祭り - みる会図書館


検索対象: 氷の王 : 鉛姫2
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1. 氷の王 : 鉛姫2

あめだま 子供が飴玉をねだるようなそのもの言いに、ヴラムスは思わずくちびるに笑みを浮かべずに はいられなかった。 「わかりました、姫さまーーこれでいいかね ? 」 「いいわ」スウノーリアは無邪気に喜んだ。「とてもいい」 「では、この奴隷に朝食をともにする栄誉を、御授けになってはくださいませんか、姫さま ? 」 「蜂蜜をたつぶり入れた冷たい乳があるなら、許してあげなくもないわ」 「それでは冷やした焼き菓子もつけましよう」 うなず 彼は、スウノーリアが徴笑みながら頷くのを見た。はにかんだような徴笑みは、美しい絵の ようで、雪の原で初めて見かけたときのことを思い出さずにはいられなかった。 ヴラムスは部屋を出ると早足で厨房へと降りて行ったーーーいつものように、朝食の栄誉を授 かるために。 午後になって、ヴ一フムスはスウノーリアを伴い、祭りで賑わう街へと繰り出した。彼は旅の くちひげ 戦士の姿。腰には剣。スウノーリアはそのおっきの魔法使いといったところ。ヴラムスはロ髭 までつけていた。彼だと知れれば、普通に祭りを楽しむことができぬ。スウノーリアには問題 はなかった。ほとんど顔を知るものがおらぬゆえ。 祭りはまだ始まったばかり。だがすでに住人のほとんどは酔っぱらいと踊り手へと化けてい

2. 氷の王 : 鉛姫2

燗間中、アルムングルは祭り一色となる。民は全てを忘れ、七日の間、踊り、飲み、喰い、喜び を辛い冬への糧とする。 それを話すとスウノーリアは、ぜひ街へ連れていくようにとヴラムスにねだった。人の祭り というものを見てみたいからと。 ヴラムスはどうしたものかと思案した。夏祭りは楽しきもの。スウノーリアを連れていって かげろう やりたい気持ちは十分にあった。だが、人いきれは日々の比ではない。熱気は陽炎を生むほ ど。冬の女王である彼女に、それがたえられるであろうか ? それを問うと、スウノーリアは「大丈夫」と請け負った。「いつものように服の下に冷気を 纏えば平気だわ。見てみたいのよ、あたしは。連れていきなさい、ヴラムス。心配はいらない わ。精霊神は、そんなに弱くはないわよ」 しか その言葉が本当かどうかは、然としたところはヴラムスにはわからなかった。連れていくし かあるまい。もしなにかがあれば、すぐに屋敷に戻ればよいこと。 連れていく、と告げると、スウノーリアは嬉しそうに徴笑み、それを見たヴラムスは己の決 心をよかったと田 5 った。 祭りは屋敷の太鼓の音で始まるが毎年の常。今年も同じ。 その音を聞いたスウノーリアは、起き抜けのヴラムスのもとへとやって来、早く連れていく まと かて はえ おのれ

3. 氷の王 : 鉛姫2

もっとも、酒に関して言 Ⅷヴラムスは荒れた。いらいらとし、毎夜のように大酒を呑んだ えば、それは祭りの頃よりのことであったが。いまひとつ、姉のことの他にも心を悩ませるも のがあったゆえ。 それはスウノーリアがこと。あの祭りの夜のことが、頭の内に焼きついてどうしても消えぬ ことがいまひとつの悩み。ヴラムスはあの夜、己の気持ちにはっきりと気づいてしまってい ( 0 女として、スウノーリアを見ている、と。 姉の病のこともあって、この頃はあまりともに過ごしてはおらぬが、だからと言っていった んついてしまった火が、そうそう消えるものではない。 ヴラムスは、これまでの短い生の中で出会った女たちの誰にも増して、スウノーリアを愛し く想うようになっていた。おそらくは、あの雪の原での奇跡のような出会いの時より、その心 持ちはあったのだろうーーヴラムスはそう思うまでにいたっていた。あの夏祭りの夜は、きっ しぼ かけにすぎなかったのだ。いつばいまで引き絞られた弓のように、あの夜の私は想いが知らず のうちに高まっていたに違いない。それを放っただけのこと。引き絞ったままならば、いずれ 切れてしまっただろう。 はんもん だが、想いが強ければそれだけ、煩悶もまた強かった。相手は、人ではない。それだけなら ばまだしも、彼女は冬の女王であり、その息はすべてを凍りつかせる。祭りの夜は、危うく両 おのれ

4. 氷の王 : 鉛姫2

175 氷の王 ひづめ て走らせていた。街の商人宅に招かれたその帰り道。夜も遅いことゆえ人影はなく、ただ蹄が 雪を踏みしだく音が響く。明かりはといえば、小男が手にした鑞燭のみ。消えぬようにと傘が かけられているため、照らし出されるは足元ばかり。それも馬に乗っていてはたいして役にも 立たぬ。だがそれでも、魔物避けぐらいにはなるであろう。夜の化け物は光を嫌うゆえ。 祭りより帰って以来、街の警備は徹底をさせている。化け物はおろか、ヴァレリアであろう と、野良大であろうと、彼の目を逃れおおすことはできまい。それだけマーギスト卿の警備は 徹底していた。 手始めに人別帳を改め直した。よそものが人り込んでおらぬかを調べ、夜の街角、裏通りか ら宿なしを追い出したーーすべて女に限ったが。ヴァレリアは女族。男がいるとのしらせは、 何十年と戦を続けてきたが聞いたためしがない。それゆえのこと。 「今宵は冷えますな、宗主様」 マ 1 ギスト卿は馬の背で頷いた。冷えるのも道理。もはや秋も終わりゆえ。じき、道は雪に 閉ざされ、村や街の移動はできなくなる。街の隠し倉にたつぶりと、食糧は用意してある 例年のごとく。 しんぼう 冬になれば、ヴァレリアも襲ってはこれまい。それまでの辛抱。さすれば今年は、暖かき暖 炉の前で冬を越すことができる。 マーギスト卿は去年の冬を思い、頭巾の下で眉をしかめた。くだらぬ盟約のおかげでひどい こよい

5. 氷の王 : 鉛姫2

142 祭りの終わりは、夏の終わり。 各領主は、それぞれの地へと帰っていった。 まぎ かくさく ヴ一フムスは彼らに、祭りにヴァレリアが紛れ入り、なにかを画策していたと告白した。奴ら が、いままでのような正面からカでねじふせようとする戦法を、変えてきたようだと。 ぞく きようき 「して、その賊はどうなされた ? 」興味深げにシード卿は訊いたもの。 「斬りすてました。捕らえようとはしたのですが、なにせ相手が相手ゆえ」 納得したかどうかは定かでない。だが皆、何も言わず、手勢を引き連れてアルムングルを去 った。 マーギスト卿にしてみれば、これで兵を出さずにすむ口実ができたと喜んでいることだろ う。己が領地にヴァレリアが入り込んでいるやも知れぬとあれば、戦士らを動かすわけにはい かぬとしてーーそれはいずれの領地も同じ事。 領主たちが去って、七日を待たずして初雪が降った。今年は冬が早いとみえる。

6. 氷の王 : 鉛姫2

117 氷の王 かの眠りについたの。力をたくわえ、人を駆逐するために」 「しかし、何故 ? 創造主は忘れたのだろう ? 」 「ここに新たな天界をつくるためーー彼女たちだけの。彼女たちが生きるための天界を。さっ きのは、おそらく宣戦布告のようなものね。いよいよ、本格的に動き出したのだわ」 「これは、祭りどころではないな : : : スウノーリア、私は屋敷に戻りたいのだが」 「あたしも戻る。ちょいと人の熱気にあてられたようだから。 : よりかかってもいい ? 」 「ああ。後でエスナフェルにでも、部屋のほうに乳を持っていかせるよ」 スウノーリアはこっくりと頷くと、ヴラムスの腕に自分のそれを抱きしめるほどに絡ませ、 頭を二の腕につけた。そうして、ほうとため息をつく。 押しつけられた柔らかな体を、ヴラムスは感じることができた。冷気が腕を這いのぼる。だ が少しも不快感はなく、ヴラムスはその冷たさをーー娘の体温を楽しみながら屋敷に戻った。 一日、二日の遅れはあったものの、各領主は祭りが終わらぬうちにアルムングルに到着し わず た。いずれも、僅かな手勢を引き連れての旅ーー戦が目的ではないゆえ。 もっとも遅れてついたはマーギスト卿。それゆえ、彼はたいして休息を取ることもできずに 軍議の場へと駆り出される羽目となった。 「何日も駆けてようやっと着いたというに、休むこともできぬのか ! 」と彼は不平を言った くちく

7. 氷の王 : 鉛姫2

しらふ る。素面であるのは、商人のみ。もっとも彼らの中にもすでに酒の大海に溺れ、売り物をただ 同然にばらまいている者もあったが。 あせ 酒の匂い、甘ったるい菓子の匂い、人の汗の匂い、干した肉の、漬けた肉の匂い、嗅ぎ草 ( 火をつけて煙を吸い込む煙草のようなもの ) の匂い : : : それは、祭りの匂い。 娘は頭まですつぼりと頭巾をかぶり、白く細い指でヴラムスの服をつまんで、通りをねり歩 いた。 冷気を強めているのだろう、つままれた布の部分が湿っぽい。この人いきれでは、暑さはよ いきづか り強くなる。ふうふうという息遣いが聞こえる。 苦しいのだろうか ? そう思い、顔をのぞき込むと徴笑みが帰ってきた。 「暑いのか ? 」ヴラムスは訊いた。「屋敷に戻るかい ? 」 「いいえ」スウノーリアは首を振る。「いいえ、まだ帰らないわ」 言うなり、彼女はつまんでいた服を離し、人ごみの中へと駆けて行った。 ヴラムスは慌てて後を追う。彼女の頭巾は人ごみの中でもよく目立っゆえ、見失うことはな ちょう 王 かった。人の間を泳ぐように進みながらヴラムスは、まるで蝶のようだ、とスウノーリアのこ の とを思った。決してひとところに落ち着かず、店から店、人から人へと渡り歩く。 誰も彼女が、ヴラムスの連れ帰った魔法使いだとは気づいておらぬ様子。おそらくは祭りの 奇妙な仮装だと思われているに違いない。 あわ おぼ

8. 氷の王 : 鉛姫2

「光栄ですね。しんがりを任せられようとは」 「光栄 : : : か。並の戦ならそうであろうよ。だが、今度ばかりは辛い戦いになろう。兵もたら ぬ。食糧もたらぬ。これで士気があがろうか」 すみ 「ねえ」それまで天幕の隅で押し黙っていたスウノーリアがそうロを開いた。がさつな男たち の声を長々と聞かされ続けた耳に、それは澄みきった水のよう。「しんがりって何 ? 」 それを聞いて、ヴラムスはにつこりとした。すでにさきの怒りは顔になく、穏やかさがたち 戻っている。酒のおかげばかりではないことは明らか。とどめは娘の声。 「それはだね」とヴラムスはにこやかに言った。「追ってくる敵を防ぎながら、一番最後に逃 いな げる役目のことだよ。しんがりの働きいかんで生き残れるか否かが決まると言ってもよいほ ゆえ ど、大事な役目なんだ。もっとも、それ故に、その危うさは並ではないがね。だが、生き残れ ばそれだけ大きな功が期待できるのだよ」 椴うしゅう 「あんたは、偉いのでしよう ? あんたには誰がその功に対する報酬を払ってくれるの ? 」 ヴラムスは笑った。「そうだな。誰も払ってはくれぬよ。普段から私はその報酬を先にもら っているようなものだから、それでいいんだよ」 スウノーリアはわかったようなわからないような顔をして、それきり黙った。 「それで、お館さま。撤退は何時に ? 」 「すでにマーギスト卿とシード卿は、撤退をはじめている。我らは陽が沈む頃になろう」 おだ

9. 氷の王 : 鉛姫2

121 氷の王 「探すのだよ、ヴラムス殿」不敵な笑みを浮かべ、タルジ・ハ卿は言った。「幸いにして我らが つね 領地は、常にヴァレリアと戦にある。その際にでも尾ければよかろう」 「遠征はそれがわかりしあとだな。やれやれ、このようなところまで、たったこれだけの話を するために来たというのか」 「そう言われなさいますな、マーギスト卿。今宵はささやかではありますが、酒宴をもうけま すので、ぜひ御出席のほどを」 「まあ、それぐらいの楽しみがあって当然よな」 ヴラムスは立ち上がるとにこやかに徴笑んだ。 「では、皆様方 : : : 御部屋にてくつろがれるもよし、祭りを見にいくもよし、御自由におすご しください」 「よろしいかな」 扉の向こうよりそう声がして、アルムングルの領主、ランド・アル・ルードルディは目を覚 ました。 せき 部屋の中には誰もいぬ。体をずらし、上体をおこす。咳が込み上げる。それをこらえ、よう やっと声を出した。 「かまわぬ。人るがいい」 こよい

10. 氷の王 : 鉛姫2

203 水の王 タルジ・ハ領にも冬がやってきたと言えた。雪の質が変わることで、例年のごとく民はそれを 知った。 夏のアルムングルでの祭りの会合の席でのヴラムスの忠告は、ここでは役にはたたなかっ しかく た。なぜならばヴァレリアは、刺客を放つなどといった遠まわしな事はせず、直接に叩きに来 ていたので。 きよう このところ、ロベルト・ヴァン・タルジ・ハ卿は、七日に一度は戦へと出かけていた。前線は しだいしだいに領内深くへと迫っている。すでに北の村の三つがヴァレリアに呑まれ、全滅の 憂きめを見ていた。 どうやら奴らも本気になったようだ。タルジ・ハ卿はそう思った。すでにヴァレリアの刺客に 、エルソン領は混乱状態にある。しか よってマ 1 ギスト卿は暗殺され、その後継者をめぐり も、それをヴァレリアがさらに増長しているらしいとの情報も得ている。 もはや、北の大地も終いかも知れぬな : : : だがそれでも、ジョシアだけは必ず守ってみせよ 5 冬 しま