大丈夫 - みる会図書館


検索対象: 悪魔の揺りかご
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1. 悪魔の揺りかご

団カイはじっと彼女の顔をのぞきこんだ。 冷えた石組みを抱えるようにした両手に頬を寄せ、うつぶせに眠る少女。 と、つき 陶器のように微動だにせずーー おかしい びぼう 生命感のなさは、飛び抜けた美貌のせいかとも思ったが、何かが違う。 どこか具合が悪いのだろうか。 ロもとに耳を近づければ呼吸はしている。だが、とても弱々しい呼気だ。 意を決したように彼はディアの頬にそっと触れた。 温もりもなくはないが、夜気に冷えてしまったのか、人肌にしては低い体温だ。 カイは思い出したように自分の上衣に手をやった。 そで 若草色の、丈夫な仕立ての胴着だ。袖にはスラッシュがついていて、紐で閉じつけてあるの だが、それを緩めると腕が動きやすくなる。カイは右手で左袖の紐を解き、右の袖の紐はロで くわえて引いた。そして前のボタンもはずして胴着を脱いだ。 ディアの肩にそっとかける。 だが彼女は何の反応も示さない。 胸騒ぎがした。 「ね、 : : : きみ ? 大丈夫なの ? 」 じよっぷ ゆる ほお ひも

2. 悪魔の揺りかご

ディアを拘束しているのはたった一人だ。 彼女は相変わらず平然としているが、やはり視線を騎士にくぎづけにしていた。 「ディアちゃん・ : : ・大丈夫か」 カイはディアを捕らえている男を睨んだ。 「離せよ」 男は顔をひくつかせながら、無念そうに短剣を下ろした。 「にいちゃん、こっちだよ ! 」と子どもがカイに言った。 「おねえちゃん、もう大丈夫だよ」 大人びたロぶりで少年はディアを連れ出す。 カイの役どころをすっかりとられた。 「どいてよ、どいて」 少年がディアの手を引いて野次馬をかきわけた。 ディアもさすがに子ども相手に突っ張ったりしなかった。 いさか 諍いの現場から二人の姿が見えなくなった。 「これでやりやすくなったな」 騎士が冷徹に言った。 けんか 「残りはおれが買った、この喧嘩」 こ、っそく にら

3. 悪魔の揺りかご

190 病人がディアに向けて腕を伸ばした。 ディアは後ずさりした。 あたし、しかけてなんかいない。この人を殺したくなんかないのに けんめい だが病人はディアの木箱が欲しくてたまらないというように、懸命に体を起こした。 今まで石病をしていた女たちがみな目を見張った。それほどの力が残っていたとは信じられ なかったのだろう。 「見せてやれ、ディア」とレオンが言った。 そしてレオンはディアの肩をつかんで引き寄せた。 「苦しんでいるのがわからないのか」 レオンは忘れているのだ。捕食する所を他人に見られてはいけないことを。 だがすぐに気づいてか、レオンは人払いをした。 「フラ、ここはおれに任せてくれないか」 「レオン ? しいけど : : : 大丈夫かい、何かあったらすぐ呼んでおくれよー フラはレオンを信頼しているのだろう、娘たちを連れて部屋を出て行った。 寝台の上に取りつけられたの垂れ幕が引かれた。

4. 悪魔の揺りかご

「うん、きみが嫌だったら 「嫌だわ、もちろん」 「あ・ : ・ : やつばり ? 」 「でも、泊めてやらなくもないわ。あたしの城ってわけじゃないし。絶対、あたしの持ち物に 触らないって約束してくれたらね」 「持ち物 ? 」 カイは思わず聞き返した。彼女が何を持っているのかなんて知らない。 「そう : ・ 。これ、大事な物なの。命より大切な物なの」 そしてディアは背後に隠すようにしていた木箱に目をやった。 命より大切 ? カイにはそんなもの想像できない。 それって、宝物を隠しておいてここに宝物はないって言ってるようなもんだな。 ごカイは少女の浅はかさに苦笑した。 ちか 「わかったよ。故郷のばーちゃんと : : : そうだ、この剣に誓って」 のそう答えて、カイはベルトに吊ってあった短剣に手をやった。 悪ディアが身構えた。 「大丈夫ーとカイが言う。

5. 悪魔の揺りかご

うん、とカイが言って、腰のベルトから革の水筒をはずした。 「飲みなさい、暴れてのどが渇いたでしよ。大丈夫、水だから」 つま 少女は上目遣いに水筒を見た。・ - こく、と唾を飲み込んだ。 カイはにつこりと笑う。たいていの娘がの・ほせ上がる、とまではいかなくとも、つられて微 くったく 笑み返してくれたり優しい気持ちになったりする屈託のない笑顔だ。 「何もしない ? こと少女が言った。 「しない、しない」 「ほんとに ? 」 「だって、誰かがここにいるとも知らなかったんだ、 : ホク。ただ寝心地のいい場所を探してい ただけだし。ガキんときから故郷のばーちゃんにしつけられてますからね、よそ様の物を勝手 に触ったりしたらいけないって」 ちゃん ? ご「ん、すごい怖いの」 ふ、と少女が笑い出しそうになった。 の「じゃ、もらうーと彼女はロもとをひきしめ直した。 悪「どうそ、存分に」 水は貴重なものだけれど。 かわ

6. 悪魔の揺りかご

148 レオン様とちゃんと仲良くやれよ : : : って無理だろうなあ。 ちゅうぼう 階下の厨房で音がしたので、レオンは様子を見に行っている。 ぬぎぬ 結局彼は、宿の亭主に濡れ衣を着せるようなことはしなかったのだ。 かといって真実を話すこともできない。 ディアが亭主を喰っただなんてーー誰が信じるだろう。 こんせき 死体も痕跡も残っていないからどこかへ姿を消したとしか思えないだろう。 それでいいのかもしれない。 きう 気丈な女だし、子どももしつかりしているから、きっとそれなりにやっていける。 ディアが目を開けた。 一晩中苦しんだようで、すっかり面やつれしている。 「大丈夫 ? 」とカイがたずねた。 ディアがカイを見上げた。 「ずっと いたの ? 」 「うん。ディアちゃんのそ・よこ、 を冫したよ」 「あいつは ? こ ディアがうるんだ瞳で室内を探っている。 おかみ 「レオン様は下。女将と何か話してる。宿代のことかな」 おも

7. 悪魔の揺りかご

おど カイは脅かさないよう、声音を落として言った。 おび 「怯えなくていいから・ : 少年に敵意がないことが伝わったのだろうか、少女はおずおずと腕をのばした。 「大丈夫 ? いいよ、ボクにつかまりなよ 少女は左手でカイの肩につかまり、ゆっくりと立ち上がった。 無防備と思えるほど、彼女は体重を預けてきた。 疲れきってひとりで立てもしないのだろう。 カイは静かに彼女の背を抱えて助け起こした。 ほお 少女の柔らかな髪がカイの頬をくすぐる。 彼女が今にも崩れ落ちてしまうような気がして、ふと腕に力を入れた。 その時、鈍い痛みが腹部を襲い、カイは思わずうずくまった。 「すけべ ! 」 頭上から降ってくる声は間違いなく少女のものだ。 カイは腹をおさえながら呆然と顔を上げた。何が起こったのかわからなかった。 目の前に小さな握り拳があるのを不思議な気持ちで眺めていた。 ばうぜん こわね

8. 悪魔の揺りかご

命より大事な物が入っているって言ったつけ。 命より大切な物なんて そんなものないんだよ、ディアちゃん。 カイは心の中でささやいた。 海沿いの廃墟の夜はやはり寒い。 ディアは大丈夫だろうか。 ぎよっぎ 寝息もほとんど立てず、随分行儀の良い少女だと思ったが、静かすぎる。 「ディア : : : ちゃん ? 」とカイがつぶやいた。 低い石組みを背に、カイは足をのばして腰をおろしていた。 ひざ 彼は膝を立てて上体をディアに向けた。 「どうした : ・・・・ ? 」 ご月明かりに青白いディアの頬が見える。 まっげ なめらかな頬にながい睫毛をふせて眠っている。 の頬に落ちた影が無機質で、人形のように見える。 こころもと りん 悪起きて憎まれ口をたたいていた時には凜とした美しさがあったが、今はなんて心許ないのだ ろう。はじめて見た時と同じようにーーやはり触れれば壊れてしまうのではないかと思う。 はいきょ ほお

9. 悪魔の揺りかご

幸いにもカイという男は、さっきの男と違って襲っては来なかった。 ひじ 彼は時々火の様子を見ながら、少女のもたれている石組みの上に肘をついている。 眠らないつもりだろうか。 用心しなくちゃ。 ディアは木箱の中で息をひそめた。 じっと目をこらすと、木箱の上に幻影が現れることがある。 それは相手の望むものが具現されて浮き上がるのだ。 きれいに浮かび上がったら、相手は箱を開ける。 さっきは危なかったから、十分な幻影を見ないまま魂を食べた。 でも今度は大丈夫だわ。ゆっくりとあんたの望むものを見届けてあげる。 そうして、手をのばして揺りかごを開けた時、人はとても幸せな気持ちで死ねる。 いちばん欲しいものを手に入れた美しい夢を見られるのだから。 ご さあ、開けなよ、カイ ? りディアの二つの眼球の間から黄緑の触手がちらりとのびた。 のカイがこちらを向いて、少女に近づくのが見えた。 悪

10. 悪魔の揺りかご

Ⅷ「もう大丈夫、ディアちゃん」 励ますように痩せた背を抱いて、カイはささやくようにそう言った。 カイの頭の中で、この場をやり過ごすシナリオができつつあった。 うしろめたい気持ちを抑えて彼は言った。 「ところであのうーーご亭主は ? 何か物音を聞かなかったかな。ボクたち、熟睡していて気 づくのが遅かったみたいなんですけど。ご亭主を呼んでください」 女房がはっとしたように口を押さえた。 「代官とやらにも知らせたほうがいいかもしれませんよね、昼間のやつらの報復かも」 ーー少しお待ち下さいな」 「ま、待ってください。主人を探してきます。・ : : ・少し、 あわ 彼女はひどく慌てて階段を下りて行った。 レオンが鞘に長剣をおさめた。 「どういうつもりだ ? 亭主はもう 「でも、本当のことが言えますか ? レオン様ーー悪魔に喰われたなんて : : : 誰が信じるか な、実際に見たボクでも、まだ信じられないのに」 「亭主を泥棒にするのか」 ゆくえ 「ええ。 ディアちゃんの銀貨を盗んで行方をくらましたってことにするんです。暗にほの めかすだけでもいいと思うんですー さや じゅくすい