「えっ ? いきなり後ろからぎゅっと腕をつかまれる。中条だった。 理久はびつくりして振り返る。 「中条 ? こっちを見上げてきた中条の瞳があんまり必死なので、理久はそれ以上何も一言えなくなって しまう。だいたい中条が声を張りあげるところなんて初めて出くわした気がするし。 ( なんだろう。何かワケがあるのかな ? ) ワケがあるなら中条の望む通りにしてやりたい。 服理久はじっと中条の瞳を見つめ返した。 「あの ? 」 京夜の母親がいぶかしげに見上げてくる。京夜と同し透けるような琥珀色の瞳だ。 語 校理久はあわてて彼女に向き直って言った。 男「あ、えーと、知りません。ごめんなさい いそうろう 寮「知らねえってこたねえだろう。桜花の副会長さんは今うちに居候中なんだからよ」 ( 沢田 ! ) 「いそうろう ?
「ちがうよ。ごめん。なんでもないんだ」 なんとかごまかしたが、それ以上静かに話してはいられそうもなくて、理久は中条の腕をつ かんだ。 「なんだよ ? 」 「来いよ。外に出よう」 「やだね。見りやわかるだろ。読書中だ」 中条はそ、 2 言って、手にしていた文庫本をひらひら振ってみせる。その瞬間、理久には中条 の意識がすでに本からは離れてしまっていることがわかった。今の中条はただ理久に反発し、 理久を困らせたいだけなのだということも。 篇 どこかの西洋画の裸婦のようにしなやかに床に横たわったまま、中条はあごを浮かせて理久 月 ひとみ はを見あげた。濡れて光る猫のような瞳だった。 その挑戦的な瞳が理久に火をつける。 校次の瞬間、理久は中条の耳元に口を近づけ、自分でも信じられないようなせりふをささやい 男ていた。 寮「来ない気なら、この場でおまえとやる」 中条の妖精色の瞳が大きくなる。
「な、なんだよ ? 「続きはべッドで話そう」 「よせよ。だからオレもう帰るって」 「帰さない」 「和士」 「いやか」 「 : : : あんたといるのは好きだよ」 「何をされても ? 」 「なんでも、 . あんたのしてえようにすればいい。 そうしろよ」 くちびるを噛みしめてキッと見上げてきたレキを、和士は無表情な目で見下ろした。 にじ だがその黒い瞳にはレキだけにわかる色が滲んでいる。紫がかった欲望の色。 「また、過激なことを一一一一口う」 「あんたが言わせるんだろ」 うる レキの瞳も潤んでいる。 しるし 抱きたくて。ただ自分のものだと印を刻みつけたくて。 てじよう オレに手錠でもはめてつないでおきてえなら
ほっそりとした腕は布団の上にばんやり投げ出されていたが、その腕に男の子らしいところ はかな はどこにもない。生まれて一度も陽に灼けたことのない青白さが、彼を少女のように儚げに見 せていた。といっても少年の髪は生まれたてのヒョコのように短く刈られていたから、少女と いう言い方も当たらないかもしれない。 痩せ細った顔は子どものそれではなかった。それが見る人に違和感を与える。 整った目鼻立ちはレキというよりはそばにいる父親の形を想わせた。一一卵性なのだろうか 双子でも一卵性でなければ顔立ちはまるで違うと聞いたことがある。 ぎようしゆく すべてが小さく、内側に凝縮されている感しだった。 うる そんな小ささの中でただひとっ印象的だったのは、潤むように大きな瞳だ。痩せ細った顔の 篇中でただその瞳だけが輝きを失わず、何かをそこに映すために生きていた。 彼ま理久たちの姿にもこれといって はしかし今、その瞳にはなんの表情も表されてはいない。 , ー 疆反応を示さす、視線を上げようともしなかった。 物 べッドのそばに近づいて彼を見下ろしていた理久が訊いた。 校 男「あの、すいません、槙くんはどことどこが悪いんすか ? 」 「夏目 ! 」 理久のぶしつけさに中条が目を丸くする。だが、静は微笑んだだけで理久を非難するような 目は向けなかった。
ひとみ 双子の弟の瞳が同意を示してくるのを受け取って、レキがくつくっ笑った。 なかじよう 「オレさ、 リクが中条といちゃっいてるとこ見んのも好きだったりすんだよな。わかる ? 」 レキの手は弟の腕をさすり、ふたたび同意を求める 「たぶんさ、あいつの色ってオレたちといっしよなんだ。な、槙ならわかるだろ ? ほこさき 槙の同意の合図に満足して、レキの思考の矛先は別の人間のほうへと移された。 レキは槙のつぶらな瞳を見つめて言った。 「菱田はさ、落ちこんでるぜ。あいつはなんも言わねえけど、オレにはわかるんだ。あれから ずっと元気がねえからな」 はなさきがわ えのもときようや ふけ 菱田の物思いに耽る横顔を想うとき、レキは花咲川の土手で榎本京夜の細い体を支えていた 篇ときの菱田の顔を思い出さすにいられない。 と、槙の瞳に動きを認めて、レキが頭を振った。 「オレ ? オレはべつに元気じゃん」 うそ 物 ごゞ、真に嘘は通じない。レキは簡単に見破られた自分の嘘の破片をシーツの奥に沈めた。 校オカ , オ あいっ 男「だって、和士には他にだいしなャツがいるんだ」 おさな 寮そうつぶやくと、レキは幼い頃すっとそうしていたように、槙の体のそばで丸くなる。 周囲はレキが槙の面倒をみていると思っているが、レキ自身はそうとは思っていなかった。 本当は逆なのだ。こんなふうに槙に甘えていると、なおさらその思いが強くなる。 まき
「抱きたいって言ったの、俺だ・ : ! 」 中条の体は理久の体の下でしなやかに伸びる。中条の目が笑っているのがわかって、どきん と心臓が音を立てた。 「オレと寝てーの、ばうや ? 」 「誰がポーヤだよ ! 」 「今オレを押し倒してるやっ 白い指先が理久の胸を指す。理久の目が間近にある中条の瞳をしっと見下ろした。 妖精の瞳がうっとりと色づいてゆくのを、理久はため息を洩らしそうになりながら見つめて この瞬間ふたりの間に流れた時間を奪うことは、きっとこの世の誰にもできない。 中条は理久を見上げ、落ちてきた理久の前髪を片手でかきあげて言った。 「ここじや背中が痛い 「レキ先輩、ほんとどこ行ったんだろうな」
あざ 中条は乱暴に理久の腕を取り、自分のくちびるの前に引き寄せると、手首の赤く痣になった 場所に舌先を押しつけた。ピンク色の舌がペろっと理久の手首を舐めあげる。 やつばり猫みたいだ。そう思いながら理久は文句をつけた。 「くすぐったいよ」 「痛てーんじゃなかったのかよ ? 「そこでしゃべるな」 手首を舐めながらロを動かされて、理久がびくっと片目をつぶる。 ひとみ 上目づかいの中条の瞳が色味を帯びた。 「なに ? 感じてんの ? 」 篇「そんなんしゃ 「よせよ。遅れる」 校「面会時間、一時からだっけ。まだ時間あるぜ ? 男「陸、土曜の午前中はフロが使えない」 いーだけだろ。ちゃんと舐めてやるよ」 寮「汚さなきや 全 こういう瞳をするときの中条は要注意だ といっても、今さら注意したところでもう遅いけれど。 した
「あんたがオレに興味があるのは最初つからわかってるぜ。あんたはオレを見たからな。その 目。気がねえって一一 = ロ、つんなら、殺してえんだろ 京夜はふたたび目をみはったが、それでもまだ言葉は出せないでいる。 レキは京夜から視線を離さないまま続けた。 「あんたは和士のなんだ ? 「 : : : 知りたい ? ようやく勇気を振り絞ったかのように出された声は、端がふるえていた。 「知りてえから訊いてんだけどね。あんたはまどろっこしいのが好きそうだな」 レキの瞳は京夜を射るように見つめている。瞳の激しい力がレキそのもののパワーとなって 篇周囲にあふれ出しているかのようだ。 すが は京夜は目を眇め、レキの眩しいような視線から逃れようとしたが、レキは許さなかった。 「和士もよくそういう目をするからな。わかるぜ。あんた、和士と寝たのか」 校「前にね」 男「ふん。快かったかよ ? 寮「悪くはなかったよ」 「今は ? 」 「彼はもう僕には手を出さない。きみがいるからね」 まぶ
194 理久は大きく息をのんだ。 槙の大きな瞳には今や父親の手ではなく、理久の手が映されていた。 「夏目 中条の手が肩に食いこむのを感しる。理久は中腰の状態で動けなくなってしまった。 いくらひざが痛くなっても、このまますっと彼の手を握っていたいと願ってしまう。 くも 後藤槙の瞳は一点の曇りもなく、穢れなく、理久の手の甲を見つめ続けていた。 時間が止まったかのような至福感に満たされる。 いや、できれば時間を止めたい。彼と同じ時の流れの中に身を浸したい。 と、つすい 理久はふしぎな陶酔感に酔った。 ここは現在でも何でもなく、自分は自分でも何でもない。 透明な何かがこの病室をおおってしまって、それが理久も中条もレキの父親もまとめて包み こんでしまったかのような一体感を覚えた。 それは、ほんの一瞬のことだったけれど。 突然、まぶしい光が背後から射しこんだ。 痛ましいような詰まった叫び声。
298 理久が中条の青ざめた顔を痛ましげに見上げたときだった。 あっし 「陸 ! 」 地獄の釜の蓋が開くときにはきっとこんな大音響が鳴り響く。 とどろ その声はちょうど理久たちが逃げ出した食堂のほうから轟いてきた。 「どこにいるんだ ! 出てこい ! 陸イイイイイイ かいじゅう 怪獣の声だ。 理久は思った。 ( 詩人の言葉の選択としちや最悪だとも思いつつ ) 俺の恋人を食らいつくそうとする怪獣の声。 理久は右手を持ち上げると、中条の手首をぎゅっと握った。 ひとみ 中条がその緑と灰色の混ざり合った妖精の瞳を向けてくるのがわかる。 その瞳を見つめ返しているうち、理久はつい一週間前、花姫を守りきったときと同しように 自分の内側から熱くあふれ出してくるものを感し始めていた。 この力。 中条に出会わなければ、自分の中にこんな力が眠っていることなんて一生気づきもしなかっ たにちかいない。 中条がいてくれるなら、どんな恐布にも立ち向かえる。 ( 陸。大丈夫だ。俺が守ってやる。俺を信しろ ) リク かまふた