まほう あわだ のど 喉の奥で血が泡立っ音にも似た、不快なはずのナイヴァスの声が、不思議な夜の魔法に みみざわ かかったように、今だけはなぜか、そう耳障りには感じられなかった。 ほまえ くろせいれい ようやく話をしてくれるらしい黒精霊に、ふんわりとレイムは微笑む。 せいまどうし 「僕は、聖魔道士。神様に選ばれて、不思議な力を使うことを、許された人間です」 「神様、ニ : 「はい 微笑んでうなずいたレイムに、考えこむように、ナイヴァスは押し黙った。 うそ レイムの言葉が嘘ではないことは、精霊特有の能力で、わかった。 きら 人間は、嫌いだ。すぐに暴力をふるい、傷つけようとするから。たくさん集まってどん なに楽しそうにしていても、ナイヴァスは、絶対に仲間に入れてくれないから。 人間でも別格として、ナイヴァスが認識しているのは、神様から自然なるものを守るよ もり う、力を与えられた精霊守だけだ。精霊守はナイヴァスに暴力をふるわず、傷つけない。 せいりゅうおう 者優しくしてくれる。精龍王は、神龍になるから、ナイヴァスとよく似ている。 ふんいき 聖魔道士であると言ったこの男は、よく見ると精霊守に、何だか雰囲気が似ていた。 レイムはナイヴァスに話しかける。 「精龍王が、いなくなってしまったのですね」 世界、壊レル : 「精霊守モ、イナイ・ : ダカラ、オレ、カ、イル :
160 サミルはレイムの動きに気がっかなかった様子で、くるりと背を向けて、写本を持って 歩き出す。 「え、と : レイムは笑のようなものを浮かべたまま、一瞬何が起こったのかわからず、目を し要たた 瞬いてから、我に返る。 「あ、あの、サミルさん : 慌てて後を追いかけ、階段を下りかけたレイムに、踊り場まで下りていたサミルは足を 止めて振り返る。 「はい。ロでしよう ? 「あの、それ : ・ レイムは階段を下りながら、サミルが持った分厚い写本を指さす。 サミルは何だろうと、目を瞬く。 「はい」 「僕に」 手を差し出すレイムに、サミルは不思議そうな顔をする。 まどうしさま 「魔道師様の小部屋で、ご覧になるのでは : 「ええ、そのつもりです」
156 街を浄化する、優しく温かな不思議の力。普通の魔道士の力とは違うと、ルと心で、感 じられる。こんなことをやってのけるのは、レイム以外にありえない。 「この、街に : 世界救済の英雄が。世界でただ一人しかいない聖魔道士が、この街のために、力を使っ てくれているというのか。 ひざまず スエレンは静かに跪き、聖魔道士に感謝の祈りを捧げた。 ( レイム : : : ) かみ キーツは街のどこかにいる、金色の髪の青年の姿を思い浮かべ、月を振り仰ぐ。 そしてまた、別の場所でも。足元から湧きたった金色の光に包まれるようにして、兵士 たちと作業を続けながら、ルドウィックがレイムを思い出して、顔をあげていた。 レ」、つ レイムは魔道士の塔の屋上に立ち、両手を広げて魔道力を贈る。 ( 僕にできる、ことを : : : ) ささ あお
れる態度ではない。どんな理由があったとしても、身分をわきまえないのは、よくないこ するどにら 止めに入ろうとするルドウィックを、キーツは眼光鋭く睨んだ。 気圧されて、。一。ルドウィックは息をみ、そうして、かあっと真っ赤になった。 「貴様 ! ー 「ルドウィックさん : 椅子を蹴って立ち上がりそうになったルドウィックを、慌ててレイムが止める。 キーツはそれをまったく気にしない様子で、サミルに幸ねる。 まどうし しようもうひん 「魔道士ってのは、使い捨ての消耗品なのか ? 王都の魔道師は、不思議の力を使う者 は、世の中の道具になれと教えているのか ? 」 しんらっ 辛辣な問いをもらって、サミルは少し悲しい顔になる。 「個人として生きることは、禁じられておりますが、わたしたちはけっして、道具などで 者はありません」 そんちょう る カ 人間として尊重されている、尊厳を失っているわけではないと、サミルは断言した。 を「捨てる命はないということか」 「そうです」 結果的に残念なことになろうとも、魔道士は死ぬために活動をしているわけではない。
224 けんじゃとう レイムはどきどきする胸に息苦しささえ感じながら、一歩ずつ砂を踏みしめ、賢者の塔 ささ まぼろし ひょうかい に近づ く。レイムは、幻として現した姿と、氷塊の中で祈りを捧げていた姿でしかメイ ひめ ビク姫を見ていない。賢者の塔に連れ去られたメイビク姫が、目覚めているのかどうかさ えわからない。 とびら 賢者の塔の扉の前まで行き着き、レイムは一度目を閉じて、呼吸を整えた。 かぎ 扉を開く鍵は、レイム自身。 てのひら レイムは扉に向かって、右の掌を差し出す。 「太古より弱き者を守りし賢者の塔よ今我の前にその扉を開きたまえ」 こた 厳かに命じたレイムの声に応えて 賢者の塔は、ゆっくりと、その扉を開いた : ・ 中に入るべきなのか、それとも。 まどう 不思議の塔に対して魔道は無効で、レイムは気を読むことができなかった。 レイムは開かれた扉の前で立ちすくみ、そして意を決したように、呼びかけた。 おえにあがりました : 「メイビク姫・ : おごそ 0 0
。少し、疲れただけだから : : : 」 「・ : : ・だい、じようぶ : 移動の際に身体にかかる負払もそのままに、術を行い、あんなひどい状態になったレイ しゃべ ムだ。喋るのも嫌なくらい、くたびれきっても不思議はない。しかもレイムは、炎に包ま ちっそくし れているあいだ、ほとんど息ができなかった。窒息死寸前の目にあって、レイムはひどい 状態にある。 急かして悪かったかなと、キーツは何ともいえない罪悪感に襲われた。だが、どのみち なっとく これは、避けられなかったことなのだからと、自分を納得させる。 レイムに近寄ったサミルが、レイムを案じて話しかける。 まどう 「レイム様、癒しの魔道を、受けていただけますか ? 」 こんなところを誰かに襲ってこられたりしたら、いかに聖魔道士のレイムといえど、ひ とたまりもない。 「 : : : すみません、お願いします : ・ 者断る気力もなく、レイムはんだ。 あおじろ カ サミルに癒しの魔道をもらい、蒼白かったレイムの頬に、微かに赤みがさしはじめた。 授 を 抱き支えていた細身の身体が、呼吸を楽にして落ち着いてくるのを感じ、ほっとしたル 星 ドウィックは、何か聞こえた気がして、顔をあげる。 「どうした ? 」 ほお かす
178 「決まってるんなら、とっとと行こうぜ」 どうせレイムは意見を変えない。言い争うだけ、時間の無駄だ。 まどうしとういざな レイムはうなずいて、キーツを魔道士の塔に誘った。 じようか 血で汚れていた街も、レイムの魔道で浄化され、歩きまわるにも不安を感じさせるもの がなくなり、生き残った住民にいつまでも外出禁止を命じているわけにもいかなくなって きたので、今朝から外出禁止令が解除されている。 めんどう 人目を完全に避けられる場所を見つけるのも面倒なので、今度の移動には、魔道士の塔 の移動の間を使わせてもらう。 これまでは関係ないと避けたがっていたキーツに先を越され、サミルとルドウィック も、遅れてはならないとレイムのあとに続いた。 魔道士の塔の移動の間を使っても、賢者の塔を目指しての移動の方法は、これまでと まったく変わらなかった。 ひざ 塔の鍵の不思議の力によって運ばれた四人は、例のごとく、がくりと膝をつく。 今度の場所は、砂だった。ぐるりと見まわしても、砂以外、何もない 日中で乾燥はしていたが、雨期前後にあたっているためか、あの焼けつくような暑さは なかった。 よご けんじゃ むだ
240 まどう 『金色の魔道公子』第五巻『星を授かる者』、波乱の発刊 D でございます。 不可侵の不思議の塔に幽閉されていれば、完全に安全なはずのを、妖精に助力を求 めてまで、その塔から救い出そうとすることに疑問を抱いたキーツは、その理由をレイム に問います。つきつめれば、キーツの言葉はまったくの正論であるのですが、レイムには それをよしとできない理由があるのです。レイムの真意をようやく理解し、キーツは自分 の意志で同行を決めます。 けんじゃ せいれい 賢者の塔を待っために、移動を試みたレイムたちは、そこで精霊たちに襲われます。守 りたいと願った世界の、自然なる心である精霊たちに敵視されたレイムは、そこから逃げ ることしかできません。 のが 一番近い都市へと逃れたレイムたちは、そこにいた者のほとんどから、突然に頭部が消 きようがく こはくひめ 失したという話を聞いて驚愕します。その事件に接して、レイムは黒精霊が琥珀姫を 狙った理由を察します。黒精霊との和解を望むレイムですが、その方法は、彼のもっとも 彼らしい部分に、あったのです。 とびら 黒精霊とも和解できて、賢者の塔の扉も開いたぞ、お姫様も出てきたぞ、というところ で次巻への今回。「どうして e: 」という嫌な終わりかたになっております。あはは D まあ、いつものこったあね。 ねら いや
158 せいまどうし 街の中を欧き抜けていく風から重苦しさがなくなり、眠りについていて、聖魔道士のカ の発動を目撃しなかった者たちも、混迷の不安による悪夢から脱け出し、寝顔を安らげ 気休めにしかすぎなくてもと、魔道を使ったレイムの力は、彼自身が思っているより ずっと大きな効果を、たくさんの人にもたらしていた。 聖なる不思議の力に、それが聖魔道士のものだとは知らない者たちも、それぞれの場所 いの から感謝の祈りを捧げていた。心からの祈りは優しい気となって、レイムへと向かう。 大がかりな魔道を使ったわりに、レイムは気が充実していた。 からだ 魔道を使ったあとのほうが、身体が楽になった感じがして、少しは協力できたのか、そ れとも何もできなかったのか、レイムにはよくわからない。 優しさを贈る者は、優しい心を返される。 じようか と、つ 街が浄化されたおかげで、姿を現すことができるようになった妖精は、魔道士の塔の屋 ささや 上に立っレイムの肩に腰かけ、囁く 「たとえどんな相手だって、レイムがわかってもらえないなんてこと、絶対ないわ」 ここち ほお 優しい気がレイムに集まってくるのを感じ、その心地よさに包まれて、妖精は微かに頬 を上気させていた。 ままえ レイムは小さくうなずき、微笑む。 ささ ようせい かす
まどうし 魔道師は静かにうなずいた。 『世界は滅びる』 神龍は、邯巡った方向に進んでしまい、修正不可能になった世界の暴走を止めるため、 そうせいしん 創世神が創りだしたもの。すべてを無に帰するための、完全なる破壊者。 だんしやくりよう 『バゼルニャン男爵領ほか、世界の数か所でも、プラン市に似た不可解な事件が起こっ ほんそう せいれい ている。何らかの事件があり、それを阻止せんがために、精霊魔道士が奔走していると考 えて、間違いないだろう』 こまごまとした事件を起こすまでもなく、神龍の力さえ解放すれば、世界は滅びるの だ。だが精龍王は気を消しても、神龍は現れていない。精霊魔道士たちが何らかの努力を し、神龍の出現を食い止めているのだと予想できる。世界の数か所で起こっている事件 は、精龍王が不在であるためなのか くちびるか レイムは、視線を落とし、唇を噛んだ。 者「ひょっとして、黒精霊、ナイヴァス・トルティーンがメイビク姫様を狙いますのは カ 授 おの ・ : 己がカで、世界を、守るため 『メイビク姫に存在するらしい、不思議の力を求めて、 やもしれぬ』 精霊魔道士たちを助けるためにーー 0 ひめさまねら