けんしんてき ぎせい 自己犠牲を厭わず、献身的ではあるが、死を望んでいる者は誰もいない。 「だったらどうして、こんなもんに、力を借りなきゃならない '2: ようせい どな キーツは妖精に、指を突きつけ、サミルに怒鳴った。 「お前は何を考えてるんだ 「な、何って : サミルは驚いて目を瞬き、妖精は慨する。 「こんなもんって何よ ! 失礼ねえっ ! 」 妖精を縣鹿にする者は痛い目にあわせてやると、キーツのところに飛ばうとする妖精の 行く手を、素早くレイムが塞いだ。 「ごめんね、ライラ」 ひとみ 澄んだ瞳でまっすぐに見つめ、謝罪するレイムに、妖精はむっとする。 あやま 「レイムが謝ることないわー 悪いのはキーツと言う妖精に、レイムは緩く首を振る。 「僕が悪いんです。キーツさんに、あんなことを言わせてしまったのは、僕だから」 「そうだよ。気が知れねえ ! 」 むかむかするとばかりに言って、キーツは思いきり横を向いた。 やっ 「自覚ねえにもほどがあるよ ! そんな奴につきあわなきゃならねえなんて思うと、ぞっ ふさ しゃざい ゆる
で、小屋に背を向け、ひたすらにどこか遠くを睨んでいる。怒ったようにレイムを呼び捨 どく きげん てにして、小さく毒づいてから、キーツはずっと機嫌が悪い。何が原因で、キーツはいっ もくさっ たいどうしたのだろうと、ルドウィックは気になるのだが、レイムはそれをきれいに黙殺 しているし、サミルはまったく知らんぶりである。 じゃまもの 足手まといの邪魔者としか、キーツを認識していないサミルはともかく、レイムまでが 見て見ぬふりとあっては、気にはなってもルドウィックには、キーツにかける言葉が見つ つか しか からない。ただの旅芸人なのだから、気を遣って然るべきはキーツのほうであり、ルドウ めざわ ィックが気にするいわれはない。不機嫌な様子でいられて、目障りだと文句を言うこと きゅうてい も、宮廷兵士という身分のあるルドウィックならできるのだ。しかしなぜだか、ルドウ ィックにはそれができない。 「焦げるわよ」 ようせい 小屋の外に出てきたレイムについてきた妖精に、突然に耳の真横で声をかけられ、ル ドウィックは飛びあがらんばかりに驚いた。 きもっ 肝を潰したルドウィックに、何をやっているのだかと、呆れたように腰に手をあてた妖 精は鼻を鳴らし、レイムの肩の上に飛び戻る。 妖精に教えられたルドウィックは、慌てて肉を裏返す。ば 1 っとしていたあいだに、 なりいい具合に火が通っていたようだ。 にら あき
「よく考えてみな。姫さんを狙う敵が、本当に俺たちが見ただけ、知られているだけっ て、決まってるわけじゃない。一番強い奴がやられていなくなっちまったら、その次に強 たた い奴が、欲にかられてやってくるのが、自然の法則ってやつだ。叩いても叩いても、敵は けんじゃとう やってくるかもしれない。そんなのに、ゝ しつまでもっきあえるか ? 賢者の塔なんて、 願ってもないものがあるんだ。わざわざ姫さんを連れ出して、危険にさらすより、あの塔 かしこ に任すのが、賢いんじゃないのか ? 」 レイムとの同行を余儀なくされたからこそ、キーツはここで初めて疑問に思っていたこ なっとく かわい とを、全部ぶつけた。納得できないまま、行動をともにしてくれるほど、キ 1 ツは可愛ら しい性格ではなかった。 キーツのこの言葉には、ルドウィックもさすがに口を閉ざした。 サミルはちらりと、レイムをうかがい見る。キーツが言うように、どんな理由があって 塔に連れ去られたのかわからないメイビク姫である。メイビク姫を賢者の塔から出すこと まどうしばっ とが 者をあきらめて、王都に戻ったとしても、レイムがそれを咎められ、魔道師に罰せられるこ る とはないはずだ。 ようせい を思い詰めたような顔で視線を落とすレイムの肩に、妖精がのって、小さな手をレイムの 星ほお 頬にあてる。 自分が公子であるとわかったから、レイムは一刻も早く、メイビク姫のところに行きた ひめ ねら やっ
239 あとがき 出来がいいのさ D の言葉に誘われて、クリアしたゲームの画面を見せてもらった。 仕事で何時間もワープロの画面を見つめているし、わざわざ遊びでまでテレビ画面を見 きら つめる気がおきなくて、わたしはほとんどゲームってやってない。嫌いではないけど、好 ロールプレイイングゲーム きとは一一 = ロえないかも。時間がかかるから、に対して、興味がない。まともに なが 眺めるの画面っていうのは、それが初めてだったのだけど : まほ、つ 「マシンガンを持ってる相手を、何で魔法でやつつけるの ? 殺す必要あるの ? しんにゆうしゃ 「そのドラゴンって悪者 ? 侵入者は、そっちの勇者様のほうだよ。勝手にやってき じゃま ひど おんびん て、邪魔だから殺すのは酷いよ。ほかに方法ないの ? もっとこう、穏便に : : : 」 びれい ゲーム画面としては美麗なグラフィックも、わたしにはその価値がわからない。 文句、山ほどほざいたわたしに返ってきたのは、これはこういうものなのという一一 = ロ葉。 なっとく 「納得できなーいー さつりくしゃ りやくだっしゃ 正義という肩書きを借りた略奪者であり、非情の殺戮者である、勇者様ご一行。神様 よご だろうが、相手の都合を考えず呼びだしてこき使う。自分の代わりに、手を汚させる。 なんか、やだな 1 。まさしく人間のエゴって感じがして。あくまで人間中心の世界みた めいわく いで。すつごい迷惑。こんな勇者様の世界なんて、滅びればいいのに。 「納得しなよ」 うーん : 。やつばりこれは、わたしの遊びたいゲームではなさそうだ。 さそ
まどう 魔道で修復した卓には、レイムがスカ 1 フを提供したクロスがかけられ、間に合わせで ふぜいただよ はあるが料理らしきものが並べられており、なんだか楽しいピクニックという風情が漂っ けいたいしよく ている。簡易携帯食として購入していた、乾燥固形スープとマッシュポテトが湯でのば だんろ され、半壊した暖炉で温かい匂いを放っていた。 りんご ぶどうしゅこびん 日暮れてきたので魔道の灯が小屋のあちこちに置かれ、林檎と葡萄酒の小瓶まで並べら はな れた食卓は、予想以上に華やかなものである。 小屋に残っていた使えそうなカップや皿を、魔道で清めて卓に置くレイムやサミルを、 まったく気にしない様子で、キ 1 ツは腕組みして椅子にふんぞりかえっている。 何様かと言いたくなるほど、偉そうにしているキーツを見、嫌な顔をしたルドウィック ままえ に、皿を持ったレイムが微笑む。 「切り分けてくださいますか ? 「あ、はい 者キーツに文句を言おうとした勢いをそがれ、ルドウィックは木の枝に突き刺して焼いた る 肉を、剣で削ぎ落とすようにして切り分けた。 いっしょ 授 を ルドウィックが焼いた肉は、茹でたソーセ 1 ジやハムと一緒に、それぞれに配られる皿 星 の上にのせられた。卓の中央に置いたハンカチに、ロールバンを積み、カップにス 1 プを 注いで、レイムとサミルもルドウィックに次いで椅子に腰をおろす。 にお
168 けいかい 何事かと、少し警戒するルドウィックのほうを向かず、正面を向いて、考えるような顔 で、レイムはロを開く。 「ルドウィックさんなら、どう思われるかと思って : あの、ルドウィックさんが、物 凄く好きになってしまった人がいるとしますね」 「はあ」 仮定での話であるなと、ルドウィックはうなずく。 「それで、ルドウィックさんは物凄く好きなんですけど、その人は別の人を好きになっ りようおも て、両想いになってしまうんです」 つら 「それは : : : 、辛いですね」 「ええ、辛いです。でも、とってもお似合いなんですよ。とても割りこめないような感じ がするくらい」 くろかみたけ ここうしゆらおう のう レイムは、孤高の修羅王を名乗っていた黒髪の猛き若者と、心清らかで優しい聖女を脳 裏に思い浮かべる。 「ルドウィックさんなら、どうします ? 「どうします、って : しまたた ルドウィックは驚いて目を瞬く。そんな質問がくるとは、思っていなかったので、心の まばた 準備ができていなかった。純なルドウィックは、忙しく瞬きしながら、少しうつむく。頬 せわ 0 ほお もの
まどうりよく キーツは耳を澄ますが、風の音以外、何も聞こえない。レイムとサミルも、魔道力で さぐ ぞうふく 耳の力を増幅して音を探るが、何も聞こえない。 気のせいではないのかと言おうとしたレイムは、真剣なルドウィックの顔を見て、その 言葉をみこむ。ルドウィックは静かに剣に手をかけ、緊張した声でつぶやいた。 「何だ : : ? 何が来る ? うそーじようだん ルドウィックの姿は、嘘や冗談ではない。 「どこから来るというのですか ? 」 ねたレイムに、戒の姿勢を崩さず、ルドウィックは答える。 「四方八方から、我々をぐるりと取り囲んで、まるで津波のようにやってくるではありま せんか : ルドウィックの耳には、確かに、遥か遠くから地面を揺するようにして押し寄せてく る、軍勢らしきもののたてる音が聞こえている。 者高級魔道士サミルにも、聖魔道士レイムにも感知できない音。 たち る ルドウィックのような者が、こんなときに質の悪い冗談を言ったり、悪ふざけをするは をずがないことがわかっている三人は腰をあげ、お互いに背を向けるようにして、身構え レイムの襟足のあたりから、いきなり小さな光の塊が飛んで出た。を食ったように現 はる
むじやき あおくさひび 無邪気にも聞こえる、青臭い響きをおびた声で言われたことに、コンスタンスの背筋に ぞっと寒が走った。コンスタンスを守るため、クシ = フアに向かって飛びかかろうとす る黒に慌て、コンスタンスは黒猫を手で制する。 コンスタンスは、険しい目でクシュフアを睨んだ。 「だったら・ : ・ : ! 」 どうなのか。 言いかけたコンスタンスは、ぎよっと目をむき、喉を押さえた。 しゅんかん クシュフアが空中に文字を書くように人さし指をあげた瞬間、喉に感じた鋭い痛み。 突然喉を押さえたコンスタンスを案じ、黒猫が細く鳴く。 くすくすとクシュフアが笑う。 「 : : : お前、何を・ : : ウ」 声が出るのだろうかと、恐ろしい疑問を抱きながらも口を開いたコンスタンスの声は、 者それまでとまったく変わらないものだった。ほっとすると同時に、不気味さにコンスタン からだふる る カ スは、小さく身体が震えわななくのを感じる。喉に感じた痛みは、クシュフアが何かやっ まどう をたせいだ。魔道の気も何も、コンスタンスは察知することができなかった。 星じゃま 「邪魔されたくないんです。よけいなことを喋らないでくださいね」 ままえ クシュフアはコンスタンスに微笑む。 いた しゃべ にら するど
た。しかし肩を落としたレイムの姿から、サミルがただ、姿を消したのではないことがわ つア」 0 、刀十 / レイム " " 」 どき 怒気含む激しい声でキ 1 ツに名を呼ばれたレイムは、サミルのメダルを拾った手を胸元 に引き寄せて、驚いて顔をあげる。 「レイム様ー けんじゃとう 賢者の塔のほうを見たルドウィックが、急いで腰をあげ、立ち上がるようにレイムを急 かす。 さばく、つま 賢者の塔の前に、砂漠馬の一行がいた。 こし にじいろほうい とびら 輿が下ろされ、虹色の法衣をまとう、少年らしき者が扉の前に立った。頭にべ 1 ルを っているため、どんな者なのか、まったくわからない。 ( セレンジェビーノ家の、公子 : : : ) かそう、サミルが呼んでいたことを、レイムは思いだす。 ( 彼も : : : ) レイムと同じ、公子 塔の中から現れる人影に気づいて、ルドウィックは引き起こすようにして、レイムを立
ふんいき だったからだ。いかにもという雰囲気と服装で、どこから見ても、ルドウィックは軍人で あるとわかる。 きゅうか ルドウィックは、休暇で帰っていたところを突然に呼び戻され、任務につく途中なのだ うそ と、周りでひしめく者たちに、もっともらしい嘘をついた。まだ何も知らされていないの だと言ったルドウィックに、集まった者たちは皆失望して、ぶつぶっと文句を言いなが ら、肩を落として去っていった。 どうにか包囲を解かれ、ルドウィックはほっとする。だが、進むごとに同じような質問 責めにあうことが予測できた。 さが 見まわして捜すルドウィックに、樹木の向こうにいたキ 1 ツが手を振った。レイムと ろてん キーツの姿を見つけ、やってきたルドウィックに、キーツは近くの露店で買ってきた飲み 物を渡した。露店が客寄せのために用意したべンチを、人目の届きにくいところにちゃっ ひざ あだん′」 かりと借りて腰かけたキ 1 ッとレイムは、揚げ団子や串焼き肉などの包みを、膝の上に広 者げている。 あんど 樹木のおかげで、少し人目を避けることができるのに安堵し、ルドウィックはレイムの のどうるお を横に腰をおろして、喉を潤し一息つく。 にくじゅうしたやけど むまんじゅう 肉あん入りの蒸し饅頭をかじり、たつぶり入った熱い肉汁で舌を火傷しないよう注意 して口を動かしながら、レイムは思案する。