276 すっとこの舌に吸いっきたかった。 だえき この世にたった一種類しかない唾液の味をたしかめたかった。 理久は中条の後頭部に空いているほうの手を当て、もう一方の手は中条の手の指にしつかり とからめたまま、キスのための接触を深めてゆく 最初のうち中条がわすかに見せた抵抗は、からみつく舌の熱が溶かしてしまったのか、今は もう見られなかった。 「あ・ : ふ : ・、なっ : ・つ こんな情熱的なキスはまだしたことがなかったような気がする。 初めてふれるような中条のくちびるの感触を、理久は夢中になってむさばった。 相手が呼吸困難を起こしかけているのがわかっても、すぐにはやめようとしなかった。やめ ようと思ってやめられるようなキスではなかった。 ごっつと中条の背中が木の幹に当たり、理久があわてて中条の腰を両腕で支える。そうして バランスを崩しかけた中条の体を引き上げ、そのまま木にもたれさせた。 情熱的すぎるキスの後で、言葉はまだ出てこない。 長いこと、荒い息を吐きながら、ふたりは間近で見つめ合った。 乱れた呼吸が収まってゆく音に耳を傾ける。ふたりの呼吸の音がまるでダンスでもしている
中条は舌を使ったキスの気持ちよさを理久に伝えるために、理久にいろんなキスをした。あ まりの決さにめまいがすることさえある。このキスのためなら何でもしそうになるくらいだ。 そして何よりこれが一番ふしぎなことだったのだけれど、中条とのキスは自然だった。初め てそれをしたときから。 ほんの少し開いた状態のくちびるをそっと合わせているだけで、安心するような作用が心に 起こって、次に起こる動きをごく自然に受け入れることができる。 こんなふうなのは中条とが初めてだった。 あえ 鼻から抜けてゆくような小さな喘ぎ声が重なる。中条ものってきているのがわかった。 引中条のひざは椅子の上に乗り上げて、理久の両脚のあいだで自分の体重を支えている。首の 蜜後ろに腕を回され、理久は中条のはっそりした肩を抱き返した。そうやってしなだれかかって くる中条の体は、どことなく猫を思い出させた。 校 子理久の返してくるキスが深くなって、中条がわすかに眉を寄せる。さらにエスカレートして 制むさばるようなしぐさが混じるようになると、それでいきなりおしまいになった。 全中条はすっと身を退き、一一の腕でロをぬぐうとひどく冷静な声で言った。 「もういいだろ。 いーかげん眠いんだよ」
夕食時間の後のことだ。ひそかに寮の敷地内まで入ってきてレキの部屋を撮ろうとしていた 。も、つ 記者はそれでもあきらめず、儲け話だよと恩を売らんばかりの下卑た笑顔を向けてくる。 ふたたび男に殴りかかりそうな気配をみせた理久の前に、中条がその細い体をするりと割り たて こませた。まるで自分の体を楯にするかように記者と向き合って、中条はそれを切り出した。 「いいぜ。しゃあ、そっちがどのへんまでレキの情報つかんでるのか教えなよ」 「中条ワ 理久が顔色を変える。だが中条は腰の後ろでぎゅっと理久の手首をつかんで離さなかった。 金髪に近い薄い色の髪が透けて、白いうなじが見える。今にも肩につきそうな長さの髪だ。 最初はプリーチしているのかと思った理久だったが、中条の色素の薄さは生来のもので、実の 篇ところ、フぶ毛まで白っぱい。 ひとみ は中条は理久の手首をつかんだまま、その妖精の瞳に記者を映して続けた。 「でなきやオレだって、どこまであんたに話したらいいかわかんねーだろ ? 」 語 物男がニッと片目をつぶってみせて話し始める。 子「話のわかるご学友で助かるよ。こっちは後藤暦に双子の弟で槙ってのがいるあたりまでつか ほしなみき 贐んでるんだ。そのへんは知「てる ? この槙 0 てコが病気で寝たきりなんだよね。保科美希が たずさ 全 養育費を出すだけで実際の育児に携わらなかったのは、実はこの病気の子どもが原因なんじゃ ないかと踏んでるんだけどね」 げび まき
202 ( え ) 一瞬、何が起きたかさえわからなかった。 両手を翼のように広げて駆け寄ってきた金色の天使。 くちびるをかすめるようにしてふれた熱いもの。 それがキスだとい、 2 言葉にたどり着くまで時間がかかる 「オレ : ・つ レキは理久の首に必死で両腕を回してしがみついたかと思うと、次の瞬間には涙をいつばい にためた目で理久を見上げて叫んでいた。 「オレのこと助けて、リク
のぞ 後ろから覗きこんできていた沢田が理久の手から地図を取り上げ、連れ立ってきた仲間たち とああだこ、つだ言い始める。 ドールズ・ガーディアン はなひがし はなさきがわ 花姫を連れた理久たち花姫守備隊の一行はすでに菜の花東高校を出て花咲川にかかる橋を おうか 渡り、桜花学院高校の敷地内に入っていた。 こよいえのもときようや 今宵、榎本京夜が菜の花東の花姫のために選んだ最適の隠し場所というのがその敷地内だっ たからだ。ただし目指す目的地は塀に囲まれた校舎や寮のある区画内ではなく、その北側に広 がる森林公園区画のほうにあった。 「しーかし建築中の音楽堂なんて、こんな暗闇ん中でわかるんかよ」 「迷ってるうちに桜花の兵隊に囲まれたりしてな」 篇「不吉なこと言ってんしゃねーよバカ」 蜜 たしかに夜空には美しい満月がかかっていたが、月明かりだけを手がかりに森の中をさまよ 語い歩くというのはそれほどロマンティックなことではないとい、つことがわかる ′イレーツ・ディ 校海賊の日だというのに静まり返っている場所にいるのも落ち着かない上、闇に浮かび上がる 男沈黙の木々の影がなんとも無気味で、闇に不慣れな少年たちを不安に陥れていた。 なかじよう 寮そんな中、理久の目はその人を捜していた。月の光のせいで銀色に輝いて見える中条の薄い 色の髪から、ピアスをした耳たぶが透けて見える。 理久は近づいて、中条の後ろからそっとささやいた ド 1 ル ドール さわだ な 0
「な、なんだよ ? 「続きはべッドで話そう」 「よせよ。だからオレもう帰るって」 「帰さない」 「和士」 「いやか」 「 : : : あんたといるのは好きだよ」 「何をされても ? 」 「なんでも、 . あんたのしてえようにすればいい。 そうしろよ」 くちびるを噛みしめてキッと見上げてきたレキを、和士は無表情な目で見下ろした。 にじ だがその黒い瞳にはレキだけにわかる色が滲んでいる。紫がかった欲望の色。 「また、過激なことを一一一一口う」 「あんたが言わせるんだろ」 うる レキの瞳も潤んでいる。 しるし 抱きたくて。ただ自分のものだと印を刻みつけたくて。 てじよう オレに手錠でもはめてつないでおきてえなら
182 横を向くと、中条は困ったように笑って首を振った。 「ううん、なんでもねー。なんとなく」 「なんとなく、なんだよ ? 「わかんねーよ。だから、なんとなくだって」 自分でもどうして訊いたのかわからないらしく、中条は拗ねたように口をゆがめてするんと 席に沈みこむ。 理久はふと、中条の片手が自分の綿シャツのすそをつかんだままなのに気づい これはだめだ、と理久は思う。 これはだめだ。違反だ。不意打ちだ。ものすごく、かわいい だって考えてみてくれ。高校一年の ( 中条はダブッてるから実際は一一年だが ) 、それなりに 育ちきった野郎が、隣の野郎のシャツのすそなんかっかんで、それを自分の握りしめた手の中 にもう放さないぞと言わんばかりにしつかり確保してるっていう図だ。 理久はもうそれ以上うだうだと何かを考えるのはやめにした。 自分の不安は中条にも伝染してしまった。もう十分だ 中条を不安にさせたくなんかない。 「陸 .
「こっち来いよ」 箸を振り回しながら自分のそばへと誘う。理久はちらと中条の顔をうかかったが、どうやら まだ意見を聞けるほど目覚めていないとわかった。 ともすればその場にへたりこみそうになっている。 ゅうべ 昨夜からのことを考えれば無理もなかった。 この状態の中条を人目のあるところに連れてきたのはまちがいだったかと、理久が後悔し始 めたとき。 ガラッと大きな音を立てて引き戸が横にすべり、中にいた少年たちの視線がそちらに集中す る。 篇「中条 ! ここにいたのか ! 」 ただならぬ様子で食堂に飛びこんできたのは、理久もよく知る体育教師だった。 こうだ 「国府田先生 ? どうかし」 校「こっちにおいでー 男のんびりと見上げてきた中条の腕をつかみ、国府田は強引にそこから連れ出そうとする。 寮理久は血相を変えて国府田の後を追った。 「いきなり何するんですか ! 中条を放してください ! 先生ー 「気になるならきみも一緒に来い ! 急ぐんだー
144 ひとみ 面の横金の奧にある一一つの瞳が、鋭い光を放って互いを蝕む。 間合いを取った。 あわだ どちらも退かす、長いにらみ合いが続き、肌がちりちりと粟立ち始める。 だとっ ほんのわすかでも気力が減った部分に正確に打突が決まるだろう。そうなれば一瞬で勝負が 時間の過ぎゅく音が聞こえるかのようだった。しり、と間合いがせばまる。 かす いや、崩さない。その空いた距離に吸い寄せられて、一瞬、京夜の足が微かに乱れる。 その瞬間、菱田が合気を外すことに成功した。 鋭い掛け声と共に小手打ちが決まる。しかし京夜に動揺した様子はなかった。 つばぜあ 判定者はいない。勝負は三本。ふたたび間合いが取られ、激しい技の漣続から鍔迫り合いに ゆる 至り、京夜が菱田の手元を顔に向かって一気に押し上げた。しかし菱田は体全体の力を弛めて それをかわし、京夜の思惑を正確に外す。 肉体が跳ねているのがわかるようだった。 こど、つ 鼓動は重なり、重なったかと思うと外される。 どれほどこの時間を待ちわびていたことか 互いが求めていたことを、もっとも純粋に感しることのできる時間だ。 むしば
262 「レキ先輩 ! お帰りなさいー ずらりと並んでいた菜の花東の戦闘員たちが、ボスの動きに即座に反応して歓声をあげ始め る。レキのくちびるの端がにやりと持ち上がった。 ほほえ 海賊の不敵な微笑みがよみがえる。 ほおを撫でる満月の夜の風。 リターン ・バック。自分は古巣に戻ってきた。やるべきことは目の前にある。 ドール 「菱田、オレたちの花姫はどこだよ ? 向こうでも聞いたけど、今回、中条だって ? 」 ドールズ・ガ 1 ディアン 「ああ。夏目が花姫守備隊の隊長をやってる。連中なら榎本が提案した隠れ家にいるはす だ。あそこにいるかぎりは安全だろう」 「はーん ? 」 「なんだ ? 」 レキのななめな視線を受け取って、菱田の目にわすかに警戒の色が浮かぶ。 こういう目をするときのレキは腹に一物まちがいなし、何を言われるかわからないので心づ もりが必要になる。 ごくりとのどを鳴らした菱田に、完全復活中の海賊がその好戦的な目を向けて言った。 すいせん 「敵の副会長ご推薦のごリッパな隠れ家ってか ? 「いや、レキ。たとえ桜花に戻っても、榎本は隠れ家の場所は洩らさんだろうと思う」 アッシ