認しよ、つとはしなかった。 ここで、『ありさの虐待日記』に何らかの真実が含まれていると仮定しよう。「事件 はいまでも継続している、と考えているからだ。もしあの記述が本当だったとしたら、 亜里沙さんのひとり息子である雄介くんという子どもが、心理的にかなり虐待されて いる恐れがある。このことはだれしも認めることだろう。それでも、″本人と名乗る女 性〃が電話してきて「イタズラだ」といったので、それを信じた、というのだろうか よ、つ力し 官そして、厚生省としては、当事者である東京都が何もしない以上、容喙しないという 驩姿勢なのだろうか 福亜里沙さん本人を探す方法は、ほんとうに何もなかったのか。たとえば、プライバ 童 シー保護を名目に情報開示を拒否したプロバイダーに対して、厚生省は事情説明した 児 うえで協力を求めることはできなかったのか。そうしたら、亜里沙さん本人からの連 厚 絡をもらえたかもしれない。彼女を虐待という事態から救い出す可能性も生まれたか 三もしれない。そうした努力は十全になされたのか。こうした問いに、前橋専門官は懐 第 疑的だった。
事件が報じられ、しかもそれは氷山の一角でしかないと関係者の間ではいわれている。 名古屋の子どもの虐待防止ネットワ 1 ク・あいちでは一九九八年に起こっ た虐待事件をダイジェストしてホームペ 1 ジに掲載している。『ありさの虐待日記』で と亜里沙さんはいおう こうした事実を紹介することで、虐待は特殊なことではない、 としているのだろうか。延々と続く虐待事件のひとつひとつに目を奪われ、その一件 あんたん ごとに子どもが殺されていることを思うと、暗澹たる気持ちに襲われる。こうしたニ ュースをリストアップしながら、亜里沙さんは何を思っていたのだろうか
255 巻末資料 《 1998 年虐待死事件ダイジェスト》 98 年に起きた事件を簡単に紹介する。固有名詞はすべて省いた。日付は、事件の第一 報が掲載された日。数年前の事件が発覚して立件されたケースも含まれるが、被害者 の年齢はいずれも事件当時。無理心中の疑いがある事件は、断定できない場合も多い が、その後の続報で疑いが否定されたもの ( 事故死などと分かったもの ) 以外はリス トアップした。 ◆ 1 月 8 日 10 日 12 日 12 日 13 日 13 日 16 日 19 日 19 日 21 日 28 日 28 日 29 日 29 日 31 日 ◆ 2 月 福岡 茨城 埼玉 滋賀 福岡市内の男児 ( 六 ) = 幼稚園児が庭で凍死。せつかんの疑い。 笠間市で長女 ( 六 ) をせつかん死させた母親を傷害致死容疑で逮捕。 六歳の長男をせつかん死させた母親 ( 三四 ) と内縁の夫 ( 三 0 ) を東入 間署が傷害致死の疑いで逮捕。 二歳の三男をせつかん死させた京都市の無職男性 ( 二三 ) と、大津市内 の前妻 ( 二七 ) を大津署が傷害致死の疑いで逮捕。 神奈川母親 ( 四一 ) が、長女 ( 一三 ) = 中一と、長男 ( 九 ) = 小三の首を絞め 埼玉 大阪 大阪 大阪 熊本 大阪 愛知 岩手 埼玉 千葉 て殺害。宮前署は殺人容疑で母親を逮捕。 昨年八月、五歳の長男をせつかん死させた父親 ( 三九 ) を、蕨署が傷害 致死の疑いで逮捕。 東大阪市の会社員 ( 四三 ) が居間で長女 ( 一二 ) = 小六と、長男 ( 一〇 ) = 小四の首を絞めて殺害、東大阪署は父親を殺人容疑で緊急逮捕。 大阪市の路地で、生まれたばかりの男の赤ちゃんが裸で置き去りにされ、 死亡。東成署は死体遺棄の疑いで捜査している。 羽曳野署は、小五の長男をせつかんして死なせたとして、藤井寺市のト ラック運転手 ( 三一 ) を傷害致死容疑で逮捕。 御船町の道路に止めた車の中で、城南町の主婦 ( 三四 ) と長男 ( 五 ) 、 二男 ( 三 ) の三人が死亡。ガス中毒による無理心中。 大阪地検は、生後三カ月の男児をせつかん死させたとして、大阪府高槻 市の父親 ( 一九 ) を傷害致死容疑で逮捕。所轄署が書類送検後、地検が 逮捕。 名古屋市港区の名古屋港で、しゅんせつ作業中の土砂運搬船がワゴン車 を引き揚げ、車内から男児一人、女児二人の遺体が発見された。さらに、 現場から約四・五キロ離れた別の土砂運搬船の土砂から、女性の遺体が 見つかった。死亡していたのは、愛知県蟹江町の主婦 ( 三一 ) 、小二の 長男 ( 八 ) 、小ーの長女 ( 七 ) 、園児の二女 ( 四 ) の母子四人。 宮古署は二八日、死体遺棄の疑いで宮古市の父親 ( 二七 ) と母親 ( 三〇 ) を逮捕。昨年六月ごろ自宅で死亡した長男 ( 生後二カ月 ) を布などにく るみ自宅内に隠して捨てた疑い。 上里町の関越自動車道で、道路左側のガードに衝突して止まっている軽 乗用車の中で母子三人がぐったりしているのを群馬県警高速交通隊のパ トカーが発見。三人は埼玉県秩父市の主婦 ( 三〇 ) と長男 ( 五 ) 、二男 ( 三カ月 ) で、二男は左胸付近に刺し傷があり、死亡。主婦が子供を包 丁で刺し、無理心中を図ったとみている。 学校に行かない長女 ( 七 ) に腹を立てて暴行し、死なせたとして、松戸 署は三〇日、松戸市の母親 ( 三〇 ) を傷害致死容疑で逮捕した。
札 岩 秋 横 埼 仙 幌 手 田 浜 玉 台 長野県 新潟県 金沢 静岡県 名古屋 岐阜県 大 京 兵 広 阪 都 庫 島 子どもの権利 110 番 電話相談 : 011-281 ー 5110 木曜日 16 時 ~ 18 時 面接相談 ( 予約 ) : 01 % ー 51 ー測 95 水・金曜日 10 時 ~ 15 時 ( 受付 8 時間分 ) 子どもの人権無料法律相談 面接相談 : 018 ー聞 2 ー 3770 月 ~ 金曜日 9 時 ~ 17 時 子どもの人権相談窓口 : 022 ー 223 ー 7811 月 ~ 金曜日 10 時 ~ 15 時 子どもの人権相談窓口 電話・面接相談 : 045 ー 211 ー 77g 火曜日 13 時 15 分 ~ 16 時 15 分 子どもの人権相談 面接相談 : 048 ー 863 ー 5255 水曜日 13 時 ~ 15 時 子どもの人権相談救済センター 面接相談 : 026 ー 232 ー 2104 月 ~ 金曜日 9 時 ~ 17 時 子どもの人権相談窓口 : 025 ー 222 ー 3765 月 ~ 金曜日 9 時 ~ 17 時 子どもの悩みごと相談 電話・面接相談 : 0762 ー 21 ー 0831 木曜日 12 時 30 分 ~ 16 時分 子どもの権利委員会 電話相談窓口 : 054 ー 252 ー 0 供 ) 8 月 ~ 金曜日 9 時 ~ 17 時 子どもの権利委員会 電話・面接相談 : 052 ー加 4 ー 0115 土曜日 10 時 ~ 12 時 子どもの人権相談 電話・面接相談 : 058 ー 265 ー 28 月 ~ 金曜日 9 時 ~ 16 時 30 分 子どもの人権テレホン相談 電話相談 : -6364 ー 6251 水曜日 15 時 ~ 17 時 子どもの権利 110 番 電話相談 : 075 ー 231 ー 2335 金曜日 15 時 ~ 17 時 少年問題無料相談 面接相談 : 078 ー 341 ー 7 1 金曜日 13 時 30 分 ~ 16 時 子どもの悩みごと相談 電話相談 : 2 ー 228 ー 0230 水曜日 17 時 ~ 19 時 258 ・電話相談のみ。 ・左の電話は木曜のみかかる。 ・事案によっては担当者の面接相談。 ・月毎の担当弁護士を決めて対応。 ・名前と電話番号を伝えて面談の予約をする。 ・子どもの人権に関することはすべて扱う。 ・窓口で担当弁護士を順次紹介。 ・大人有料 ( 面接 ) 。子ども無料。 ・子どもの人権に関することはすべて扱う。 ・窓口で担当弁護士を順次紹介。 ・いじめ、体罰、非行、少年事件など子どもの 人権に関するすべてを扱う。 ・面接を優先する。 ・少年事件だけでなく、子どもの人権に関する すべてを扱う。 ・あらかじめ電話予約のこと。 ・電話で随時受付、担当弁護士が原則として面 接相談を行う。なお、子どもの人権救済活動 も無料。 ・弁護士会の常設電話で子どもの人権に関する 相談を受け付ける。「子どもの人権相談担当弁 護士名簿」登載の弁護士を順次紹介。 ・子どもの人権に関することをすべて扱う。 ・法律相談に限定せず広範囲に行う。 ・電話で随時受付、担当弁護士を順次紹介。 ・子どもの人権に関することをすべて扱う。 ・少年保護事件、刑事事件全般。 ・子どもの人権に関することをすべて扱う。 ・事前の電話予約が必要。 ・面接の場合は予約を。 ・子どもの人権に関することを広く扱う。 ・面接相談のみ。
-6 『ありさの虐待日記』 《に「わが子虐待日記」神戸児童相談所、事実調査へ》 一九九九年一〇月二五日、朝日新聞朝刊に大きな見出しが躍った。子どもを虐待し ている内容のホームページがあり、《傷口に塩をすりこんだらパニックのように暴れ出 した》《足を思い切りけっとばし、置き去りにして帰った》と虐待の模様が書かれ、神 ハーがこの「日記」を閉鎖 戸市児童相談所が調査する予定である。二四日夜にはサー したと。記事を読む限り「虐待日記」の内容は単なる″悪魔系〃のお遊びらしい。だ が、問題が子どもの虐待に関わるだけに対応は素早かったようだ。何だかイヤな感じ だ。そのときの印象はただそれだけだった。 二五日夕刊は、神戸市には「日記」に該当する児童がいない、本人と名乗る女性が 「内容は事実ではないーと電話してきたことを伝えて「事件ーは終息した。二六日の朝 刊は、このホ 1 ムページが海外のサイトに移されて公開されていることを続報した。 はじめに かか
の子どもがいるという佐藤心理士。育児と仕事との両立を果たしてきた。 臨床心理士の仕事には、終点というものがない。ひとりひとり、すべて事情が異な り、対応もすべて異なっている。心理療法に時間もかかるし、遅々として進まないケ ースも少なくない。一歩ずつ相手との信頼関係を築き、相手が心を開いてくれるのを 待ち、少しずつ少しずつ相手の心に届くような言葉を選んで投げかけていく。それも、 相手をコントロールするのではなく、相手が進んで選びとってくれるような働きかけ をしていかなければならない。それは、慎重に足場を選びながら、切り立った崖を攀 じ登るような作業ではないだろうか だから、と佐藤心理士はいう。 「ひとりひとりに非常に時間がかかるので、私には、何万件とある虐待事件のごくわ ばうせん 理ずかにしか対応できません。社会全体の虐待の多さを考えると、茫然としてしまいま 床す。砂丘にはいつばい砂があるのに、私の力が足りないために一粒の砂にしか対応で 臨 きない。それでも砂丘の一粒の砂でしかないとは考えないように発想を変えたんです」 章 砂丘の一粒の砂だと考えれば、砂丘に圧倒されて無力感に襲われてしまうだろうが、 第 そうではないのだという佐藤心理士。 「この前ね、あるお母さんがすごくいいことをいってくれたんです。『 " 遺伝病〃のよ
228 解説 西山明 「ありさの虐待日記」の報道が一瞬に消えてなくなり気になっていた。 だが追跡する手だてもなく、そのままになっていた。子どもの虐待への 行政の対応や、それに絡んだ子どもの殺害事件の報道は最近、紙面を賑 わしている。私は十数年前から、虐待防止のために現場で悪戦苦闘して いる市民グル 1 プ、弁護士、精神科医らの動きを報道してきたが、紙面 に掲載する新聞はほんのわずかであった。 今振り返ると、隔世の感がある。だがマスコミの報道は「常識の物語」 に帰着させたがる。虐待した母親や保護者、継母や継父を糾弾し、子ど もをかわいそうと伝えることは「正義の旗」を振りやすい。だれにも非 難はされないポジションである。その傾向は、少年事件の報道でも強ま っている。 少年事件の報道で、なぜ少年が暴力を振るったのか、加害者の歩みを 追跡取材すると、殺されたり傷つけられたりした被害者の立場が無視さ
残念なことに、児童相談所が関与していたにもかかわらす、児童が死亡してしまっ た例が八件あった。群馬県の女児 ( 三歳 ) は、母親の内夫による虐待で硬膜下血腫と 脳挫傷で収容された病院で一週間後に死亡。このケースは、通報によって児童福祉司 が訪問した夜に起こった事件である。埼玉県の二歳の女児は、泣いて寝ないのに腹を 立てた両親が頭部を強く掴んで布団に押しつけた結果、硬膜下出血などで一三日後に 死亡した。児童相談所で入所施設を探している最中の事件だった。大阪府の三カ月の 男児は、一七歳の母親による虐待で双生児の弟が入院しているうちに、硬膜下血腫で 死亡した。香川県の九カ月の女児は、失職中の実父に首を絞められて死亡。七カ月健 診時から、保健婦の通報によって、関係者が協力援助していたにもかかわらず、起き てしまった事件である。同じく香川県の三歳一一カ月の女児は、母親による虐待で頭 を打って死亡。この子は母親が行方不明になったために養護施設に入所していたのだ が、その後、母親と祖父に引き取られていた。大阪市の一歳三カ月の女児は、軽度の 知的障害のある母親によって手荒な扱いを受け、死亡。児童相談所は、この子どもの 早期引き取りを拒否したり、保育所へ情報を提供したりなどの対応をしていたのだが、 事件を防ぐことはできなかった。大阪市の三歳の女児は、胃破裂による急性腹膜炎で 死亡している。二カ月前に保育所の他の保護者から通報があり、児童相談所の職員が つか
凸「事件」の発端 「家でインターネットをやっていたら、『虐待日記』という名前のホームページを見つ けました」 栃木県の児童相談所の職員から、神戸市児童相談所に通報が入ったのは一〇月二四 日 ( 日曜 ) の朝だった。 午前一〇時ごろには、マスコミからも同じ内容の連絡 ( 同時に問い合わせ ) が入る それを受けた神戸市児童相談所の職員は村上勝所長 ( 五八歳 ) の自宅に連絡した。こ れが、今回の「事件」の発端だ。それは同時に、村上所長にとってやきもきするほど あっけ 長く、また終わってみれば呆気ないほど短かったとも感じられる、てんやわんやの二 日間の幕開けだった。 村上所長は、一九六五年に神戸市役所に入ってから、生活保護の仕事を中心に、知 的障害者施設や福祉事務所などで働いてきた。神戸市児童相談所長になって三年目に なる。村上所長は、たまたま家にいた娘さんに問題のホ 1 ムページを開けてもらって
うか。あなたが実際に雄介くんを「虐待」したという事実は ( 少なくとも今、入手で きる ) を読む限りでは、あまり鮮明に浮かんできません。世間はの文章に過 剰反応して非難の声を上げましたが、だれがの真偽を真剣に調査しようとしたで しょ , つか 栃木県の児童相談所の職員からは、何らかのアプローチがありましたか。神戸市の 児童相談所からは、メールが来ましたか。少なくともが閉鎖されるニ四日までの 間は、掲示板も開かれていたのだから、そうしようと思えばできたはずです。 T-m の内容を読んで、人間じゃないなどと書き込みをしたひともいたでしよう。『あ りさの虐待日記』に触発されて、自らの悪意を解き放ってしまったひともいたことで しよう。は、おそらくそんな悪意の汚物溜になってしまったのではありませんか それは、おそらくあなたの本意からは大きくかけ離れた事態だったでしよう。毎日 新聞一〇月ニ六日朝刊の記事によれば、神戸市の児童家庭課にあなたがニ度も電話を にかけて、次のように発言したとあります。 じ〈「イライラしてうつ憤晴らしにやったが、報道され、困惑している」「虚偽だと知ら せるために、プロバイダーにメールを送る。謝罪もしなければと考えている」〉 事態は急速に展開してあなたの願っていた〈虐待について冷静に考える〉ことすら