に溢れ出し、赤と黒の波となってレイムのほうを目指す。 「レイム様 ! 」 来る・ : ルドウィックに教えられ、レイムは身構え、叫ぶ。 「ナイヴァス ! 」 つばさ 清らかな声と同時に、翼もっ巨大なものが黒い霧の真っ只中より、天に向かって飛ん 太陽を遮って空に浮かんだ、醜悪なる怪物の影を見上げ、急をむキ 1 ツの襟足に、 ようせい 悲鳴をあげて妖精が逃げこんだ。 「ナイヴァス ! 」 しんく くろせいれい 大声で名を呼ぶ者を、黒精霊は真紅の単眼で睨んだ。 「オレ、オ前、食ウ : ・ 「ナイヴァス ! 僕の話を : ・ けんめい カ 懸命にレイムは叫んだが、もとより話しあいなどできるような、高等な輩ではなかっ 授 きば だえき 恐ろしい牙の生えたロを開け、唾液をまき散らしながら、黒精霊ナイヴァス・トル ティーンはレイム目指して一直線に飛んだ。 あふ にら きり やから
204 レイムは慌てて、ルドウィックのもとに駆け寄る。心配して横にしやがみこんだレイム ゆが を見て、ルドウィックはどうにか顔を笑いの形に歪めた。 「自分は、なんとか、大丈夫です : : : 」 だぼく 打撲で全身がきりきりと痛むが、変になっているようではない。 ほかの者は、と首を動かすルドウィックの肩に、そこでじっとしていてくれと、レイム は手を置いて、腰をあげた。 遥か向こうで、震わせるように小さな砂山を動かし、銀色のものが持ち上がる。 「サミルさんー まどう 名を呼んで、レイムはサミルのところまで、一気に魔道で飛んだ。 近づいたレイムに、顔をあげないままサミルはロを開く。 「 : : : わたしは、魔道で、身を守りましたから : : : 、平気です。ほかの方は : : : ? 」 「キ 1 ッさんが、まだ : : : 。捜します」 砂を巻きあげないよう、着地せずにサミルに近づいたレイムは、高級魔道士であるサミ ルならば心配はいらないだろうと、そのまま、キーツを捜すために飛んだ。 レイムが十分に離れるまで待ってから、サミルは精も根も尽きはてたように、どさりと あお 砂の上に倒れ、蒼い顔で浅い呼吸をした。 はる ふる さが
で、小屋に背を向け、ひたすらにどこか遠くを睨んでいる。怒ったようにレイムを呼び捨 どく きげん てにして、小さく毒づいてから、キーツはずっと機嫌が悪い。何が原因で、キーツはいっ もくさっ たいどうしたのだろうと、ルドウィックは気になるのだが、レイムはそれをきれいに黙殺 しているし、サミルはまったく知らんぶりである。 じゃまもの 足手まといの邪魔者としか、キーツを認識していないサミルはともかく、レイムまでが 見て見ぬふりとあっては、気にはなってもルドウィックには、キーツにかける言葉が見つ つか しか からない。ただの旅芸人なのだから、気を遣って然るべきはキーツのほうであり、ルドウ めざわ ィックが気にするいわれはない。不機嫌な様子でいられて、目障りだと文句を言うこと きゅうてい も、宮廷兵士という身分のあるルドウィックならできるのだ。しかしなぜだか、ルドウ ィックにはそれができない。 「焦げるわよ」 ようせい 小屋の外に出てきたレイムについてきた妖精に、突然に耳の真横で声をかけられ、ル ドウィックは飛びあがらんばかりに驚いた。 きもっ 肝を潰したルドウィックに、何をやっているのだかと、呆れたように腰に手をあてた妖 精は鼻を鳴らし、レイムの肩の上に飛び戻る。 妖精に教えられたルドウィックは、慌てて肉を裏返す。ば 1 っとしていたあいだに、 なりいい具合に火が通っていたようだ。 にら あき
ようせい れた妖精は、ルドウィックと同じように遥か彼方に目をやり、とする。 「やだ、やだやだ ! 何なのよ、これつ はが 金切り声で叫んだ妖精に、キーツはぎりつと歯噛みする。 目の前で、きらきらと光の粉を散らしながら飛ぶ妖精に、レイムは幸ねる。 「ライラ、いったい何が起ころうとしているんだい ? 」 問われて、肩をいからせて興奮したまま、くるりと妖精がレイムに振り返った。 「皆が来るの ! わたしたち目指して、やってくる ! 「皆って誰だー どな さつばり要領を得ないと、キーツは妖精に怒鳴った。 じだんだ 何て物わかりが悪いのかと、地団駄を踏むように、妖精はじたばたして叫ぶ。 せいれい 「自然なるもの ! 精霊とか妖精よっー 妖精のカの加護をもらったルドウィックは、普通では聞こえない音を聞き分けられるよ うになっていたらしい。妖精や精霊は、世界じゅうの自然の一部であるため、その存在だ まどう けを切り離してしまうことはできない。魔道でいくら気を探っても、感知することはでき 力し 「何だかわかんないけど、すつごく怒ってる、皆、わたしたちを敵だと思っているみた はるかなた
せいりゅうおう 精龍王が絶対に止めてたはずなのに " " おかしいの ! 世界が変なのよ ! 精龍王の気 か、どこにも感じられないー が来てくれない : 泣きじゃくりながら叫ぶライラの一一 = ロ葉の意味は、精霊守も精龍王も知らないレイムには 理解できない。だが、何かが狂っているらしいことだけは、わかる からだ ひどく驚いた叫び声をあげ、キーツの身体が突然に高くあがった。 見えない手につまみあげられたかのようなキーツの姿に、声を追って顔をあげたレイム は目をむく。 「キーツさん ! 」 自分の身に何が起こったのかわからず、高くあがっていきながら、じたばたと暴れる ようせい キーツに、レイムを切り裂いたのと同じ力をもった妖精が襲いかかり、血がしぶいた。 ひしよういん 名を叫んだと同時に、レイムは飛翔印を用いて地を蹴っていた。一直線に飛んだレイ ムは、あっという間に十数箇所を切り裂かれたキーツの腕を掴まえる。 あやま 傷口を掴まれたキーツが、顔をしかめた。レイムは短く謝って、別の部分に触れる。 レイムが掴まえ、上昇するのを引き止めたキーツは、空の高みに身を置きながら、不思 かんしよう 議と落下する気配はなかった。しかし、風の精霊か何かが、干渉しているらしい様子は くる つか
182 まゆ びれい ふきんしん 緑の炎に包まれ、苦しげに眉を寄せた美麗なる青年の姿は、不謹慎であったが、ひどく 妖艶で、思わず息をむほど魅力的だ「た。長い睫毛を震わせて、レイムはよろめき倒 ひざ れるように、膝を折った。 助け起こしたいのはやまやまだが、レイムに止められているし、ああいう格好になるの えんりよ も、怖いので遠慮したい。い つまで続くものかと、息を止めるようにして見守っていた三 人の目の前で、たつぶりと五分も、レイムは緑色の炎に包まれていた。 ろうそく 緑色の炎は、ふっと蠑燭の火が風に揺れたような感じで、揺らいだかとみえた次の 、消失した。 カ尽きたように、レイムが砂の上に倒れる。 「レイム ! レイムレイム ! 大丈夫っ ようせい キーツの手の中から、妖精が姿を現し、レイム目がけて一直線に飛んだ。 駆け寄ったルドウィックが、砂に突っこむようにして倒れたレイムを抱き起こした。 「しつかりなさってください、レイム様ー 「レイム、レイムう : のぞ 妖精は泣き声で名を呼びながら、レイムの顔を覗きこむ。 精も根も尽きはてた感じで、ぐったりとルドウィックに抱かれて、大きく胸を上下させ て呼吸していたレイムは、薄く目を開ける。 かん 日 こわ
「コンスタンスさん ! 上空のコンスタンスを見上げたレイムの激しい声を耳にしながら、そのほかの者たち は、次にくるだろう大爆発を予測して、身構えた。 どな コンスタンスはレイムに怒鳴る。 「おどき ! 」 「嫌ですリ」 レイムが己の意志を曲げて従うことは、絶対にありえなかった。 まどう いり・よ′、 さばくしんかん さっきの爆発よりも、数段威力を増した攻撃魔道が、砂漠を震撼させて爆裂した。 ふところ ようせいっか 砂の上に伏せていたルドウィックもサミルも、妖精を掴んで懐に突っこんだキーツも、 凄まじい爆風に舞い上げられ、大量の砂と一緒に吹き飛ばされた。 もぐ 砂のかなり奥深くまで潜りこんだ、無数のフィギーラでさえ、砂漠をえぐるかの勢いで カ 巻き起こった爆風のため、掘り返されるようにして吹き飛ばされた。 授 を 砂に巻かれて打ちすえられ、息もできない状態に襲われたこのとき、キーツはとっさ 星 に、飛ぶことを選んでいた。妖精の力によって、飛ぶことができるようになっていたキー 网ツは、身体にかかるあらゆる負を軽減するため、爆風にのって、自分の意志で飛んだの すさ や おのれ いっしょ ばくれつ
136 た 椅子にかけて、レイムはやれやれと溜め息をつく。 「戻ってこられてよかったわよ」 ようせい レイムのほかに誰もいなくなり、姿を現した妖精が、レイムの前に飛びながら、腰に手 をあてた。レイムは視線を落とす。 「そうだね : ・・ : 」 せいまどうし 聖魔道士であると、気負っていたのだが、結局レイムは役にたてなかった。 おのれ 己の無力さを噛みしめて、しょんばりするレイムに、妖精はびつくりする。 「レイムが悪いわけじゃないわ ! 」 「うん : なぐさ ほまえ 慰めてくれてありがとうと、薄く微笑むレイムの顔の前で、妖精は飛ぶ。 「レイム、あれ、精魔道よ」 「精霊、魔道 ? しまたた 聞いたこともない魔道の名に、レイムは目を瞬く。妖精は大きくうなずいた。 「世界最古の魔道のひとつ。精霊守だけが使う魔道よ。さっきのあれには、精霊魔道士が 関係してるわ」 ( そうならば : ・・ : ) もり
自分たちばかりにかまっていないでと、ルドウィックに心配され、レイムは視線を落と 「そうですね : ・・ : 」 ほお うつむくレイムの頬に、ライラが小さな手をあてる。 「元気、出して。レイムは何も悪くないもの」 「ーー僕だって、悪いんだよ : ・ 人間なのだから 「そんなに自分を責めないでよ」 ーじゃん 「悲劇の主人公きどってんだから、 ほうっておけば。 かまうからいい気になるんだといわんばかりのキーツを、ライラが睨んだ。 「あんたみたいな人間に、レイムの気持ち、わかんないわよ ! 」 者「はっ ! そんなもの、わかりたくもないね」 えんりよ る こんな無神経で遠慮のない人間がいるから、レイムまで嫌な思いをするのだと、怒った をライラは、レイムの肩の上から飛んだ。 さっき 痛い目にあわせてやると、殺気だって飛んだライラに気づき、驚いたレイムは、ライラ の行き先に慌てて手を出す。突然手を出してきたレイムにびつくりし、身を退いたキ 1 ッ す。 にら
218 ようせい 周りを、翅のある小さな妖精が、光の粉を振りまきながら舞い飛んだ。レイムに隠れてい じまん た妖精は、自慢するようにレイムの周りで飛ぶ。 うたげ にぎ せいれい 砂の夜は、精霊や妖精たちの宴で、華やかに賑わう しまたた からだ あおむらさきいろ キーツは青紫色になっている空に、はっと目を瞬いて、身体を起こした。いつの間 にか眠ってしまっていたらしい ルドウィックとサミルも、近くで横になって眠っていた。 ( 夢・・ : : 、見てたのか : 昨夜の、あれは : ・ 起き上がったキーツに気づき、レイムが振り返る。 「もう少し、・寝てたほうがいいですよ。日が高くなると、とても眠れたものじゃないで しようから」 声をかけられたキーツは、顔を向けてレイムを見る。 うすもや たてごとかか 薄靄の中、少し眠そうに目をこすっていたが、竪琴を抱えるレイムは、とても爽やかな 顔をしていた。あの妖精はに戻って、レイムの髪にくつついている。 「・ : : ・黒精霊は : 、つ 夢か現実なのか。夢なら笑われること覚悟で、砂に少し埋まりかけたバイオリンと弓を はね 0 はな かくご 0 さわ