目 - みる会図書館


検索対象: 影の中の都
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1. 影の中の都

始まりは、いつも闇だった。 リリアは、自分が上も下もない、ねっとりと肌にまとわりつくような濃密な闇に捕らわれて いるのを知った。 何も見えなかった。 壁や扉の合わせ目から漏れてくるはずの、優しい月光の青白い輝きも、寝室の扉の向こうで ろうそく 夜なべをしている両親の手元を照らす蝋燭の輝きも、何もない。 目を閉じたままなのかと思い、勢いよく開こうとして、だが、すでに自分が目を開いている おび ことを知ると、リリアは怯え、べそをかいた。 てざわ 手にしていた人形、ーー見えなかったが、手触りでわかった・ーーを抱きしめ、リリアは幼い子 供がするように、母を呼んだ。 実際、それは彼女に似つかわしい行為であったと言えよう。なにせリリアは、五つの幼い少 女でしかなかったのだから。 悪夢 のうみつ

2. 影の中の都

丘の上には行かせてはもらえなかった。よしんば許可が出たとしても、幼、 は、屋敷にたどりつくことは出来なかっただろう。 いつのまにか、メグは目の前に来てリリアを見上げていた。 リリアはひざまずいた。緑の瞳が同じ高さになる。その目はどこかで見たような気がした。 メグは、おずおずと人形を差し出した。 「・ : : ・くれるの ? こ 小さな頭がかくんと頷く。 彼女はメグの手から人形を受け取った。 小さな指が触れた。 少女は微笑み、そして、きびすを返して駆けだした。その先に、誰かが立って彼女を待って いた。少年のようだ。だがしかし、彼は影でしかなく、誰なのかはわからなかった。 そうして、一一人は手を取り合うと、闇の中へと溶けて行った。 リリアは彼女を呼んだが、振り向いてはくれなかった。 の追いかけようとして転びーーそこで目が覚めた。 中 の 影 窓から差し込む光が、顔の上に落ちていて、ひどくまぶしい しリリアの足で

3. 影の中の都

こんなので、『あいつはゴシップ記者の才能がある ! 』だなんて言われたら、目も当てられ ないわ。 リリアは仇ででもあるかのように、残ったコーヒーを飲み干してしまうと、もう一杯おかわ りを頼んだ。 頬杖をついて、窓の向こうの曇り空の午後の街に目をやると、客待ちの、古い馬車が見え ぎよしゃ た。黒い馬車で、御者も黒い外套にすっぽりと身を包み、判決を待っ罪人かなにかのように、 首をうなだれている。 居眠りをしてるのだろうか ? ときおり体が前にのめりそうになっては、何事もなかったか のように元に戻った。 「おまちどおさま」 かぐわ 芳しい香りがして、熱いコーヒーが運ばれた。 その匂いに誘われ、リリアは窓から目を放した。 コーヒーと向き合い、角砂糖を落としてかきまぜ、ミルクを入れる。 都白い線が、ゆっくりと、美しく渦を巻いていく。 中その文様をぼんやり眺めているうち、胸のうちに、『でも : : : 』という心が湧き上がってき でも : : : もし、彼の話が本当だとしたら・ : : ・ ? ほおづえ もんよう かたき ・かいと、つ くも

4. 影の中の都

「なんだ、長ほけているのか ? 」 ちよくげき その声は、雷のようにリリアの頭を直撃した。目覚めの鐘、夜明けの鶏の声にも似て、夢を 覚ますには十分であった。 弾かれたように目を開けたリリアの瞳に飛び込んできたのは、白銀のくちばしとホルスの目 しつこく に漆黒の翼を持っ鳥であった。 「鼻の頭を擦りむいたな。血が出ている」 鳥か口を聞いた。 否 ! 鳥じゃないー 幺力「ラいて何ノ。波が引 ~ 、ように。 鳥などではない。くちばしと思ったのは仮面。羽と思ったのはマント。 闇はなかった。大きな一一台の電気式サーチライトが下から二人を照らし出し、闇を追い払っ ていた。 その輝きを受け、仮面は白銀に、汚れなき色に輝き、ホルスの目の奥の緑の瞳が笑ってい こ 0 「巾定口を忘れたのか ? 言ったろう。過ぎた好奇心は身を溿ほすと」 紛れもない、それはスティーマ王その人であった ! けが かね にわとり

5. 影の中の都

窓のカーテンが引かれている。部屋の中にはべッドがひとっと、小さな簟笥、それに背もた れの一部が壊れた椅子があるだけだった。 男はーーおそらくはポート・イングマンであろう男は、痩せこけた顔に目だけをギラギラさ せて、べッドに半身を起こしていた。 彼はリリアを見ると、歯をむきだし、飛びださせんばかりに目を剥いた。 けもの それはさながら、飢えた獣のように彼女の目に映った。 リリアは椅子を持ってくると、べッドから少しはなれた場所に置き、腰掛けた。 ひざ 膝の上に載せた鞄から手帳を出すとき、手が滑って鉛筆を床に落としてしまった。それは、 べッドの方へと転がり、反射的に手を伸ばしたときに、べッドの上からも手が伸びてきて、リ リアはびくっと体を震わせてしまった。 「恐ろしいのか、俺が : : : ? 」 鉛筆をつまみ上げながら、男は言った。 リリアは黙っていた。心を見すかされたのが腹立たしく、恥ずかしかった。 都「だが、そんな物は本当の恐怖じゃない。あの暗い長い道に比べればな」 まがお 中嗄れた笑いが男の口から洩れた。それから男は急に真顔になり、リリアに鉛筆を投げてよこ 「・ : ・ : あんた、誰だ ? 」 すべ たんす

6. 影の中の都

それは、自分の名を呼ぶ声であった。 「ママー とたん リリアが大きな声でそう叫んだ途端である。 少女の少し前、闇の中に一筋の切れ目が走ったかと思うと、それは一気に裂け広がり、彼女 に小さな悲鳴を上げさせた。 たたま ひとみ リリアは再び闇の中に佇む事になった。だがそれ 青い瞳を刺す光の痛みに目を閉じたので、 はだし は、先刻までの闇とはまったく違うものだということが、この幼い少女にもわかった。裸足の 足の裏には、気の冷たい感触がはっきりとあったし、父親からの。フレゼントの人形も腕の中に しつかりとあった。 丿丿アはおそるおそる目を開けた。 目の前に、母親の影があった。背中から光を受けているので、顔ははっきりとは見えなかっ ほほえ たが、口元には微笑みが浮かんでいるとわかった。 リリア」 「起きちゃったのね、 リリアを抱き上げた。母の肩の向こうに見えるテしフルの 影の母親の手がにゆうと伸びて、 上の花が、やけに赤い。逆に、母親は灰色一色であったが、それが不思議だとは思わなかった。 気がつけば腕の中の人形が消えていて、振り返ると、闇の中でそれが布の腕を振っていた。 リリアも振り返した。

7. 影の中の都

まぼろし 地下都市と取れなくもないけれど : : : けれど、この目の前にある空は、幻ではないわ ! いったい何が本当で、何が間違っているのかしら ? 彼の話も、怪人の話も。 リリアは小さく嘆自 5 した。 目に見える範囲の街を見渡してしまうと、今度は自分がいる場所へと目を転じた。目前に広 がる庭は、まるでバッキンガム・ ハレス・ガーデンのように広い。はるか遠くに見える門は、 マッチ棒の先よりも小さく、あの門が、貴族の屋敷にあるような巨大なものだとしたら、一」こ から行き着くまでにどのくらいかかるのか、考えただけで気が減入った。 あずまや 造りは左右対称で、それそれに庭園があり、四阿があり、森があり、池があり、その一一つを ふんすい ぐように、中央、屋敷と門を繋ぐ道のその線上に、巨大な噴水がある。中央に立派な彫像が あり、それは肉体美豊かな二人の若者が戦う姿を写したものであった。 首を出し、左右を見ると、自分がいるのは大きな石造りの屋敷であるとわかった。 五階建てで、頭の上にはまだ窓がひとつある。バルコニーもいくつもあり、それを支えるの は怪物の頭である。階を仕切る張り出しの隅にも、膝を立てて座る悪魔の像が見える。 の似つかわしい、と思ったーー鳥の頭蓋骨のような仮面をかぶる怪人に、この屋敷はとても似 のつかわしいわ。 影 窓から離れ、荷物が置かれていたテーブルの横の椅子に、おそらくは怪人が座っていたであ ろう椅子に腰を下ろすと、ほどけていたスケッチブックの紐を結び、鞄のロを閉じた。 はん たいしレっ たんそく ひも ちょっぞう

8. 影の中の都

208 う 彼の胸に額をこすりつけた。 何も答えず、リリアはただ、 / どんな目をしているというのだろう・ : 彼を見上げる目とそれは、違うものであろう事はわかってい 鏡を見てみたい気がしたが、 , りん 王は、机の上の呼び鈴を二回鳴らした。 わず すぐにゴーが現れ、二人の様子を見、僅かに眉をしかめた。 「お呼びでございますか ? 「ああ。この人を部屋に送ってやってくれー 「かしこまりました。 さあ、お嬢さん、部屋に戻りましよう ゴーに手をとられて、 リリアは頷いた。 「おやすみ・ : : リリア」とスティーマは言った。 「おやすみなさあい、陛下」 腕を引かれつつ、彼女は答えた。そのあとで、忍び笑いがもれた。何がおかしかったのか は、本人にもわかっていない。 手を振りながら、リリアは部屋を辞した。 そのあと、ゴーに部屋に送り届けられたリリアは、服を脱ぎ散らかしてべッドに倒れこむ

9. 影の中の都

「ああ」 ゴ 1 はポットを手にすると、王のすぐ側にまで近づぎ、空になりかけたカップに紅茶を足し こ 0 「時に、あの娘はいかがでしたか ? こ 「ん ? ああ、随分とあきらめが悪い。あれこれ訊かれたよ。この街のことを」 「まだ、記者のつもりなのでしようか ? なじ 「おそらくはな。あの目は、可能性を信じている目だ。だが、この街にじぎに馴染むさ。飢え ることも、暗がりに潜む殺人鬼を恐れることもない。望むものが与えられる」 「しかしーっぷやくように、ゴーは言った。「新聞はありません」 「 ! : : : そうだな。新聞はない」 「あの好奇心、絵のみにて、抑えられますでしようか ? 」 スティーマは椅子を立っと窓により、己が街を見た。雲が、空に張りつくようにいくつも浮 のかんでいる。 の「陛下」 影 「抑えてもらわねばなるまい」ため息とともに、スティーマは吐き出すように言った。「私は、 あの娘を殺したくはない」 ひそ おの

10. 影の中の都

スティーマはカップを置くと立ち上がり、ゴーの肩に手を置いた。 「お前には感謝している。お前のおかげで、私はひとりではない」 「そんな : : : もったいないことです : : : 」僅かにはにかんだ様子でゴーは言った。「私こそ、 陛下に救っていただけなかったら、どんな目にあっていたか : : : 」 「あれから、八年か : : : 確か、十八になったのだったな」 スティーマは、ゴーと初めて出会ったときのことを思い出した。 あれは、地下の非合法市場だった。 そこに発明のための部品を買いに来ていたスティーマは、奴隷市場にふらりと立ち寄ったの である。 そこに、ゴーま、こ。 彼は引き出された舞台の上で、堂々と買い手の連中を睨みつけていた。その目が気に入っ て、スティーマは彼を買った。無論すぐに「好きにするがいい」と言い渡したが、ゴーはステ てんがい 都 の ィーマの元にとどまったのである。天涯孤独の身であるからと。 の救世主のように思えました、とはゴーの後の弁。 「陛下はじき、二十三になられるのでしたねー かくさく 「ああ : : : それまでになんとか、ホールデンたちが何を画策しているのかを知りたいものだ」 べん