メンバー - みる会図書館


検索対象: 幸福な降伏
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1. 幸福な降伏

プリカ復活ライプの打ち上げパ 1 ティ 1 を行っているのだ。 なにしろライプ後のことなので、もう日付も変わろうという時分になっている。が、 テ 1 プルを片づけて立食形式を取ったフロアには、メンバ 1 をはじめ事務所とメ 1 カーの おもだったスタッフはもちろん、テレビ番組や音縛誌などの媒体関係者、代理店や楽器 メ 1 カーなど、日頃バンドと近しいメンツがほば勢揃いしている。 「いやあ、旨い。やつばお祝いごとにシャンペン ってのはサイコーだね」 言葉どおり、満足げに大きく息をついて、が干したグラスを透かしみた。それに アキノが、手近のテープルから取ったポトルを傾けお代わりを注いでやる。 これから各関係者への挨拶にまわらなければならないところだが、乾杯直後のことで、 メンバー四人はまだ須磨子社長を囲んで場の中心に集まっていた。 「にしても、社長。今夜の打ち上げはやけにゴ 1 ジャスじゃないっすか」 ついでに自分のグラスもいつばいに満たして言ったアキノに、須磨子は深紅に塗った唇 を弓なりにつり上げた。 「あなたたちみたいな欠食児童には猫に小判で第沢過ぎるんだけど、ま、今回はいちおう 報ケンショウの出所祝いも兼ねてるしね」 欠食児童ーーだなどと、戦前の人間のような年齢のバレるその言いまわしは、メンバ 毬たちにはピンとこない。ともあれ言われたケンショウは、苦笑いとともに大きく肩をそび あいさっ

2. 幸福な降伏

「あ、わかりました。リ ハの合間にやらせますんで」 「すいません、お願いします。ペンとか必要なものは、一緒に中に入ってますんで」 用事にかこつけて露骨な逃げを打った橋上に、だが沙樹もその程度で引きはしない。 「ね、リョウイチ。リョウイチってば」 「あ、ああ。なんだよ、沙樹 ? 「少しさ、話がしたいんだ。今日、このあとどっかで会えない ? 」 ゝゃ。いま出張明けですげえ忙しいんだ。また会社戻らなくちゃならないから」 「忙しいって、でもリョウイチ、俺の担当ディレクターじゃない。少しはっき合ってくれ しし力、り ても、それだって仕事のうちだろう ? 今日がダメなら、明日でもあさってでもゝ 「そりや、創作上の悩みとかなら聞くのもやぶさかじゃないけど : ・ まるでダダっ子のように甘えた態度で食い下がられ、橋上は冷や汗モノの心地だった。 なっ パリ以来、あまりに露骨な沙樹の懐きぶりは、ほかのメンバーやスタッフ陣の好奇のまな ざしにさらされ続けているのだ。 いや、単なる好奇心の対象にされるだけならまだしもだ。沙樹に続いてメンバ 1 たちが 出てきたプースのほうから感じる視線のひとつは、やけにチリチリ背中に食い入るようで

3. 幸福な降伏

116 力のある連中はもうメジャーに吸収されつくして、あとは残りカスみたいな状況に」 「はあ : : : ですがレプリカは固定ファンも根強いですし、逆に対抗バンドが出にくくなっ ている状況ですから 「それも、平穏無事でトラブルがない場合の話だ。こうなった以上、君だって会社側が全 面的に応援して、という態勢で行けるとは思ってないんだろう ? 」 「いえ、ですからその件はメンバーや事務所のワンダラー側とも検討して」 日頃は人当たりの穏やかなーー悪く言えば押しの強さに欠けるきらいのある橋上だ。そ れが珍しく食い下がろうとする様子に、高城は一瞬、目を丸くした。 が、すぐに苦笑混じりに片手を振る。 「まあ、 。とにかく君も、しばらくはレプリカの残りのメンバ 1 の運転手でもなんで もやっていたまえ。この騒動が片づいたら、あとはもっと気苦労の少ないスタジオ勤務に 配置替えしてやるから」 いかにもねぎらうような口調に対して、しかし瞬間、橋上の顔色が一変した。 させん 本社屋の裏手に隣接するスタジオは、社内的には左遷部署のトップなのだ。職務 内容としても、ディレクターの立場を離れていわば雑用係にまわされることになる。 つまるところ、橋上は、今回の引責で引導を渡されたわけなのだ。

4. 幸福な降伏

ふっしよく すまこ おかもと メンバー対岡元、そして対須磨子との険悪ムードを払拭し切れないまま、その後まも なく潮時を見計らった社長の仕切りで、ワンダラ 1 での会合は打ち切られた。だがその時 分にはすでに、ケンショウの事件に関する問い合わせが事務所の電話を騒がしく鳴らし始 めていた。と、いうことは、事務所周辺に張り込みのカメラがまわされている可能性も高 かった。 そこでメンバ 1 を安全に逃がすために、複数の車が必要だ、という話になった。エレ べーターで地下の駐車場まで降り、ホールからいちばん近い場所に停めておいた車にダッ シュすれば、芸能記者のカメラに捕まる可能性は低いだろう、という判断だ。 最も狙われる確率の高い沙樹の面倒は、例によって橋上に押しつけられた。さすがにこ ひがしこうえんじ の緊急事態となれば橋上にも裔はなく、いったん東高円寺の自宅に向かい、自分の車を 出して沙樹のピックアップに戻ったのだ。 しのはら アキノとに関しては、先に篠原の運転で脱出に成功したと聞く。そしてこちら も、手間ひまかけた甲斐あって、とりあえずなにごともなく事務所を離れることができた ところだ。 かんなな 世田谷通りから環七に折れる少し前で、車は渋滞に捕まってしまった。この時刻にはい つものことだが、交差点をひとっ越えるのに、信号表示が青から赤に変わる様子を、前の 車のポンネット越しに何度眺めさせられたか ねら 0

5. 幸福な降伏

改めて深く頭を下げて、橋上はその場を辞そうと腰を上げた。 つぎは、田中とかいうカメラマンを当たることだ。 青井と別れて講文社の社屋をあとにすると、まずは路上で携帯電話を取り出した。液晶 画面の表示時刻は、リ・。 もうタ方だな、と思いながら、いましがた教えられた田中の 携帯番号にかけてみた。 数回のコール音に続いて、電話が繋がる。 『はい、田中ですが。ーー』 そう応じたのは、ヘビースモ 1 カーによくいそうな、少ししわがれた男の声だ。 「あ、突然で恐れ入ります。こちらは東邦の橋上と申します」 『ーーはい ? 』 「いえ。私、レプリカの担当ディレクタ 1 をしているものでして。今週発売の『ズーム アップ』に掲載される、うちのメンバ 1 の記事について、田中さんから少し事情をお聴き 伏 降できまいか、とーー」 幸 電話口に、数秒の気まずい沈黙が流れる。 『 : : : 記事に関する問い合わせなら、編集部のほうにお願いします。僕個人でお話できる つな

6. 幸福な降伏

9 一つた。 長年こじれ続けていた父親との、ついに訪れた初めての和解。今後のバンドの成長への ジャンピング・ポードとなりそうな、レプリカの再始動。アキノのからかいではないが、 ハンド内部の状況も、確かに結成以来、最高にうまくいっている。 かたわ そしてなにより、こうして沙樹が、傍らに寄り添ってくれているのだ。 なごやかで華やいだ雰囲気を保ったまま、打ち上げはとりあえず一一時間ほどでお開きに よっこ。 半地下の店内から吐き出されると、おもてはもう夜明け前で、厳しい寒さが酒の火照り を一気に吹き飛ばす勢いだった。それでも面々のうち半数ほどは、三々五々とつぎの店に 向かう相談を交わしている一兀気さだ。 「どうするんだ、これから ? なんならいちおう、メンバ 1 だけで祝杯あげに行くか ? 」 毛糸帽を深くってスキンヘッドを防御しながら、がケンショウの背中に問いか ひじてつ けてきた。が、それにアキノが大仰なしぐさで肘鉄を食らわせる。 「ヤポ言うなって。 しい加減、お熱いカップルは邪魔者から解放してふたりつきりにして やる時間だろ ? バカッ、アキノ ! 」

7. 幸福な降伏

同じようにキャットフードを食事代わりにしているとしても、いま理世が聞かせてくれ たバレリーナの逸話など、おそらく沙樹は知りもしないだろう。 第一、彼の場合は、往時のロシア人たちのように金銭的に遇している状況では決して ない。レプリカのメンバ 1 は、事務所から毎月一一十万円を超える給料をもらっているし、 ほかに楽曲の印税も入る。 あの下北沢のマンションなら家賃もせいぜい七、八万といったところだろう。特に第 でもしない限り、食うに困るようなことはないはずだ。 「それよりさ、リョウちゃん。今日なんだけど、ごはんすんだらョドニシカメラに行って こようよ。プリンタ 1 のインク切らしちゃってるし、リョウちゃんも新しいデジカメ見た いって言ってたでしよう ? 「え ? あ、いや。それが・・ : : 」 内心、密かに沙樹のことに思いをめぐらせていた橋上は、急にちがう話題を振られて目 を白黒させてしまう。 「いや、ごめんな、理世。きよ、今日も午後から仕事なんだ」 声がうわずるのもごまかし切れず、それでも必死に言い訳する。その慌てぶりをどう受 け取ったのか、しかし、理世には夫を疑う気はさらさらないようだ。 こうぶんしゃ 「そっか、残念。だったらプリンタ 1 のインクは、明日、講文社に打ち合わせに行くか ひそ

8. 幸福な降伏

「 : : : 昨日、歌詞書いてて徹夜だったんだ」 「若いんだから、徹夜ぐらいで倒れるなって。そんな調子でライブツアーとかもつのか よ ? ちょっとは体力つけてくれ」 「だいたいおまえ、ちゃんと食うもん食ってんのか ? ひとり暮らしなんだから、自炊の ひとつもしてるんだろうな」 「 : : : 料理とか、俺、苦手だから」 「なら外食か。それともコンビニで買ってくるもんでも食ってるのか ? 先刻の、沙樹に対するおのれの過保護ぶりをこれで帳消しにしよう、という防御本能で も働いているのだろうか ? 衝動に任せて立て続けに問いただしながら、それが必要以上 なんきっ の難詰になっていることは、橋上自身も十分意識させられていた。沙樹の側も、おっくう になったのか、それともまた少し具合が悪くなったのか、ロをつぐんでぐったりシートに もたれかかってしまう。 その様子を横目でうかがって、さすがに責め過ぎたか、と橋上も口をつぐんだ。 にしても痩せの大食いの傾向がある自分と比べて、沙樹は外見どおり 、 ) かにも食か細 はたち いようだ。仕事の流れで一緒に食事をする機会はしばしばあるが、沙樹が二十歳前後の青 おうせい 年らしい旺盛な食欲を見せたことはなかった気がする。もちろん、ほかのメンバーは年齢

9. 幸福な降伏

の組み合わせではジョ 1 クにもならない。 西村も、 いい加減、この話題は切り上げ時だと判断したのだろう。 「ん、んじゃ、そろそろ曲のほう、い ってみましよう " " 」 どうまごえ 正面のカメラに向き直って、例の胴間声を響かせる。と、心得たプロデューサーが、 カットの合図を大きな身ぶりで繰り出した。 オンエアの折には、画面は続いて演奏シーンに移るのだが、そちらはこのあと上の階の スタジオに移動しての撮りになる。 「お疲れさまでした ! 」 「ありがと , っ′」ざいますー あいさっ 型どおりの挨拶の声が飛び、メンバー四人がセットを下りてきた。ちょうど、出入り口 の防音ドアを背にして立っていた橋上のほうへ向かってくる格好だ。 立ち位置のとおり沙樹が先頭になっていたのに、橋上はとっさに足をすくませてしまっ た。いまさら身を隠すのもよほどマズい状況で、ただ慌てまくったマヌケをさらしてい 降るしかない。 ひとみ と、沙樹の側もそんな橋上の姿を認めて、一瞬、ガラス玉めいた瞳に動揺の色をよぎら せた。口元は小さく開いたまま一一一一口葉を失い、白革の編み上げ型プーツに包まれた脚の運び も止まって

10. 幸福な降伏

入社年度で三年後輩、つまり今年の新人でもある原口を、橋上はうろんな目つきで振り 仰いだ 「気色悪いぜ、原口。これ、彼女のかなにかか ? んなもん、会社で使うなよ」 「やだな、橋上さん。黒いレ 1 スのハンカチなんて、うちの彼女だって使いませんよ。広 げてよく見てください」 うながされるままハンカチを広げると、四隅のひとつのよくプランド・ロゴなどが入っ ている位置に、と綴られたサテン糸の縫い取りがある。つまりこれは、 はんそく 制作ディレクタ 1 である橋上が現在担当中のビジュアル系バンド、レプリカの販促グッズ らしい 「これ百枚分ぐらい、メンバ 1 さんにサイン入れてもらってください。お得意さんまわり に使いたいんで」 「そりやいいけど、でもそんなの宣伝部の仕事だろう ? なんで石井さんのところに持っ てかないんだよ ? 」 「その石井さんから、橋上さんのところに持ってくように、って言われたんですよ。じゃ あ、ここに置いてきますから、とりあえずョロシクー したり顔で太い眉を八の字にして、原口はわざと大きな音をたてて橋上の足元に段ボ 1 ルを下ろす。中にはもちろん、さっき手渡されたのと同じ黒いハンカチが詰まっているの まゆ