竜舎を焦がし燃え盛っている炎よりも、矢のように素早く鮮やかに飛竜を捕らえた火炎の ごうしゃ ほうが、ひときわ豪奢な炎であったとレイムには見えた。 炎の飲んでいる温度が高い。 その確固たる 1 に 炎をり逃げ惑う男たちが必死の蹣もむなしく、あっけないほど簡単に燃え崩れている ではないか。 あしな かたまり 足萎えて、炎の塊となって倒れ伏す。 矼にできていた赤い雨の血溜まりが塊となった炎に焦がされる。 蒸発した血溜まりが瞬時にして水蒸気になった。 揺らめきたった赤い霧に周囲はもうもうと煙る。 ひるけは ) おびただしい血で濡れた場所にも、炎はまったく怯む気配もなかった。 まるで屑のように、ひとの体も剣も何もかも、炎に舐められ燃え尽きてゆく。 喚 まどう 招魔道による炎ではない。 女 このようなな炎を扱える『火』の魔道士を、レイムは知らない。 聖 けま、 しかもこの炎からは聖の魔道の気配も邪の気配も、全然感じられない。 魔道人格が臭わない こ
174 それなのに。 それを観察していられる自分に、気がついた。 ( もしかすると、もう死んでしまっているのかもしれない ) 恐ろしい疑惑に襲われ、シルヴィンはぎくりと顔をあげる。 ほうえ 炎に飲まれていない、深緑色の法衣が見えた。 纃の炎の色に染まる中に屹立する揺るぎない色。 一人の青年。 信じられないものを見る配撥ちで、シルヴィンは目をしばたたく。 第一印象で軟弱者られていた彼は、今シルヴィンの及びもっかない不思議を駆使し て、溿く炎と戦っていた。 目を凝らしてよく見ると、彼とシルヴィンの体を、薄い光の膜のような物が覆っている。 圧力を感じているのは、この光の保護膜が炎を受けているからだ。 成すもなく炎に巻かれ死に絶えていく者たちの中で、二人だけが無傷でいる。 まどう 場所そのものを区切って封陣とする魔道を、レイムはまだ知らなかった。 選出した特定のものに働きかける、規模として小さなそれを使えるだけだ。 微かに首を背けたによって、完全な直撃を避けていたことが幸運だった。 こ
第八章虜 纃の炎がの上で乱戦する者たちの上に降り注いだ。 たあい くつきよう 木の葉のように他愛なく、屈強な男たちの体が火をまとう。 石畳でさえ火を吹くほどの激しい火力に、炎の散った一帯が火の海となって燃えあがる。 健いの娘に群がり寄っていた男たちは、炎を被って燃え崩れた。 近くにいながら直撃を角れた者たちは、火炎渦巻くそこから、蜘蛛の子を散らすように逃 げ去る。 ・ハンは顔を覆った。 眼下で繰り広げられた光景に悲鳴をあげて、ファラ 喚 招ディーノは声をあげ、高らかに笑った。 女 ハンは、きっと睨みつける。 征服者たるに酔いしれるディーノを、ファラ・ 聖 たた 辛辣な口調でディーノに言葉を叩きつけた。 しんらっ とりこ にら
184 だ 0 しようもう くし まどう 大きな魔道を幾度も駆使しているために、老魔道師の消耗も激しい。落下する乙女を炎 から守りながら引き寄せての法陣に導くより、防護膜を使いお互いの身を炎から守 りながら自分が動いて受け止めることのほうが楽な行動だった。 こうみよう いかに高名な大魔道師エル・コレンティであっても、限界はある。 レイムとともに炎かられ、振り返って仇敵とするディーノを見あげたシルヴィンは。 ひりゅう 飛竜から飛び降りた乙女の姿に悲鳴をあげた。 きようがく 視線を追ったレイムも、死に急ぐかに見えるそれに驚愕する。 我を取り戻したディーノは色をなして腕を伸ばした。 飛竜の緒を引いた。 追いすがった。 全身の血が凍るかと思える恐怖を感じた。 自分以外の。 ただ一人の女が。 自ら命を投げ捨てようとしているのを阻止しようとした。 捕虜だからではなかった。 ほりよ おとめ
とびらかぎはじ ひとに許された領域を示す、固く閉ざされていた扉の鍵が弾け散った。 とめどもなく体の淵を通じて溢れくる力を感じた。 魔道というこの世で最大の不思議が、レイムという一人の男を孃として形を成した。 レイムの足元に倒れこんだシルヴィンは。 たまぎ 腕を突いて顔を起こし、迫りくる火炎を目にして魂消る悲鳴をあげた。 綿の袋に身を隠して、浅い火傷を負いながら、同じ炎かられてきたばかりだ。 あの火炎がどのくらい凄まじい威力を持っているのかは、熟知している。 炎の直撃を受けた者のれようもない末路を、間近く見て知っている。 そむ 思わず顔を背けてうつむいたシルヴィンに、吹きつけられる火炎の圧力が襲いかかった。 骨をも残さず身を焦がす炎を浴びて、シルヴィンたちの周囲にいた男たちが火柱となって 燃えあがった。火を吹き、音を立てながら崩れ落ちた。 喚 かたまり 招ばたばたと、炭化し、それがなんであったのか定かでなくなった塊が地に落ちた。 女 固を握りしめ、下を向いていたシルヴィン。 聖 彼女は、燃え崩れるものを感じ、いまだに優雅に恐怖している自分に不意に気がついた。 かえんじごくようそうてい 周囲はあまねく火の海となり、火炎地獄の様相を呈している。
飛竜の吐く火炎はあらゆる物を焼きつくす。 唯一の例外である、石綿を除いて。 石綿の袋の中で息を殺したシルヴィンを残し、そこにあったものは間近い火炎放射をまと もに食らい、一瞬にして燃えあがった。 選り抜きの飛竜の吐く火炎である。 金属も人体も石も仲間の飛竜も、何もひとたまりもなかった。 うと燃え盛る炎の齣敲の中、・を炎で射抜き、ディーノは楽々と飛竜を地って、 うずま 火炎渦巻く竜舎を後にした。 シルヴィンは、それを確かめ、ある程度の物が燃え崩れるのを待った。 待ってから。 確かめておいた出入り口のほうに転がった。 ほんろう いもむし 翻弄される芋虫のように進んだ。 喚 招あの飛竜の火炎を受けたなら、木でできた単純な作りの飼料樽なんかは、簡単に燃えて、 聖跡形も残さずなくなってしまうはずだ。 袋の中からは周囲がどうなっているのか、まったく見えない。 音を頼りに行動するしかない。
124 戸惑うこともなく雲に突っ走ることなど、レイムにはできない。 だから。 レイムは今にも泣きだしそうに表情をめ、ンルヴィンを振り返った。 シルヴィンは魔道の径にいたレイムの存在など夢にも知らず、真新しい炎渦巻くの中 を矢のように駆けていく。 生まれて初めて聖地にくからと、精いつばいのおをしたいと母親に頼んで選んでも が ) とう らった服は、外套のあいだから飛び入った火の粉で、あちこち小さく焼けていた。炎を吹く 柱の横の通り際に火にかすめられ、きちんと切り揃えたばかりの毛先も焦げていた。自慢の 美しい髪だったが、そんなものにかまけている場合ではなかった。 上空を行くディーノの姿だけをひたと睨みえ、必死に追いかけるシルヴィン。 シルヴィンを振り返ったレイム。 シルヴィンを無分別だと判断できる分だけ、レイムのほうが冷静に状況に対処していた。 怒りなどという激しい熱情に突き動かされていないだけ、視野が広かった。 広かったからこそ。 シルヴィンが、ディーノが目指す祭事場の方角、広がりいく火の手を見つけて何ごとかあ ものみ ぼうと らんと群がり寄る物見高い暴徒たちの姿を発見することができた。 こ
122 シルヴィンは必死で燃え盛る建物からの脱出を試みた。 転がり、あるいは這い進む彼女を、する 1 叫のや柱などの重い構築物が襲わな かったのは、奇跡にも近い幸運だった。 通りのはずれまで転がりでたシルヴィンは、そこでやっと袋のロを握っていた手を解い ろう きつく握りしめていた手は、かちかちにこわばり、蠑のように白くなっていた。 そうっとき見た外の様子は、シルヴィンの想像していたものよりも、数段凄惨だった。 火を避けるなどとてもできない火炎地獄だ。 が ) とう シルヴィンは袋の内側から繊維に沿って剣の刃を当て、袋を外套となるように切り裂い 靴底に防火耐熱処理をしておくことは、火山地帯に近い場所に居を構える彼女たちの種族 の常識となっている。炎に熱く焦げる地面に触れる時間を短くするように、素早く走れば足 こころもと はどうにか問題ないだろうが、頭や服が心許ないのだ。 間に合わせだがな身支度はすぐに整った。 瞳に復讐の炎を燃えあがらせたシルヴィンは、彼女から兄と同胞たちを奪い去った を追った。
153 炎か 早 く 防か あか に息 移 。だ 突時 を、ノ、 い飲 で相 し 弾手 た んた 大こ た金 シ ル た剣 ウ。 ル用 イ張ヴ意 し竜 ン て使 を 狙 シ腕 、火 に剣 つ 散で た なた 切レ擱は 、ム で女 険オ を察 聖女の招喚 素横あ さ、 ま よ く つ ら た 修飛 す行竜 にの よロ りか れ研とら ぎ 澄すち お刃い打 っ と 動勢をす遅 だ を 御 る め 0 こ しゝ た り し も 耳二 側甚が に を と っ て い の の い け 火 花 を 眼 月リ ら せ カゞ は と 顔 を 上 げ て 上 空 を 望 ん だ ち か る の を 同 じ く 受 け レ は 飛 せ カゞ ロ土 い フ ア フ ン が 然 の 声・ に 驚 き わ ず か に イ ノ の 姿 勢 た れ 崩 の同火 に 起 っ た シ イ ン の レ イ ム ま さ 、れ向 た が に ヴ降迸与 り か がか間 る 危 し だ ら に か い がほ るし 瞬 だ つ 。切 り 声 で 叫 ん だ 刃ぃヴ はばイ 空くン をがが つイ たム 。の 足 兀 に 倒 れ む ルを嫣 : シ身炎 套与ノレ は 今 引 き よ せ た ん彼同 の に い イ ン じ く 上顔を な上知 げ
聖光に照らされて。 ′」う′」う うずま 轟々と渦巻いていた火の海が消失した。 叫争いを続けている者たちの動きが凍てついた。 ほんの一瞬の出来事。 。た聖なる。 光の消失したその後には。 燃え盛る炎は悪夢ででもあったかのようになくなっていた。 争っていた者たちは戦意と意識を失ってその場に頽れた。 成り行きをただ見守っていた女王たちは、瞬時にして起こった奇跡を前に驚くばかりであ 喚 ろうまどうし 招偉大なる老魔道師エル・コレンティですら、何が起こったのか、即座に理解できなかっ 女 すべての奇跡の 1 として。