理久は沢田の手からそのくしやくしやになった赤い食券を受け取ると、ふうと肩を落として 言った。 「これを使ったら、その場で生徒会役員にタイホされそうな気がするよ」 「ばか言ってんしゃねえ。アシなんかっくかよ」 「・ : わかった。使うチャンスがあったら使ってみるよ」 「おう、だ 5 いじに使えよ」 もう一度、けげんな目で沢田の顔を見上げる。沢田はいつもの横柄なそぶりで理久を見下ろ してみせた。 だばだばのジーンズに首まわりの伸びきったシャツ。たつぶりとした横幅の体で前に立た れると圧倒される。教室ではいつも後ろのほうにいて、成績もたいていは後ろのほうで、どう やら勉強と名のつくものいっさいに興味がない。サポリは日常茶飯事で、教師にはしよっちゅ う呼び出しを食らっているようだが、遊び仲間には事欠かない。 理久は一瞬、彼の育った家庭について考えかけている自分に気づいて、少なからず驚いた。 ( べつに、沢田に興味があるわけしゃないと思うんだけど ) 理久が両親の離婚という経験を経て、変わったことはいろいろある。 だがそれ以上に、この全寮制の菜の花東高校に来てからの変化のほうがインパクトが大きい 気がしてならないのだった。 おうへい
「パーライトとピートモス、買ってきてくれたかい ? 「はっ ? 」 一瞬自分に言われたのかと思って理久が目をばちくりさせる。 だが返事は菱田に求められたものだった。京夜の視線は菱田のほうに向けられている。 パイレーツ・ 1 アイ 「すまん。まだなんだ。この昼休みに行こうと思ったんだが、海賊の日の打ち合わせが入って 動けなかった」 「だったら僕が行く。ガーデンセンターはそう遠くはないんだろう ? 「いやだめだ。あなたはここにいるべきだ。放課後には俺が必す行く。必すだ。約束する」 ( あなた ? ) 篇理久は思わずばかんと口を半開きにしてしまう。 蜜 菱田が誰かをそんなふうに呼んでいるところに出くわしたことがない。レキに対してだって 〃あなた〃なんて使わなかったはすだ。 校どうなってるんだこのふたり ? と理久はふたりに交互に視線を向けすにいられない。 男その視線に気づいた京夜が、皮肉な微笑みを浮かべて言った。 寮「どうこれ ? きみたちの副生徒会長さんは僕をここから一歩も出そうとしないんだよ。もう 三日目だよ。信じられるかい ? 」 うっせき どうやらその三日間で不満が鬱積していたらしく、京夜は一気にぶちまけ始める。 ほほえ
266 言いわけじみたことを言った自分も自分だが、中条のけんもはろろな態度もどうかと思う。 理久はむっとしつつ、それを声に出さないように気をつけて、ふたたび食い下がる。 「でも : ・、やつば、気になるかなって」 「なんで ? 」 「なんでってそりや、しかたないと思うよ。俺はおまえと」 その先にどう続けていいかわからなくて黙りこむ。 ( 姉ちゃん ) 思わず久々に姉に呼びかけて救いの手を求めたくなるくらい自信をなくしている自分に気づ かされた。 もしこのまま問い詰めて、国府田のほうがずっといいなんて言われたら ? きっと一生立ち直れない。 と、中条が寝返りを打ち、さもうざったそうにため息をついて言った。 「いーしゃん。関係ねーだろ」 「関係あるよ ! 中条に背中を向けられたことがショックで、つい大声を出してしまう。 沢田たちの視線が集中してくるのがわかって、理久は真っ赤になった。 「なんだあ ? 花姫相手にケンカかよアッキー ? ドール
隣で椅子を揺らしていたもう一人の書記・新藤が、同しく窓の向こうに目をやって言った。 「ヒマだねえ。もう一週間かー。レキがいねえとなあんか燃えねーぜー」 「ばか。ヒマなわけがあるか。新藤、昨日のアンケートはどうなったんだ ? 結果をパソコン に打ちこんでおくよ、フに言っただろ、フ」 「おーっとヤプへビちゃん」 廊下側の席にいた副会長にたしなめられて、新藤が肩をすくめる。もともとレキがいようと いまいと、生徒会の実質的な業務をこなしているのはこの副会長のほうだった。 ひしだこうじ 菱田浩一一。ボクシングジムのオーナーを父に持ち、自分自身も相当な暴れん坊だった経歴を 持っ少年だ。大柄で、背丈は一メート ル九〇近くあり、その堂々とした体格とあごひげまで生 ふうぼう 引やした独特の風貌は一部にファンも多く、少年のそれというよりは大人の男のそれだ。同性の 目から見てもたいへんに魅力的な男である。 「なあ、レキの欠席届出したのおまえだって菱田 ? レキどこにいんの ? 知ってんだろ ? うかが 語 物新藤がストレートに訊く。この男に対しては、鎌を掛けたり遠回しにお伺いを立てたりして 子みても意味がないと知っているからだ。菱田もまたストレートに答えた。 「知っていても洩らす気はない。悪いがな」 全 「あ、そ」 万事こんな具合だ。 しんどう
186 理久は何も言わなかったが、中条の言葉に感謝した。こんなふうに言われれば誰だって勇気 が出る。 「レキ先輩、どうしてるかな」 「心配 ? 「あ、ああ。そりや心配だよ。俺たちの生徒会長だ」 うそ 自分で言っていて自分で嘘くさいと思わすにいられない。 レキの話をするときはいつもこうだ。理久は中条にうしろめたかった。 レキに対する初めての恋心を打ち明けた相手は中条だった。 中条は、理久はレキを好きなのだと思いこんで疑わない。 だが当の理久はレキではなく、中条と寝ているのだ。よく考えてみれば、多情なのは中条で はなく理久のほうではないか。 その事実を中条はいったいどう受けとめているのだろう ? だが中条は理久のそんな迷いがわかっているのかいないのか、歌うように言っただけだ。 「大丈夫だろ。あいつは少々のことしやめけやしねーよ」 なぐさめられたんだろうか。 理久は中条の横顔にちらと目をやったが、その目線はすぐに一兀の位置に戻った。 考えこむのは後だ。自分の役目を果たすべき場所はすでに目の前に用意されている。
ごとうれき 「後藤暦のことは職員室でも問題になっている。なにしろ生徒会長だからな。しかもピアノ科 ではトップの生徒だ。期待の星と言ってもいし 。もちろんうちの校長は、自分の生徒を学校の 売名行為に使うつもりなどこれつばっちもないけどね」 おうか 「それで ? やつばレキは桜花学院の寮に拉致られてるわけ ? 」 「拉致ね。きみたちはすぐそれだ。桜花学院のほうは後藤暦が望んで滞在中だと言っている」 「んなのウソに決まってんだろ。レキをこっちに返さねー気なんだ」 「どうかな。後藤くんがマスコミに追い回されているのは事実だからね。こちらとしても、今 彼に戻ってこられても保護できるかどうか保証はできないんだよ」 「だからってあっちに行きつばなしでいーのかよ ? キヨーイクを受ける権利は ? レキは向 こうの生徒しゃねーぞ」 「まだ、ね」 「先生卩」 「向こうからは編入手続きのための書類を用意してほしいと言ってきているようだ」 「サイテー」 ぶぜん 中条が憮然としてくちびるをへの字に結ぶ。中条のそんな顔を見るのは初めてで、国府田は 思わず笑ってしまった。 「なんだよ ?
「こんちは。元気 ? 見舞いに来ていて元気も何もないだろう、と間の抜けた自分を責めずにいられない 当然のことながら槙にはなんの反応もない。理久は気を取り直して言葉を探した。 「えーっと、せつかく親父さんといっしょのとこジャマしてごめんなさい。でも俺、あなたに 会いたかった。レキ先輩、俺のことあなたに似てるって言ったんすよ、最初会ったとき」 初めてレキに会った夜の感動を、この人にどうやって伝えたらいいだろう ? あのときから理久の第一一の人生が始まった。おおげさなのかもしれないけれど、理久はそう 思っていた。今も、これからも、きっとずっとそう思う。 「俺、レキ先輩にはすごく世話になってんです。その、あんまうまく言えないっすけど、こう 篇やって、レキ先輩がとっても大切に想ってるあなたに会うチャンスがあってよかった、です。 えっと槙、さん」 「 ~ 名前を呼んでみた。もちろん反応はなかったけれど。 校「・ : あの、それじゃ」 男それ以上何を言っていいかわからなくなって、理久はロをつぐんだ。最後に、少しだけ力を 寮こめてきゅっと槙の手を握る。そうして立ち上がろうとしたとき。 「あ」 小さく洩れた声は中条の声だった。槙の頭がほんのわすかだけ動いたからだ。 まき
「ざけんな、ばか」 中条は赤くなる。ど、フしてこいつにはこ、つ、ハジとかテライとかい、つものがないんだ ? 夏目理久のストレートですなおすぎる反応にはいつも赤面させられすにいられない中条だ。 体をよじった中条を背中から抱きすくめ直して、理久が耳一兀にささやいてきた。 「おまえにばかって言われるの、もう慣れた」 ー ? ばかって言われるたびに勃ってんしゃねーだろうな ? 「ばれたか。実はそうなんだ」 あほう 「阿呆 ! 今度はテイソウの危機の到来だ 篇誘うようなせりふを吐くんしゃなかったと後海しても、もう遅い やめろって ! 」 は「夏目 ! よせ : ・ 首すしに濃厚なキスをしかけてきた理久を、思いきり邪険に振り払う。せつば詰まった声は 校自分でもわかるほどだった。 男「ごめん。そんなにイヤだって思わなくて」 あやま 寮あわてて両手を放した理久が、目に見えるくらいしょんばりとして謝ってくる。 全 イヤなはすねーだろ。とは中条には言えない。 おぼ どんなに理久が好きでも、すなおに溺れてしまうことはできなかった。どうしても。 じやけん
オレ、それでいいよ」 「いいよ。オレはあんた専用でいし 噛みしめるように言葉をくり返す。 はなひがし レキは自分のその言葉が菜の花東高校のみんなに対する裏切りなのだと、もちろんわかって 言っていた。心のどこかが、ねしれてちぎれそうになっていた。 和士は何も言わす、黙って両腕でレキの体を抱いている。レキは和士の両手首の上に手を置 いて、少しばかり頭を後ろへのけぞらせて言った。 「でも和士、そうなっちまう前に、どうしても行っておきてえ場所があるんだ」 「病院か ? あっさりと言い当てた和士が意外なようでもあり、当然のようでもあった。 篇 和士はレキのすべてを知っていると言ったのだから。 月 「知っているよ。きみが毎週末、弟の入院先に足を運んでいたことは」 「うん。オレ、こんなに長くあいつの顔を見てねえのは初めてなんだ」 語 校「会いたいか ? 」 男「今すぐ」 寮自分でも驚くくらいの早さで答えてしまっていた。 あふれ出したら、もう、止まらなかった。 「会わせて。会わせてくれよ、たのむ」
「〃女性には興味を持てない〃んだろ ? それ生まれつき ? 女とヤッたことねえんだ ? いやってどうゆう意味だよ ? イエスってこと ? ノーってこと ? 「女性と寝たことがあるかという質問なら、答えはイエスだよ」 レキのロはばかんと開いたまま、不自然な沈黙を生む。 和士の目が細くなり、レキのほおを片手で包んだ。 「そんな顔をするな」 「え。あ。ごめん。なんか想ったよりショックだった」 ほほえ 引すなおに自分の感情を告白する。和士は微笑んだ。 蜜「たいして夬かったわけじゃないただ寝ただけだ。もう少しくわしく話すか ? 「うん。どうせならぜんぶ話せよ。そのほうが安心するぜオレ」 語 物「ふふ」 子ロでは生意気なことを言いながら、レキの表情は緊張感に満ちていて、無理をしているのが 制ありありと読み取れる 全「わうー 和士の腕にふわりと抱き上げられて、レキが目を丸くした。