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検索対象: 新潮45 2016年7月号
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1. 新潮45 2016年7月号

1 マッハーが述べていることは次のようではなく、われわれの生活を持続的に支 教経済学」など ) がそのまま納得できる える経済の枠組みと価値観へ転換するこ わけでもない。またこの年の間の経済なことである。 今日、われわれは高度な工業社会を実とだ。破局に至る前に、われわれは考え 社会の変化を無視するわけにもいかない。 グロー バリズムも革命も金融工学も現したが、それは人間のもっ貪欲や利己方を変えなければならない。いいかえれ まだ生み出されていない時代のものなの心や嫉妬心の上に築かれたもので、それば、今日手にしている経済学ではなく、 である。こうした「新しい現実」にシュは人間の知性や本当の幸福や平静さを破別の価値観 ( 形而上学 ) に基づいた新し ーマッハーの主張は果たして耐えられる壊し、やがて平和を壊し、文明を崩壊さい経済学を採用する必要がある。 新しい方向とはなにか。人間を技術に のだろうか。この年間で、工業文明はせるだろう。 しかもすべてを数量化し、や成従属させることではなく、技術を人間に 情報文明へと変わった。したがって、こ の書物の主張をそのまま年後にもって長率のような計量可能でわかりやすい数従わせることである。また消費者は、生 くるわけにもいかない。 値に変換する誤った学問としての経活上で必要なものを効率的かつ自立的に しかし、それよりもむしろ驚くべきこ済学がますます事態をなものにして確保すべきである。見知らぬ遠隔地から とは、この書物の基調にある、当時の文ゆく。実際には、再生不能な自然資源のの貿易に過度に依存するのではなく、地 明に対する危機の音識が、年後の今日制約があり、際限なき成長などありえな域を軸にして可能な限り身近な経済循環 においてさえもまだ本質的な音我を持つ、いにもかかわらず、経済学はそのことをによって必要なものを確保するのである。 それは大量生産技術への依存ではなく、 ということの方ではなかろうか。われわ直視しようとしない。資源は無尽蔵であ れはこの圭惕から、今日、依然として多るかのように、われわれはひたすら生産われわれのもっ経験的な知識や技術を最 くの重要なヒントをえることができるし、活動の規模を拡張し成長を追い求めてい大限に活用し、資源を浪費せず、エコロ ジーの原理に離反しないような人間的な 今日のわれわれの「常識」が、実際にはる。 しかし、この方向はいずれ行き詰まる。技術 ( 中間技術 ) を活用する方向だ。そ いかに「非常識」であるかを改めて知る 貪欲と嫉妬心をモチベーションとし、資れを実現するためには、資本や人を都市 ことができるからだ。 源をいくらでも浪費し、無限の成長をめに集積して大都市へと拡張するのではな 経済学に対する批判の書 、人と資源の地方への分散が不可欠で、 ざす近代社会の工業文明はいずれ必ず限く とりわけ地域と土地に根づき、人々の信 改めて簡単に要約すれば、本書でシュ界に達する。大事なことは成長すること

2. 新潮45 2016年7月号

シュランガイドブック」の守盟囲外、お客様 ( Ⅱ食べる側 ) に重きを置いたはて思案するという寿司屋において最も幸 たとえばお寿司、和食 ) 天ぶら、お肉つきりとしたべクトルが存在すべき業種せな時間 ) がなくなってしまいました。 ( すき焼きやステーキ ) などとなってしであります。故に最良のネタを不確定なこれはただ単に営業形態の変容というば まったことでしよう。 お客様のお好みによって毎日仕人れて品かりではなく、寿司を愛する美食家とし そこで、その下地を十分に考慮して考質を保つことは、謂わゆる長年の経験にての了見にかかわる重大事項の欠落を指 え出された手管が寿司屋や和食店をフラよる実績とそれに加えてある種の「勘」すものであります。 ンス料理店と同格に扱い、その中でも世が必要であります。その「勘」を養うこ逆に申しますと、お客はいちいち主人 評の高いお店に星をつけるという荒技でとこそ寿司屋の親方にとって技術とともの顔色やその日の雰囲気を察するという あります。寿司屋や和食店をこの「ミシに必要不可欠な素養と申し上げたいとこある種独特の緊張感をもたず、カウンタ ュランガイドブック」の守盟囲に人れろであります。 ーに腰掛ければ気楽にその店の概要を楽 ることにより、あたかも早暁の利く しかしこの「ミシュランガイドブッしむことができるようになりました。い 遠浅で穏やかな砂浜に上陸用舟艇が接岸ク」に掲載されたことにより、今ではこわゆる「二十—三十年通う常連も、初め し上陸作戦を行うかのようなもので、その寿司屋の営業形態は大きく変化しまして来るお客さんもあまりギャップを感じ の違和感は逆に好奇の評判を呼び、鳴り た。すなわち、その日の仕人れ状況の中ずにそこに居合わせることができる」と いうことでございましよう。 物人りでの初回本は爆発的売れ行きを示で作り手側が構築した「おまかせ」 ( Ⅱ し、に深く浸透することとなります。作り手側に重きを置いたべクトル ) のおまた、店側といたしましても先述のと 店が大半を占めることとなりました。言おり不確定な仕人れに勘を働かせること 食べ物屋の分 い換えればお客はその席に座れば、好むもなく、「毎日のお客様の数」 x 「決ま 元来、私が考える寿司屋というものはと好まざるとにかかわらず順番にお寿司ったネタの品数」を注文・調達すればよ 基本的にはお造りなどの肴で少しお酒をのネタが登場するわけですから、好みをいわけですから、格段に原価のロスが無 楽しんで、その後お好みでお寿司を何貫一一一口う必要も聞く必要もないわけでございくなるという利点が生じます。一見、こ か頼んでいただくというスタイルであります。そこにかってあった店の親方とおの両者の利害は相乗として幸せな結婚の ます。あくまでそれはおが好みによ客とのなやりとり ( Ⅱ「なにを食べように見えます。しかしここに江尸から ってその日のネタから選択するという、 ようかなあ」と色板もしくはネタ箱を見明治、最近まで脈々と受け継がれた江尸 July 2016 126

3. 新潮45 2016年7月号

英語で論議して、英語で記録が取れるぐいくるめて議論に勝っという術、詭にな 0 たら、つまらない三流のアメリカ らいのたしなみが欲しいとされたので弁術です。弁論術は西洋ではギリシア以人になるだけでしよう。 す。英語で講義を行うスー。ハ ーグロー来の伝統です。なぜならば、宗教を広めだから、私は全ての日本人が詭弁術や川 バル大学には補助金を加増するというるのも、政治も裁判も全ては口頭で行う術を学ぶ必要もないし、外国語を学 ので、そのような大学の講座も増えましからです。キケロの著作には、真実だけぶ必要もないと思っています。かといっ ( 0 言っていては駄目で、嘘だとばれないよて海外との交渉には外国語も交渉術も必 英語で授業を行えば、より国際的な研うな嘘をうまく言わなければいけないと要ですから、それは私のような一部の 究がなされるとでも思ったのでしようが、あります。 「空気が読めない変な日本人」だけを集 それは全くの逆です。日本では幼稚園か 日本は古代の中国から始まって、近代めて、英語やま術を学ばせるようにさ ら大学院まで日本語で全て授業をしていになってからはイギリスやアメリカと付せればいいのです。 るからこそ、これほどノーベル賞が出るを入口ってきました。これだけ諸外国と付今は世界のウエスターニゼーションが ようになったのです。創造的な発想をすを入号ておきながら、国際関係において、ジャ。 ( ナイゼーションに変わる世界文明 るための無艤の = 一呈は母語でなければどうやれば外国人をこちらの思うようにの劇的な転換期です。政府の文系廃止論 ならないのです。日本人の母語が英語にうまく操れるかということばによる人間とはうらはらに、日本語、日本文明を深 なって、何百年か経てば、英語で教育さ操作術はしてきておらず、その力がく研究して、それを世界に普及する文系 れてもノーベル賞が取れるようになれる不足しています。 こそが血わき肉躍る、日本の大学の中心 かもしれませんが、現状では弊害のみで 日本人は「一一枚舌は使わない」「武士となるべき時代になってきています。私 、しょ - っ 0 に二言はない」というのを理想としてい自身も「日本の文化、日本語を教えるこ 日本人〈責が英語を上手くなる必要はて、黙っていてもいっかは真実が伝わるとが自分の喜びであり、それが人類の救 ないのです。英語が真に必要なのは、海と思っているから、慰安婦盟でも中国いでもあると心から信じるような日本 外との交渉に当たるような人たちです。や韓国にやられてしまうわけです。でも人」を一人でも作ろう、死ぬまでにこの 日本は明治初年に西洋の学問をすべて「嘘はつかない」というのは日本人の良ような日本語教の信者を少しでも多く増 導人しましたが、ひとつだけ人れないもさです。もし日本人の多くが自分の利益やそうと毎日努力しています。 のがありました。それは言葉で相手を言のためならば平気で嘘をつくような国民 ( 談 ) 国

4. 新潮45 2016年7月号

リ・ー できま せんっ 公衆浴場に向かうと、ミラベラは何者かに大声で怒鳴られていて つべこべ 言わずに さっさと直して くれりや しいんだよっ この浴場を しつかり 修復するには 長期の時間が 必要なんです″ " ~ をんなもの 応急処置で しし 言ってんだよ え 145

5. 新潮45 2016年7月号

といけない。日本文明が「していくこ そろそろ日本の歴史家の人たちは西洋るので、そこは上手く日本の ( ゲモニー の革命や封建制を研究したりするのはもを感謝という形で押し出していく必要がとによって、自然破壊も減るし、環境汚 染も減ります。人間の活動が地球の危機 あります。 うやめて、これからの人類のために徳川 今こそ日本は大国として世界の面倒をを誘発しないための、一種の剤にな 時代をもっと研究したほうがいいでしょ う。日本は鎖国という一一百五十年間の実見ていくという自前の世界経綸を持たなるわけです。 験で、閉じた環境で人々が平和に外国といといけないのです。ところが、日本はそれには日本語の国際的普及がに 戦争もせず生きる道を追求してきましこれまで酉洋を追いかけて追い越すこと必要です。私は四十年も前から日本語を た。その成果を利用しない手はありませが国家目標だったから、追い越した途端、国際ロの公用語にするべきだと言って 今度はどこに向かえばいいのかを西洋にきています。ところが、外務省からは 第一次世界大戦の頃に、既にオスヴァ尋ねるような始末です。そうではなくて、「日本語なんて国連の公用語になりつこ ルト・シ = ペングラーが『西洋の没 ~ 日本は「世界はこうしなければ滅びる」ありませんよ」と一蹴されてしまう。そ を書いて、近代ヨーロツ。 ( の没落を予言という日本発のマニフ = ストを高らかにうこうしているうちに、オイルショック しました。その予言が現実化してきていける必要があるんです。それには何よの時に「オイルが欲しいならばアラビア ます。つまり、アメリカを中心にした西りもまず、日本人が自分の文明に自信を語を公用語にしろ」というイスラム諸国 洋文明が世界を管理できなくなってきて持ち、それを作り上げ支えている日本語の圧力で、アラビア語があっと言う間に いるのです。そこで、日本が「みなさん、という母語の価値に目覚めなければいけ国連の公用語になりました。 だったら、後の祭りですが、日本は湾平 お疲れのようですから、私たちが代わりません。 岸戦争の時に百三十億ドルも拠出金を出界 ましよう。これまで二千年近くも私たち 日本語の持っ『タタミゼ効果』 しているので、あの時にバーターで公用 は他の文明から様々な因缶一受けて来た のに、まだ充分なお返しができていない。最近、国立大学の文系を廃止しようと語にいれる交渉をすればよか 0 たのです。 忸怩たるものがあるので、いよいよ恩する動きがありますが、とんでもないこしかも日本語を公用語にするために増え 返しします、と言い出すべきです。「俺とです。文系が中心になって日本の良さる費用を今後十年間は日本が持ちますと の番が来たぞ」みたいな言い方をするとを世界に売り込み、行き過きた西洋文明言えば、他国には特にデメリットがない 「また大東亜戦争か」みたいに誤解されの害亜減らすように努力していかないのだから公用語になれたかもしれません。

6. 新潮45 2016年7月号

1 ーー旧 に 0 〇 , Ⅳ応急処置なんか Z ・じゃここは あっという間に 崩れてしまい ます ! ムよ ポンペイ市民 によって 選ばれた 造営委員だ 安心して使える よ , フにす・るには いったん 閉鎖してもらう 必要がある んです ! この浴場を し , フ扱 , フのか 決める権利は 全て私にある 閉鎖など してみろ : どんなに 皆が嘆き 悲しむと 思うんだ この浴場は = ま。地震で何もかも 失った民にとって 。 . たったひとつの ・憩いの場なのだ ! でも July 2016 146

7. 新潮45 2016年7月号

部林鳥 7 技、ミ 5 に等』 鳥類学者の 大書を ) 優雅で過酷な日々 大卒無そ 恐怖 ! 吸血カラスの意外な真実 年科研者「論 学合学に評 , ~ 】ある動物園で、カラスかシカを襲って、血を吸う姿が記録された。 林総類月術 。鳥には稀な吸血行動の発見 ! と、意気込んでみると たとえカーミラのような美女だとして必要なあらゆる要素が含まれた完全栄養存在を疑う人もいるだろう。しかし、生 も、やはり血を吸われるのは勘弁である。食であると一一一口えよう。 態系のピラミッドの頂点に君臨する上位 中年紳士のドラキュラとなれば言わずも 日本でもスッポンの生き血を飲んだり、捕食者は個体数が少ないのが必定で出会 : なだ。そんな嫌われ者の吸血生物だが、プタの血でチーイリチーを作ったり、栄う半が低いのもしようがない。イヌワ 記録は世界中にある。 養豊富な血液は生活の中で利用されていシを見たことのない人が多いのと同じだ。 日本の磯女、マレーシアのペナンガ一フる。 ~ 宙の血液を腸に詰めるプラッドソ 一方で、カやヒル、ダニなどであれば、 ンにフィリピンのマナナンガル、チリの ーセージは、ヨーロツ。ハからアジアで広多くの方が経験済みのはずだ。吸血はあ チョンチョン、南米のケロニアといったく親しまれており、紀元前から食卓に供りふれた採食方法なのだ。 ところだ。 されてきた。たいがいの動物では血液は にもかかわらず、人間は吸血されるこ 吸血生物が進化する冀示には、血液の体重の川 % 以下に限られる。栄養価は高とを忌み嫌う。たとえ相手がカでも吸血 食物としての優秀さが隠されている。血いが傷みやすく鮮度が命の血液は、特別美女でもおしなべて嫌がる。これはおそ 液は動物の全身に栄養分や酸素を運ぶたなご馳走でもあるのだ。 らく感染症に対する警戒だろう。 めの媒体である。このため、水分、カロ磯女やカーミラに吸血されたことのあ吸血美女が、吸血相手を変えるたびに リー、タン。ハク質、ミネラルなど、体にる人はごく一握りしかいないため、そのロ内を殺菌しているとは限らない。そん かわかみかずと 川上和人

8. 新潮45 2016年7月号

一一篇である。後者は大学一年の夏に書こ。た記念出版物である。その中で、江藤は絶望の書であるとする。完成を見なかっ うとした懸員論文をプロトタイプとする「福沢諭吉の文体」を書いている。三田た江藤の「文学史」が書かれたならば、 ものかもしれない。福沢は「現在までに出身の最大の文学者は福沢である、とい福沢は漱石と同じ比重を与えられたこと われわれの有するもっとも本格的な散文うメッセージを託したと思われる本格的であろう。 家」であり、『福翁自伝』は漱石登場以な論考である。例によって「私立の活 「一番うつくしいお嬢さん」 前のもっとも重要な「真の散文家の作計」が引用される。福沢の文章は「只の 品」と評価される。丸山眞男と江藤が同「文章」ではない」、「そのどれからも福福沢諭吉がいかに巨大だといっても、 所詮は歴史上の人物である。東大ではな 席した同年の座談会「福沢諭吉の文体と沢の肉声が聴える」。 思想」で、丸山は「この前、江藤さんと『学問のすゝめ』は「漢文脈を平談俗語く慶応に入った江藤の人生に大きな影響 もお話しした杉山平助の「文芸五十年によって効果的に相対化」する文語体だを与えた生身の人間は一一人いる。一人は 史」ですか、あの中に日本の文学史が福が、明治初年代にあって、すでに「実質畧、一人は女性である。 沢を除外しているのを大いに慨嘆して」的な一 = ロ文一致体」を実現している。西洋女性は言うまでもなく『妻と私』の いることを話し、文学史から福沢がネグの文学史では小説家によって「文章」の「妻」、一年組の同級生となった三浦慶 レクトされてしまう原因を、散文の地位打破がなされたが、福沢は明治の小説家子である。大学卒一置後に一一人は結婚す る。その時の仲人は″粋人教授〃として が不当に低かったから、ということで一一が自由な文体を獲得する三十年も前に、 近代文学の文体を用意していた、という知られた三田文学会会長の奥野信太郎 人の音覚は一致をみている。 ( 慶大教授、中国文学者、随筆家 ) であ 江藤の中には福沢が重要な地位を占め評価である。 福沢晩年の著作『福翁自伝』はロ述筆った。奥野は「慶子さんは、ぼくの知る る文学史が構想されていたと思われる。 それは当然、「文学」という概念を近代記に朱筆を人れたものだが、「俗語の活かぎり当時慶応に在学した女子学生のう 文学史の狭い枠から解放することをも意力を除かないよう配慮したという嶸で、ち、一番うつくしいお嬢さんであった」え は 味していた。慶応の文学部開設百年を記文字通りその肉声の集積ともいうべき特と書いた ( 「婦人公論臨時増刊」昭・ 念して平成一一年 ( 一九九〇 ) に出た『三異な著作」であり、「全人格を賭けた身川 ) 。お仲人の文章であることを勘定に江 田の文人』という本がある。三田出身の振りと声との結合」で、「生きつづけよ人れると、少し割引きして受け取る必要 多くの物書きが随筆、回想、論文を寄せうという決意」を演じてみせた、楽天とがあるかもしれないが、「一番」ではな

9. 新潮45 2016年7月号

んじゃないか。 ないと言って席を立った。 「周防には妙案でもあるのか」 擁語、そんなことを記者たちが許すわ「全く思いっきませんが、とりいそぎ総 「ひどい。本当に磯川大臣がここまで言 ったんでしようか けもなく、市長の行く手に群がり立ちは務大臣と総理のコメントが必要なので だかった。 は ? 」 磯川は邀咼タイプで、暴一一一口癖もある。 だから、それに近い言葉をぶつけた可能″霧大臣から自殺を強要されたのは本「それについては霧省と官房長官に任 せようぜ。それより、もっとまずい事態 性はぬぐえない。しかし、もはや大臣の当ですか ! 〃 最初に聞こえたのがそんな問いだった。になりそうだ」 文言の内容は贈ではない。 藤本市長の糾弾は野に放たれてしまっ″仮にも地方自治体を統括する責任者で土岐は回転椅子を引き寄せると勢いよ たのだ。 ある大臣相手に、ウソをつくと思いますく座った。 騷然とした会見場が落ち着くのを待っか。直接、大臣にお尋ねください〃 「野党が一斉に臨時国会の召集を求める そうだ。そして、総理の歳出削減策の即 江島総理には会ってないのですか〃 て藤本市長は続けた。 】会」」た」《申」出ま」た、執務回び辞任を迫るら」」」 ″これは霧大臣からの又聞きですが、 いよいよ来たか。 江島総理も、だらしない市町村を救う必多忙として拒絶されました〃 江島が歳出半減をぶち上げても、野党 要はないとおっしやったと聞いておりま最悪だった。 これでは、オ。ヘレーション火の鳥は逆側は不気味なぐらい鈍い反応しか見せな す。 かった。 地方再生にさしたる成果も上げられず効果だし、地方交付税交付金削減策にと 理由は、財政赤字を改善するという総 にいる総理に、我々自治体をだらしないてつもない逆風が吹くことになる。 勢いよくドアが開いて土岐が人ってき論について非難するのは、国民の支持を と切り捨てる資格があるのでしようか。 得られないためだと考えられていた。 そんな総理を、一日本人として恥ずかした。 しかし、その具体案が判明した上に、 「おい、誰かこいつを殺してくれよ」 いと思います〃 「なんだ、これは。誰かすぐに止めさせ土岐の不穏な言葉に思わず同感だと言窪山市が破綻した。 いかけた。 国民の命と地方の切り捨てを許すまじ ろよ ! 」 「それより、この発一一一一口を放置するわけにとの論陣が張れるとでもしたという 思わず叫んでしまった。 ことだろうか 藤本は会了と宣言し、は受けはいかないと思いますが」 July 2016 176

10. 新潮45 2016年7月号

許可がなければ、今は論文を書けないです 解していく過程を研究していました。それ ね。もう一方で、新種などのサンプルを採 は言ってみれば陸の仕事ですよね。だけど幻 る時は、相手方の国の許可も取らなければ 研究室では海の微生物の研究者もいるので、 6 いけない。今は「生物多様性条約」という 船に乗ってその手伝いをしなければいけな のがあって、生物の多様性を保護すること いこともあります。ところが、僕はすごく が目的なのですが、必ず。ハートナーとなる 船酔いをするタイプなので、いつも周りに 相手方の国の研究所や研究者が必要となり 迷惑ばかりをかけてしまう。これは水産よ ます。僕らはロシアやイランなどに調査に りは絶対農学部に移ったほうがいいだろう 行った時は、採ったサンプルの半分は相手 と思って、農学部に移って現在に至ってい 方の国に残してきます。 るといった感じです。 たけしおいらなんか家は貧乏なうえ、とにかく理工系でな 「世界のキタノ」ならぬ「世界の星野」 いといい仕事につけないと親が思っていた。それでうちの兄 たけしところで、先生は昔から菌に興味があったんですか。貴たちもおいらも無理やり理工系に行かされた。おいらなん 星野僕は東京の大井町の生まれなんですが、小さい時からか算数の勉強ばかりやらされて、昆虫採集に行っても怒られ 虫がすごく好きでした。自転車に乗れるようになってからは、ていたから、先生がうらやましいよ。それで先生は雪腐病菌 友だちと大井ふ頭に釣りに行くようになって魚に興味を持ち、にはいっ頃出会ったんですか。 大きくなってから蛇とか爬虫類が好きになった。当時は横浜星野一一十代の後半、北海道農業試験場でアルバイトしてい 市立大学に爬虫類学者の有名な先生がいて、本当はそこに行た頃、たまたま食堂で若手の研究者同士で話をしていたとこ きたかったのですが、学力が足らなかったので、父親に相談ろ、雪腐病菌の話を聞いて、興味をもったんですね。それ以 したら「同じ鱗があるんだから魚でいいだろう」と言われて、降、雪腐病菌の研究を続けています。 東京水産大学 ( 現・東京海洋大学 ) を目指すことにしたんでたけしたまたま極限の地帯で調査していたら、同じ学問を す。でも、もともと基礎学力がなかったので、下関の水産大やってる人とかち合うことはないんですか。 学校に補欠で行くことになりました。そこから大学院は北海星野僕はないですね。というのはほとんどやっている人が 道大学の水産学部へと進んで、カツォ節の麹菌が魚の脂を分いなくて、「世界のキタノ」のように「世界の星野」と自分