けで楽になって重大な結果にならなかったケースも少なくないようだ。役所に ( うした細かいケアをする力がまだついていないので、子どもの虐待防止センターなど 民間の組織が活躍する場は多い。 こうしたさまざまな機関の協力が、徐々にではあるが、成り立つようになってきた と木下弁護士はいう。かっては、虐待された子どもについての話をしにいっても、児 童相談所の職員は一言も質問せす、態度も冷ややかだったのに、と。 最近の虐待への取り組みについて弁護士はいう。 「いやあ、一〇年前に比べれば、隔世の感がありますよ。カンファレンス ( 虐待事例 の検討会 ) を開けば、警察から児童相談所から保健所まで、多くの関係者が集まって くれるようになりました。虐待をウォッチ ( 見守る ) してくれる近所のひとや、民間 レベルで手助けしてくれるひとも増えました。以前は、上司がすれば協力しまし 士 ようといっていた職員が、結局は許可をとれなかった、と断ってきたりするケースも 護 弁 よくありました。関係者に、虐待は切迫した問題なのだという認識がなかった。でも 五今は、個人として出席しているけれど、虐待の問題なら構わないと上司からいわれる 第 というひとも増えました。上司の許可も出やすくなっていますしね」 木下弁護士は、社会全体の虐待問題への関心が高まり、とくに福祉関係者の間では
また、被害者である子どもには自分の置かれている状況がおかしい、変だと思うカ をつけさせることが欠かせない。そうしないと、いつまでも自分が虐待されているこ とを理解できずにいるし、虐待の連鎖を断ち切ることができない 家庭や学校をもっと広く世間に開放して、地域やなどで監視することも必要 だ。児童養護施設同士の交流も盛んにして、互いに情報の交換をする。そうして、子 どもたちの状況をできるだけたくさんのひとが見守る体制を作ることだ。 そして、最も大切なのが、児童虐待の対策をバラバラにやらないことだ。医師、保 健婦、警察、弁護士、児童福祉司、児童相談所、裁判所などでできるだけ密接な関係 はくだっ を作れるように連絡を取り合っていくようにすること。緊急に親権の剥奪が必要なら、 弁護士と裁判所の理解と信頼が欠かせない。裁判では医師の証一一一口も求められるし、学 校の教師が子どもの様子に気がついたのなら、その報告も要る。貧困が虐待の原因な 護ら、児童福祉司の協力も要る。子どもへの虐待に対しては、社会全体が強い関心をも 弁 って関わり続けていかなければならないのである。 五子どもの虐待が起きたとき、ネットワーク・ミーティングといって、関係者全員を 第 集めて問題を討議するシステムがある。東京の 00<a«、名古屋の O<<A«Z< などで も既にこうしたやり方を取り入れている。ことは、子どもの一生を左右する問題だ
とまどい 「なかなかスパッと割り切れる問題ではありませんからね。この日記をどう思うかと : 。ただ、どうして、こんなものを ( インターネ いわれてもお答えに困るんですが : ットに ) 掲載するのか分かりませんね」 厚生省の児童福祉専門官である前橋信和氏は、しばらく『ありさの虐待日記』のコ つぶや ピーを見つめた後、ポツリと呟いた。前橋専門官が見ている書類は、「事件ーの対応に 当たった神戸市児童相談所から送られてきたものだという。 「それに、このホームペ 1 ジ問題は、あれで終わってしまったというわけではなくて、 関係機関でいろいろ対応しているわけですから」 前橋専門官は、年齢を明かしてくれなかった。プライベートなこともオフリミット ということで、家族についても話してもらえなかった。他から聞いたところによれば、 もともと大阪府の職員だったといういわゆるノンキャリア組で、こうした児童虐待に 関してさまざまな具体的な取り組みを進める立場にある。いうならば、厚生省におけ
ね。ストレートに助けを求めているという感じはないし、画面だけの、相手の顔や表 情が見えない状況では、何かをいってあげたくても、それがほんとうに助けになるか どうか、こちらに不安が残ります。ですから、消極的に聞こえるかもしれないけれど、 何をしてあげることもできないんじゃないかな、と感じますー なぜなら、何らかの援助関係が成立するためには、相手が心のバリアを少しでも解 いてくれて信頼関係ができてこなければならないからだ。 ソーシャルワーカーは、相手を責めず、相手の話しやすいことから語ってもらうこ とで、少しずつ信頼してもらうように努めている。そうした良好な関係ができてから、 児童相談所や臨床心理士に紹介するなどの対応を考えてゆく。ところが、亜里沙さん のように最初から堅く身構えていられると、援助の手を差し伸べにくい。 法主任は、亜里沙さんの選んだインターネットという手段では、面と向かって話す ときに生まれるような信頼関係が作りにくいのではないか、といった。 「だって、相手が接触してこなくなってしまえば、そこで関係は切れてしまうんです。 それ以上はどうしようもない、何もしてあげられない
172 孤独な親 『ありさの虐待日記』の亜里沙さんというひとは、ソーシャルワーカーである法主任 の立場からいえば、いろいろ気になることがあるとい、つ 「お金のことも気になってるようですしね、ご主人との関係も心配ですね」 亜里沙さんの夫は、雄介くんの子育てを亜里沙さんに任せきりのように見える。仕 事人間で、《残業がキックたいてい翌日になってからの帰宅である》。《元々短気なほう だから、気に入らないとすぐ雄介をなぐっている》ようだ。亜里沙さんが雄介くんを 虐待していることについては《主人の前ではやらないから、私が雄介を虐待している 雄介くんのこともさることながら、なにより ことは知らないはずだ》という。だが、 も亜里沙さん自身がほとんど夫から構ってもらっていないのではないか。 典型的な日本の夫がいる。育児に無関心か、あるいは妻に任せきりで、むずかしい 問題は避けて通りたい。だから、雄介くんの心理状態に気づかないか、気づいてもど う対処してよいか分からない。あるいは、意識しないようにしているのか 「ずっと村社会で培ってきた共同意識を、戦後になって、もう時代遅れだとして切り 捨ててきましたよね、この国は。全国的に都市化が進行するなかで、人間はどんどん
どの見慣れた顔と、そうでない顔を識別できる表れなのだ。夜泣きは母親を求める不 安の表れだ。睡眠と覚醒のリズムもでき始めるが、この時期の子どものリズムはまだ 不安定極まりない。だが、それも間もなく安定し、よく眠り、よく起きているように なってゆく。 生後九 5 一四カ月くらいまでには、寝返り、ハイハイ、掴まり立ち、掴まり歩きな どかできるようなり、最後には自由に歩き回りだす。ごが、 オ外界に恐れを感じれば、 すぐに母親を求めて逃げ帰る。そして、母親に慰められ、安心させられると、再び元 気を取り戻して外界の探検に出ていくのだ。行動半径はだんだん広くなってゆくが、 それでも母親の姿を求めて見回すことは続く。公園ですぐに泣く子どもは、十分に安 心させてもらっていない、というサインを出していると考えることもできそうだ。 一四 5 二四カ月になると、子どもの独立が進み、母親との関係にも変化が起こる 母親を無視して遊びに没頭したり、かと思うと急にしがみついてきたり、母親の関心 を自分に向けさせようとしたりする。肉体の変化としては、肛門括約筋が発達して排 泄のコントロールができるようになり、おむつも外れるようになる。この時期の子ど もが、急に道に飛び出したり、母親の後を追ったり、なかなか眠らなかったりするの は、そういう行為で母親との距離感を測っていると考えられている。このようにして
232 とくに真偽のほどが分からないインターネットのを取材対象にし て背景を探ろうとする記者の息づかいが伝わり、その手法の面白さが生 きていた。「ありさの虐待日記」のホームページの内容を善悪や正義・不 正義という価値観から離れて、に徹底的に寄り添い、耳を傾ける姿 勢は「話し手」と「聞き手ーの関係を彷彿とさせた。 に書かれたことは「ありさの語りである。語られなかった物語 はフィクションである。だが伝えようとして語られたものはフィクショ ンではなくなる。その場合、だれに語ったかが問題である。聞き手の存 在である。インタビューでは話し手と聞き手が双方見える関係にある。 反応の表情、言葉遣い、着ている物、場所の雰囲気が物語の形成に影響 する。そこで生まれた信頼関係が、本当らしさ ( リアリティ ) を思わせ る物語の信憑性を担保する。しかしは不特定多数に話し手が語る。 聞き手が今回はマスコミになり「騒動」になった。善悪という価値基準 にしばられた聞き手との間では、物語を語り続けることはできない。だ が本書の記者が聞き手になり、見えない「ありさ」の存在はあぶり出さ れてきた。「ありさ」が紡いだ物語は「聞き手」を獲得してリアリティを
を払、つこととする。 児童虐待を防止するには、現代日本における家族のあり方、教育のあり方、子育て 不安等根本的な問題の解決が必要とされるが、現行制度の中ででき得る限りの対策を 講じ、今後早急に法制面、予算面等の措置において万全を期する必要がある。 ついては、緊急の対策として、政府は、次に掲げる諸点について関係者の意見を聴 取し、万全の措置を講ずべきである。 一国民に課せられた通告義務に対し、啓発及び広報の徹底を図ること。 一一児童相談所の体制と専門職員の充実及び児童養護施設の改善を図ること。 三二十四時間対応窓口の整備に努めること。 四児童相談所が立入調査を行う場合、警察は積極的に協力すること。 議五国及び地方自治体における関係機関の連携強化を図ること。 議六 ZCO 、ボランティア組織等民間とのネットワークの構築に努めること。 衆 七当該児童、保護者等に対するカウンセリング及び個別フォロー体制の充実を図る 四こ A 」。 第八関係省庁による検討体制を確立するとともに、検討状況を随時国会に報告するこ
残念なことに、児童相談所が関与していたにもかかわらす、児童が死亡してしまっ た例が八件あった。群馬県の女児 ( 三歳 ) は、母親の内夫による虐待で硬膜下血腫と 脳挫傷で収容された病院で一週間後に死亡。このケースは、通報によって児童福祉司 が訪問した夜に起こった事件である。埼玉県の二歳の女児は、泣いて寝ないのに腹を 立てた両親が頭部を強く掴んで布団に押しつけた結果、硬膜下出血などで一三日後に 死亡した。児童相談所で入所施設を探している最中の事件だった。大阪府の三カ月の 男児は、一七歳の母親による虐待で双生児の弟が入院しているうちに、硬膜下血腫で 死亡した。香川県の九カ月の女児は、失職中の実父に首を絞められて死亡。七カ月健 診時から、保健婦の通報によって、関係者が協力援助していたにもかかわらず、起き てしまった事件である。同じく香川県の三歳一一カ月の女児は、母親による虐待で頭 を打って死亡。この子は母親が行方不明になったために養護施設に入所していたのだ が、その後、母親と祖父に引き取られていた。大阪市の一歳三カ月の女児は、軽度の 知的障害のある母親によって手荒な扱いを受け、死亡。児童相談所は、この子どもの 早期引き取りを拒否したり、保育所へ情報を提供したりなどの対応をしていたのだが、 事件を防ぐことはできなかった。大阪市の三歳の女児は、胃破裂による急性腹膜炎で 死亡している。二カ月前に保育所の他の保護者から通報があり、児童相談所の職員が つか
経さへの不央感も、理解できるように思う。 1 チャルの可能性がある日記に対して、非常にビビッドに反応したひとがいた 虐待の当事者である。虐待のことを教わったいかいかさんはメールにこう書いた。 《『ありさの虐待日記』は、私たちの傷に触れるんです》 何度も「日記」を読むうち、ひとごとではなくなった。 「リアライズー 神戸市児童相談所は、万が一この日記の内容が「真実」だった場合に備えて、緊急ハ に被虐待児を保護する必要があるか否か判断するために行動した。虐待問題を巡って ( てんまっ 「バーチャル」なものが「リアライズ、した顛末は第二章で紹介する。 初めから「事件はバーチャルの可能性があった。だが、虐待があった場合にどう 対応すべきかを、今回の経緯は明らかにしてくれるに違いない。また、多くの関係者 へ取材する過程で、虐待の実態も明らかになってくるだろう。『ありさの虐待日記』がタ 関係者の間に巻き起こしたさまざまな波紋は、第三章以降で述べていく。