186 シルヴィンの後ろからレイムがき見たそれは、ずいぶんな深さをもつものだった。 落ちこめばをするだけでは済みそうもない。 くう 空を切った足元に、あっとシルヴィンが声をあげる。 引き戻そうとシルヴィンの腕をレイムの手がんだ。 シルヴィンの全体重が前方にかかってしまった後だった。 男と女と性別をえてはいたが、シルヴィンは身長においてレイムと大差ない。 人種が異なるため、どちらかといえばシルヴィンのほうが、がっちりとした太い骨格さえ 持っている。 きやしゃ 男としては華奢な部類に入るレイムが、簡単に支えきれるものではなかった。 勢い余ったシルヴィンと彼女の体重に引っ張られるようにして、レイムの足も宙に浮い こうなるとわかっていながら、危ないと声をかけられなかったことが致研的だった。 レイムは、声を封じてある自分がいけないのだと思った。 つぐな 罪を償いたいがゆえにしたことが、かえって新たなる悔いを残す結果となった。 どうにかしてシルヴィンを助けたいと思った。 レイムの脳裏を、教えられたばかりののでが横切った。
「事態はもう、なるようにしかならぬのではないか、そんな気もするのです。いかに願おう とも、滅亡せねばならない世界も存在するのではないかと」 みちび すべては時の輪の導くままに。 ごう のろ 「わたくしたち全部が、罪深き業を負ってしまった呪われ人であるなどとはけっして思って いません、琵して然るべきであるとは考えたくもありませんが、それもまた一つの現実では ないかとも思えるのですよ」 食事はおろか、眠る暇、座ることさえ忘れて、聖地を慌ただしく行き来する者たち。その いちず あわ 一途な行動が、女王の目には哀れで仕方ない。、 とうせ朽ちてしまう命なら、あえて苦しみを 増やさなくてもいいのではないか、そんな気さえしてしまう。 あきら ろうまどうし 諦めの陰りを見せる女王を、老魔道師はまっすぐ見返した。 「それも、さほどの日をかけず、なんらかの結果を得ることでございましよう」 予言のような言葉に、女王は少しばかり驚いたように目を見開く。 未来予知の方法は、まったく役に立たなかったはずである。 ざごと 「ただの老いた魔道師の、戯れ事やも知れません」 言葉と裏腹に声は確信を持っている。 歳みた彼であったからこその予感だった。本当にそう感じるだけのただの予感に過ぎぬか
えしやく りゅうしゃ そうして、娘から少し離れ会釈して、レイムは彼女を竜舎に案内すべく歩きだす。 声を封じられているレイムには、場所を尋ねられても、こうするしか方法はないのだ。 一ⅱもが文字を読める教育を受けているとは限らない。失礼になりそうなことは、できるだ け避けて通りたいと、いつでもレイムは思っている。 まどうし 娘は、無ロな見習い魔道士の若者を、果たしてあてになるものなのかどうなのかと疑りな がら、とりあえずの笋を引いて付き従った。 レイムが娘を案内した竜舎は、乙ののために特設された建物の一つである。 きゅうきょ もとは中央祭事場のための二階建ての物置小屋であったところを、急遽改装した。 一階を飛竜のために、二階を竜使いたちの仮泊まり場にしてある。 ぶどう 竜舎が近くなることは、目で見るよりも、血でできた甘い大粒の葡萄のような、独特の竜 の臭気でわかった。 竜舎の周囲に山をなし、あるいは運びこまれた大量の藁と、飛竜の吐く息と泄の臭い む が、そこで蒸れてわだかまっている。
『プラバ・ゼータ』は、『時空界の聖戦士・異世界編』と長いサプタイトルがっき、おまけ に各巻タイトルまである、非常にめんどっちい物語であります。よーするに「時の宝を正 あ そう、世界を救おう」ってファンタジーなんだけどね。わたしの書く話の中では、とおって も珍しいことに、ラブ・ストーリーなのであります、実は。おお、こつばずかしい D 活で何かあったに違いないなどと、 いらんことを勘繰ってくれるありがたい読者の皆様がた は、これで、ちえつなんでえつまんねえとばかりに安心なさったことでしよう。 相変わらず、元気であります D 本っ当に、変わんねー えーと。つい今し方、これを書きだしはじめた直後ですね、突風が吹きまして。ゴミ箱に入 れようとして台所の調理台の上に放置していた飲み終わりの牛乳パックが、吹っ飛んでし まったわけですね。一滴残らずコップに移し、きれいさつばり飲み干したと思っていたの に、あなた、床に盛大に牛乳がぶちまけられてるじゃありませんか。きょわーっ ! 慌てて ぞうきん 近くにあった雑巾で、そいつを拭き取ったわけですが。あうう。牛乳ってばさ。乾くと臭い こいつを書きあげて、洗わねば。うう。しくし のよ。もーれつに臭いのよ。は、早いとこ、
一つきりの緑色の目で、ぞろりと下から睨め上げ、低い声で問いかけた その声の響きには、背筋がぞっと寒くなる迫力がある。 気の弱い者なら、それだけで、すくみあがってしまうだろう。 ふんいき 険悪な雰囲気に興味をそそられ、イグネシウスは顔を突き出し彼ら二人を交互に見比べ ディーノは涼しい顔で応じ、刺すようなオーパの視線を受け流す。 「知らぬということは、れなものだと思っただけだ」 「なんだと ? 」 いきりたっオーパを無視し、ディ 1 ノは堂々とした仕草で胸の前で腕を組んだ。 おのれこじ らしん 衣服をまとっていながらも裸身の見事さを想像させるディーノの姿は、己を誇示するかの ゅうし ちょうぞう ような姿勢をとると、生きた彫像を思わせる雄姿となる。 女「キハノ、の儀式はいよいよ成功しそうなのだな」 自分を眼中に入れず黒魔道師にかけたディーノの言葉の意味をみそこね、オーパは気を そがれた。
ま、ま 6 っ の学ラン集団の真っ只中に没してたのよ、わたし一人で。修学旅行生の買い物集団に取り 巻かれていたのね。てつきり真横にいるものと思いこんでいた友達は、遥か遠くで手を振っ てる。声かけようとしたときには、手遅れだったんですって。そりやー、あんたたちはいい わよ。何十人という、自分よりガタイのでかい中坊き分けて出てくる、わたしの身にも なってよ。一度や二度じゃないの。友達は変わっても同じことが起こるの。誰と行っても、 毎度の話よ。行かなくなって、当然よね。だから、誘わないでちょうだいよ。どーせ、あん たもわたしを置いて遠くで見てるんでしよ。行かなくてもわかるわよ。すねちゃうよ、本当 にさ。 外人にも好かれる。東京では既著に出るわ。なにせ、数いるから。 こっちは、なんとなく理由がわかる気もする。典型的日本女性つばく見えるんだと思う。 小柄だし髪長いし醤油顔だし。旅行の土「にびったりの、んつほいルックスよね。 でもね。やつばりうっとうしいわけよ。ガイドブックじゃないのよ。わかってほしいの よ。お願いだから、信号待ちしてる真横に嬉しそうに並んで向こうから写真撮らないでくれ る ? 大勢で、ぞろぞろ金魚のフンみたいに後をついてきて、同じ店でお茶しないでちょう ひょうし だい。何かの拍子に目があうのよ。視線が、ぐさぐさ来るの。こう、後頭や横顔に感じるの よ
レイムは、彼らのように健全に太陽を仰ぎ、生きていく資格がないのだと思った。 自分にはそのようなことは許されないのだと。 まどうし 魔道士となる道を選び声を封じることを願ってから、レイムは生きていながら自分のため には死んでいるのだ。 小さく溜め息をつき、レイムは顔を上げた。 そして自分が用事を言いっかっていたことを、はっと思い出す。 物思いに沈んでいる場合ではない。 まどうきゅう レイムは魔道宮のほうに足を向け変えた。 小走りに歩を踏み出そうとしたレイムの脳裏に。 やわらかな輝きを帯びた真っ白な光が弾けた。 ひざ ふらりとよろめいてレイムはその場に膝を折る。 目の前に突然、色濃い自分の影が生まれた。 ぎくりと首を巡らせたレイムの背後にあるのは、中央祭事場。 のうり
208 ふんいき ても声をかけたりできるような雰囲気ではなかったので、心配しながらも、女王のするまま になっていたのだ。 しかし、いざが終わり、なんとか光明が見いだせるようになった今。 マリエは、お飛と思われようと、トーラス・スカーレンを見守る義務がある。 せつばつまった部分がなくなって、肩の荷を軽くしたトーラス・スカーレンのには、以 前のような、ちょっとしたときに子供時代のそれが思い出される、マリエの知るあの笑顔が 戻っていた。 マリエは小さく身を縮めたバルドザックを押し退けるように割り込んで、ティーテープル 冖につ / 、 0 女王がしつかり物を食しているかどうか、マリエには監視するという務めがあった。 うかが 「エル・コレンティ様から話を伺いましたわ、いよいよでございますね」 うなが お茶を召しあがれと促しながら、マリエは、にこにこと大声で話しかける。 くつろいだ笑みを浮かべ、 トーラス・スカーレンはうなずく。 「もしかすると、本当に大変なのは明日なのかもしれませんわ。目覚めた三人の反応を知る のが、怖いような気さえしますー 「特に、あの悪たれのディーノでございますね」
そよとを攤でたそれに、ディーノは微かに首を横向け、眩しいものを避けるように目を 閉じる。 結び合った視線の線が絶ち切れた。 はからずも自分からディーノの胸に飛びこみ、抱きしめられることを望んだ形になった ファラ ・ハンは、落下を角れ安堵していたことを知ると同時に、激昂した。 頬を真っ赤に染めて、ディーノの胸に手を突き、密着していた体を引き剥がす。 わざとこのようにされたのだと思った。 他愛ない無力な女として、身のほどを思い知らされるために、はめられたのだと。 卑な手段に訴えるこの男が許せなかった。 簡単にひっかかってしまった自分が恥ずかしかった。 非難していた人物を頼ってしまったことが腹立たしかった。 どうき たくま 逞しい腕に抱かれ安らいだことが、かえって胸の動悸を落ち着かなくさせていた。 目の前の男を感じ自分の女を感じたことが、我慢ならなかった。 こんな男に一瞬でも気持ちを奪われてしまうことになるなら。 あのまま落ちていたほうがましだった。
140 ろうまどうし ほうえ だぶついた法衣に風を受けた老魔道師は、反射的にそこに四つん這いになり、うつ伏し 巨大な黒い影を伴い行きすぎた暴風。 ぶざま 無様に転がり地に伏した彼らは、素早く目線を投げ合ってお互いを確認した。 そこには。 いなければならないはずの人間が一人足りなかった。 「ディーノっ 髪を振り乱し女王は叫んだ。 ひりゅう 通りすぎ再び上昇する飛竜。それを駆る若者の名を。 してやったりという顔で、ディーノは女王を振り返る。 斧を握るディーノの腕に。 りされたの姿があった。 声をあげることさえできず、んの手に拉致されたファラ・ 腰に巻きついたディーノの腕は、一人の人間の体重を支えていても、びくとも動かない。 ハンのかなうものではない。 熱く脈打っすべやかな。のような腕は、とてもファラ・ こうしよう ・ハンは自分の無力さを 見あげる者たちの表情を見てとったディーノは哄笑し、ファラ