イヴ けんじ そうしてチヒロが無敵の剣精ぶりを顕一小している横で、スザクが・ほそりと言った。 「彼女のすべてがうそだというわけではないさ」 びたりとチヒロの手が止まる。 「スザク、サナをかばいたいんだ ? 」 チヒロの非難に満ちた視線の意味をスザクは知っている。ュリカの親友だったチヒロには、 今のスザクの態度には許しがたいものがあるだろう。 スザクは背中にチヒロの視線を感じながら言った。 「彼女も傷を負っている。救えるなら救いたい」 「ユリカを救えなかったのに ? サナなら救うの ? こ 「チヒロー なんてこと一一 = ロうんだアホウ・ : ツー ヒメが思わずチヒロに手を挙げようとしたが、その手はスザクによって阻まれていた。 「スザク : ・」 の「チヒロの言うとおりだ」 「こいつの言うことは気にすんなよ。そりや、おいらだってユリカがいねーのはちょっとさ、 明 キてるけどさ」 ン 工 スザクのロもとが自嘲的に歪んだ。 「敵の剣精を救いたいなんて、俺もリュウトと同じかな」 じちょ、つ ゆが はば
離れた位置にあった。 「リュウト : ・ー・ スザクの視界の中で、リュウトの体は戦場へと吸い込まれていってしまう。 そうして光り輝く彼の後を、大勢の闇の聖剣士が追ってゆくのが見える。 スザクの手が持ち上がり、リュウトの手が触れていった肩を押さえた。 どうしてあの手を払いのけることができなかったのか。 スザクは後ろからやってきた仲間に言った。 「医療班を呼んでくれ。そこの男の手当てを頼むー そうして倒れている早川医師を見やったとき、スザクの目は隣にしやがみ込んでいたショウ ヤを捉える。 ショウャもまた、・ほんやりとスザクを見上げていた。 ひとみ の不思議な瞳だとスザクは思った。 何もかもを内包していながら、何も映してはいないような。 明 スザクは目をそらし、意識を戦場へと戻す。 ン デ何かが自分の中で変化してしまっているような、そんな気がした。 「じき夜が明ける。それまでなんとか持ちこたえろ。 ししか、俺はリュウトの後を追う。他の みんなには深追いさせるな。全員、生きて帰るそ・ : ! 」 とら
102 トーン 同情を買うロ調ではなかったが、むき出しの華奢な肩を軽くすくめる仕草は十分に男の同情 を買うものだった。 サナは自分を見下ろしてくるスザクを、上目づかいの甘えた視線で迎える。 「でもあなたはそれを利用すればいいわ。ねえスザク、私はあなたに元気を出してほしいの よ。わかるでしよう ? 今はこんな身だけど、前はたしかに仲間だったわ、私たち。それとも もう私のことなんか信じられない ? 「ああスザクー サナが感動したように声をあげた。 うれ 「嬉しいわ。私、あなたにだけは信じてほしかったの ! 」 この魅力的な少女はまったくもって自分自身の使い方というものを心得ていた。 スザクは今も昔も変わらず、サナを一番に想っているのだ。 そのことでスザクが自分自身を責め続けていることも、サナは十分承知している。 イヴ 一番に愛すべき自分の剣精ュリカを愛せなかった。そしてその剣精は無惨に殺されて思いを 遂げることなく死んだ。 スザクは自分を責めて責めて責めて、そして、救われないままだった。 サナがこうして近くにいることさえ、今のスザクには苦痛だろう。サナにそばにいられるだ けで何かを感じてしまう自分は、死んでしまったユリカへの裏切りそのものだった。 きやしゃ
106 「私を感じるでしよう ? あなたは自分の剣精を失ったばかりだし、私も今はひとりぼっち。 ふたりでいたいわ。寒いのはいやよ。いやなの : ・」 にじ あわ 言葉の端に痛みが滲む。哀れな少女だった。全身で誘惑しようとしてくる少女。 彼女が敵でも、溺れるだろう。 てれんてくだ キスが甘くなる温度まで。サナは手練手管を尽くして孤独を回避しようとしてくる。 あわ 哀れだった。彼女は自分が誰を本当に愛しているか、知らないでいるのだ。 エレメント 闇が押し寄せる。光の聖剣士の五感はちりちりとその合わない無幻力を感じ取っていたが、 スザクはあえて無視した。 お 彼女が望むなら地獄にだって堕ちょう。 この切ない細い腕で抱いて欲しいと伝えてくるなら、どうしてそうせずにおけるだろう ? こた スザクはサナのキスに応え、サナはさらに自分の肌をスザクへと押しつけた。 冷たい胸のふくらみがスザクの胸に当たる。こんなにきつく抱きしめているのに、なぜ彼女 の肌は冷たいままなのか、スザクには不思議だった。 ″寒いのはいや〃 サナの言葉がスザクの頭の奥でふたたび滲むように思い浮かんだそのとき。 メギッネ 「スザクから離れろツー 一」のツ女狐 ! 」 かんだか 少女の里局い悲鳴のような声が、ふたりの間をつんざいた。 じ′」く
108 「ちった静かにできねーのかよ、おめーな。だいたいおめーはいつつも・こ 何やらモメ始めたふたりは好きにさせておき、スザクはサナの肩からすべり落ちかけていた スリッブドレスをそっと元の位置に戻す。 ひざ 不満そうに自分を見上げてくるサナを膝から立ち上がらせると、スザクは言った。 「サナ、聞いてくれ。さっきも言ったが、俺は自分の仲間を危険にさらすわけにはいかない だが、俺個人となれば話はべつだ。俺のできることはなんでもしよう。俺はきみに協力する。 きみが苦しんでいるのを黙って眺めていたりはしないよ」 「スザク」 まだどこか不満が残っている表情ではあったが、サナもそれ以上は押しても無駄だとわかっ たらしい。サナはうなずき、スザクの頬にキスして言った。 「わかったわ。あなたを信じてるわ、スザク」 そうしてその場から去ってゆこうとしたサナだったが。 「ああ、そうだわー 今にも噛みつきそうなチヒロの横を通り過ぎるときに、ふと思い出したように立ち止まり。 「あなたがたのリーダーが今どこにいるのか、教えておいてあげましようか」 「サナ卩やはり知っていたのかー 「ええスザク。だいたいの位置だけね。リュウトは南米ですって」 「は ? 」
「サナ : ・ びたりとスザクの頬に両手を当て、サナはスザクの瞳をのそき込んだ。心の底まで見透かす ようなその青い瞳で。 「いてほしいのよ、スザク、あなたに」 「よせ、サナ」 「スザク、お願い」 サナの唇がスザクの唇に近づく。 アダム 「お願い。協力して。私にはあなたしか頼れる聖剣士がいないのよ」 アダム 「はかな。きみには闇の聖剣士がいるはず アダム 「ええ。でもその闇の聖剣士はカナンに夢中なの。私になんか目もくれないわー サナの唇がスザクの唇の端にふれる。 「サナ、やめてくれー の「どうして ? あなたはひどく傷ついていて、心も体も疲れすぎてるわ。私だってそうよ。傷 ついた者どうしなぐさめあうのは必要なことであって悪いことじゃないわ。そうじゃない ? こ 明 「サナ : ・ みわく デ一番好きだった、いや今も一番好きな少女だ。その声はあまりにも魅惑的だった。 エレメント ほんろう たとえ彼女が闇の無幻力を使って自分を翻弄しようとしているのだとわかっても、そこには 抗いがたい魅力があふれているのだった。 あらが ほお
「なあスザク、俺って異常 ? こ 赤ん坊を抱いて近所の桜の木の下を歩きながら、リウトがそんなふうに訊く。 ぶぜん 一緒に歩いていたスザクは憮然として返してきた。 「カナンとのことを訊いているなら俺は知らんそ。あの日のカナンのことは結局おまえにしか わからんし、俺は別におまえが一生その子以外の人間を愛さなくとも責めはせん」 「フツ、そりや助かるぜ」 「どうせ俺も同類項だ。共犯者だと思えばなんでもない」 「ハハ、似たもん同士かよ。悪くねえな」 リ = ウトはスザクがユリカの魂を忘れられないままでいるのを知っている。 あの運命の日、スザクもまた、ひとつの運命をその手につかんでいた。 「俺、最近、あのオー ーツって、実は通信機なんじゃなかったかって思うんだよな」 の「通信機 ? こ スザクが聞き返して、リュウトが軽く肩をすくめた。 明 「ああ、宇宙人との通信装置。想像だぜソ 1 ゾー。けど考えれば考えるほど他に思いっかなく ン デなる」 「つまり ? 」 うなが スザクが先を促す。わずかにためらっていたリ = ウトが笑い返して続けた。
112 「スザク ! 」 「だが、サナはまだ俺たちの仲間だ」 きゅっと・ハンダナを締め直し、スザクの肩が風を切る。 エレメント 上空を闇の無幻力が生み出した稲光が横切ってゆく。 時間はもうあまり残されてはいないようだった。 エレメント 「闇の無幻力が新宿を完全に支配する前にオー ーツを探し出すー 「スザクちゃん、それって」 「リーダーと呼べ。新宿バビロンは俺が引き受けている」 切れるようなスザクの横顔。チヒロとヒメは息をのんでスザクの次の言葉を待った。 「サナには悪いが、オー パーツには利用価値がありそうだ。闇の連中よりも早く見つけ出して をししたろう 俺たちの切り札にする。サナのことはその後で対処すれま、 乾いた風が光の聖剣士たちの間を通り過ぎ、砂ぼこりを巻き上げる。 不吉な黒に染まった夜空には星ひとつ出ていなかった。 リュウトのことは ? ・」 チヒロが戦士の目をして風を読みながら言った。 間近に闇の気配が漂ってきていることは、剣精であるチヒロにもわかるようだった。 「南米だってさ。どこよねそれってかんじだけど」
あんなふうに、と言われただけで、スザクの心はポロポロに荒んだ。 しトでつがい これからのち生涯忘れることはないだろう。 ハラバラになったユリカの死体。 むざん 闇の剣精に食い散らかされた後の見るも無惨な姿で、彼女は自分の元に戻されてぎた。 カナン。 すべての原因はあの、最強と言われた闇の剣精 そしてカナンとこの新宿から逃け出したあの。 スザクがハッと短く息を吐く。サナは手の下でスザクのこぶしがギリギリと締まるのを感じ た。自分でかきむしったのか、彼の手の甲には無数の傷がまだ生々しい赤さを残している。 イヴ サナの瞳が瞬時、闇の剣精の青に染まる。スザクの内側で起こっている深い混乱は、サナに は手に取るようにうかがい知れるのだった。 「スザク。もう一度言うわ。私を信じて。私はあなたのために提案してるのよ。あなたがほん の少し私たちに協力してくれれば、リ、ウトに裁きを与えることができると思うわ」 の「リュウトがどこにいるのか、知っているというのか」 体の底から押し出すような低い嗄れた声で、スザクが言葉を絞り出す。 明 へび うわくちびるな サナはちろりと蛇のように突き出した舌先で上唇を舐めると言った。 ン デ「ええ、私の聖剣士が知っているようなの」 アダム 「闇の、聖剣士か」 「それは : ・、だってしかたがないでしよ。私、今は闇の剣精なのよ」 しわが なまなま すさ
188 ュリカを失ったことでスザクの内側につけられた傷は、今も生々しく血を流したままだ。 「まーしかし、違う″リ = ウト〃でもこっちの戦力になるんならありがてーよな。光の戦力は 落ちてく一方だったからさ。せいぜい仲良くやんねーとー 「仲良くなんてしないで、おねがいー がれき 唐突に、瓦礫の向こうから響いた少女の声。 「サ、サナ : ・卩」 ひさん よろめきながら現れたその少女の悲惨な姿に、二人の少年は同時に息をのんだ。 「サナ ! 」 スザクが駆け出し、倒れそうになったサナを抱きとめる。 赤くなだれ落ちてゆくウェープへアの下には、引き裂かれたシュミー た胸、あらわになった肩。あきらかな暴力の跡。 「ど、どうしたんだ。誰がこんな・ : ! 」 スザクの声は怒りに震え、掠れかけている。 サナはスザクの胸に痛々しく顔を埋めながら、消え入りそうな声でその名を呟いた。 「リュウト : ・」 ドンと頭を殴られたような衝撃が一一人の少年を襲う。 サナは潤んだ目でスザクを見上げて言った。 うる かす おそ ズドレス、はだけかけ っや