まどうりよく レイムは無我夢中で己の持てる魔道力のすべてを解放することを選んだ。 見習いというにも恥ずかしいほどの、本当の初心者である自分の力量を、レイムはとい うほど知っている。 遥かに高等な魔道を自在に使いこなす上級の魔道士さえ、あのディーノのの吐き出す 火炎の威力にわなかったことを知っている。 聖なる儀式をみた清浄なる法具も、も、何も持ってはいない。 文字どおりの、身一つである。 喚 招上等な魔道など使えるはずがない。 聖だが、それでも。 レイムは魔道を知る者として、不思議を操ることを許された自分の存在を信じ、手を尽く Ⅲすしかなかった。 第九章聖選 おのれ あやっ
まどう レイムは魔道を学びはじめたその日から、老魔道師エル・コレンティの術によって声を封 じられている。 魔道を志す誰もがそうしなければならないのではなく、レイムはごく個人的な理由をもっ て、自ら声を封じることを願い出たのだ。 かこく 声を失うことは、彼にとって命を奪われるのと同じくらい過酷なことであったが、それも また仕方なかった。 自殺という手段を思いとどまったレイムは、己という存在を捨てて、他人のために尽くし て生きる道を選び、魔道士を目指しているのだから。 声、音というものは、本質的に魔道に必要不可欠なものではない。 高級術者であれば、声なくとも複雑な術を自在にることができる。 耳で聞き、己の内で応芻するという行為が行えないのにすぎない。 初心者には不利な条件だったが、その分、同じ術を使っても、レイムはきちんと基本を押 さえた、他人より高等な術を使うことを覚えていた。 ひくっ 修得速度が遅く多くの術こそ知らないが、根本的な実力の点ではけっして卑屈になるもの ではない。 おのれ
を浮かべ、ようやくの形で体勢を保っていた。 きわどい一瞬であったが、招喚の儀式そのものが一応の終結を迎えていることを、老魔道 師は知った。 成功にしろ失敗にしろ。 完全にしろ不完全にしろ。 雷蛇の強襲の直後。 聖光は消えた。 光の中に閉じこめられていた可な肉体は、支えをなくしくたりと頽れた。 同時に、天空を騒がせていた激しい落雷も、びたりと止んだ。 暗雲垂れこめる空は、つい先までと変わらぬ状態に戻った。 わず 喚なごり 招名残だけが僅かに残った。 女何も存在しなかった魔法陣の上には。 聖 ・確、か . に 0 一人の美女が出現していた。
213 聖女の招喚 何も心配することはないのかもしれない。 トーラス・スカーレンは捶いていた危惧を、無用のものかもしれないと思った。 ファラ・ ハンの出現により、ひとびとは心を救われた。 こうみよう 彼女はそこに存在するだけで、希望と光明とをもたらした。 伝説を馬鹿にしそれを信じなかったひとびと、彼女が具現した後もそれが橢に過ぎない とそっぱを向くひとびとでさえ、吹きくる風に乗る鬼やかで微妙な甘みを感じていた。 行動が始まらない今、まだ現実的に何も変えられたわけではなかったが。 張りつめていた空気は。 土ゝ。 「プラバ・ゼータ囮」に続く
ルうになっているのは自分のいるこのあたりだけなのだということを、思い出した。 女王たる自分を待っている多くのひとびとが、この聖地の外にいることを、思い出した。 自分を捕らえたんを恐れることなく、職に立ち向かおうとするな乙女を見つめ 抵抗して殺されるのも世界と一緒に滅びるのも、本質的な意味において変わらない。 無に帰するだけだ。 誰を敵に回そうと、諦めるにはまだ早い。 希望は、存在するものではない。 捶き続けてゆくものなのだ。 こうみよう 信じる心の強さ、自分から負けを認めないことが、光明となるのだ。 理屈や理由は裏付けにすぎない。 喚 招何においても。 女 可能性だけは常に無限大となりうるのだ。 聖 諦めなければ。 川必ず道は開かれる。
自分から行動を起こさなければ、何も始まらない。 女王は顔の前に乱れ落ちた髪を掻きあげ、握っていたバルドザックの手を一度ぎゅっと握 りしめてから離した。 肩に片手を置き、仰にいると存在を主張するだけで、胸の中に逃げこみたくなるほどに優 しくしなかったバルドザックに感謝した。 あくまで女王としてのトーラス・スカーレンを支えようとしてくれたことが、嬉しかっ まず事態のに努めなければならない うずま この火炎渦巻く祭事場の混乱をどうにかせねばならない。 第をの手から奪い返さねばならない 立ちあがった女王の見あげる中。 ルなしの平手打ちをまともに受けたディーノは、に裂した痛みに一瞬思考が停止 した。 何が起こったのかわからなかった。 しゅうた、 修羅と呼ばれた男にあるまじき醜だった。
156 甘く透明に澄んだ罵り声に、ディーノはむっと眉をひそめそちらを見やる。 鉄の腕に抱えられたか弱い捕らわれ人は、ディーノをまっすぐに睨めつけていた。 命を落とす高みで、ただ一本の腕に身を預けていながら。 ねた命に恐れもなく、まっこうからディーノを非難していた。 このとき初めて。 ディーノは自分がした乙女を見た。 ト脇に捶えたただの捕虜にしかすぎなかったそれは。 この瞬間から。 存在価値をえた。 どくんと胸が高鳴った。 ロの中がからからに上がった。 頭を強打されたかのような衝撃があった。 しんしび じんと体の芯が痺れた。 血管が、筋肉が、ありとあらゆる細胞が、脈打ち膨れあがったかと思った。 ののし まゆ
178 時と、そして彼自身に与えられた資質が、及ばなかっただけなのだ。 バルドザックは女王を直視することに耐えられず、目を伏せ少し顔を横向ける。 細い肩をんだバルドザックの右手を。 トーラス・スカーレンは、両手で握った。 重みと力強さを感じさせるバルドザックの手は、肩と一緒に自尊心まで擱み止めていた。 誰かに女王たる自分の誇りを支えていてもらわなければ、なりふりかまわぬ金切り声を張 ののし りあげて口汚くディーノを罵りそうだった。 わからない。 意味はなかったが。 すべての元凶が。 ディーノにあると。 思った。 かねてから感じていた、正体不明の不安なものをくディーノの存在。 予言者たる女王トーラス・スカーレンの心の隅を騒がせていたもの。 世界最高の魔道師たるエル・コレンティをわせていたもの。
爆心地となったのは、の法陣、そのものだった。 聖地クラシュケスそのものを粉礒することができるほどの、威力が込められた一撃だっ だが、皆がそれをはっきりと知ることはなかった。 エル・コレンティが、あらん限りの魔道力を持って、そのエネルギーをへと跳ね飛 ばしたからである。 招喚の儀式の片手間にそれを行えるほどの余裕はなかった。 とっさ エル・コレンティは咄嗟に、儀式の続行よりも現時点の状況維持を選んだ。 儀式は世界を救うためのものだ。 しかし、この牙悪なる落雷を阻止できねば、世界はな打撃をこうむることになる。 聖地、この魔法陣を描いた場所こそが、特別な地点なのだ。 ここが滅茶にされてしまっては、儀式を再びやり直す可能性や、希望までも打ち 砕かれてしまう。 らいじゃ 邪悪なる雷蛇の存在に気づいたのは、老魔道師ただ一人だけだった。 邪なる者の飛 ' を受け、むりやり儀式を打ち切らされたエル・コレンティは、に。 ふんさ、
伝説と化し、清き魔道を学ぶ者のあいだで恐れられている、嚼 1 。の敵対者。 そのキハノが 生きていた。 捕らわれの塔から解き放たれ、復活していた。 魔道士は青ざめ、がくがくと震えわななく膝をし、抜けかけた腰を無理やり持ち上げ て、まろぶように聖地の中心地めがけて駆け戻った。 まほうじん 聖地の中心地、魔法陣の近くには、大いなる魔道師エル・コレンティ老がいるはずだ。 このことを報告し、そのうえで事態の収拾を計れるのは、偉大なる魔道力を持つ、かの人 しかいない 者の印を結んだまま、よたよたと駆け去っていく魔道士を。 横目で、ぞろりと、キハノは睨んだ。 どんな巧妙な印を結んだところで、深淵の闇の奥底まで見通すキハノの目をれられる 者は存在しない。 たまらないリ に咽を鳴らし、キハノは笑った。 自由の身を得た今、彼に恐れるものなどない。 にら