まどうし 魔道師は静かにうなずいた。 『世界は滅びる』 神龍は、邯巡った方向に進んでしまい、修正不可能になった世界の暴走を止めるため、 そうせいしん 創世神が創りだしたもの。すべてを無に帰するための、完全なる破壊者。 だんしやくりよう 『バゼルニャン男爵領ほか、世界の数か所でも、プラン市に似た不可解な事件が起こっ ほんそう せいれい ている。何らかの事件があり、それを阻止せんがために、精霊魔道士が奔走していると考 えて、間違いないだろう』 こまごまとした事件を起こすまでもなく、神龍の力さえ解放すれば、世界は滅びるの だ。だが精龍王は気を消しても、神龍は現れていない。精霊魔道士たちが何らかの努力を し、神龍の出現を食い止めているのだと予想できる。世界の数か所で起こっている事件 は、精龍王が不在であるためなのか くちびるか レイムは、視線を落とし、唇を噛んだ。 者「ひょっとして、黒精霊、ナイヴァス・トルティーンがメイビク姫様を狙いますのは カ 授 おの ・ : 己がカで、世界を、守るため 『メイビク姫に存在するらしい、不思議の力を求めて、 やもしれぬ』 精霊魔道士たちを助けるためにーー 0 ひめさまねら
せいまどうし だが、こんな不可思議な事件が起こっているのなら、世界を守る聖魔道士として、レイ ムは黙っているわけにはいか 「ですが : ひど かなり酷い状態であると聞いているサミルは、そんなところにレイムを向かわせること に、少し気の進まない様子をする。聖魔道士であることもさることながら、高貴の身分に ある公子であることも、こんな汚れ仕事に向かわせるのを好ましくないと感じる要因だ。 金色の髪に白い、姫君のように見目麗しく、細身のレイムである。またレイムは、見る からに低血圧だとわかるので、きっと貧血を起こすにちがいないと予想される。 「ルドウィックさんもキーツさんも、この街で自由に動いてもらっています。サミルさん も、好きにしてくれていいですよ」 サミルにはサミルで、やらなければならないこともあるだろう。 けんじゃとう サミルが魔道師エル・コレンテイから命じられているのは、賢者の塔からメイビク姫を 者解放し、メイビク姫を狙うものと戦おうとするレイムを助けることだ。こんな寄り道にま りちぎ で、律儀につきあうことはない。 「同行します」 がんこ 頑固な性格であるように、サミルはきつばりと言いきった。 きょてん かがみ 魔道士の鑑のようなサミルなら、この塔を拠点にして働く魔道士の手伝いをするかと ねら よご ひんけっ
いくらでもうまい具合に入りこめる。食事さえ満足にできるなら、野宿でもべつにかまい はしない。 かわいこ ( ジプシ 1 の可愛子ちゃんたちの車が見つけられたら、最高なんだけどな ) 何だかんだ言いながら、楽しい思いはしたいキーツである。 キーツが帰り着いた家の明かりは、すべて消えていた。テッドとロプの部屋の窓も、静 さえぎ かだった。月明かりの射しこむ部屋だったので、キ 1 ツは月明かりを遮らないよう注意し のぞ ながら、そーっと窓の外からテッドたちの様子を探る。一一人分の寝息が聞こえ、覗いた部 むじやき 屋の中では、少年たちが無邪気な顔をして眠っていた。起きた様子はない。 ( 精神的に、相当疲れてたんだろうな ) キーツは音をたてないように、窓に手をかける。 窓は開かなかった。 かぎ 閉めたときに鍵がかかってしまったのか、それとも建てつけが悪いのか、開かない窓 まゆ に、キーツは眉をひそめる。 ( こりや、困ったな・・・・ : ) 荷物を置いてきてしまったので、このまま立ち去るわナこゝゝ 。し力ない。別の窓が開くかど うか試してみなければ。居間の窓が、手持ちの針金で、ちょいと開きそうなものならば、 だめ たた いいのだが。駄目なら、スエレンの部屋の窓を叩いて、彼女を起こし、口説いてみるのも ため さぐ
周りの事物から、あの場で何が起こったのか探ろうとしても、ロをつぐまれたような感 じがしたことも、レイムは納得できる気がする。 とが ようせい 妖精はロを尖らせ、思案する。 せいれいまどうし 「でも、変ねえ。精霊魔道士が人間に危害を加えるなんて、考えられないことなのに せいりゅうおう 「ライラ、『精龍王』って ? 」 レイムはライラが言っていたことを思い出し、説明を求める。 もり ひめものすご 「精龍王は、人間の姿をした龍よ。女の人は、精龍姫。物凄い力をもっているの。精霊守 のなかに生まれるのよ」 誤りでもない。 妖精の表現は、正確ではない。正確ではないが、一 = 「 : : : 精龍王がいなくて、今回のこれは、精霊守が関与してて ? レイムの言葉にうなずいて、妖精はレイムの差し出した手の上に下りる。 こんなひどいこと、する人たちじゃない 「 : : : 何か、起こっているのよ、精霊守に・ かもの : うつむく妖精に、レイムは優しく微笑む。 「信じるよ」 みどりひとみ 心からの信頼を寄せる、翠の瞳に見つめられ、妖精は頬を染めて微笑んだ。 なっとく ままえ さぐ ほおそ
と、つ 起こせない。もしも塔の場所を探りあて、先まわりして、鍵の到着を待ち構えている敵が かくま ひめぎみ いた場合、圧倒的に不利だ。鍵を奪われ、塔に匿われている姫君を、危険にさらすことに なる。 ほうと感心して、ルドウィックはサミルの説にうなずいた。ああそうかとレイムも首を たて 縦に振り、キーツは目を細めてちらりとサミルを流し見る。 からだ まだ少年という、成長途中にある身体つきから、体力的に一番不利であるだろうと思わ れるサミルだが、恐ろしく頭が切れる。昔の自分がそうであったことに気づいてはいない かしこ が、賢すぎる子どもは、キーツの好みではない。どちらかといえば、まだレイムのように ひとよ お人好しで、ばーっとしている奴の相手をしているほうが気が楽だ。 まどう 呼吸を整えて、レイムは癒しの魔道のための明を結ぶ。 聖魔道力の清らかな金色の光が、ふわりと舞いおりたかと見えた次の間、すうっと 皆の身体が楽になった。 者レイムは荷物の袋のロを開き、清涼飲料水の肥を取りだす。 る 「飲みませんか ? 僕、が渇いてしまって」 を「飲む」 即座に返事して、腹筋を使い、ひょいとキーツは身体を起こした。レイムから瓶をもら 、歯で栓を開けて口をつける。 せん ふつきん さぐ やっ
まどう レイムは魔道でなんとか気分を整え、顔をあげた。きっとサミルもそこにいる。 「自分は、兵舎に向かいます」 きゅうてい 王都に近い都市に起こっていることに、宮廷兵士として、ルドウィックは知らん顔す 。冫し力ない。 「連絡事項は確実に伝わるよう、手配いたしますので。レイム様、何かありましたら、必 ずご連絡ください」 「はい」 「俺は : じんりよく くちびるか 何か大変なことが起こっているからと、尽力するつもりのないキーツは、唇を噛んで そ 視線を逸らす。 むなくそわる まびら こんな胸糞悪いところに長居するのは、真っ平ごめんだ。街の外に出たい。 街の外に出 してくれと、レイムに言いかけたキーツは、突然にマントの裾に重みを感じ、ぎよっと目 者をむいた。 どぎも る カ わっと声をあげたキーツに、レイムとルドウィックも、度肝を抜かれる。 いしだたみよごちのり すべ を弾かれたように振り返ろうとしたキーツは、石畳を汚す血糊で足を滑らせた。 ずるりと滑り、いきなり低くなったキーツに驚いたルドウィックは、手を伸ばしたが、 はじ すそ
174 「ややこしく ? レイムとルドウィックは、キ 1 ツを見つめる。恋愛にまったく関わりのない第三者が出 てくるところまで頭がまわらなかったのは、いかにもこの二人らしい キーツは、食えない顔で、にやりと笑う。 「もうちょっとで何とかなりそうだとかさ、本当はあっちにもその気があるのに、何か事 情があって、思いきった行動がとれないとかさ、そそのかすようなこと聞かされて、後押 おもしろ しされたら、あきらめるどころじゃなくなるだろ ? 面白がってるだけなら、無責任なだ しまっ けだが、それで何か得するようなことがあったりすれば、始末に悪いぜ」 ( ああ : うろこ レイムは目から鱗が落ちた気がした。 ( もしも、そうならーーー ) くろまどうし ずのうめいせき 黒魔道師にもなれるほど、頭脳明晰なバリル・キハノであっても、恋に悩んでいるとこ ろに、言葉みな罠を仕掛けられれば、簡単に道を踏みはずしてしまう。 まど みちび バリル・キハノを惑わせた者は、キハノを使って世界を破滅に導いた。キハノはレイム くる げ・んきよ、つ 個人の運命をも、狂わせた元凶。すべては起こるべくして、起こった からだふる ぞくりと、レイムは身体を震わせた。 まゆ 蒼ざめたレイムに、ルドウィックはどうしたのかと、眉をひそめる。 あお
160 サミルはレイムの動きに気がっかなかった様子で、くるりと背を向けて、写本を持って 歩き出す。 「え、と : レイムは笑のようなものを浮かべたまま、一瞬何が起こったのかわからず、目を し要たた 瞬いてから、我に返る。 「あ、あの、サミルさん : 慌てて後を追いかけ、階段を下りかけたレイムに、踊り場まで下りていたサミルは足を 止めて振り返る。 「はい。ロでしよう ? 「あの、それ : ・ レイムは階段を下りながら、サミルが持った分厚い写本を指さす。 サミルは何だろうと、目を瞬く。 「はい」 「僕に」 手を差し出すレイムに、サミルは不思議そうな顔をする。 まどうしさま 「魔道師様の小部屋で、ご覧になるのでは : 「ええ、そのつもりです」
126 スエレンは眉をひそめたが、キ 1 ツは肩をすくめた。 「気が変わったんだ」 キ 1 ツにそういう態度に出られてしまうと、スエレンは引きさがるしかなかった。 さが キーツがいるから、スエレンも外に出て、いるかいないかわからない子どもを捜そうと いう気が起こったのだ。自分の弟すら、捜しにいけなかったスエレンだ。一人で出かける ほどの勇気はない。 うつむいたスエレンに、どうやら二人とも、家にいてくれるようだと、少年たちはほっ とした。 のぞ さっきからしきりに目を擦っているテッドを、キーツは覗きこむ。 「何だ ? 眠いのか ? テッドの横で、ロプも目をしよばしよばさせる。スエレンは溜め息をつき、薄く笑っ 「無理ないわ、寝てないのだろうから : ・ ふる 外で震えていたほうも、待っていたほうも。 キーツは小さくうなずく。 「寝るか」 まゆ こす
きた自分の影にびつくりする。 月明かりではない。月明かりはキーツたちのいる位置まで、射しこまない。 おおまたまどべ 振り返ったキーツは、椅子をおりて、大股で窓辺に歩み寄っていた。 キーツに遅れて、スエレンも腰をあげる。 また何か起こるのか : ・ おび 怯えながらも、窓辺に近づいたスエレンに、キーツは振り返る。 「心配ない」 ゆず キーツは窓辺の半分をスエレンに譲り、窓を開いた。 無数の、金色の光のが、地表や家々の窓から、天に向かって飛んでい 血の驪いを運び、っていた風が、甘い花の香にも似た、清しいものに変わっていた。 からだ 者気持ちが、ふうっと軽くなる。熱を感じないのに、冷えていた身体が温かくなる。 授 を 「何、これ : ・ どうして : : : 」 星 驚いて目をみはるスエレンに、キ 1 ツは優しい笑みを浮かべる。 せいまどうしさま 「聖魔道士様の魔道だよ」