ゆる ュエシャンの脇を巡るヌーチアン川は、森を抜けたところで緩やかに方向を変え、東へと向 かう。その北側に、大陸の南半分では随一と言われるジュアンの王都があった。 広大な森林地帯の北の端に開かれた巨大な都には、北に王の住む城が城壁で仕切られ、その 周囲にやはり城壁に囲まれて王城に仕える高位の者の居住区があり、官庁の建物が整然と並 せき び、南面に市街に開かれた形で、窓口でもあり関でもある役所が設けられている。 王都の道路は広くとられ美しく舗装され、大型の馬車でも充分余裕を持って通ることができ 市街の西と東にはそれぞれに市場が立ち、店々が並ぶ。ジュアン王都は他の国との行き来 も盛んで、市場に並ぶ品々は実に多彩であり豊富であった。 れ 戯しかし。 にぎ 水 隣国ナイアスとジュアンの一番の違いは、王都の大きさでも高級感でも市場の賑やかさでも 王都に住む王様のお抱え術士のこど
6 子 / 「サーザとは仲直りできましたかあ ? 訊くんしゃなかったと、すぐに後海する。アドルの顔に浮かんだ表情が、返事を聞くまでも なく答えていた。 「えー にぎ 扉の一歩外に出ると、階下から賑やかに人の話し声が聞こえてくるのがわかった。扉が閉ま っているあいだは気づかなかったが、どうもかなりの人が、下に集まっているみたいだ。 「あのお、今日、何かあるんですかあ ? 会食とか」 うかが 剣の包みを背負うュサを待ちながら、シェリアークは扉の外を窺った。話題が変わったのに すく ほっとして、アドルは肩を竦める。 も、フりよう 「会食じゃない、会合だ。日中に魍魎が出たってのを、王都に連絡しないといけないんでさ。 誰が行くかっての、今から決めるんだ」 「王都 ? 連絡 ? しず 「そう。王様に仕えてる術士が、魍魎を生む川の水に毎年 : : : なんていうんだっけ、鎮めの術 ほどこ を施してくれてるんだ。年一回、術が弱まってくる頃に来てもらってたんだけど、そいつって 月祭りのあとなんでさ。急いで連絡して、月祭りの前に魍魎を鎮めてもらおうってことで」 ュサが言っていたのが当たっていたことを、シェリアークは知った。本当にこの村の周辺で
「やってらんねーよな : ・ ため息を一つつき、テープルの皿の腸詰めをフォークで突き刺す。 「許可証つつーもんがないと、術士一人にすら会えないなんてなあ」 ジュアンの王城という所はむちゃくちゃに敷居が高く、王に仕えている人間一人に連絡を取 るなり面会を求めるなりするにも、必す所定の手続きに従い、城からの許可証をもらわなけれ ばならなかった。 ュサのようにうさん臭い立場、あるようなないような理由で王のお抱え術士に会いたいと思 っても、許される可能性は全くない。また、準備もなくこっそり忍び込もうとするには、少々 警備が厳重すぎた。 一人ではます無理だ。 「あのジジイの情報、どいつもこいつも中途半端で全然役に立たねえ」 ュサはフレイエルの悪気があるのかないのかわからないしわだらけの笑顔を思い起こし、ば ゃいた。ジュアンの王の側にかなりカのある術士がいるとは聞いたが、そいつに会うために何 が必要かについては、一言も一言及がなかった。王都に着いてからシェリアークが〃こんびにみ れ 戯に手紙を出しに行った際に受けとった連絡にも、何もなかった。 水自作の剣の切れ味を、確認してきた程度である。 「食えねえジジイだよな、全く。こいっといっしょだ」
え」 さっきの地下室へのご招待とは、えらい違いだ。 「どうぞ。身体が暖まる」 シェリアークは促されるままにカップを両手に包み、茶で唇を湿らせてからロを切った。 もうりよ、つ 「オルヴィ : : : あのお。あのですねえ。あなたは : : : あなたが川の水を起こして : : : 魍魎に人 を、襲わせているのですかあ ? 即答はせす、オルヴィは自身の茶を口に運ぶ。答えを待っシェリアークがまばたきもせすに 見つめる中、彼はカップを戻しふんと鼻で息をついた。 さき 「最初にそれを為したのは、前のジュアン王の筆頭術士だったけどね、セイ」 ひざ ゆったりと膝を重ね、両手の指を絡めてそこにおく。 「五年前に、彼は王の命令を受け王都の南を流れる川を、ヌーチアンの澱んだ水を呼び起こし じゅ た。自身の器を超えた呪を、結んでね」 「王の : ・ : ? ジュアンの王が命じたんですかっ卩自分の国の川に、異変を起こすようにな れんてつ」 戯あぜん の唖然として、シェリアークは叫んだ。ォルヴィはそれには返事はせずに続ける。 ほどこ 「私がジュアンで初めて為した仕事は、その後始末だったよ。これも無論、王命で。術を施し つむ た本人は自身の紡いだ呪を解き鎮める術を知らす、鎮めようとした水に自身が呑まれてしまっ しず よど
目次 水の戯れ かじし 元鍛冶師と現役剣士の駆け引きのこと もうりよう 魍魎さんこんにちは 月を祭る村のこと 王都に住む王様のお抱え術士のこと 月祭りの前のこと 戯れる水 北へ行きませんかという依頼のこと 、めとが医 つきつぎ 〃月の化身〃と月嗣の儀式のこと
「良い剣しやろう ? 久々の会心の作だよ。お前さんの体つきと剣の扱いとを意識して、鍛え たものだ。こういう作り方は、フラーナに仕えていたとき以来だ」 うなず しみしみと自身で眺め、フレイエルは頷く 「どうだな ? ュサ。先達ての、わしの留守中にこの書棚から抜き取っていった分も合わせれ ば、契約として充分成り立っとわしは思うのだがな」 彼のくばんだ眼窩の奥で、ユサを見据える灰色がかった瞳が強い光を帯びた。シェリアーク の耳がびきんと立ち、あからさまに不満げな表情になる。 「えーっ、何ですそれ ? 聞いてないですよ私。ュサいったい何を盗んだんですー ? 」 「うるせえ。お前には関係ないー まとわりつく彼にびしやりと言って、ユサはフレイエルを見据え。 「ぜんぶ、洗いざらいこっちに寄越すんだろうな」 こわね 殺気を含んだ声音で確認した。 「今確実にお前さん方に渡せる情報は、ジュアンの王の元に強力な力を持っ術士が仕えている ということぐらいだな。王都ではなかなか評判だそうだ」 何かの足しになるかと、御年八十歳は悪ガキみたいににんまりと笑う。そしてぐいっと、鞘 に納めた剣を再びュサの前に差し出した。 むすっとした顔のまま、ユサは背中に負った包みを下ろして紐を解く。差しだされた剣を、 がんか せんたっ おんとし しょだな ひも さや
このままでは、森を抜ける前に日が暮れてしまうんしゃないかと思い始めていた矢先だっ た。二人の旅人の目は背の高い糸杉の並びの向こうに、広い空間が開けているのを捉えた。 「ああ、やあっと街道に出られそうですよお、ユサ , うれ 心から嬉しそうに、また露骨にほっとして、シェリアークは少し後ろを歩いているユサをふ り向く。 、、いけどな」 「正反対に出てなきや すく かんがい ュサの方はさして感慨もなく肩を竦めた。 深い森である。どんよりと曇った空は日の位置を知らせす、近道のために森越えを選んだは れ 戯すが、いつのまにかすっかり迷い込んでしまったようだった。ジュアンは森林地帯が多く、王 水都以外には名もない森が満載である。おかげで慣れない者や方向感覚のあやしい人間は、すぐ 5 に迷、フこととなる。 もうりよう 魍魎さんこんにちは
102 「王都にいる間の宿代とメシ代。それと、俺にあんたたちの村の祭りを見せること。山の上に やしろ ある社の儀式ってやつもな。それで引き受けてやる。どうだ ? 」 : だ、だめだ、父さん」 ロムスが答える寸前、声が、ユサと彼とを割って入った。 「アドルっ、気がついたか ? 「こんな : : : あてになんない、奴に。頼むなんて。ちゃんとやるか、わかりつこないー 者が、祭りに : ・ : なんて。何、するか」 アドルはべッドから身を乗りだし、ユサに指を突きつける。 「なんだとてめえ : ・ : ・」 「そうしや、ないか。お前みたいに、何でも、人の命も、金に換算しちゃう、奴に。ものを、 頼むなんて。セイなら : : : まだしも。お前はつ」 せりふ 「てめえなあ。それが命の恩人に向かっていう台詞か ? なぐ ュサはつかっかとアドルに歩み寄り、拳でがつつと一発頭を殴った。吐き気と目まいと殴ら れた痛みとに、アドルはつつぶす。 「だっ、誰が、命の恩人だよっ 涙目で、それでもユサを睨みあげた。 「もちろん俺が。なに、お前、あの女に聞いてないわけ ? 」 にら よそ
「思ってることを言って、何が悪いんですー。ュサがロより手が早いとか、短気でおこりんば うだとか、がさつで乱暴だとかっていう悪口なら、たとえ事実でも怒られたってしかたないっ て思いますけどー 「なんだとてめえつ。誰ががさつで乱暴だって」 ュサは腕に、シェリアークの頭を抱え込んだ。 「だって本当のことじゃないですかー ぐりぐりするユサと、それでもまだ頑張っているシェリアークの様子に。 「それと : ・・ : ね。あの」 笑いを必死に噛み殺しながら、サーザは再び口を切る。 「これ。王都につながってる街道までの道順。このあたりって結構入り組んでるから、迷いや すいの。これ見れば、大丈夫だって思う」 ふところ 彼女は懐から一一つに折った紙を取り、一一人の前に差し出した。 「本当はそこまで見送りたいんだけど、今は勝手に出歩くの、できなくなっちゃったから。こ れで」 れ 戯「うわあっ。ありかとうございます、つー 水満面に〃ありがとう〃を浮かべて、シェリアークが手を伸ばそうとする。その目の前に。 「はら、こいつも。母さんが、昨夜楽しみにしてくれてたのに、食べてもらえなかったからっ
まとわりつくような細かい雨は、雲の切れ間から日差しが大地に注ぐようになってくると同 れ時に、静かに止んだ。リ , 沿いの道を、四頭の馬が駆けている。地面はぐちゃぐちゃにぬかるん のでいて、所々に水溜まりができていた。その中を、馬は泥を激しく蹴散らして進む。 先頭にロムス・シード、その後ろにびったりと付いてユサ、シェリアーク、しんがりがアド ルと、彼らは縦列に並んでユェシャンの村に向かっていた。 さと強さに、息を詰める。 「・ : : ・ア一フィンさま : : : 卩」 「ごめんなさいね : : : 」 重なる肩口に、暖かく濡れる感触があった。 つくも 月守りの社に村長の帰還が伝えられたのは、彼女たちがその日の作業を終えた時刻、正午を 少しすぎた頃であった。雨はすっかり上がり、明るい日の光が五日ぶりにユェシャンの村と山 とに降り注ぐ。 王都から術士が明日中には来るという知らせが、同時にもたらされた。