自分 - みる会図書館


検索対象: 影の中の都
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1. 影の中の都

闇色の水に飲まれるその最後の瞬間まで、二人は視線をからませていた。 やがて、湖面は静かになった。 「次はお前の番だそ」 髪を掴み、ホールデンが言った。 そこへ、ガン・ページが息を切らして戻ってきた。 「遅かったではないか」 「申し訳ありません : : : 半分しか、持って帰れませんでした」 言って、ページはおずおずと、破れた手帳を差し出した。 てひど 途端、彼は手酷く殴り飛ばされた。 「馬鹿が ! 半分だと ? 何をしてた ! ハッシュは間違いなく始末したんだろうな ? こ 「いえ : : : 警官がやってきたので : ・ 「役たたずめ ! 」 たった一言そう投げつけ、ホールデンはページを撃ち殺した。 のその時、湖の方で魚が跳ねたような音がしたが、誰も注意を払わなかった。 の動かなくなった男の手から、ホールデンは半分になった手帳を取り上げ、リリアに向かい振 影 って見せた。 「自分の書いたもので、お前は殺されるのだ」

2. 影の中の都

218 リリアはため息をついた。とんだ午後になってきた。 「完全にという訳ではないけれど : : : ええ。とにかく、話だけは聞きますー そうして、ハッシュと名乗った男が語った話というのは、イングマンから聞いたそれと寸分 たが 違う所はなかった。 すなわち、一」こが地下であるということ、ロンドンの下であること、ギロチン、暗闇の独房 のこと等である。 特に独房に関しては、連れ戻されてからしばらく、彼自身入れられていたのだと語り、その きあと まぎ 時に恐怖を紛らわすために自分で自分を傷つけた傷痕を見せてもくれた。 「じゃあ、ここまでは知っているんだな ? 」 「ええ。そこまでは。でもそこまでです。一度に全てを話してくれたわけではなかったので。 リリアは、いまさらながらにその そのあと、わたしはさらわれて」そう、さらわれたのだ 事を思い出した。「それきりでしたからー 、ツシュは短くなった煙草を灰皿でもみ消すと、身を乗り 「そう、あんたはさらわれてきた」ノ 出した。「俺はそこに希望をかけている。この街の真実を知れば、きっと力になってくれると 「・ : : ・どうい、つことでしよ、つ ? ・ 「あんた、あの王がなんのためにこの街を造ったか知っているのか ? 」 こ、っせい 「若い芸術家の芽を育て、それを後世に残すため、でしよう ? こ すんぶん

3. 影の中の都

144 リリアは仮面の王を振り返った。緑の瞳が、自分を見下ろしている。王はリリアよりも、頭 半分ほど背が高い。 「あら、憎まれていないとお思いでしたの ? 」薄く、リリアは笑った。「むりやりさらって来 ておいて、感謝されているとでも思っていたのですか ? こ ふてき 「じきにそうなるさ。不敵に笑みを浮かべ、王は言った。「この街の素晴らしさを知れば」 この、どこから来るのかわからない自信には。 言葉もない。 しいわ。なら、徹底的にこの街のことを知ってあげる。望み通りに。 後悔しても知らないわよ。明日なんて、どうなるかわからないのだから。 スコットランド・ヤードが踏み込んできて、全員つかまるかも知れないのだから。 そうしたらわたしは、このことを記事にして、一流記者の仲間入りをするのよ。 だから、そんなに自信をお持ちにならない方がいいわ、陛下。 マントをなびかせて歩く背中を見ながらリリアは、今の自分が何をすべきなのかを悟った。 それは、この街を知ること。いっか、真実を伝えるために。 かたわ 「なかなかたいした女じゃないか、ページ」ワイングラスを傾けながら、ホールデンは傍らの きもす 男に話しかけた。「若いのに肝が据わっている。さすがは新聞記者と言うべきか。命の危機も、

4. 影の中の都

222 「それじゃあ、俺はいくぜ。この街に忍び込むのも大変だが、抜け出すのもなかなか難しいん ぐち 愚痴のような言葉を残し、ハッシ = は店を出ていった。 リリアは動けなかった。 起きていて夢を見ているような、そんな気分であった。 いこっ ロンドンのこと、両親の遺骨のことを思いだしもしなかった自分が信じられず、許せなかっ しかし、それすらも夢であったような気もするのだ。 ここでの生活が真実であり、過去は夢であったと。 ろう 蝋のように真っ白な肌を、窓から差し込む偽りのタ焼けが朱に染めていた。 ああ : : : 真実が見えない。 「やつばり来てくれたか」 ギロチンの前。時刻よりも十分ほど遅れてリリアは到着した。 目の下には隈が出来、彼女が眠っていないことは明らか。 のど どうして眠れようか。食事も喉を通らず、激しい嫌悪が、払っても払っても湧き上がって来 いつわ

5. 影の中の都

・ : 炎などなかった。 絨毬の上に座り込み、半分取れてしまったべッドの覆いが揺れていた。 目の前に、影がわだかまっている。鳥の形をした影が。 「落ち着いたか ? こ 王であった。その鉄の腕が、右手首をんでいる。 リリアは何かを言おうとしたが、舌がもつれて言葉をうまく紡げなかった。何を言おうとし たのか、自分でもわからなかった。 「殺しはしない。私は、才能あるものを殺したりはしない。わかるか ? こ うオ玉 9 王の言葉に、リリアは人形のように頷いた。 すると彼は手を放し、部屋の片隅に行った。影になってよく見えないが、何やら台のような ものがある。出て行く風ではない。 リリアは知らず、掴まれていた所をさすっていた。かすかに赤くなっている。 の王は何やらしていたが、やがて戻ってきたときには、左手にカップを携えていた。 の「立てるか ? 影 リリアは頷いたが、実際には、体は動かなかった。 スティーマの口から、ため息とも笑いともっかぬ息が洩れたかと思うと、王はカップを脇に ふう つむ た于き

6. 影の中の都

けものうな ように意に従わず、獣の唸り声かなにかのような、しかもか細い声が出るだけだった。 景色が、判別できない色の線となって流れて行く。 けひづめ 自分の心臓の音が、ひどく大きく聞こえた。地を蹴る蹄、車輪の音にも負けていないほど。 ふいに、情報屋のヒューリイの死に様が浮かび、だがその顔は自分のそれだった。 わざわ なまじ、想像力があるのが災いしたーー記者としての知識も。 てぐち にくかい まつろ 猟奇殺人の手口、被害者の肉塊としかいいようのない末路が、自分の姿と重なった。 じやばら おお その時、窓という窓が、下からせり上がった蛇腹状の鉄板の覆いで閉さされた。 馬車の中は、暗黒の密室となった。 天地がなくなるような恐怖が彼女の喉の呪縛を破った。 悲鳴が、彼女の喉からほとばしった。 右手に人形の感触があったーー・あるはずのない人形の感触が。それとも、それは腕だったの 起きたまま、リリアは夢の中に放り込まれていた。 繰り返し見る、あの恐ろしい夢の中に。 だが違うのは、いつもの夢の中の自分は、これから何が起こるのかを知らないが、今の自分 には全てわかっているということであった。 カ

7. 影の中の都

羽根のように。 仮面にふさわしく。 その日の午後は、ゴーに屋敷の中を案内してもらうことで過ぎた。 案内がなくても街の様子が見たかったのだが、認められなかった。明日以降ならば、との言 質は得たが、おあずけを申しわたされた犬のように、心がうずいて仕方がなかった。 好奇心とは、空腹のときの食欲のようなものである。違うのは、食事をすれば空腹は満たさ れるが、好奇心は底抜けで満たされることがない、ということであろうか。 屋敷は、貴族の豪邸、もしくは平和な地方領主の城、といった胤であ 0 た。 わく 少々時代遅れの感のある装飾にどこもかしこも飾りたてられ、窓は大きく、枠には天使が踊 じゅうたん り、廊下は不必要に広く、上等な赤い絨毬が敷かれ、意味もなく天井は高く、美術館でしかお 目にかかれないような絵が描かれていた。その高い天井のせいで、屋敷は同じ五階建ての家よ りも半分は飛び出していて、何やら自分の背が縮んだような気になった。 の部屋も見せてもらったが、リリアに与えられた普通の部屋ばかりでなく、様々な用途のもの のがあった。 こ、つばう 影 特に多かったのが、工房である。 絵や、彫刻や、楽器造りなどのそれが彼女を待ちかまえていたが : との部屋も主はなく、長

8. 影の中の都

112 半分ほど取れかかった覆いを開くと、昨夜は見えなかった部屋の全てを見ることが出来た。 トの部屋が四つは入り ここ一部屋だけで、バス、トイレ、キッチン付きの、リリアのア そ、つしよく そうだった。しかも、装飾はまるで城の一室を思わせ、壁には美しい絵、部屋の隅には動き出 しそうな彫刻などが飾られている。壁のランプシ = ードは咲きかけの花のつぼみのようで、火 は消えていた。 だんろ 暖炉がないのにもかかわらず、部屋は寒くはない。土の中だからだろうか ? 冬眠する動物 が本能で選ぶのだから、そうなのかも知れない。 かばん べッドからさほど遠くない場所に置かれたテーブルの上に、彼女は自分の鞄を見つけた。 中をあらためると、いずれも人の手が触れた玖蹴がある。 ほとんどのものはあったが、ただ、一つ、拳銃だけはなくなっていた。 あの怪人だわ : : : 。あの人は、ここに座っていたんだわ。 リリアは昨夜の事を思い出したが、鳥の頭蓋のようなのごとき仮面よりも、なせか、ホル せんれつ スの目の奥の、濡れた宝石のごとき緑の瞳が、鮮烈なまでに思い起こされた。 知らず、頬に手がいった。そこはゆうべ、冷たい鉄の手が、なそるように触れた場所であ る。 ひんやりとした感じが、残っているような気がした。 おお

9. 影の中の都

「王は、人々の見本だからな」王もくつくっと笑う。「良い子でいなくてはならない。退屈で きゅ、つくっ 窮屈なものさ。自ら選んだ道なれど , ーーさあ、立って」 自分もふらっきながらスティーマはリリアを立たせようとした。 「大丈夫、自分で立てますわ」 だが、言ったものの、それは強がりでしかなかった。 椅子を立ったリリアはふらっき、まるですがるようにスティーマによりかかってしまってい 鼓動が聞こえる : : : ああ、生きているんだ。わたしと同じように。 今宵は、汗の匂いはしない。酒の匂いは自分か彼か。 無意識に、リリアは王の背中に腕を回していた。 鉄の手が、髪に触れたのを感じた。 都 リリアは顔を上げ、彼の顔を見上げた。 の の暗闇の奥の緑の瞳が、優しげに見下ろしている。 影 髪から頬へ手が滑り、親指が頬を撫でた。 「そんな目をしてはいけない」ささやくように彼は言った。「もうおやすみ。ゴーに送らせよ

10. 影の中の都

不思議と、今朝は恐ろしさは感じなかった。己が運命についても。 リリアは、自分があの怪人の一一 = ロ葉をーー殺しはしない、と言った彼の言葉を信じているとい うことに気がっき、少しばかり驚いた。 相手は得体の知れない怪人。彼こそがおそらく、ロンドンの夜を騒がす者の一人、鳥の頭を 持つ者であろう。 しかも彼の怪人は、自分をさらい、一一度と地上へ帰さないと宣一言までしたのだ。 そんな人物の言葉をなぜ信じられるのか : : : 説明が出来るほど、リリアは自分の心をわかっ てはいなかったーー・・誰もそうであろうが。 鞄の中の時計を見ると、八時を少し過ぎていた。朝か夜かはわからなかった。窓の外は明る いが、土の中なのだから、そんな事に意味はないだろう。 はず それでもリリアは窓に寄ると、止め金を外し、天井まで届くそれを押し開けた。 目の前の広大な庭の向こうに、街が広がっていた。多少の高低はあるものの、いずれも同じ ような造りの赤い屋根が波のように続き、杭のごとき煙突が、煙を真っ直ぐにたなびかせてい 都 のその行き着く先を仰ぎ見てリリアは、だまされた、と考えたーーイングマンに。そして、あ の怪人に。 空がある ! えたい あお おの