しかし少年は動かず、決心したように言った。 「ーーお客さん ! 軍人さんなの ? 剣が使える ? 」 レオンは肉切りナイフをテーブルの上に置いた。 少年は頬を赤くして、レオンに詰め寄るようにして答えを待っている。 おび くるくるとしたその瞳に怯えた色はない。 「ね、使える ? 「だったら助けて ! みんなが困ってるんだ。あいつら店の物、食べても金なんか払わない ・ : おいらのともだちゃその父さんたちも、みんなひどい し、家も荒らされてこわされるし、 目に遭ってんだ ! 」 無視しようと思った。 よそ者に荒らされている町などどこにでもある。旅の間、そうした通過地点に過ぎないとこ ろの雑事にいちいちかまっていては何年かかっても故郷に戻れないだろう。 とが しんし だが、少年の真摯な眼差しを見ると、レオンは少し気が咎めた。 故郷に帰ればレオンもまた家領を治める若い当主だ。君主の留守の間、ここと同じようなこ とが起こっていたらと考えると 「ねえ ! 強いんでしょ ? 男の子もなぐられてたんだよ ? たったひとりによってたかって ほお
登士昜人 カイ 殄紹介 ティア 、、悪魔の揺りかこ″と刻まれ た木粨を抱えた少女。 その日暮らしをする流浪の 少年。 2 をな 1 み レオン 午嫁のを何者かに奪われ た若き領主。 ー・一三ロ
おど カイは脅かさないよう、声音を落として言った。 おび 「怯えなくていいから・ : 少年に敵意がないことが伝わったのだろうか、少女はおずおずと腕をのばした。 「大丈夫 ? いいよ、ボクにつかまりなよ 少女は左手でカイの肩につかまり、ゆっくりと立ち上がった。 無防備と思えるほど、彼女は体重を預けてきた。 疲れきってひとりで立てもしないのだろう。 カイは静かに彼女の背を抱えて助け起こした。 ほお 少女の柔らかな髪がカイの頬をくすぐる。 彼女が今にも崩れ落ちてしまうような気がして、ふと腕に力を入れた。 その時、鈍い痛みが腹部を襲い、カイは思わずうずくまった。 「すけべ ! 」 頭上から降ってくる声は間違いなく少女のものだ。 カイは腹をおさえながら呆然と顔を上げた。何が起こったのかわからなかった。 目の前に小さな握り拳があるのを不思議な気持ちで眺めていた。 ばうぜん こわね
カイはくいいるように少女を見つめた。 じさっぜっ いつもは饒舌な少年だったが、この時ばかりは言葉をなくしていた。 大きな瞳が子犬みたいだ。 靴跡ひとつない雪みたいな肌。 くつきりと形のよい唇の左端からかすかに血が滲んでいた。 非のうちどころのない優雅な曲線を描いた頬も、左側だけ赤い。 だがそんなものもはね返してしまうほど彼女は美しかった。 ひとけ がれき 人気のない瓦礫の城に棲む妖精かもしれない。 瞬きひとつでもしたら、このコ、消えちゃうんじゃないか ? だからーー彼はただ見つめていた。 少女も探るようにこちらを見ている。 両手で胸元を隠すようにしていた。 カイははじめて気づいた。 むざん 少女の白い衣は無惨にも破れていたのだ。 そんな・ : 彼女の唇や頬は、誰かに殴られた痕を残している。 くつあと なぐ ほお にじ
「えつ、そうなんですか ? こ 「おれは関係ないから。あんなクソ生意気な女、どうなっても」 「・ : ・ : そうですか、それじゃ」 カイはごろっきから取り戻した短剣が腰にあるのを確かめた。 もっともそれを抜くようなことはないだろうが。 宿の亭主が居直ったとしてもカイの相手ではない。 カイは音を立てないように客室を出た。 レオンはべッドに半身を起こしたまま壁によりかかっていた。 こころ、も、こ 壁の心許ない明かりを・ほんやりと見つめる。 ーー妙な女だ。 勧物を言わなければたおやかで消え入りそうなのに。 魔カイという少年は、昨日会ったばかりだというが、すっかり惚れ込んでいるらしい レオンの目から見てもかなり美しい少女だとは思うが、ひとたび口を開けばどうだ。 無礼で小憎らしくて、おそれ知らずで
ご「母さん、すごいよ ! あの人。十人以上やつつけた ! 」 少年は嬉々として家に飛び込んだ。 の息をのむような美しい少女を伴っている。 悪「ほら、このおねえちゃん、助かった」 てんまつのぞ 戸口から顯末を覗き見ていた宿の女房がひきつった顔で出迎えた。 ながぐっ そして彼は挑発するように頭目らしい男の横面を長靴で踏みつけた。 「代金に頭目の抜け殻をくれてやる。もう役に立たんだろうがな」 いっせいに男たちが飛びかかった。 騎士が躍動する。 背で束ねた髪が激しく揺れていた。 しなやかに四肢を躍らせ、長剣を操る。 黒絹に銀糸の縫い取りがあるのか、外衣が動くたびに銀の模様がちらちらと動いた。 カイのすべきことはもうなかった。 へた 下手に手を出さないほうが賢明だとすら思えた。 がら
騒ぎを聞きつけて遠巻きに見ていた亭主もおろおろと入って来た。 せいかん 浅黒い顔だが精悍さはない。背を丸めるようにして上目遣いに彼は言った。 「はあ : : : ただ者ではないね、あの客 : : : どこの貴族様だろうな」 「父さんも見た ? ね、おいら、頼んでみてよかったでしょ 調子づいた少年を、女房がきっと睨みつける。 「おまえ、あんな中に飛び出していって ! なんて危ないことを ! 息子を一喝し、それからディアに目を留めた。 先刻、息子が『よそから来た子だよ、きっと』と言っていた通り、このあたりでは見ない顔 だ。女房は客あしらいが上手く、どんな客が来ようと瞬時に笑顔を作って迎え入れることがで きたが、この時ばかりは違った。 少女の頭からつま先までまじまじと、不躾なほど見つめてしまった。 かっこう なんてきれいな娘さんだろう ? それにこのひどい恰好は : にじ ひざ 素足の上に、膝はすりむけて血が滲んでいる。 白いドレスの肩から胸にかけて破れているし、唇も殴られたように傷ついていた。 一暼しただけで、この少女がどんな辛い目にあったかをありありと想像することができた。 黒い大きな瞳ははっきりと女房を見返しているが、顔はやや青ざめて硬い表情だ。 愛想がないのは無理もない。 いちべっ いっかっ にら つら ぶしつけ なぐ
ちゅうぼう 厨房の出入り口は天井が弓なりになっている。 そこから奥は火を扱うので石作りなのだろう。 ディアの求める物は見あたらない。 「おねえちゃん、よかったね ! おいら、どうなるかとすごく心配だったんだ」 少年が厨房から出て来てディアに話しかけた。 彼女のことが気になるのだろう。 火の番をしているはずだが、 , おいしそう。 ディアはにこりと笑った。 むくたましい 無垢な魂は甘くておいしいと言う。 今はさほど空腹ではないが。 少年はディアに笑いかけられたためか、浮かれてぼうっとしている。 「あ、あの : : : おいらがお客さんにたのんだんだよ。すごいつよかったよねー 「お客さん : : : さん ? 」とディアが聞き返した。 「うん、かっこいい剣もってたから、ぜったいつよいと思ったんだ、おいら。 : : : あっ、かえ って来た ! 少年が戸を指さした。 ディアはぎくりと振り返る。
ディアを拘束しているのはたった一人だ。 彼女は相変わらず平然としているが、やはり視線を騎士にくぎづけにしていた。 「ディアちゃん・ : : ・大丈夫か」 カイはディアを捕らえている男を睨んだ。 「離せよ」 男は顔をひくつかせながら、無念そうに短剣を下ろした。 「にいちゃん、こっちだよ ! 」と子どもがカイに言った。 「おねえちゃん、もう大丈夫だよ」 大人びたロぶりで少年はディアを連れ出す。 カイの役どころをすっかりとられた。 「どいてよ、どいて」 少年がディアの手を引いて野次馬をかきわけた。 ディアもさすがに子ども相手に突っ張ったりしなかった。 いさか 諍いの現場から二人の姿が見えなくなった。 「これでやりやすくなったな」 騎士が冷徹に言った。 けんか 「残りはおれが買った、この喧嘩」 こ、っそく にら
果物をわしづかみにした。商人は叫び声を上げたが、男がにらみをきかせると黙った。 「そら、簡単なこった」 ディアはむっとした。 ひとりずつ順番に喰ってやろうかしら。 たましい もっとも、質の悪い魂を喰うのはあまり体に良いとはいえない。 彼女はまだ肩にかかっている男の不格好な手を払いのけた。 「いいかげんに手、離しなさいよ」 「あっ、何しやがる」 「触るなって言ってるの、わかんないの ? 」 ディアを取り巻く男の群れが動いた。 人混みをかき分けるようにして一人の少年が顔を出した。 ディアちゃん ! 」 ディアは声のした方を見た。 若草色の衣が見え隠れしている。 周りのひんしゆくを買いながら、少年はかなり強引に進み出た。 カイだ。 それがわかった瞬間、ディアは不機嫌な顔をさらにしかめた。 たち