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検索対象: 全寮制男子校物語! 蜜月篇
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1. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

「こんちは、マーサ」 甘い香水の匂いが鼻を突 いてみせて訊いた。 「親父は ? いるだろ ? 」 「ええ」 マーサと呼ばれた男は神経質に指を摺り合わせながら答える 「今日はもうお店はひらけないんしゃないかって、今向こうで検討中よ」 レキがマーサの視線の先を追う。青く塗られた壁の途中に、アーチ型に切り取られた出入口 があって、そこから洩れてきている青い光が暗い廊下に影を作っていた。 篇レキが明かりのほうへと進み、和士もその後に従う。 きかがく 蜜出入口の向こうに現れたのは、ところどころに青と白のプロックを並べた幾何学模様の近未 かも ふんいき 来空間だ。青い壁に囲まれた店内は間接照明を効果的に用いて、神秘的な雰囲気を釀し出して いる。プロックプースにはめこまれた熱帯魚の水槽から洩れる光が青く揺らめいて、床に光の つく 子ムーヴメントを創り出す。 贐円形のステージの上には、透きとおったガラスのグランドピアノ。 全経営者のセンスがそこかしこにあふれ出している。 店内に足を踏み入れたレキは、中央に向かって叫んだ。 く。だがレキのほうは慣れた様子で、事情はわかっているとうなず

2. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

252 見られていることを感じたレキが、赤くなってそっぱ向いた。 「んな目で見んな」 「どんな目だ」 「レポート用紙十枚分くらい書けそうな目だよ」 「それはすごいな」 くっと小さく吹き出した和士に、レキはますます真っ赤になった。 ( ちくしよう、んな顔すんな ! キスしたくなるしゃねえか ! ) と思ったことはもちろんナイショだったが。 えのもと 「会長 ! あれ ! 向こうの土手の上にいるの、榎本副会長じゃありませんか ? そのとき、ふいに和士の隣にいた少年が川向こうを指さして叫んだ。和士たちの視線が土手 きようや の上を探る。白く浮かび上がったその影はたしかに榎本京夜のものだった。 しばらく彼のほうを見つめていた和士が眉を寄せ、ひとりごとのようにつぶやい 「すいぶんふらふらしているな。何かあったのか ? 「へ ? そうか ? レキも目を凝らして川向こうを見つめてみたが、よくわからない。 他の誰にもわからなくても、和士にだけは京夜の変化がわかるのだろうか ? と、いきなり和士が立ち上がった。彼の視界に何か異変が起こったらしい

3. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

ごとうれき 「後藤暦のことは職員室でも問題になっている。なにしろ生徒会長だからな。しかもピアノ科 ではトップの生徒だ。期待の星と言ってもいし 。もちろんうちの校長は、自分の生徒を学校の 売名行為に使うつもりなどこれつばっちもないけどね」 おうか 「それで ? やつばレキは桜花学院の寮に拉致られてるわけ ? 」 「拉致ね。きみたちはすぐそれだ。桜花学院のほうは後藤暦が望んで滞在中だと言っている」 「んなのウソに決まってんだろ。レキをこっちに返さねー気なんだ」 「どうかな。後藤くんがマスコミに追い回されているのは事実だからね。こちらとしても、今 彼に戻ってこられても保護できるかどうか保証はできないんだよ」 「だからってあっちに行きつばなしでいーのかよ ? キヨーイクを受ける権利は ? レキは向 こうの生徒しゃねーぞ」 「まだ、ね」 「先生卩」 「向こうからは編入手続きのための書類を用意してほしいと言ってきているようだ」 「サイテー」 ぶぜん 中条が憮然としてくちびるをへの字に結ぶ。中条のそんな顔を見るのは初めてで、国府田は 思わず笑ってしまった。 「なんだよ ?

4. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

「槙もこうなる前はよく笑ったんだよ。レキと一緒に笑いころげてた。特にレキのピアノかお 気に入りでね。レキが弾くとそれに合わせてダンスを踊ったんだ。はしゃぎながらね。レキは それを覚えていて、今でも槙に笑ってもらうことを夢に見ている」 「あ、もしかしてそれでピアノ」 静はそっと微笑んで理久の言葉にうなすいた。 「レキのピアノは槙に聴かせるためだけのものらしい。僕は常々それだけではもったいないと 言ってるんだけどね」 理久の耳に一度だけ聴いたレキのピアノの音色がよみがえる。曲の内容はわからなくても、 なんでこんなに切なくなるんだろうと思った気分だけはよく覚えていた。 はなひがし 篇「でも菜の花東高校に入ってからは、だいぶましになったんしゃないかと思うよ。レキはしば らく槙しか見えていない時期があったからね。向こうでは他の生徒さんの前でもピアノを弾く 語だろう ? 」 俺も聴かしてもらったことあります」 校「あ、はい。 男「そ、フ。よかった」 制 寮 心からホッとしたように一一一口う父親を見ていて、理久はふとレキがこの弟のために一生を捧げ 全 たいと言い張ったのではないかと想像した。あのレキなら父親が何を言おうと、がんとして譲 期らなかっただろう。

5. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

248 「へへ、そーなんすよネ。いろいろジジョーがあってですね。息子さんは菜の花東高校の寮で 預からしてもらってんですよ。あ、よかったら俺、ご案内しま」 「沢田」 けんのん 理久の剣呑な声に、沢田がそのでつぶりした体を揺らして理久の肩を抱いてくる。 「んだよ、もう隠れ家も見つかったんだし、ちょっとぐれえいーしゃんよ。な、アッキー」 「だめだ。おまえは俺たちの重要な戦力の一部だ。欠けると困る」 「おほっ、マジかよ ? まばた まいぼっ 沢田が肉の中に埋没しそうになっている小さな目をばちばちと瞬かせる。どうやら自分が理 久にそんなふうに重要視されているとは思っていなかったらしい。やがて、理久にどうしても ゆずる気がないと知ると、ばんばんとその肩をたたいて沢田は引き下がった。 「まー しいさ。おとなしく聞いといてやるぜ。俺たちの今夜のポスはおまえさんだ」 結局、京夜の母親は菜の花東の寮のある方向だけ教えられて、その場を後にしていくことに なる。 その場違いな和装の美女の後ろ姿が木々の向こうに完全に見えなくなったところで、中条が とら ポケットから携帯を取り出してどこかにかけるのを、理久の目が捉えた。 こうだ 「ああ、国府田先生 ? オレ」 ぎくっと体がこわばる。聞きたくない名前だ。中条の口からは特に。

6. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

だが、そんなことができるくらいならとっくにやっていた。 ひとみ 振り返られて、その妖精の瞳に映されるだけで、自分はきっと息をのむ。 そして何も一言えなくなるのはわかっていた。 ( ちつくしょ ) なんだってこんな不自由なことになってしまったのか、理久にはさつばりわからない。 レキにキスされたことをあやまればよかったのか。でもあれは自分がしようと思ってしたわ けでもないし、あやまるというのも違うんしゃないか。 思考はそんなあたりで堂々めぐりをくり返して、どこにも進めなくなってしまっている。 中条がキスしてくれなければ、どこにも。 篇「おい、あれしゃねえか卩 は「おまえ、行って見てこいや ! 」 沢田たちの声に、理久は目の前の現実に引き戻される。 校「見つかったのか ? 男「ああ ! まちがいねえな。向こう側一帯、木がなくなって広場になってるってよ」 寮「よかった。急ご、フ ! 「おう ! 木立の向こうに人の手で複雑に組まれた木造の足場が現れる。

7. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

230 「おいおい、オレはあんたたちの人質だぜ ? なに考えてんだよ」 「きみを向こうに渡す気はないが、万が一ということもある。そばにいてもらうほうが安心で きる」 「和士 ? なが 探るように和士の顔を眺めていたレキだが、しき相手の意思を読み取ると、たちまち不機嫌 こよっこ。 いくらなんでも、桜花の兵隊になって 「よせよな。オレがここにいるのはオレの意志だけど、 あんたに協力する気はねえぜ」 「どうかな」 「んなことさせてみろよ。オレぜってえ戦闘の途中で逃げるぜ」 「私から逃げられると本気で思っているのか ? 」 おど 「脅したってムダだって。オレはギリギリんとこであんたを選んでるんだ。あいつらの顔見た ら向こうに転ぶに決まってんだよ」 「あいつら ? 菜の花東の戦闘員か ? 「ああ 「そのときは私がこの手できみを殺して、私も共に死のう」 「バカ言ってんじゃねえよ。ったくワガママだな」

8. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

一一校の校長どうしの間には取り引きめいたものがあったらしく、今のところ表立って問題は 起こっていないが、不自然なのは誰の目にもあきらかだった。 ′イレーツ・ディ 海賊の日があるからだ。 両校の生徒たちが黙っているのは、ただ、 おうか その日、桜花学院側がレキを人質として使うのは目に見えており、それに対抗する菜の花東 側の切り札 ( 人質 ) が榎本京夜だというのが生徒会役員に共通する認識だった。 そのへんの事情が念頭にあるのか、菱田にしてみても生徒会室に榎本京夜を連れてきたこと は一度もない。 ′イレ 1 ツ・ディ すべての決着は海賊の日につけられる。 菱田が軽いため息をついて理久の問いかけに答えた。 篇「こっちには仮定しかない。レキが向こうに情報を渡すことも仮定に入れるさ。人質の使い方 はは向こうだってわかっているはずだろう」 「お互いさますか。そっすね。レキ先輩がそう簡単にこっちの情報を流すとは思えないけど、 校戦略を立てるときは最悪の仮定まで含めて立てなきやだめ、すね ? 」 ひとみ 男理久が妙に澄み切った瞳を向けてくる。菱田はその目を斜めに見下ろしてうなずいた。 寮「そうだ。よくわかってきたじゃないか」 全 「そりや俺、菱田先輩に鍛えられてますから」 「よし。なら昼休みが終わる前に榎本のところに行くぞ。 しいか」

9. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

250 レキだー 「おい見ろ ! あそこ ! 「隣にいるのは向こうの大将だぜ ! 西ノ宮の野郎 : はなひがし 「くそうつ。レキ先輩にちょっとでも手出ししてみろ。そんときや菜の花東の全部隊がだまっ ちゃいねえぜ , はなさきがわ 花咲川をはさんで、両校の戦闘部隊が向かい合う。 月光が少年たちのオーラを照らし出し、きらきらと川面を輝かせていた。 「なるほどね。こーゅーことかよ そうしたらこの胸の焼けつくようなもどかしさも、きっとなくなる。 何もかも、中条のぜんぶを自分のものにできたなら。 # 0 0 5 にしのみや な

10. 全寮制男子校物語! 蜜月篇

198 あきれたことに化粧までしている。ピンク色のリップグロスがつやつやとレキのくちびるを 輝かせていた。 にしのみや 「西ノ宮くん ? もしかしてきみかい ? 僕に娘を与えてくれたのは」 かずし 金髪の父親が西ノ宮和士のほうを振り返って訊く 「ええ、まあ。こうでもしないとあのマスコミ陣を突破できないと思ったものですから」 「なるほど。たしかにみごとな変身ぶりだ。誰もレキとはわからなかったと思うよ」 静はしみしみと言った。 , 彼の視線はふたたびへ 。ッドに張りつ いた息子に向かっている。 きやしゃ そんしよく 頭の小ささといい、腰の華奢さといし 少女と言っても何の遜色もない息子に。 まき 「ごめんな、槙。今日はテープ持ってきてねえんだ」 レキが弟の手を取って、自分のロにさわらせてしゃべっている。そうしてくちびるが動いて いることをわからせよ、フとしているのだろう・か 「今度来るときはぜってえ持ってくるからさ。次のテープにはおまえの好きな曲いつばい入れ てくるよ。な ? 」 「テープって、レキ先輩、自分のピアノ録音してんすか ? 「うん。録音してんの」 あきひさ 理久の質問に答えることは答えたが、レキはどうやらうわの空だ。今のレキには弟しか見え ていないのだと思い知らされる。