通り - みる会図書館


検索対象: 影の中の都
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1. 影の中の都

ここ数年、不況が噂され始めた頃から、ロンドンでは、若者を中心にして、蒸発事件が多く 起こっていた。 ゴシップ誌はそれこそ、神隠しだの、 ハーメルンの笛吹きだの、と好き勝手に書き立ててい たが、真実は霧の向こう側であった。 そして、これから取材するポート・イングマンも、駆け落ちと噂されてはいるけれど、《蒸 発》してしまった内のひとり : : : もし駆け落ちじゃなかったとしたら、初めて帰ってきた人物 ということになる。もしかしたら本当に、とんでもないスクープになるかも知れないわ。 そう考えると、心が期待にうずいた。そして馬車が止まる頃には、それが真実でありますよ うにと、リリアは祈っていた。 馬車はポートランド・プレイスの大通りでリリアを下ろすと、リージ = ンツ・。、 ノーク方面へ と走り去った。 目指すハーレイ街は、通りの左手すぐである。 建ち並ぶ家々の壁につけられているプレートで住所を確認しつつ、 都初めて来る場所であったが、通りの光景は目新しいものではない。 えり 中衿を合わせて足早に過ぎる男がいる。 っえ 影杖をつきながら何があっても自分のペースを崩さぬ老人がいる。 ゴム鞠を追い駆けてはしゃぐ子供がいる。 まり きり かみかく リリアは歩いた。

2. 影の中の都

・ : たいしたことのない、ゴシップですわ。警部さんが興味をもつようなことではないと思 いますけれどー 「それはこちらで判断させてもらいますよ。話していただけますな ? こ 「お断りします」 リリアはきつばりと一一 = ロった。 き、っ崢っ 警部の目が細められ、凶暴な光がともり始めたのを彼女は見た。 しかし、ひるまない。昼間のことだし、店の主もいる。通りにも人影はある。そうそう手荒 まね な真似はしまい。 「記事にもなっていない取材の内容を、お教えするわけにはいきません」 沈黙が二人の間に流れた。 喉が渇く。つつばねては見たものの、これでよかったのかしら、との疑念が湧き上がってく るのはどうしようもなかった。 こんなにべもなく断るのでなく、もう少しうまく折り合いをつければよかったかしら・ : きよう そんな考えが浮かんだが、しかし、そんなにうまく世の中を渡れるほど、器用な年齢ではな っこ 0 、刀子ー 「お待たせいたしました」

3. 影の中の都

梯子を登り、道路に出る。 人通りは少ない。深夜とあってはイーストエンドの娼婦たちも、それそれの客を見つけてべ ッドの中であろう。 あか 「もう、いいだろう」後ろから道に上がってきたページは言った。「手帳の在り処を話しても らおうか」 アの手帳をハッシュは出して見せ : これのことかい ? ・」コートのポケットから、リリ た。「いくらで買う ? 「貴様 : : : 調子にのるなよ」 銃声と悲鳴が、閑とした通りに響きわた 0 た。 もんどりうってハッシュは倒れ、ページは手帳めがけて飛びついた。 ハッシ、は死んではいなかった。撃たれた腹を押さえながらも、手帳を離そうとはしなかっ 派手な音をたて、手帳はまっぷたつになった。 のその勢いでページはしたたか尻を打った。残りの半分も奪おうと立ち上がりかけたとき、呼 のび笛の音がして、警官がやってくるのが見えた。 影 舌打ちを残し、ページは下水へと身を躍らせた。 警官が到着したとき、彼は下水管の闇の中に紛れていた。

4. 影の中の都

ぎよしゃ 車で、車体と同じく馬も御者も真っ黒であった。御者の白い顔だけが、ぼつんと、月のように 浮かび上がっている。 漠然とした薄気味の悪さを感じ、リリアは一瞬ためらったが、他に馬車の姿はなく、しかた なく彼女は馬車に向かって手を上げた。 きし 車輪がひどい軋み音を立てて、馬車は彼女の目前に扉が来るようにして止まった。 雨も降っていないのに、なぜか馬の足が随分と濡れていた。車輪も同様である。 「どちらまで : : : ? 」 馬車に負けないくらい陰気な声で、御者が訊いた。前を向いたまま、彼女を振り返りもせ 「あの、グレート・ オーランド通りまでお願いできますか ? 御者はこっくりと頷いた。 リリアは動かぬ御者に不審の目を向けつつ扉を開いた。窓は小さく、中は薄暗かった。だ が、内装は立派で、金持ちの個人所有の馬車と言っても通用しそうだった。 扉をしめると、馬車はゆっくりと走り出した。 安馬車の、舌を噛むような震動はなく、快適な乗りごこちで、 椅子も楽。これなら何時間乗っても疲れそうになかった。 ず。 ば / きん リリアはヘえ、と感心した。

5. 影の中の都

右手を胸に当てて一礼すると、ゴ 1 は足早に去った。 スティーマは窓に寄り、闇が押し寄せる街を見渡した。 仮面の奥の緑の瞳が何を映しているのか、それは誰にもわからなかった。 これより前 リリアはゴンドラの旅を十分に楽しんでいた。 ゴンドラの崖を登る速さは思った以上で、たちまちに街のぐるりを囲む壁を越え、その上へ とリリアを引き上げていった。 こうふんあたい こんな高いところから大地を見下ろすなど初めてのこと。それだけで、興奮に値する。 おもちゃ 建物も人も、玩具のようだ。手をひとふりするだけで、全て壊してしまえそうな気がする。 飛行船に乗った人間が「何やら王様になったような気分だった」と語っていたのを思い出し て、なるほどと思った。 いまならば、何となくわかる。 きりまぎ 都 だがやがて建物は、霧に紛れて見えなくなってしまった。 の のその霧が、下から見上げていた雲であったと気づいたのは少したってからのこと。やはり、 影 飛行船乗りのそうした話を思い出したのだ。 霧は濃密で、ゴンドラの周りを包むそれに手を伸ばし入れると、手首から先がすっかり見え のうみつ こわ

6. 影の中の都

じぼら リリアは自腹を切るほど余裕がある給金はもら それは、取材費としては認めてもらえない。 ってはいなかった。 ここに書いてある住所、御存知ありませ 「ええと、実は病院を捜しているんですけど ん ? 娘はメモをのそき込むようにしていたが、やがて顔を上げるとにつこりと笑い、手を上げて 通りの先を指し、何度か曲がるのだという仕草をして見せた。 「ああ、ごめんなさい、あなた、声が そう言いかけたとき、雑貨屋の扉が鈴の音と共に開いて、背の高い男がひとり出てきた。 たんせい 男はたいそう端正な顔をしていて、マーク・ハンクス ( ポッカス劇場の看板俳優。イギリス 一の美形と言われていた ) も彼の前では色あせるかと思われた。 みと 思わず見惚れていると、娘が彼にかけより、その腕を取った。その表情といったら ! 太陽 たいりん の光をたつぶりと吸い込んだ、大輪の花であった。 「どうした」 リリアの事など目に入っていない様子で、男は娘に尋ねた。 すると娘は彼の耳に口を寄せ、何事かをささやいた。 だが、それは聞いたことのない言葉だった。 どうやらロがきけないのではなく、異国の娘らしい。もしくは異国育ち、しかし、英語はわ しぐさ

7. 影の中の都

248 も、なにやら青ざめた顔をして娘さんは残っておられました。帰られたのは、二時間もしてか らでしようか」 にんそうふうてい 詳しく男の人相風体を訊き出したゴーは、ある男の顔を思いだした。 それは、イングマンと共にこの街を逃げだし、王に捕らえられた内のひとりの男の顔であっ 店を尋ねたその足で、彼は街の門へと向かった。 ここ一「三日に出入りした者を調べるためである。 「ええと : : : そうですね。特に珍しいお方と言えば : : : ガン・ページ様が昨日と一昨日の二日、 馬車でお通りになりました」 ゴーは眉をひそめた。 ・ : これは陛下の言 ページが動いているということは、ホールデンがからんでいるのか ? ・ った通り、とんでもないものがかかるかも知れない。 ゴーは一度屋敷に戻ると、リリアとハッシュの顔写真を持ち出し、それを使って今度は聞き 込みを行った。 誰も部下は使わなかった。 ホールデンがからんでいるのだとすれば、事は極内密に行った方がいいと判断したのであ る。 ごくないみつ

8. 影の中の都

の。四六時中警官に張り付かれていては、取材もなにも出来ない。 それに、ヤードに渡してしまえば、おそらく記事には出来ないだろう。 それでは、イングマン氏との約束を、反古にしたことになる。契約違反だーーー彼は、必ず記 事にするという条件で、告白をしてくれたのだから。 ならば、このまま社に帰ってすぐに記事にかかる気になっているかといえば、そうともいえ 、な、かっ 420 : 一度、家に帰ろう。 リリアがようやく出した結論は、それであった。 お気に入りのカップで、とっておきのコーヒーを飲もう。確か、貰い物のクッキーもあっ 安心できる場所で パとママがいるあの部屋で、少し考えをまとめよう。ええ、それが いわ : : : それがいし とにかく、リリアはここから、この何も守ってくれるもののない場所から、逃げ出したかっ 都たのかもしれなかった。 中彼女は歩道の端に立っと、馬車を捜した。 影 午後のお茶の時間を迎えて、通りには人影は少なかった。 そんな通りを、一台の黒塗りの馬車がゆっくりとやってくるのが見えた。二頭立ての四輪馬 もら

9. 影の中の都

「ありがとうございます。また明日もお願いします」 しんし 少年は新聞をリリアに渡すと、反対側の通りに駆けていって、通りかかった紳士に新聞を売 り込み始めた。 自分にもあんな時があったつけ、と思いながら、新聞を鞄に突っ込むと、彼女はレッド・ラ わき イオン公園へと向かった。いつも公園脇に出ている、コーヒーの屋台で朝食を摂るためであ る。 いつもいつもメニューは同じだが、こうした屋台にしては味がよく、そこで朝食を摂るの カほ・ほ日課となっていた。 公園を抜けると、そのすぐ脇の通りに屋台は今日も出ていた。四輪の荷車を改造したもの かろ で、熱いコーヒーのタンクと、魚を揚げる為の鍋がついただけの簡単なものである。辛うじて ついている屋根は、雨が降ればまったく役にはたたない。無論、椅子などない。 珍しいものではなく、誰が決めたわけでもなかろうに、コーヒー売りの屋台というのは似た り寄ったりであった。 都屋台のまわりには、いつものように、多くの女たちが集まって、かしましくおしゃべりをし 中ながら、暖を取っていた。 影「おはようございます。 あるじ 彼女が声をかけると、少し腰の曲がった主と、客の女たちから、次々に挨拶が返ってきた。 だん あいさっ

10. 影の中の都

こなんです・ : ・ : ? 」 「誰かだと ? どこかだと ? ・ : わかっているのではないのか ? ーホルスの眼孔の奥で、緑 の瞳が細められた。「だが、よかろう。知る権利を認めよう」 リリアは唾をむりやりに飲み込んだ。 「我が名はスティーマ この都の王だ。そして、ここは我が国。偉大なる芸術の街。誰も知 らぬ影の都だ」 その言葉に、指が白くなるほど、リリアは布を握りしめていた。 ああ・ : : ・やつばり : ・ しよっげき それが、初めに感じたこと。そうでないかと思ってはいたが、改めて告げられると、衝撃は 大きかった。 やつばり、わたしがさらわれたのは、地下都市に関係があったんだ。そして、まさにその都 市へ、わたしはさらわれて来てしまった : ・ むじひ リリアは闇の中に浮かぶ仮面の王を改めて見た。表情のない仮面は、王が無慈悲であるかに 都見え、瞳の魔力は消えていた。 こうきしん 中「好奇心は満たされたか ? 「記者というのは、好奇心の塊だ。そうだろう ? だが、過度の好奇心は身を溿ほすー まり 6 く かたまり ほろ