上宮 - みる会図書館


検索対象: 明日香幻想 空蝉の章
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1. 明日香幻想 空蝉の章

目にしている、そんな表情で。必死に、大海人を見つめている。と。 「父上っ卩」 叫ぶと同時に彼は身を起こし、大海人の腕を掴んだ。 もりや もののべ 「父上、父上、父上っ ! 私を救いにいらして下さったのですね ! 物部を : : : 守屋を滅ばし た、四天王の御加護を受けた父上の、最も誉れ高き武勇の、そのお姿で」 揺さぶられ、すがりつかれる。大海人はその場に立ちすくみ、自身よりもはるかに年上の、 男を見下ろした。 めしうど ごうもん 品治を捕らえ、罪を押しつけて囚人とした者。惨たらしい拷問を、平然と与えた者。死を望 むまでに、追い詰めた者。 みほとけ そが 「お救い下さい 父上の : : : 御仏のご加護により、蘇我を滅ばし上宮をお救い下さい 章 息が、できなかった。凍りついたみたいに、身体が動かない。 の 空「父上 : : : 父上。どうすればよろしいのです。このままでは私たちは蘇我の軍勢に踏みにしら ちじよく れ恥辱のうちに殺されてしまいます。お助け下さい : : ・私たちを救って下さい父上 ! 虹品治 : ・・ : 品治ー 日必死の声、必死のカ、縋りまとわりつく視線から逃れようと、大海人は目を逸らす。 明 「父上っ : 着の身着のままで飛び出してきたといった風情の「女性の瞳にぶつかった。そして子供の。 ほま ふぜい

2. 明日香幻想 空蝉の章

「吾子も : : : 喜ぶ」 ほんの少し、真稚の頬に朱が上っていた。 みわやま 道を進むうちに、左手の山の頂上は一行の後ろへと流れ、巻向山と三輪山の姿もしわりと変 やかた おわり 化してゆく。やがて一つの集落の中に、ひときわ大きい館の門が見えてきた。尾張の大海家な ど、足下にも及ばない広さである。 そがくらやまだのいしかわまろ 蘇我の分家、蘇我倉山田石川麻呂の館であった。 「すごいな : : : 」 かつらぎのみこ ふるひとのおおえのみこ 「それほどでもない。葛城王子の館は知らぬが、古人大兄王子の館や豊浦の蘇我本家の館は、 いかるが やましろのおおえのおおきみかみつみや もっと大きい。斑鳩にある山背大兄王の上宮は、さらに立派な造りだそうだ」 も 感嘆のため息を漏らす品治にそう言って、真稚は館の手前で下乗した。 「それ以上に、寺院は広い」 くだらのみや あすかでら 「ああ、寺。そう言えば前に、百済宮に向かう途中で、飛鳥寺の塔ってのが見えたなあ。遠か ったしそっちに意識がいってなかったんで、ちゃんとは見なかったけど。そんなに大きいんで すか ? 「うむ」 「へえ : : : 今度はちゃんと見てみよう」 うなず 感心したみたいに頷いて、品治も馬を降りる。護衛の二人も手綱を引き、馬を止めた。 たづな

3. 明日香幻想 空蝉の章

「あなたをここに捕らえて、大王の一兀へお連れいたします。 , すべてを、打ち明けて」 静かな言葉に、絶句する。 「なん : ・・ : だと」 「一晩です。その代わり、聞き届けていただければ、王子たちにはこれ以上ない囮を、提供い たします。中に入るまではだれ一人、王子たちに目を向けなくなるほどに、大掛かりで盛大な 囮です」 平静なままがっちりと大海人を床に押しつけ、国押は言った。 そがほんけ 「 : : : どういう、ことだ。お前・ いや、蘇我本家は、何をしようとしている」 しもっきついたち 「蘇我大臣家だけではありません。十余の氏族が、十一月朔の日に合わせ、斑鳩を陥とす準 備を整えています」 がくぜん 章 愕然として、大海人は己にのし掛かっている者の顔を、見直した。 の やましろのおおえのおおきみ 空「斑鳩を : : : 陥とす ? 山背大兄王を襲うのか」 ぎよい かみつみや 「御意に。 いえ、正しくは上宮の血を滅ばすのです。山背大兄は、己が一族郎党すべてを、あ 虹の斑鳩宮に住まわせております , 日目を見開いたまま、かぶりを振る まつりごとちゅうすう 「なぜ ? 上宮にはどれほどの力もないだろう ? そうなるよう仕向けられ、政の中枢か ら、彼は排除されているじゃないか」 おおきみ 0

4. 明日香幻想 空蝉の章

ゅうちょう えみし 「私らしくない ? 何を悠長なことを言っておられます ! 大王は蝦夷と入鹿とが何をしてい るかを、ご存じないのですか卩 宝姫大王の言葉を断ち、春米女王はたたみかけるようにまくし立てる。 じゅりよう ならびのはか 「あの者たちは、大王。今、今来の地に自分たち親子の、生前よりの寿陵 : : : 双墓を造ろう かきのたみ としているのです。そしてそのために蘇我大臣家の民、己らの息のかかった豪族の部曲を駆り かみつみやけ ちょうしゅう みぶ 出すだけではあきたらす、我が上宮家の壬生の民までをも徴集していったのです。それも私ど うかが そがけ も上宮家には一言の伺い立てもなく、勝手に。あたかも蘇我家が上宮家の上に位置する者でみ るかのよ、フに」 「何 りさつひざ にしき 宝姫大王の前に、彼女は両膝をついた。濃い青の錦を身につけた体は小刻みに震え、山背大 なつめ うる 兄王と面影が重なる棗の形に似た目は、うっすらと潤んですらいる。 章 そがのおおおみえみし 蝉「大王、どうぞ即刻工事を中止させ、蘇我大臣蝦夷と入鹿とをきつく罰して下さい。あの者た 空 ~ ちは王族に連なる上宮家を、ないがしろにしているのでございます。これは上宮だけでなく王 あなど 想族全体、いえ、大王家までもが侮られているということに他なりません。あの者どもは先にも そびようこんりゅう やつらまい 香己の分を超えて祖廟を建立し、王族のみに演舞を許されし八价の舞を堂々と演じました。大王 日 とが 明がその際に注意のみで何の咎めも下されなかったがゆえに、彼らは増長しこたびの暴挙に及ん ゆる 9 だのでございます。今度の一件を赦せばますます付け上がり、驕ったふる舞いを続けるに違い おご いるか

5. 明日香幻想 空蝉の章

うめ 函を手にとり、大海人は呻くような声を発した。 「戻る。世話をかけた」 身を整え立ち上がりながら、彼は軽く国押の前に頭を下げる。 「いえ。お聞き届け感謝いたしますー こうべ 大海人以上に深く頭を垂れ、国押は言った。 「成功を、お祈り申し上げます」 「ああ・・ : : ありがとう」 見送りはいらないと言い置き、外へと出かけて一度、大海人は足を止める。拝礼する国押を ふり返り、彼は尋ねた。 「国押。私が斑鳩潜入の話をせす、ただ見取り図を取りにきただけだったら、お前は上宮襲撃 の件を話したか ? 空顔を上げ、大海人に目を据え国押は答える 「相手が王子であれ真稚であれ、どこを最初に探られるかを聞き出し、それが斑鳩宮であれ こうしよう 虹ば、申し上げ交渉いたしました。それ以外の場合は、申し上げることはありません。必要がご 日ざいませんゆえ」 とら 「品治がそこに囚われている可能性を、知っていて」 「私が彼をどうするかは、すでにお話ししてあります」

6. 明日香幻想 空蝉の章

しばらくの沈黙の後、弓月は不意に、思い付いたみたいに切り出した。 「なぜ、そんなことをー まゆ いぶか 訝しげに真稚は、眉をひそめる。 「いや。夜まで待って、あそこに入れないか試してみるのは、どうだろうと思って」 弓月は顎で上宮を指した。 「それは、いけないつ。弓月どのー 思いもかけない強い反対に、弓月は思わず目をばちくりさせる 「そ、そうか ? 」 わざ 「あそこに潜入するのは、複数でも至難の業、捜索は、それ以上に危険だ。警備の厳しさも広 さも、弓月どのは見て知っている。あれは、一人では絶対にいけない場所だ。まだ私たちは、 斑鳩宮の見取り図さえ手に入れてない」 空怖いほど真剣に、真稚は訴えた。右手が、弓月の左手をきついくらいに掴んでいる。 「いやでも、夜になれば状況は変わるかも知れないじゃ : : : 」 幻「万に一つでも、弓月どのまでが戻らない事態になると、王子が壊れる。私は、そんなことは 日できない」 弓月は気おされて絶句し、わかった、と言った。 「了解。一緒に帰る。悪かった、勝手なことを言い出して」 あご つか

7. 明日香幻想 空蝉の章

に一 = ロった。 かきのたみちょうしゅう わらわ ならびのはか 「入鹿。妾は蘇我大臣家に双墓の建設は許可した覚えがありますが、王族の部曲を徴集する ことを許した覚えはありませんよ」 「ああ、それで春米女王が怒っておられたのか。これは申し訳ないことをした」 とばり 入鹿は顎をさすり、帳の向こうを見た。 しト 6 ら′く 「古人大兄どのには一一つ返事をいただいていたも・ので、てつきり山背大兄どのも承諾してくだ とこ さるだろうと思い込んでいましたよ。我が従兄弟どのですからね」 「、つカカし 、ゞ、は、立てなかったのか ? おおきみ 「王子どのが応して下さったものを、王の地位にある方が否と唱えられるとは思いませんから ね。同し蘇我の血を、引いているわけですし」 軽く肩をすくめ、彼は古人大兄と目を見合わせた。古人大兄は少し困ったように苦笑する。 おおきみ 「先走ってしまったことに関しては、心より謝罪します。大王の御心を痛めたことも。そして 改めて大王に、ご許可をいただきたい。蘇我の血を受ける者の部曲を、こたびの工事に自由に 使役することを」 入鹿は真っ直ぐに宝姫大王に向き直り、跪拝した。 「大王の承認があれば、上宮家であっても否とは申せません」 顔を上げ、にこりと目を細める。

8. 明日香幻想 空蝉の章

262 ほんじ 包帯の取れたばかりの手首が目に入り、品治は筆を下ろし持ち上げて眺める。まだうっすら なわ まぎ やましろのおおえのおおきみとら と残る縄の跡は、彼が山背大兄王に囚われていたということが、紛れもない事実であった っえきずあと ということを一小していた。背中に白く残されている、杖の傷痕と共に。 おおあま さきのおおきみ この傷を与えた人は、もうこの世のどこにもいない。大海人を、先王に毒を与えて殺した おおきみそがのおおおみけ 者と信し、それを暴くことによって大王と蘇我大臣家の失脚を狙った、人は。 「山背大兄王 : ・ 知らす、品治は名を口にしていた。 いかるがのみや いこまやま いかるがでら 斑鳩宮襲撃から逃れ、生駒山の山中に隠れた彼は、数日後に斑鳩寺に一族と共に戻り、全員 を共にして自死して果てたという。 うまやどのみこ 上宮家はそこにおいて滅亡した。厩戸王子の血は絶えたのである。 あはちま 風は瞬く間に広がり、安八磨の病床の品治にも知らせは届いた。 終章美濃の冬 みの

9. 明日香幻想 空蝉の章

もろは まゆ 諸刃の言葉に、国押は眉一つ動かさず答えた。 「王子は高向王の御子、高向の血の忠誠をお受けになるべき、ただ一人の存在にございます。 王子の御命は、身に代えてもお守りいたします。たとえ : : : 王子ご自身が死を望まれても」 あえ 大海人は喘ぐように、息を吸う。 「それが王子を選ぶ決断を下したときの、私の覚悟に存じます。我が君、 「やめろ : : : その呼び方は、するな」 「御意」 こんがん 細い懇願に、国押は柔らかに応えた。 ついたち おおきみ かるのおおきみ 「王子。朔には、大王の弟御であられる軽王も、動かれます。古人大兄王子には、この一件 の承認を : : : 大王にも、同しく了解をいただいております」 「母上 : : : が」 語られた言葉に、大海人は目を見開く 空 「まさか・ : : ・」 虹「大王にとって山背大兄王は、それがなくとも滅ばすべき存在にございますゆえ」 おもて 苦しげにその白い面が歪み、その顔を見せまいとして彼は横を向いた。 明 「上宮の襲撃は、蘇我大臣家のみならず、大王の : いえ、王族の意思です . 国押は目を細め、大海人に言い聞かせるみたいにゆっくりと言い切った。 ぎよい ふるひとのおおえのみこ

10. 明日香幻想 空蝉の章

222 ひな 「鄙に住まわれているのに、意外とよく実情を捉えておいでだ」 ふ : : : っと。国押の鋭い目に、柔らかさが宿った。 「茶化すな。答えろ国押、なぜ今更、そんな必要がある」 「あなたはよく理解しておられますが、残念ながら当人には、その事実がわかっておりませ ん。そして彼の、周りの者も 淡々と、彼は続ける。 きしゅ せっしよううまやどのみこ 「どれだけ山背大兄王自身が失脚しても、摂政、厩戸王子の血を特別なもの : : : 貴種の中の貴 種と信しる者は、多いのです、血族の者をはしめとして。宮にいらづしやることのない王子に は、おわかりではないでしようが。若はそれを断ち切る決断を、下しました。実のない特別 は、百害あるのみだと。一族ごと」 わず 唇が、僅かに笑みの形を作った。 「そしてまた一方に、王族の中の特別を、怖れる者がおります。政治を動かす中央に。彼らに とってはわずかな可能性さえ、あってはならないものなのです」 じちょう 大海人の顔にゃんわりと、自嘲の笑顔が刻まれる。 たかむくのおおきみ 「国押それは誰の話だ ? 山背大兄王か、それとも高向王の話か ? 「上宮の血の話に」 「では私は ? 私に流れる血はどうする ? 斑鳩宮で、一緒に殺されればいいのか ?