「む」 一瞬不満そうにくちびるを曲げたが、やがて窓枠に乗り上げていた体を下ろした。生徒の忠 ンプティ・ダンプティ 告をすなおに受けとめる柔軟性もまた、この愛すべきすんぐりむつくりの持ち味である。 時々生徒たちよりも童心に戻ってしまう山彦校長を、菱田たちは仲間うちならではの親しみ をこめて〃ドンちゃん〃と呼ぶことがある。名付け親は秋にドングリ拾いに熱中している彼を 見つけ、一緒になって楽しんだ生徒たちだ。 彼はのちにその場面を見とがめた教頭にお小言を食らう ( 生徒たちは期末試験中だった ) の だが、その後も、放課後の校庭が彼の散歩コースであることに変わりはなかった。 「きみたちは生徒会長さんを助けたいと思いますか ? 校舎の南ロ玄関に回り、生徒会室へとやってきた校長はいきなりそう切り出した。 全員にサッと緊張が走る。生徒会役員たちは口々に言った。 「レキですかっ ? レキのことならみんな気にしてるっすよ校長 ! 「俺たちがやれることなら、なんだってしてやります ! 「む」 おうか 「校長先生、もしかして、レキが桜花にいることをご存知なんですね ? 」 そうぜん 慎重な声で切り出してきたのは菱田だ。たちまち周囲が騒然となった。 「なんだってえ ? なんでレキが桜花学院なんかにいるんだよ卩
「マジかよ : ・ 「冗談しゃねえぞ ! ひとんちの生徒会長かっさらう気かよ ! 」 とんでもないことを口にした山彦校長に、生徒会役員らの非難の視線が集中する。 山彦校長はなるべく彼らを刺激しないように、トーンダウンして続けた。 「実はあちらでは今度、古くなった音楽堂を再建する計画があるそうなんですが、レキくんは 新しくなった音楽堂にふさわしい演奏家でもあるということで」 「ちょ、ちょっと待ってください校長先生。レキは専科の生徒ですよ ? 今さら普通科になん か行けるはすないじゃないですか」 きのした いの一番に抵抗を示してきたのは、専科でも音楽専攻の木下だ。彼が持ち歩くチェロはこの 引生徒会室の隅に常に立てかけて置かれたので、その黒くて大きなチェロケースが見当たらない と、生徒会役員たちはなんとなく落ち着かなく感じるほどだった。 ひとみ 細い銀縁の眼鏡の奥の瞳は黒々として大きく、少し神経質そうだ。 物木下は眼鏡を押し上げてさらに主張した。 子「桜花学院は学力一辺倒の進学校でしよう ? そりやレキは天才肌だから模試でもたまにいい センいきますけど、でも、あのレキがピアノをやめるなんて考えられません。彼ずっと、絶対 全 にピアニストになるんだって僕にも言ってたんですから 「む」
はなひがし ごとうれき 菜の花東高校の生徒会長・後藤暦は、次の週の月曜になっても寮に戻って来なかった。 全校朝礼にも姿を見せず、授業が始まる時間になっても現れす、教室では時おりからつばの やまひこ レキの席を振り返ってひそひそとささやき合う声が聞かれた校門の前には山彦校長によって こば 校内に踏みこむことを拒まれた十名以上の記者がたむろしており、有名芸能人のスキャンダル はまたたく間に生徒たちの情報網を駆け抜けていってしまっていた。 たく、うぜえなあ。いつまで張ってる気だよ。レキはここにやいねえっての」 なが なかい 生徒会室から校門のほうを眺めていた少年が不満げに口をとがらせる。書記の中井だ。 菜の花東の生徒会室は一階の東の端にある。かってはこの古い館の主人専用の図書室とされ ていた部屋らしい。壁面を埋めつくす本棚がそれを物語っていた。 もっともそれらのすべてがすでに老朽化し、あまり多くの本を置くと重みに耐えかねた棚が 落ちかねないので、常に本や必要資料を整理し減らすことも、生徒会役員の重要な仕事のひと っとなっている。 な
ごとうれき 「後藤暦のことは職員室でも問題になっている。なにしろ生徒会長だからな。しかもピアノ科 ではトップの生徒だ。期待の星と言ってもいし 。もちろんうちの校長は、自分の生徒を学校の 売名行為に使うつもりなどこれつばっちもないけどね」 おうか 「それで ? やつばレキは桜花学院の寮に拉致られてるわけ ? 」 「拉致ね。きみたちはすぐそれだ。桜花学院のほうは後藤暦が望んで滞在中だと言っている」 「んなのウソに決まってんだろ。レキをこっちに返さねー気なんだ」 「どうかな。後藤くんがマスコミに追い回されているのは事実だからね。こちらとしても、今 彼に戻ってこられても保護できるかどうか保証はできないんだよ」 「だからってあっちに行きつばなしでいーのかよ ? キヨーイクを受ける権利は ? レキは向 こうの生徒しゃねーぞ」 「まだ、ね」 「先生卩」 「向こうからは編入手続きのための書類を用意してほしいと言ってきているようだ」 「サイテー」 ぶぜん 中条が憮然としてくちびるをへの字に結ぶ。中条のそんな顔を見るのは初めてで、国府田は 思わず笑ってしまった。 「なんだよ ?
222 「生徒会長も生徒会長なら、生徒も生徒だね。菜の花東には礼儀知らすが多いらしい 「レキ先輩を悪く一一一口うな : ごとうれき 「ふうん、後藤暦は人気者だな。きみも彼のファンかい ? 」 「あんたなんかにレキ先輩のよさがわかってたまるもんか ! 「おい夏目 ! 「レキ先輩に何をしたんだ ! 気づけば理久の両手は京夜の美しい着物の襟をつかんでいた。 「レキ先輩をあんなにしたのはあんたらだろう ! 自分で自分がわかんないなんて一一一口う人しゃ なかった : あんたらがレキ先輩に何かしたとしか思えないよ・ : っ ! 」 たけとろ そんなふうに間近に京夜の顔を引き寄せて、爆発しそうな思いの丈を吐露した次の瞬間。 「う : ひょいと首を伸ばして、京夜が理久のくちびるにキスを仕掛けた。 まさかそんな攻撃方法があると想ってもみなかった理久には分がない。 完全に固まってしまった理久からすっとくちびるを放すと、その顔を見上げて、京夜が表情 も変えずに言った。 「かーわいい」 「なっ、なっ えり
新藤はあっさり引っこんだ。この信念の男にそれ以上のごり押しが不毛だということも新藤 はよく知っていた。 放課後の校庭はタ陽の赤い色に染まり始めている。生徒会室の窓の向こうに並ぶ茂った木々 もまた、幻想的なセピア色に染まって光り輝いていた。 ぼっとう しばらく執務に没頭していた菱田がふと席を立つ。窓を開けて風を通すためである。と。 「校長先生」 「やあ。元気にやってますか」 ンプティ・ダンプティ 丸い体を愛らしく伸ばして胸を張る。ふしぎの国のアリスに出てくるすんぐりむつくりそっ くりの体型をしたスーツ姿の男性に、菱田は目をみはり、それからその目を細めた。 あくたがわ 芥川家の次男・山彦が菜の花東高等学校の校長になってから、三〇余年が過ぎている。 そ、っそふ 彼の愛する校舎は木造一一階建て。曾祖父の時代に建てられたこの古き良き時代の建造物は、 離れた場所から見るとやや斜めにかしいでおり、あちこちガタがきていた。 あまどい しゅうぜん 雨が降れば雨漏りの修繕、風が吹けば飛んだ屋根瓦や折れた雨樋の修繕、人が走れば抜けた 床の修繕、すべて彼の愛する生徒たちが成し遂げるべき貴重な仕事である。 彼の理想とする教育は、生徒の独創性を高め、あらゆるシーンにおいて独自の判断を下せる はつぶん 独立独歩の人間を創り上げることにある。すべての困難は生徒を発憤させるためのエネルギー うなが 源であり、すべての不便は生徒に独特な発想を促すための仕掛けであった。 つく
204 なかじようきた 「あらためて中条を鍛える必要はないだろう。あいつは強いんだ、本当は」 ひしだ 菱田がそう一一一一口うのを、理久は半分うわの空で聞いていた。 はなさきがわ 生徒会室の窓から見える校庭の向こうは花咲川の土手に続いていて、鬱蒼と茂った緑の木々 が夏の日の風に揺れている。 レキがいない生徒会室に顔を出すのは久しぶりだったが、生徒会役員たちはすでに理久の顔 とな を覚えていて、彼がここにいることに疑問を唱える者はいなかった。 「中条は俺らと同じ一年だった頃もよく花姫に選ばれてたよな。選ばれた回数しやレキといし 勝負だったんしゃねえの ? 強くもなるさ」 あお ハタバタとうちわを扇いでいた役員の一人が、そう言って肩をすくめる。 な はなひがし 冷房のない菜の花東高校ではうちわは必需品だ。 / イレーツ・ディ こうして海賊の日についての打ち合わせをする生徒会室でも、色とりどりのうちわが風を起 こしていた。 # 0 0 あきひさ ド 1 ル うっそう
かずし 「和士」 にぎ 背中から抱きすくめてくる相手の両手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握り返す。 おうか にしのみや 桜花学院高校一一年、生徒会長、西ノ宮和士。 しくら彼でもたぶん許されない。 寮の部屋に他校の生徒を連れ込むなんてことは、 ) はなひがし ノイレーツ・ディ しかも相手は、海賊の日には敵となる菜の花東高校の生徒で、あろうことかその敵の大将、 つまり、生徒会長だ。 ちゅうちょ だが和士は躊躇しなかった。ほんのわすかも。 ぬくもり 和士はその腕にレキの体温を感じながら、今日という長い一日のことを思い返していた。 にお 日曜の真昼に嗅ぐ太陽の匂い ひざ ましい陽射しの下で響く街中の雑踏の音・ : 「どうした ? 」 激しいキスを中途でやめにして、和士が低くうなるように訊い レキは答えられす、ただ首を横に振ると、和士の胸の中に顔をうずめてしまう。 和士はレキを腕の中に閉じこめたまま、レキの視線の記憶をたどって背後を振り返った。 か な 0 き
全寮制男子校物語 生徒会副会長はミい とてもうまい瀑い当い レキのあっかいカ、ミ、 菜の花東高校 2 年、い ミゞ、、ヾゞ戔 京夜に微妙なド、、、、 にしのみやかずし 西ノ宮和士 \ 全国模試で 桜花学院 2 年。 、、、ま、トップクラスを誇る 感情を抱いている 6 , ゞゞゞ第、 スキャンダルに苦しむ ミ仏生徒会会長。 ドゞドゞ、一、 ` 、ゞベ いい、、、、、ミ、超工リート体質の なかじようあっし 中条陸 菜の花東高校 1 年」 えのもどミ、きようや、 榎本京夜 花学院 2 年ハ ゞドゞゞドゞゞ、いゞ、、 在ど自認してい、 和士にどって特別な存 生徒会副会長、、 物静かでスタイ以ッジュな ゞゞドゞゞ 、、レキを学院に かくまうが・・・ 理久のルエムメイト。 ー理久を好きになるが ! 理久がまい レキを好きだと思い込んでいる唹
っちいそうろう 「わかったぜ ! しゃーこうしよう ! オレが桜花学院に居候さしてもらってるあいだ、京夜 あっち に菓の花東に行ってもらって、生徒会のオレの役、やっといてもらうんだ ! 代わりにオレ、 和士の仕事手伝っとくよ ! 京夜に生徒会の仕事教えてやってくれよ、菱田 ! な ! 」 「な、っておまえ」 我ながらすつごいナイスアイディア ! と言わんばかりに自分を見上げてきたレキに、さす ぼうぜん がの菱田もあぜん呆然とするしかなかったが。 / イレーツ・ディ しいたろ、つ。トレードだ。 決着は次の海賊の日につける」 「お、おい トレード 菱田は耳を疑う。交換だって ? 篇しかしそうしてマジか ? という目つきで見つめてきた菱田に、当の和士は自分が何か間違 ごうぜん はったことでも言ったか ? といわんばかりの傲然とした視線を返した。 同じように、自分を突き刺すように見つめる榎本京夜の視線を背中に感じる。 校ふと気づけば、レキもまたしっと菱田を見つめている。 男菱田は稽古着の下でどっと汗が噴き出すのを感じた。 寮「そう、そうだな。いいかもしれんな。うん。生徒会の仕事もちょうどたまっていたところだ しな。うん。教えよう。・ : そうだ、レキー とつじよ いたたまれなくなった菱田が、突如として話題を変える。