「ディアちゃんにあげる、これ。護身用に持ったらいい」 かわひも カイが腰から革紐を解いて短剣を鞘ごとはずしてディアに差し出した。 「あたしに ? 「うん。ボクはいらないんだ」 「ーーーどうしてー 「剣、使うの苦手でね」 ディアは短剣をひっくり返したり鞘からわずか抜き出して見たりして、短剣に視線をおいた ままたずねた。 「そんなの理由にならないでしよ、あんたーーー苦手だってだけで手放す ? こういうの」 「ふつうはしないけど」 「じゃ、何考えてるの」 カイはぼり。ほりと一をかいた。 「信じてもらいたいためなんだけど : : : それと理由はまだあるよ」 ディアがその答えを待ってカイの瞳をのそきこんだ。 カイは情けない顔になってぼつりと言った。 「ボク、血がだめなんだ : : : 怖くて」 すうっと息をのむ音がした他は、しばらくふたりとも黙っていた。 さや
「危ない カイがディアの体を支えようとして腕をのばした。 うめ カイによりかかって一アイアは呻・ ~ 、ように = = ロった。 うつわ 「こんな体ーーこんな役に立たない器、殺してやる : ・ : ・あたしを守ることもできない コアイア : : : ちゃん : : : ? カイは驚いて彼女の肩を揺さぶった。 うつつ 夢と現のはざまでうなされているかと思ったのだ。 「何を言ってる ? ディアちゃん」 カイがぎくりとディアの手を見た。 いつの間に抜き取ったのか、カイの短剣が握られていた。 レオンとディアの間に立って、カイは身構えた。 ディアが短剣を両手で握りなおした。そして腕を上げた。 「やめろ・ : ・ : っー 勧ディアとレオンが交錯して、何が起こったのかよくわからなかった。 魔ことりと音がして、板張りの床に短剣が落ちた。 悪 刃先に鮮血がついていた。 レオンがディアを抱きかかえるようにしていた。 こ、つ癶一く
「きさま : ・ 首領らしき男が憎々しげに言った。 「加減してあそんでやってるのがわからねえようだな ! ぶぜん ディアは憮然と短剣を見ていた。ふてぶてしいくらいだ。 「ディアちゃん : カイのいちばん恐れていた事態になった。 「はかね、そいっとあたしは何の関係もないよ。こんなことしたって無駄ー ディアがけろりと言った。 「悪あがきを言うな ! 」 「ほんとだってば ! あたし、自分のことは自分で守れる」 そう言うが早いか、ディアは抱えた木箱で男の顔を一撃した。 男の男が剣を抜いた。 男は短剣をとり落としたが、リ カイが駆け出した。 いしだたみ ディアを抱え込んで石畳に伏せる。 がしつ、と剣が顔の横をかすめて石畳を突いた。 それを奪い取ってカイは立ち上がった。 「逃げるよ ! 」
けいべっ ディアの顔に軽蔑とも同情ともとれる表情が浮かんだ。 いくさ 「戦は ? 」と彼女がきいた。 「戦は行ったけど」 「血が恐くて逃げて来たの ? ことおいうちをかけるようにディアが言った。 「ーー・そう」 カイが聞き取れないくらいの声で答えると、ディアはようやく安心したように笑った。 「かっこわるい ほほえ カイは微笑んでうなずいた。 あんど ディアが笑ったから安堵したのだ。 彼女はそれじゃ、と言って短剣を衣の裾の下に隠した。 か 何かあったら寝首を掻 . いてやろうとでも思っているのかもしれない。 「・ : ・ : さっきも故郷のばーちゃんって言ったけど ? 」 「うん」 「故郷、遠い ? 」 の「ーーーうん・ : ・ : まあー 悪「今から帰るの ? 「いいや・・ : : 」 すそ
「えつ、そうなんですか ? こ 「おれは関係ないから。あんなクソ生意気な女、どうなっても」 「・ : ・ : そうですか、それじゃ」 カイはごろっきから取り戻した短剣が腰にあるのを確かめた。 もっともそれを抜くようなことはないだろうが。 宿の亭主が居直ったとしてもカイの相手ではない。 カイは音を立てないように客室を出た。 レオンはべッドに半身を起こしたまま壁によりかかっていた。 こころ、も、こ 壁の心許ない明かりを・ほんやりと見つめる。 ーー妙な女だ。 勧物を言わなければたおやかで消え入りそうなのに。 魔カイという少年は、昨日会ったばかりだというが、すっかり惚れ込んでいるらしい レオンの目から見てもかなり美しい少女だとは思うが、ひとたび口を開けばどうだ。 無礼で小憎らしくて、おそれ知らずで
ディアを拘束しているのはたった一人だ。 彼女は相変わらず平然としているが、やはり視線を騎士にくぎづけにしていた。 「ディアちゃん・ : : ・大丈夫か」 カイはディアを捕らえている男を睨んだ。 「離せよ」 男は顔をひくつかせながら、無念そうに短剣を下ろした。 「にいちゃん、こっちだよ ! 」と子どもがカイに言った。 「おねえちゃん、もう大丈夫だよ」 大人びたロぶりで少年はディアを連れ出す。 カイの役どころをすっかりとられた。 「どいてよ、どいて」 少年がディアの手を引いて野次馬をかきわけた。 ディアもさすがに子ども相手に突っ張ったりしなかった。 いさか 諍いの現場から二人の姿が見えなくなった。 「これでやりやすくなったな」 騎士が冷徹に言った。 けんか 「残りはおれが買った、この喧嘩」 こ、っそく にら
「うん、きみが嫌だったら 「嫌だわ、もちろん」 「あ・ : ・ : やつばり ? 」 「でも、泊めてやらなくもないわ。あたしの城ってわけじゃないし。絶対、あたしの持ち物に 触らないって約束してくれたらね」 「持ち物 ? 」 カイは思わず聞き返した。彼女が何を持っているのかなんて知らない。 「そう : ・ 。これ、大事な物なの。命より大切な物なの」 そしてディアは背後に隠すようにしていた木箱に目をやった。 命より大切 ? カイにはそんなもの想像できない。 それって、宝物を隠しておいてここに宝物はないって言ってるようなもんだな。 ごカイは少女の浅はかさに苦笑した。 ちか 「わかったよ。故郷のばーちゃんと : : : そうだ、この剣に誓って」 のそう答えて、カイはベルトに吊ってあった短剣に手をやった。 悪ディアが身構えた。 「大丈夫ーとカイが言う。
のどもと Ⅷ少女の喉元に短剣を向けて かんいつばっ レオンはなぜそれがわかったのだろう。彼は間一髪のところで阻止した。 はため 傍目から見れば、少女が自殺をはかろうとしたのをレオンが身を挺して止めたように見える がーーー自殺というのは神を裏切る行為だ。 なるほど、悪魔のなせるわざだ : ・ カイは妙なところで感心した。 「レオン様 : : : 手当てをしなくちゃ」 白いシャツに赤い染みが広がっていくのに気づいて、カイが慌てて言った。 レオンは放っておけ、と言った。 「そんな元気があるなら、目玉をくり抜いておくんだった」と彼は吐き捨てるように言った。 そして忌々しそうに長剣を抜き、ディアの揺りかごに突ぎ立てた。 少女のディアがびくっとした。 「次は本当にやるそ」 れいこくこわね 震えがくるような冷酷な声音でレオンが言った。 「わかったな」 ディアをベッドに押しこんだ。 レオンに勝負あったようだ。 あわ
五人、六人・ : カイの足下に失神した男が正体無く崩れていく。 素手でやさしくいきたかったが、少々荒っぽくなるのは仕方がない。 相手が多勢なので、丁寧に始末している暇がないのだ。 体が温まってきた。 荒い息の音と、叫び声を背に聞く。カイは振り向きもしない。 後ろからくる奴に肘鉄をくれてやった。 カイは次の襲撃を待ち受ける。だが、残りの者たちは立ちすくんでいた。 あせ 男たちに焦りの表情が浮かんでいる。 揶揄の声も今は上がらず、見物人までが黙りこくっていた。 まずい : : : まだ半分もいってない。 カイは舌打ちした。 ご静まり返っているのは、男たちが本気になったからだ。 えんりよ 見物人は息をすることさえ遠慮がちにしている。 の険しい沈黙。 カイの視界の端にきらりと光る物があった。 ディアに突きつけられた抜き身の短剣だった。 ひじてつ ていねい ひま
「お、おとしまえ って ? 」 カイが両手で頭を押さえながら言った。 「あのなあ、このお嬢さん、おれにぶつかっといて謝りもしねえのよ。すぐに謝ったら許して やったのに残念だったな」 男はカイの胸ぐらをつかんで言った。 「知り合いなら、坊やが代わりにお詫びしてくれるんだろうな。何、おれたちの気のすむよー にさせてくれりやいいのさ 「そうそうー 「気のすむようにな ! 別の男がもう一発、カイの背中をどやしつけた。 ディアは軽蔑しきった目でそれを見ている。 せつかく食べないでやったのに、なんで追っかけてくるんだろ。 「ありゃあ ! このガキ、こんな物騒なもの持ってやがる」 男のひとりがカイの体をまさぐり、短剣を見つけた。昨日ディアの護身用にと渡したものだ が、彼女がそれを持たずに姿を消したのだ。 「危ねえ、危ねえ ! ちくりと痛がゆい思いをするところだったぜ」 「油断できねえガキだぜ」 けいべっ じでつ