ヴァールデン - みる会図書館


検索対象: 影の中の都
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1. 影の中の都

途中、何人かの同僚が声をかけたが、彼の耳には届いていなかった。 乱暴に扉を開け、資料室に飛び込むと、彼はその手帳を見つけ出した。 ・ : まちがいない。あの女記者のものだ ! ざっと目を通したヴァールデンは、興奮に顔を上気させていた。 「おい ! 誰か昨日のイーストエンドでの発砲事件のことを知ってる奴はいるか ? こ 大声で、ヴァールデノよ訊、 「昼ですか ? 夜ですか ? 」 「夜だ ! 」 「ああ、知ってますよ」と言ったのは、ヴァールデンの直接の部下だった。「警部の名前の入 った手帳を持っていた奴でしよう ? 「そうだ。これを持っていた被害者はどうした ? 「生きてますよ。今朝あたりは、話が出来るんじゃないですかね ? こ 「 : : : 運が向いてきたそー 都 「え、何です ? 」 の の「おい、奴が撃たれた現場に、百人ほどの警官を待機させておけ ! 」 影 「なんなんです、いきなり ? 「連続蒸発事件が解決できるかも知れないんだ ! 」駆け出しながら、ヴァールデンは叫んだ。 たいき

2. 影の中の都

「存じません」 「そんなはずはないでしよう ? 彼が運び込まれたのは、あなたが出てぎた、あの病院なんで すから」 「知りません」 「行方不明者は、届けられているだけで、百人を越えているんですよ。彼は、その謎を解く鍵 になるかも知れないんですーヴァールデンは、彼自身気づかぬうちに、テーブルに身をのりだ している。「なにを話したのです、彼は ? 」 「知りません。 そんなに話を聞きたければ、ご自分で直接本人にお聞きになればいいでし よう」 リリアがそう言うと、ヴァールデンは小さくため息をついた。 「会わせてくれんのですよ、院長が。助けられた男が犯罪者なら踏み込めますがね。ただ行き 倒れていただけというのでは、どうしようもない。だから『協力』を頼んでいるのですよ、お 嬢さん」 都「何と言われても、わたしはそんな患者は知りませんわ。あの病院には、院長の取材にいった 中んですからー 影「嘘でしよう 「関係ないでしよう」リリアは激しく警部を睨みつけた。「何であれ、これっぽっちも取材内

3. 影の中の都

いことが起きたのだろう ? こ しゅ、つげ・き 「残念ながらその通りです、警部。情報屋が男を預けた医院が襲撃され、院長が殺されまし もっか た。入院していたと思われる患者は、どこかへ連れ去られました。目下捜索中ではあります が、今のところ、これといった手がかりはありません」 ヴァールデンは小さくため息をつくと、コートの衿をかきあわせた。 息は雲のように白く、霧のように消えた。 ガラス 彼は街灯を見上げた。空は厚い雲に覆われ、なにひとつ見えない。硝子の箱の中で燃えるガ スの炎の輝きだけが、闇に明るい 「 : : : あの、警部 : : : ? こ 「あ、ああ・ : : ・ご苦労だった」 「・ : ・ : おそらく、男も記者も、もう見つからないだろうさ。事件は山とある。そして、ロンド ンは広い。だが警官の数は限られている : : : そうだろう ? こ 都「はあ : ・ 中「行方不明者が、二人ーーーいやひとりか ? ーー・増えただけのことさーヴァールデンは夜の街 影路の闇を瞳に映し、自宅の方へと歩き出した。「そう : : : それだけのことさ。皆に、もう帰る ように言ってくれ。ビールでも呑んで、疲れを癒してくれとな」 かんじゃ

4. 影の中の都

リリアは鞄を強くつかんだ。 どうしたらいいのだろう ? この取材記録を渡して、保護を求めるべきなのだろうか ? で も、そうしたら、真実ならに未聞のこのスクープを、みすみす取り逃がすことにな 0 てしま う。それは、未来を閉さすことと同じ : ・ 「渡してくれますね、お嬢さん」 ヴァールデンは揺るぎない自信と確信があふれた顔で、手をさし伸べた。 だが、少しためらった後にリリアは首を振った。 「少し、考えさせて下さい 彼女はそう言うと、席を立った。心なしか顔が青ざめてい る。「わたし、帰ります・ : 警部はもはや彼女を見ず、椅子に体を預けて。ハイプを吹かした。 「よく考えてください。決心がついたら私に連絡を。スコットランド・ヤードの、ヴァールデ ン警部に」 リリアは頷くともなく頷くと、鞄を抱きかかえるようにして、小走りにその場を離れた。 かんじよっ カウンターで勘定をすまそうと、財布を取り出す。 「三ペンスです」店主は言った。 お金を取りだそうと財布のロを開いた途端、手がすべった。 「ああっ」

5. 影の中の都

だが、リリアは微笑みすら浮かべ、その言葉を受け流した。 「警部 ! ヴァールデン警部ー 眠い目をこすりながら出勤したヴァールデンは、部屋に行く途中の廊下で、ひとりの警官に 呼び止められた。 「やあ、おはよう」 「おはようございます。警部は、昨夜ィーストエンドで起きた発砲事件を、もうお聞きになり ましたか ? ・ 「いや、まだだが : : : どうかしたのか ? こ 「その被圭暑がですね、半分に破れた手帳を持っていまして、そこに警部のお名前があったそ うなので・ : ・ : 」 「俺の名前 ? 」 「ええ。ああ、それと、どこかの新聞社の女記者の名刺が一緒にはさんであったそうです」 ぎようそう むなぐら 「なんだと ! 」若い警官の胸倉をみ、ヴァールデンは恐ろしい形相でつめよった。「その手 帳は、どこにある ! 」 「し、資料室の一番新しい棚です ! その警官を突き飛ばすようにして、ヴァールデンは資料室に駆けた。

6. 影の中の都

警官は姿勢を正して敬礼した。 踵が石畳を蹴る音が聞こえたのか、ヴァールデンは後ろを見ず手を上げて、それに答えた。 「おやすみ、君」 「おやすみなさい、警部」 たど とうかんかく 等間隔の明かりの下を、ヴァールデンはゆっくりと家路を辿った。 その背に、ちらちらと雪が落ち始めた : ・ かかと けいれい

7. 影の中の都

リリアを見失ってしまったと部下からの報告をタ刻に受け、彼はすぐに新聞社の方に人を走 らせたが、 / 彼女は戻ってはいなかった : : : 無論、社で聞いた自宅にも。 馬車がイーストエンドの方向へ消えたのを、護衛に付けた警官は確認していたが、それきり 足取りは掴めていない。 警部はビールをあおった。 おそらくあの記者は、もう生きてはいまい。明日にでもイーストエンドの裏通りで、ごみに まみれて見つかるか、テムズ川に浮いているかするだろう。 もしくは、どこかの病院で、彼女だった一部が見つかるかも知れない。死体の売買など、さ ほど珍しくもないのだから。 「警部さん、お客さんですよ」 カウンターの中の店主に呼びかけられ、ヴァールデンは顔を上げた。 「客だって ? こ 店主が指さした、扉の小さな窓の向こうに立っ姿を見て、彼はそれが悪い知らせをもたらす 使者であるのを直感した。 ヴァールデンは勘定を済ませ、コートを着込み、シルクハットをかぶって店を出ると、ガス さむぞら 灯の淡い明かりの下、寒空に情けない顔をして立っている中年の制服警官に近付いた。 「その顔を見ればわかるよ : : : 」手袋をはめながらヴァールデンは言った。「なにかまた、悪 ごえい

8. 影の中の都

286 「俺は病院に行って、こいつを持っていた男から話を聞いてくる ! ておけよ ! 」 ヴァールデンは駆け去ってしまった。 若い警官はため息をつくと、やれやれと頭を掻いた。 一時間後、百人近い警官が下水道へと突入して行った。 無論、その先頭を切るのはヴァールデン警部である。 シャドウ・タウンは王が殺されたという報道に、混乱の極みにあった。 一応裁判らしきものが開かれはしたが、それは形だけのことで、誰もホールデンの意見に異 とな を唱えるものはいなかった。 “はいしゅ、つ 王の世話係の証言 ( 無論、買収されたのである ) が王の殺害を、半分の手帳が街への裏切り を実証した。動機もある。 手帳の残りの半分は、王と共に湖の中だと説明された。揉みあっているうちに破れ、その隙 にリリアが王の銃を奪って、彼を撃ったのだとされた。 判決は死刑。 しつこう 執行はその日の午後であった。 いいな ! 必ず待機させ

9. 影の中の都

容を教える気はありません」 再びの沈黙であった。だが今度は、主も助け船を出してはくれまい。注文の品はテープルに ある。 ヴァールデンは、パイプを再び吹かした。煙が窓から入る光の中をたゆたい、霧のように消 彼は、パイプを口からはなすと、リリアの方を見ないまま、ひとりごとかなにかのように言 「・ : : ・今朝、テムズ川でヒューリイの死体が上がりましてねー 「えっー 思わず声を出してしまったほど、その驚きは大きかった。我知らず、テー・フルに身を乗り出 すほど。 ヴァールデンはリリアに向き直った。その目にはなにか、他人を圧倒する力があった。 しわざ 「死体はね、首筋をざっくりと切り裂かれていましたよ。あれは、プロの仕業ですな」 警部は薄い笑みを浮かべつつ、親指で喉をかき切る真似をして見せた。 うぶげ 体中の産毛が逆立った。 「おそらく、ゆうべ殺られたのでしよう 「そんな ! だってヒューリイから今朝、連絡があったって、編集長がーー」

10. 影の中の都

声が震えてはいなかったかしら・ : リリアは取材内容の書き込まれた手帳や病室の様子を描いたスケッチブックの入った鞄に手 をはわせた。 いまや、警部の言っている男がイングマンであることは疑いようもなかった。 くみ びこう わたしのことを病院から尾行してきたに違いないわ。 : : : わたしなら与しやすいと思って、 声をかけてきたのかしら ? いざとなれば、鞄を抱えて逃げ出す決意を、彼女は固めた。 ここには、自分の未来が詰まっているのだ。それに、警察のこの行動が、彼 冗談ではない。 しんびよっせい の話の信憑性を増してくれた。取材ノートを渡せるものではない。 すると、その心を見透かしたように、ヴァールデンはリリアにわかるように入り口へと視線 を走らせた。 見れば、両開きの扉の向こうに制服警官が立っている。 リリアは、下からねめつけるように彼を見た。 「そんなに睨まないでくださいよ。別に何かを強制しようというわけではないのですから」 リリアは歯噛みをした。 よ ~ 、一一 = 日つわー 「ただちょっと、彼となにを話したかを、教えていただぎたいだけです。会ったんでしよう ? 彼とー にら かか