ひとみ 双子の弟の瞳が同意を示してくるのを受け取って、レキがくつくっ笑った。 なかじよう 「オレさ、 リクが中条といちゃっいてるとこ見んのも好きだったりすんだよな。わかる ? 」 レキの手は弟の腕をさすり、ふたたび同意を求める 「たぶんさ、あいつの色ってオレたちといっしよなんだ。な、槙ならわかるだろ ? ほこさき 槙の同意の合図に満足して、レキの思考の矛先は別の人間のほうへと移された。 レキは槙のつぶらな瞳を見つめて言った。 「菱田はさ、落ちこんでるぜ。あいつはなんも言わねえけど、オレにはわかるんだ。あれから ずっと元気がねえからな」 はなさきがわ えのもときようや ふけ 菱田の物思いに耽る横顔を想うとき、レキは花咲川の土手で榎本京夜の細い体を支えていた 篇ときの菱田の顔を思い出さすにいられない。 と、槙の瞳に動きを認めて、レキが頭を振った。 「オレ ? オレはべつに元気じゃん」 うそ 物 ごゞ、真に嘘は通じない。レキは簡単に見破られた自分の嘘の破片をシーツの奥に沈めた。 校オカ , オ あいっ 男「だって、和士には他にだいしなャツがいるんだ」 おさな 寮そうつぶやくと、レキは幼い頃すっとそうしていたように、槙の体のそばで丸くなる。 周囲はレキが槙の面倒をみていると思っているが、レキ自身はそうとは思っていなかった。 本当は逆なのだ。こんなふうに槙に甘えていると、なおさらその思いが強くなる。 まき
理久はここでも思考を進めることにためらいを覚えすにいられない。 ( 俺ならイヤだ。俺は陸が俺のことだけ好きじゃないとイヤなんだけど ) そして理久は混乱した。 理久にとって、告白は何よりも勇気のいることだ。 好きだと宣言したから相手も好きになってくれるとはかぎらない。 むしろ好きだと言ってしま、つことで、何もかもが終わりになることのほ、フが多いとさえいえ る。 だいたい、自分が好きと思っている量と、相手が好きと思っている量がおんなじだなんて、 誰が保証してくれるのだ ? 篇 だからこそ、告白には慎重にならざるを得ないと思っていたし、だからこそ今日まですっと 月 中条に告げることができすにきてしまっていた。 中条が言うように、自分がレキに心を残しているのも事実だ 校レキのことを想うと、とたんに胸がずきすきする 男敵の手中に囚われているかと思えば、心配でたまらなくて、一刻も早く助け出してやりたい 寮と願わすにいられない。 レキのためなら、迷うことなく体ごとなげうつだろう。 この熱い気持ちがなんなのか、理久には説明がつけられずにいた。 とら リク
なかじよう あきひさ 過ぎてゆく日々の中で、理久が自分に向けてくる視線を、中条はずっと体の中心で感してい た。その視線は体の中心にからみついて、どこまで行っても永遠に離れないような気がしてい げんえい 篇たけれど、そんなのはただの恋の幻影かもしれない。 「好きなャツができた」 こうだふみあき 国府田史明、かってのセックスフレンドだった二五歳の体育教師にそう打ち明けたときも、 物 心はそぞろで、本当は自信がなかった。 校 男言葉は自分ではないどこか別の空間からひねり出されたようで、実感がなかった。 寮理久がレキを好きなのは知っている。 彼の恋を横からもぎ取ろうとしたのは自分だ。ただセックスという経験を武器にして。 かな 中条は国府田の隣に立って、木々の奏でる夜の音に耳を澄ませた。 毒そのものだ、こいつ。 誰もが引き寄せられずにいられない、花みたいに綺麗な毒 : # 0 0 4 きれい 0
その人の腕の中にすつばりと抱かれていると、時間は止まって動かなくなっているかのよう さつかくおちい 引な錯覚に陥る。 蜜恋人どうし。 誰かを好きになると、体は自然にやわらかくなるとレキは思、フ。 ごとうれき 物レキ 後藤暦ーーーーーは彼の体に寄りかかって、窓の向こうの暗い森を見つめた。 子「オレ、帰んねえと」 贐「なぜ ? 」 全「だって、ここにはいらんねえよ。かくまってくれたのは : ・ありがてえと思うけど」 「ここにはいられない ? 敵の陣地だからか ? 写真週刊誌の隅のほう、その小さな枠の中に切り取られた少年の顔は、たしかに彼ら全員に とって見覚えのあるものだったから。 レキ先輩・ : ! ) < N D CO ー
洗面台の端を椅子代わりに使っている沢田も、巨大オプジェと思えばなんでもない。 以前はその不敵な態度のためにひどい目に遭わされた理久だったが、その後、反撃に転じて 沢田を出し抜いて以来、ふたりの間は微妙な緊張関係にあるのだ。いすれ決着をつける日が来 るかもしれないが、それが今ではないことをふたりとも知っている。 だいたい寮の中でバトルを繰り広げれば後日どういうことになるか、想像に難くない。 ほ、つかい このとんでもなく古い寮の建物は、ちょっとしたカのかかり具合で好きなように崩壊させる しゅうぜん ことができるのだった。その場合の修理修繕はすべて、破壊した生徒自身の義務となる。 歯みがき粉をチュープからひねり出しながら、理久は言った。 「俺はもう花姫じゃないぜ、沢田。その呼び方はどうかと思うけど」 ド 1 ル いったん花姫をやったヤツは死ぬまで花姫だ。決まってんだろ、お花ちゃん」 沢田の理論は沢田しか構築できない理論だ。周りの少年たちがドッと笑い、理久は反論する 気をなくして歯をみがき始める しゃれ この寮には談話室などという洒落たものはないから、彼らのようにたむろするのが好きな人 オしオしこ、フい、フ水回りに集まることになっているらしい 理久は何度か彼らが洗面台を灰皿代わりに使っているのを目撃したことがあったが、それは ごとうれき 喫煙行為を激烈に嫌う生徒会長後藤暦の尽力によって、今ではすっかりなりをひそめていた。 ドール 「そういや来月の花姫っていっ決まんの ? ドール ド 1 ル
172 フラワ 1 おうか 桜花学院花咲寮のサロンに置かれたピアノの音はどちらかといえば硬く、歯切れの良いタ きようや ごとうれき ッチを好む。京夜などはそれを気に入っているようだったが、後藤暦の弾き方にはそぐわない かずし き かな 少なくとも和士はそう思っていたのだが、今、レキの指に奏でられているピアノを聴くと、 それが間違いだったことがわかる。サロンの白いピアノがこれほど柔らかい音を響かせるのを 和士はかって聴いたことがなかった。 「誰の曲だ ? 」 けんばん レキが鍵盤の上の指を止め、ソフアで英字新聞を広げていた和士が質問する。 ふめん レキは白い譜面台をばんやり見つめたまま言った。 「でたらめ」 理久の大好きなハスキーヴォイスが耳の奥をくすぐる。 緑と灰色の瞳の妖精は人間の世界に舞い降りてきて、今度はニホンゴではっきりと言った。 「好きだぜ」 # 0 0 4- ・ハウス
「キスはクセになるんだぜ ? 中条の言葉は経験者ぶって聞こえたが、揚げ足を取るのはやめにしておいた。 中条は自分から仕掛けたワナにはまりたいだけだ。 この頃には理久にもそんな中条のやり方がわかるようになっていた。 取り引きめいたやりとり。そしてまたクセが増える。 好きだと言えないおかしなクセも。 中条とセックスと呼べるようなものをして、ひと月。どちらからもまだ、その言葉を一度も 口にしていないことに理久は気づいてしまっていた。 いっ タイミングを逸しているだけなのか、それとも。 キスの回数も増えたけれど、言えないまま溜めてしまっていることもまた、どんどん増えて いっている気がする。第一セックスはあの勢いに任せたやつが一度きり。次はまだなかった。 ほんの少し開いたくちびるのすき間を突いて、中条の舌が入りこんでくる。 中条のキスは腹が立つくらい巧かった。 はかな 最初はやんわり、ふれているかいないかわからないくらいの儚さ。それがあるときから突殀 大胆な動きに変わる。 へんな気分だ。キスが初めてというわけではないけれど、理久はこれまでに中条としたよう なキスをしたことはなかった。 した
176 あきひさうず がたたん、がたたんと揺れる電車の振動は思考を行きっ戻りつさせ、理久を渦の中に放りこ む。窓の外には夏の濃い緑が続き、理久の視線を隣に座る少年の夏の体から救い出している。 なかじよう 今、理久は中条と一緒にレキの弟が入院しているという病院へ向かう途中だった。 なが 電車の窓から外を眺めながら、理久は中条の告白のことを考えていた。考えすにいられなか った。告白。 好きだと言われて、俺も好きだとすぐに返せなかったのは、中条が告白の呪文のすぐ後につ け加えてきたせりふのせいだ。 『おまえがレキのほうが好きでも、オレぜんぜんかまわねーよ』 と理久の思考はそこでいったん停止した。 『おまえが誰を好きだっていーんだ』 そんなばかな。 # 0 0 5
198 あきれたことに化粧までしている。ピンク色のリップグロスがつやつやとレキのくちびるを 輝かせていた。 にしのみや 「西ノ宮くん ? もしかしてきみかい ? 僕に娘を与えてくれたのは」 かずし 金髪の父親が西ノ宮和士のほうを振り返って訊く 「ええ、まあ。こうでもしないとあのマスコミ陣を突破できないと思ったものですから」 「なるほど。たしかにみごとな変身ぶりだ。誰もレキとはわからなかったと思うよ」 静はしみしみと言った。 , 彼の視線はふたたびへ 。ッドに張りつ いた息子に向かっている。 きやしゃ そんしよく 頭の小ささといい、腰の華奢さといし 少女と言っても何の遜色もない息子に。 まき 「ごめんな、槙。今日はテープ持ってきてねえんだ」 レキが弟の手を取って、自分のロにさわらせてしゃべっている。そうしてくちびるが動いて いることをわからせよ、フとしているのだろう・か 「今度来るときはぜってえ持ってくるからさ。次のテープにはおまえの好きな曲いつばい入れ てくるよ。な ? 」 「テープって、レキ先輩、自分のピアノ録音してんすか ? 「うん。録音してんの」 あきひさ 理久の質問に答えることは答えたが、レキはどうやらうわの空だ。今のレキには弟しか見え ていないのだと思い知らされる。
あっさり答えが出てしま、フ。 理久の頭の中で、レキとセックスとは結びつかない。 おうか しっと ただ、桜花学院の生徒会長の顔を思い出すと、嫉妬心が起こるのは否めない。 敵校の生徒会長なんかに渡すくらいなら自分が、と思ってしまうのも事実だ ( まあだからってレキ先輩相手にエロ心が起こるかっていうと、イマイチ自信ないんだよな。 でもレキ先輩のこともすごく、気になってるんだけど ) 理久は頭をかかえたくなった。 何が本当で何がまちがっているのか、さつばりわからなくなった。 ( 好きなのに ) 篇 心の中で理久は叫んだ。 月 は ( 俺だってこいつのことちゃんと好きだよ ! だからセックスだってしたいんだ : しゃあどうして今、自分はこんなに怒っているんだろう ? 語 校好きだとはっきり告白までされたっていうのに ? 男 ( えーっと ) なつめ 寮「夏目 ? どうかした ? 」 隣から心を見透かされたように訊かれて、理久は座席から跳びはねそうな気分を味わう。 いな