわよ 「イベントって言っちゃってるあたりで、もう神秘ってとこから無限大外れてるよって気がす るけどねー」 はしゃいだ笑い声をあげて、少女たちはまた作業を続けた。 やしろ つくも ュエシャンの山頂にある月守りの社の奧の院を、年に一度の祭事のために清め準備を整える のは、村の若い少女たちの務めであった。 それはど広くはない板張りの空間の一番奧の壁に、神器の一つである鏡がつり下げられる。 ちょうどさいだん れ丁度、祭壇の真ん中から半尺ほど高さのある場所であった。 の祭壇には紫紺の布、そして三つ足の小さな台が中央におかれる。天井には一部ガラスが張ら れて、外の光が祭壇に注ぐようになっていた。常は小さな聖櫃の中に安置されている〃月の化 身〃が、祭りの際には天の月の力を受けるべく、台上に置かれる。 かんはっ し」・ル せいひっ
二つの町の最大にして最高の違い それは、 「どのお店でも同し味、安くて美味しくてスピーディ、お友達との軽いお茶から子供連れのお そろ 気軽ランチ、奧様にも喜ばれる一家のディナーまで各種取り揃え中、 な、〃ふあみれす〃の存在であった。 いなか 〃こんびに〃は、ナイアスにもあった。が、〃 ふあみれす〃は上に『ド』がつく田舎のナイア なにげ スには、一軒もない。もちろん何気に外で食事をする人間が少なすぎて、採算がとれないから 〃ふあみれす〃は内容の割には安いし味もまあまあだし待ち時間も少ないので、グルメでさえ ちょうほう なければ結構重宝する。ついでにここではやたらと大きな声で話し込む人間が多く、情報収集 にはもってこいの場・所ごっこ。 なのでユサは、〃ふあみれす〃がある場合はほとんどそこで食事を摂ることにしている。 ちょうづ 今も彼は〃ふあみれす〃の真ん中近くの席に陣取って、芋と野菜と腸詰めとを炒めたものをフ オークでロに運びつつ、周囲の音に注意を払っていた。 ュエシャンを出て八日、ジュアンに着いてからは五日目、目的の場所に入り込む上手い方法 がんじよう は、残念ながら今のところ一向に見つからない。王家の専属術士の研究所兼館は、頑丈で高い 城壁を一一つ越えた向こうに在った。 お