はくせきおもて びぼう 白晳の面に浮かべて答える。女性が目にすれば、溜め息をつきたくなるほどの美貌であった。 男が見た場合は、「なんでえ、ヤローかよちくしよおおおっ ! 」といった感じか。 ふんいき ともかく顔と雰囲気だけで判断する限りでは、これが百五十年前に〃滅びを呼ぶ〃という御 きだい 大層な冠詞をくつつけられ剣を鍛えた稀代の術士とは、とても信じられなかった。 セイ・リン・シェリアーク。それが青年のフルネームである。 はがね 彼が造ろうとしたのは、〃滅びの夢を断っ〃力を持っ魔剣だった。そのために鋼を鍛え、 様々な呪を施していった。だが物は、それ自体が〃滅びを呼ぶ〃ものとして、彼の師と彼の仲 間であった者たちの手で封しられることになった。剣からは全ての呪がはぎ取られ、剣から呪 が失われた時、シェリアークの身体は剣の内にとり込まれていた。滅びを呼ぶ剣は、創造主ご どうくっ と、深い洞窟の奥に封印されたのである。 そうして眠ること百五十年、一人の剣士が魔剣を求めて封印を解き、失われていた呪の一つ を剣に取り戻してくれたおかげで、彼の身体は再び、外の世界に存在する時を得るようになっ たのだった。 七つ、もしくは八つあったとされる呪のうちで、現在剣が含んでいるものは二つ。シェリア 戯ークは剣の中とこの現実の世界とを、ふらふらいったりきたりするという生活を送っていた。 うなず 水しごくのんびりとした速度で話す彼に、フレイエルはうむうむと頷く。 「ほう、なるほどな。それはやはり、お前さんの鍛えた剣の呪の一つ一つが、お前さんを封じ かんし
月の化身 ? 「引き継がれる、黄金の珠が : : : 語る夢を。失うことは : 黄金の珠 : ・ いちもんじ ュサの表情が変わる。青い瞳が細められ、皮肉つばい笑みを宿していた唇が一文字に結ばれ 「行って : : : 術を。間に合うように : 「 : : : わかった」 ュサは息を一つつき、言った。 「俺が、いってきてやる」 ぶつきらばうに、手をロムスの目の前に差しだす。 「書類、よこせ。あと、もしおっさんが馬をもってんなら、馬も っちけいろ ロムスは土気色の顔に、驚きの表情を刻んでユサを見上げた。 「いや・ : ・ : しかし : : : 」 れ「ただじゃねえ。代償はもちろんもらう。あんたたちにくつついて、術士の処に連れてっても のらうつもりだったんだが、できそうにないしな。俺を雇うなら、代理になって話をつけてきて やるよ 「頼める : : : のか ? 本当に。お前 : : ュサが」 たま
教えてくれた方なんですー。陽を紡ぐのを、見せてくださったりもして」 隣にくつついて歩きながら、シェリアークはまたばそばそと話を始める。 「レアルって聞いても、思い出しもしなかったくせに ? 」 「それはつ、そのー。私がオルヴィを名前でだけ覚えてたせいでー。名字は記憶になかったん ですう」 あいつが持っている呪を、返してく 「お前とあの術士との関係なんざ、俺はどうだっていい。 れさえすればそれで」 「それはつ、大丈夫です。ォルヴィは、絶対に嘘をついたりしない人ですから。私、知ってま すから」 あき ぐっと、両拳を握りしめてシェリアークは力強く言い切った。呆れ顔になって、ユサは真 剣なまなざしで彼を見るシェリアークを、見直す。 「お前、幸せな奴だな」 ふところ つぶや ばそっと、ほとんど聞き取れないくらいの大きさで呟き、彼は懐から通行許可証を取りだし れた。もう目の前が城門である。 むらおさ じゅうじゅう の「お前のあの術士への傾倒ぶりは重々わかったから。宿に帰ったら、ユェシャンの村長にあ いや の、癒しの呪でもわけてやれ。今日の報告を教えたら、絶対にすぐにでも村に帰って準備を、 なんて言い出すに決まってるからな」 つむ じゅ
「やめてよー。今の状況じゃ、それジョークしやすまないんだから。口に出しちゃうと、何だ か本当にそ、フなるよ、フな気がするしゃないー」 一番年かさの少女が、ちょっとだけ真顔になって怒った。 「ねー。もしこのまま当日を迎えたら、どうなるのかなあ ? 月祭り 先よりも少しばかり、赤毛の少女の声のトーンが下がる。 「みんなで月にお祈りしながら参道登るんしゃないのお ? ここまで魍魎が来ませんようにつ 「満月なわけだから、月は夕暮れにならないと姿見せないけどねー 「その辺、マジで笑えないって」 「やつばり術士が間に合うの、期待するしかないでしょ 天井を見上げて、溜め息が一つ。 「だけど本当にどうなったのかしら、術士を依頼するっての。村長とアドルが出発してから、 もう何日になる ? 」 れ「とんとんといってれば、昨日あたり帰ってきててもいいはずなのに、遅いわよね」 の「何か、事故でもあったのかな ? 「レアル術士がお忙しくて、なかなかコンタクト取れないとか ? 」 ュエシャン、依頼金ぎりぎりしか持ってってない 「ジュアンの王が渋ってんじゃないのー むらおさ
そこまでさせてくれんかの。試し切りなんぞさせてもらえると、一一一一口うことなしだ」 「私はそれつくらい、全然いいですけどお」 「てめえは黙ってろっ , ばけ術士」 はさ 口を挟んできたシェリアークにカップの中身をぶつかけようとして、空になっているのにユ まゆ サは気づく。いまいましげに眉をひそめ、舌打ちした。 「俺がそんなことをあんたにやってやる理由、ないぜじじい」 カップをテープルに乱暴に戻し、彼は首をかしげる。足を組んでいて、胸を反らせぎみにし ているので、いかにも相手を見下しているみたいに見えた。 どうくつまも 「かわりに 。だから情報を提供しようと一一一口うのだよ。剣の洞窟を護っていたルウォット、ナイ ふうじゅ アスで〃封呪の術〃を模索していたリューネ。百五十年前にフラーナの術士リュォル・ディ・ じゅ フェロスに師事していた者は、他に見つかったかな ? ュサ。呪を持っているのはその連中ら しの前にシェリアークと話した時には、名前すらおばっかないということだったが」 組んでいた足を、ユサは外す。少しだけ、濃い青の目を見開いた。 「 : : : それで ? 」 「わしがフラーナの上の方と少々つながりがあることは、お前さんも知っておるな」 せきばら フレイエルはこほん、と咳払いを一つする。少しだけ厳しい目でユサを見直した。 「今、百五十年前のフラーナの塔の記録を、手に入れるよう手配しておる。あれを見ることが
108 「アルジェつ。そなたっー 居並ぶ術士たちが、顔色を変えて叫ぶ。が、アルジェは目の前の少年に魅入られたかのよう つむ に、言葉を紡ぎ続けた。 「ユェシャンの使者に、薬を盛っただろうつ。我が師を、襲うために」 「おいおい 言いがかりに、ユサは苦笑いを浮かべかけるが。 じゅ 「異質の色を、持つ。お前は封印の呪を : : : 知り、望む者だ。ナイアスのリューネを襲い、次 は、我が師をつ : その言葉に目を見開いた。 「あのバーサンと、つながってんだお前らって。元仲間ってのは聞いてたけど、そいつは知ら なかったなあ。しゃあ、訊きやすいや」 べろりと、舌で上唇を舐める。 「てことはさあ。あんたの師匠も、あの若作りのバーサンと同じように、封呪の剣ってのを研 究とかしてるわけ ? 剣を持つ手に、彼は力を込めた。 「ジュアンの川に手え加えて、〃すだま〃を活性化させながら、さ」
246 「剣を封じることは、先生がそれをご命しになられたのだと、エイルさまにはうかがいまし じゅ た。セイさまが新たな呪を結び、それが形を成していった時、師が : : : 術士リュォル・ディ・ フェロスがあなたを襲ったのだそうです , つきつぎ アラインは、静かに語り始めた。祭事の堂ではなく会見のための室に、月嗣の儀式に参列し た者たちは移動している。シェリアークとアラインはテープルを挟んで向かい合う形に、長と 長老は横手に並び、サしザは用意した茶をそれぞれの前に置いてから、アラインの隣に腰を下 ろした。 「陽の祝福を受けた剣よりフェロス師が陽の呪を抜き、他の弟子たちにも一つすっ呪をはぎ取 るよう命しられたのだということです。『これは夢を断っ剣ではなく、黒い夢を呼ぶ剣となっ た。滅びの夢を防ぐには、剣を封しる以外に方法はない』・ : ・ : そうおっしャったと」 シェリアークのテープルの上で組んだ手が、 - 微かに揺れる。 のこ はがね 「全ての呪が剣よりはぎ取られ鋼だけが遺された時、あなたの姿はど・こにもなかったそうで うつよ まっさっ す。現実を : : : 剣の封印がセイ・リン・シェリアークという存在をも現し世より抹殺すること だと知って以来、エイルさまは悩んでおられました。師の、絶対の力を持っ言葉をただ信して 為した封印が、本当に正しき道だったのかを。それ故ェイルさまは塔を離れ、隠れるようにこ の地に。呪をいっかセイさまの剣に返し、真実を、共に探りたいと願って」 ェイル・キリ・サイードの、穏やかな声とまなざしとを思い起こした。夜の静かな優しさが
「一緒に守るの。私も。ねっ 先に立って、小社へとサーザは走る。アドルはぐっと唇を噛んで、後に続いた。 ュサ : ・ じゅ 大地を呼び起こす呪を唱えながら、シェリアークは一つの名を、繰り返し呼ぶ。 ュサあー ュサを。彼は呼んでいた。 呪を持ち水を操る力を持っォルヴィではなく、 地面に手をついて。幾度となく呼び覚ましている地の力を、シェリアークはまた紡ぎだして けれどそれは、今村を襲っている魍魎たちを刻むことはできても止めることはできないもの 」っつ」。 水を呼ぶ力があれば。いや、たとえ水の呪がこの手に戻っても、オルヴィが古き呪を呼び起 ぎよう えさ しず こし光を注ぎ、水を餌とした異形のものたちを浄化し鎮めることができるかは、不明だが。 「門が破壊された ! みんな、矢を放てー れ叫び声に、シェリアークは顔を上げる。 おお の家の一軒も覆い尽くせそうな大きさのものが、軋む音を立てながら、火矢にも動きを緩める ことなく侵入してくるのが目に入る。 解き放っ呪の位置を、その動きに合わせようとした、そのとき。 つむ ゆる
89 水の戯れ 「それは : : : 少し急ぎすぎでしたね、アルジェ」 長い溜め息を、一つ。ォルヴィはひざまずく青年に向けて吐く。白いマントに身を包んだ青 年は、その声の調子に身を固くしていっそう深く頭を下げた。 「それに一一度続けたのも、あまり褒められないかな。まあそれも、私の教え方が良くなかった とい、つことだけど」 「申し訳ございません。強く、異質な力を感してしまったものですからー 恐縮しきった声に、オルヴィはふっと笑みを漏らす。 なぐ ュサはもう一つ殴って彼の腕の中から包みの片方を奪い取り、さっさと歩き始めた。 「ああああああュサつ、待って下さいー それ、勝手に持って行かないでくださーい」 だーっと駆け足になって、シェリアークはユサを追いかける。 もん たく : : : 食い物一つで浮かれてんじゃねえよっ あき 呆れ果てたみたいな声と言い訳を繰り返す声とが、しばらくのあいだ見送る少女と少年の耳 にきこえていたが。 後ろ姿が見えなくなると同時に、届かなくなった。
あせ 焦って否定するシェリアークを、ユサは鼻先で笑う。 「一つ教えといてやるけどな。近ごろはそいつのこと、『情けをかけてやるってえのは、結局 のところそいつを甘やかすだけで本人のためにはなんねえもんだから、他人に情けなんてかけ ちゃいけない』っていう意味に捉える奴の方が多いんだぜ」 え、という顔にシェリアークはなった。一一秒ほど、無言でまばたきを繰り返す。 「うっそおー、それマジですかあ卩」 「その辺で訊いてみろ」 肩を竦めて、ユサはシェリアークの脇を通り過ぎ、少女に向き直る。 びつくりしてまばたきをする彼女に、彼は初めて、人と対しているという視線を送った。青 えぐ 深く、抉るようなまなざしだ。 「じゃあ、せつかくだから宿代のかわりに、そいつを起こしてやる。このポケ術士のいつにな るかあてになんねー術より、はるかに確実な方法でな」 えりくび 少女が問いただすより早く、ユサはアドルの襟首をつかんで持ち上げて。 れ 戯「ほら、さっさと起きろガキつ。 いつまでごろごろ寝てりや気がすむ」 ほお 水 ロし》 / 少年の頬を、威勢良く すく