老人 - みる会図書館


検索対象: 悪魔の揺りかご
12件見つかりました。

1. 悪魔の揺りかご

63 悪魔の揺りか 「危険です 「おれが喰われるはずがない」 「その慢心が危のうございます。ご長老様、そうではありますまいか ? こ 若者に答えて、しかし老人は絞り出すように笑った。 「いいじやろう、面白い。やってみるがいい。捕らえたら見せてほしいものじゃ。わしも最期 はあいつの腹を満たしてやりたいと思わんでもないのじゃ あくび 言い終えると老人は欠伸をひとっした。 「お休みなされますか」 「そうじゃのう ひざ 付き人は老人の膝にかかった毛布を引き上げ、レオンに一礼した。 それを合図にレオンは退室した。 ろ、っそく 手の中には蝋燭代わりに使われていたという悪魔の眼球がある。 ご ' 騙されたような気がしないでもない。 ただの作り物を、若者が喜んで持って帰ったと、笑い話にされるかもしれない。 なぜ老人を頼ったのか、と己をあざ笑った。 だが海いてはいない。 他に手がかりがないなら、騙されてもみよう。 だま

2. 悪魔の揺りかご

婚約者として、粗末に扱ったこともなければ、貧しい家の者でもないのに。 「わしも若い頃に幾度か見たが、見るたびに違う姿で現れたの。 さすがにここまで生きな がらえると、悪魔のやつもあきらめたらしいわい。近頃はとんと見かけぬ」 「ご長老には心の飢えがございませんゆえ」と付き人が言った。 「若い娘なら山ほどあろうがーーーどうじゃ、思い当たらぬようじゃな。それならいっそ・ : : ・」 レオンは答えられなかった。 婚約者が何を欲しがっていたかなんて、考えたこともなかったのだ。 「悪魔を飼いなされー 「悪魔を捕らえて飼えば、真実がわかるかもしれん」 「捕らえる ! 」 レオンは切れ長の目で老人を凝視した。 「いるかいないかわからないものを ? 」 「おまえ様がいないと思えば、そんなものはいないじやろうがな。いないと思うなら、許嫁の やまい ことは気の病とあきらめるがよかろうー かつがれているのか ? レオンは傍らにいる、老人の付き人を一瞥した。若いその男は真剣な顔で老人のロもとを見 かたわ かっ いちべっ

3. 悪魔の揺りかご

地下のワインセラーに似た一室に入って薄暗い室内を彼は見渡した。 低い天井は岩肌がむき出しになっており、ところどころ木の根が突き出ている。 壁につけられた明かりを頼りに目をこらし、部屋の奥で何かうごめくものを見た。 みめうるわ 、これはまた見目麗しい御仁じゃ。お迎えが来たかと思うたわ」 動かなければ、・ほろ布を敷きつめた上に据えられたミイラにも見えたが、突然口をきいた。 こわね しわがれていたものの大きく、カのある声音だ。 とうげ 「ご長老様、シャロワ家のレオン殿ですよ。オタールの峠をご存じでしよう」 若い男が老人に耳打ちした。その様子では目も耳も達者なのだろう。 富とは無縁の老人だが、・ とこからともなく人が集まり、従者のように世話をしている。 「さあ、どうだったかの。じゃが、こんな老い・ほれに何の用じゃな」 あんど レオンはだしぬけに問われたことを不快に思うどころか、むしろ安堵していた。 ご誰よりも長く生き、『知恵出づ』と呼ばれ、人から慕われてきたこの老人に一刻も早く聞き カ りたいことがあった。 の この瞬間、この目で見るまでは、レオンがたどり着くまで彼が生きながらえているかどうか 悪すらひそかに疑っていたのだ。レオンは即座に言った。 たましいゆくえ 「婚約者の魂の行方を知りたいのです」 ′」じん

4. 悪魔の揺りかご

だがそれ以上のものがあったかといえばーー・・愛してやまないといえたかどうか。 レオンはそういったことをじっくり考えるのが苦手だ。 馬の鞍や剣や武具を語るほどには女のことは語れないのだ。 「そのご婦人は、心ここにあらずといったご様子なのですか」とまた若者がきいた。 しかばね 「生ける屍」とレオンがきつばりと言った。 「放っておけば衰弱して死ぬでしよう」 ほうほう、と老人が納得したように言った。 いいなずけ ーー悪魔に魅入られたのじゃな」 「その許嫁の娘はつまり おお 「悪魔 ? : ・悪魔に魂を喰われたと仰せか」 まゆ レオンは眉をひそめて老人に言った。 「目の前に、欲しい物を見せられて、禁断の扉を開けてしまったのじやろう」 コ扉 ? 」 「いろいろな姿をして悪魔は現れるのでな、扉とは限らぬよ。笛の音で心を惑わす悪魔もおれ にお たく か : : : 心が飢えている者の匂いを巧みに嗅ぎつけてやっ りば、色香で惑わすものもあるじやろう。 のて来ますのじゃ」 悪「心の飢えーー レオンは少なからず衝撃を受けた。 ら かっ

5. 悪魔の揺りかご

61 悪魔の揺りか みじん ていた。師の吐き出す言葉全てに微塵も疑いを抱いていないようなのだ。 がてん 「合点がいかぬようじゃ。 ・ : そうじゃった、あれを見せてやりなさい、悪魔の目じゃ。蠍燭 立てにまだあったじやろ」 老人が壁の明かりの一つを指さした。 付き人は、ああ、と思い当たったようにうなずいてそれを壁からはずした。 かけら 彼は小さな素焼きの皿をレオンの目の前に掲げた。皿の中心に乳白色の欠片が置かれてい じゅうし た。皿の底は獣脂にまみれている。付き人が指さしたその欠片は、赤子のこぶしほどの大きさ で、半透明な、つぶれた球体だ。手をかざして影をつくると、かすかな光を放っているのが見 える。 「これです。蝋燭の代わりに使っていたのですー 「悪魔の目 ? これが ? 」 「はい。ご長老様が昔悪魔使いの男から譲り受けられたもので、三十年ほど前にはこの目その ごものが、蠍燭の明かりもいらないほどに輝いていたそうです」 けげん レオンは怪訝な顔でそれを観察した。 いまだ信じられないが、確かに淡く光っている。 老人はなぜこれが悪魔の目だと思うのだろう。 「悪魔使いが死に際にここを訪ねて来てのうーーその時わしはまだ百と少ししか生きておらん ろうそく

6. 悪魔の揺りかご

いいなずけ だから、許嫁であった恋人の魂を探す旅にあってーーレオンは幾度も途方に暮れる。 、何に飢えて悪魔に魅入られたというのか。 わざ 女の心がわからないのにそんな物を推測するのは至難の業だ。 むぼう きたん いっそあの無謀な少女のように忌憚なく物を言ってくれていれば、まだわかりやすいのに。 許嫁が本当に悪魔に魂を奪われたかどうかも疑わしいのだが。 だが今は、他に手がかりもなく、あの老人の言葉に従って探し、待っているのだ。 ーー悪魔との出会いを。 もしかしたら、ひどく無駄なことをしているのかもしれない。 レオンは隣室の気配を探った。 宿の亭主が来たというなら、カイとはち合わせして気まずいことになっているかもしれな い。だが言う争う物音などは聞こえない。 宿の亭主が少女の部屋に来たなどというのは嘘だったのだろうか。 動何事もなければそのうち戻って来るだろうし、戻って来なければ、少女と意気投合してよろ 魔しくやっているということだ。 ませたガキ。 レオンは苦笑する。 かっ

7. 悪魔の揺りかご

かったが , ーーその男が死ぬ時に残していったのじゃ。飼っておった悪魔に喰われかかって、命 からがらやって来たとな。悪魔は自らの手で殺したというので、本当の姿はわしは見ることは なかった」 レオンはなめるようにそれを見ていたが、やはり得体の知れないものだと思う。 にお 「それを持っていくがよいわ。仲間の匂いに誘われてやって来るかもしれん。ただし腕に覚え があっても油断はできぬがな。あやかしも使えば色香で惑わせもする。あの手この手を使って おまえ様の魂を喰おうとするのは必至。喰われないという自信があるなら、捕らえて飼うのが 良い。悪魔使いになるーーそれがいちばんの近道なのじゃ 納得いかない顔でレオンは聞いていた。 ただひとつ、心に触れるものがあった。 喰われる、だと ? このおれが ? あやかしや色香にまんまとはまって喰われる ? ・はか・はかしい 挑発されているような気もするが、ここで引き下がるわけにはいかない 「捕らえて、飼うーー いいだろう」 「シャロワ殿ーー」 老人の付き人が不安そうに言った。 たましい

8. 悪魔の揺りかご

老人はロをもぐもぐさせてしばらく何か考えているそぶりをした。 「ある日突然、物も言わなくなり、目の動きも虚ろとなりーーー放っておけば飲むことも食べる たましい こともないーーまるで魂を失ったとしか思えないのですー と付き添いの若者が言った。 「それはお気の毒なーー 「愛してやまない方なのでしようね」 レオンは琥珀の瞳でちらりと彼を見た。奇妙な質問をする。 「愛して : : : ? さあーーそう問われるとそうでもなかったかもしれない」 問いかけた若者が驚いてレオンを見つめ返した。 正直言って、そう答えるほかなかった。 確かに結婚を約束していた。抱きしめれば愛しさも感じた。 しかし目の前にいなければ忘れる程度のものだ。 女とはそんなものなのだろうと思っていた。 だが、彼女が魂をどこかに放ってからの方がむしろ、気になった。 婚約を破棄しろという親族もあった。だがレオンはしなかった。 逆に彼女を自分の館に引き取り、侍女も何人かつけ、大切にした。 結婚の約束をとり交わした女を、原因もわからないのに見捨てることなどできなかった。 人はレオンを情け深いと言った。

9. 悪魔の揺りかご

190 病人がディアに向けて腕を伸ばした。 ディアは後ずさりした。 あたし、しかけてなんかいない。この人を殺したくなんかないのに けんめい だが病人はディアの木箱が欲しくてたまらないというように、懸命に体を起こした。 今まで石病をしていた女たちがみな目を見張った。それほどの力が残っていたとは信じられ なかったのだろう。 「見せてやれ、ディア」とレオンが言った。 そしてレオンはディアの肩をつかんで引き寄せた。 「苦しんでいるのがわからないのか」 レオンは忘れているのだ。捕食する所を他人に見られてはいけないことを。 だがすぐに気づいてか、レオンは人払いをした。 「フラ、ここはおれに任せてくれないか」 「レオン ? しいけど : : : 大丈夫かい、何かあったらすぐ呼んでおくれよー フラはレオンを信頼しているのだろう、娘たちを連れて部屋を出て行った。 寝台の上に取りつけられたの垂れ幕が引かれた。

10. 悪魔の揺りかご

今思えば、悪魔と一夜を共にしていたのか。 えじき それでも餌食にならなかった。 カイが箱を開けなかったからだろうか。 「少し考えさせてください。朝の出発までに答えを出します」 忘れろと言われて簡単にできるものではない。 、腕にある少女の温もりは、きっといつまでも消えないだろう。 レオノま、 、をいくら考えたって同じだそ、と言った。 足音がしたのでふたりはロをつぐんだ。 宿の女房が青ざめた顔で戸口に突っ立っていた。 まゆ レオンが眉を寄せて女を見た。 彼女はレオンの足下にうずくまってびれ伏した。 「お許し下さい : 主人がどこにもおりません」 彼女は泥棒が自分の亭主だと悟ったようだった。 きじよう 目の前が真っ暗になっただろうが、女は気丈に対応した。 魔「何か無くなった物があれば、わたしが代わって一生かけてもお返しします。どうかおっしゃ って下さい ! 」 カイの胸がずきずきした。