思い知りながら、それでもれようと身をよじる。 ハンの細くくびれた胴は、がっちりとディーノに抱えこまれている。全体 小柄なファラ・ ハンの骨の太さなどはディーノのそれの半分もない。 的に検分してみたところで、ファラ・ 抱いた腕にディーノが軽く力を加えれば、肋骨ごと砕けてしまう。 もくろみ ディーノの目論見は、的を射ていたようだ。 判断の正しさに、ディーノはほくそえむ。 おとめ 女王のあの取り乱しようからすると、この乙女に悲鳴をあげさせるだけでもかなりの効果 かありそうだ。 りようじよく ああいうお高くとまった連中は、自分を陵辱されるより他人をさいなまれるほうが、よ り辛い思いをするのだから、ディーノには不思議でしかたない。 見あげる者をあざ笑い魔法陣の上空をするように、ぐるりとが首を回して向きを 変えた。 その飛竜に。 翼の付け根、飛竜の急所目がけて。 ろっこっ
114 男たちには、敵味方などなかった。ほんの少し前までのも何もかも、関係なかった。 きようこう 今はただ等しく、恐慌に駆られ落ち延びることしか頭にない。 いったい何があったのか。 まゆ レイムは眉をひそめて、その情景を見つめる。 竜舎に雪崩込んだ蛮んらの手によるものではない。 為も十分に行わぬうちから、火をかけようとするはずがない。 むぼう 一口もが自滅するような、無謀なことをするはずはない。 灰にしてでも死守したいような、大それた秘密を隠した場所ではないのだ。 レイムの見守る中。 竜使いにられ、この場から安全な自分たちの村に逃げ帰ろうとした竜が一頭、高く舞 いあがった。 ぐんと高度を増し、飛び去ろうとした飛竜に。 勢いよく放射された火炎が、襲いかかった。 火炎に射落とされ、飛竜は竜使いもろとも火達磨になって空から転げ落ちる。 ひだるま
何かしら自分の知らぬことの進行している様子に、鯔をぐ。 のど キハノは皮と筋ばかりになった咽を鳴らして、くつくっと笑う。 たくら 何かしら、よからぬことを企んでいる陰湿な楽しさが、笑い声に重く染みている。 ディーノの問いに言葉を返さなくとも、その笑いだけで十分な答えになっていた。 の瞬間には、おそらく、天界と世界を繋ぐ時空の扉が開かれる。 まどう 魔道の根源をなす力も、ほんの一瞬ではあるが増大されるはずなのだ。 下半身を地に封じられたが拠に、今はほんの子供騙しの範囲でしか自由にならぬキハノの 魔道力も、その瞬間だけ、本来あるべき大きさを取り戻すはずである。 にく せんざいいちぐう 憎んでもなお余りあるエル・コレンティ老魔道師の鼻を明かしてやるのに、千載一遇の機 会なのだ。 これに乗じぬ手はない。 「招喚の儀式って、なんだ ? 」 波止場の捨て子であり、文盲であることに少なからぬ劣を持っている無学なオー は、おずおずとディーノに尋ねた。 ノ
172 乱暴に引き寄せ、足元に倒れこんできた一人の恥なる娘を。 自分の命を賭けてでも。 守らねばならなかった。 手に握っていた剣は、存分に武器としての威力を発していた。肉を切り裂き、骨を断ち、 命を奪って、かく濡れていた。銀に輝いていたは、体液と血と肉片の混じった液体で、 でろりと汚れ、濁り曇っている。よれて集まった糊い液体が、重く滴り落ちている。 難賺するを含むもので、べったりと秘れている。 とうてい清らかな法具には及びもっかぬ、剣。 生々しい汚れをまとう剣を、レイムはためらうことなく、頭上に掲げた。 自らの命を守ってきた一振りの剣も、実際に刃として用いられることのない法具の剣も、 今のレイムにとっては価値が同じだった。 だから、レイムには悪びれる理由はないのだ。 レイムは音を持たない声で高らかに、炎に対する絶対の衄のをえた。 何かが、レイムの中で、緩やかに噛み合った。
したたかに右肩を打ちつけたバルドザックは、左腕に剣を持ちかえながらよろめき立つ。 女王は立っことすら忘れ、ぶざまに着衣の福を乱して座りこんだままディーノを見あげて いる。振り乱れた髪を直すことすら思いっかず、美しい顔が悲痛にんでいた。 かたひざ かろうじて姿勢を整えた片膝つきの格好で、老魔道師はディーノを見つめる。 このときほど。 : ロもが自分の無力さを感じたことはなかった。 たかがの一人と、ディーノを軽んじることなど、できないことだったのだ。 武人としてどれほどのをしようとも、ディーノに与えられたカという天分にはかなわ カ弱き支配者の治める国は滅びるのだ。 ディーノという最高の資質を持っ男には、世界最高の不思議すら無力となるというのか。 勇者ラオウのものとなるべき聖なる斧レプラ・ザンが、なぜディーノの手に握られてい 喚 招るのか。 女 聖なる銀斧としての奇跡の力を駆使することができるのか。 聖 エル・コレンティにはわからない。
たるバルドザックには、二人の女性の命を守らねばならない使命があった。 きっす、 正義に尽くし、か弱い女性を守ることを何よりの美徳と誇る、生の貴公子であるバルド ザックは、今のこの場における自分の使命の重さを感じた。体の芯が熱を帯びが上気する たか ほどの、感情の昂ぶりがあった。 愛する女性を守るというそのこと。 うるわ 麗しい客人を守るというそのこと。 確かに彼の後ろにはトーラス・スカーレンがいる。 ハンかいる そして腕の中にはファラ・ 離れていてもいつも感じていた彼にとって絶対の存在。 腕にほのかな温もりを伝える鳥のように柔らかな身体。 魔道という形なき力は、偉大なる老魔道師エル・コレンティがう。 そして、剣をかざし肉体を頼る力は、バルドザックの領分だ。 招相手は修羅王の名を欲しいままにし、誰をも震搬させたあのディーノである。 女 あまりにも見事に設定された状況は、ロマンチストで繊細な感性を持っバルドザックを酔 聖 わせ、奮起させるのに十分なものだった。
ルうになっているのは自分のいるこのあたりだけなのだということを、思い出した。 女王たる自分を待っている多くのひとびとが、この聖地の外にいることを、思い出した。 自分を捕らえたんを恐れることなく、職に立ち向かおうとするな乙女を見つめ 抵抗して殺されるのも世界と一緒に滅びるのも、本質的な意味において変わらない。 無に帰するだけだ。 誰を敵に回そうと、諦めるにはまだ早い。 希望は、存在するものではない。 捶き続けてゆくものなのだ。 こうみよう 信じる心の強さ、自分から負けを認めないことが、光明となるのだ。 理屈や理由は裏付けにすぎない。 喚 招何においても。 女 可能性だけは常に無限大となりうるのだ。 聖 諦めなければ。 川必ず道は開かれる。
レイムは、彼らのように健全に太陽を仰ぎ、生きていく資格がないのだと思った。 自分にはそのようなことは許されないのだと。 まどうし 魔道士となる道を選び声を封じることを願ってから、レイムは生きていながら自分のため には死んでいるのだ。 小さく溜め息をつき、レイムは顔を上げた。 そして自分が用事を言いっかっていたことを、はっと思い出す。 物思いに沈んでいる場合ではない。 まどうきゅう レイムは魔道宮のほうに足を向け変えた。 小走りに歩を踏み出そうとしたレイムの脳裏に。 やわらかな輝きを帯びた真っ白な光が弾けた。 ひざ ふらりとよろめいてレイムはその場に膝を折る。 目の前に突然、色濃い自分の影が生まれた。 ぎくりと首を巡らせたレイムの背後にあるのは、中央祭事場。 のうり
若さと溢れる生命力で、レイムの目には彼女が、太陽の一部を受け継いだ娘であるように 見えた。 まどうし まゆ 娘は半分口を開け間抜けな格好で自分を見あげる若い見習い魔道士を見返して、眉をひそ め、ふんと鼻を鳴らす。 どうやら彼女は見当違いをしたらしい 広場一帯にいた魔道士を上から眺め下ろし、一人違う色の法衣を着た者を見つけたので、 てつきり彼こそが高位の者に違いないと思いこんでいたのだ。 だが、今娘の前にいるのは、高位とはほど遠い、魔道士の鯲に乏しい軟弱な若者だっ りゅう 竜を制する一族として、まず力あることが第一条件である娘の目からは、彼になんの魅力 も見いだせない。 彼女は、ずり落ちたフードからはみ出た長い金色の巻き毛も、長い = に囲まれたおっとり みどりいろ ひとみ と星を浮かべた翠色の大きな瞳も、すんなりと通った細い鼻筋も、この若者の腑抜け具合 を象徴する典型的な姿形であると思った。 ほうえ
126 爽としたディーノに続けといわんばかりに、先を争うようにして彼の目指す場所に向 かった。 それがの櫨だと自慢したいかのように、激しさを増した殺戮を楽しんだ。 曁さを競った。 口々にディーノの名を叫んだ。 その中には、あのイグネシウスもいた。 オーパもいた。 祭事場に押し寄せようとする贓を食い止めようと、警護に当たっていた武人たちが素早 く陣営を築き応じる。 ぶぜ ) しかし応援を呼ぶことすらできない状況下での多みに無みは、あまりにも分が悪かった。 もしものときのために訓練されていたそれも、たいした時間をかけず、あっけなく突き崩 されて無差別乱闘になった。 しようぞく 装束が統一されていたり周知のそれであった正規の武人たちは自分の役割に忠実に戦っ たが、缶のにしか過ぎぬ乱暴者たちは、ただ自分のためだけに戦い進んでいた。 行く手をもう、自分より先んじようとする者を見つけては、ただそれを斥しているに