は微笑み、リュウトに顔を近づけて言った。 「いいだろう。きみが闇の聖剣を見つけて私の前まで持ってくることがでぎたら、それを私の エレメント 手でカナンに戻してやろう。低下した闇の無幻力も補給するほうがよければそうしよう」 「え」 「そうして欲しいのではないのか ? 」 「そりや・ : そうだけど」 ( なに考えてんだ、こいっ ? •) その一見誠実そうな風貌からは気まぐれなタイプには見えない。リュウトは—o という男が とまど わからなくて戸惑った。 敵の言いなりになりたくはなかったが、他に選択肢はな、。 変身する直前にカナンがの手から奪って、遺跡を破壊するほどの無幻力を発揮した聖剣 だ。あの聖剣をもう一度カナンの体内に戻してやることができれば、あるいは 翼 リ = ウトはパッと周囲を見渡した。驚くほど簡単にそれは見つかった。 の へ ( あっ・ : た ! ) エレメント 明 - リュウトの内なる光の無幻力は、地下にいたときよりも地上でこうして太陽の光を浴びてい がれき るときのほうが高まるらしい。リウトはすぐにその瓦礫の下に隠れていた闇の暗い輝きを見 工 抜いた。しかしここからでは相当な距離がある。と。 そのとき、リュウトの目は上空に素晴らしい協力者を見つけた。 ほほえ ふうぼう エレメント
の声は自信に満ち、誰にも有無を言わせない強さにあふれていた。 「きみたちもその目でたしかめるといい。世界的な規模での変化となる。逃亡先でもなんらか の現象は目にすることができるだろう。きっとね」 けいべっ 皮肉めいた言い方だった。というよりはむしろ軽蔑を含んでさえいるような。 「さあ、ふたりで好きなところへ行きたまえ。ふたりで手をつないでいれば、いっかは世界の 果てまでもたどり着けるかもしれんそー いきどお ぶじよく あまりに侮辱的な一一 = ロ葉をぶつけられたことに、リュウトは憤っていたが、カナンはただ驚い ていた。自分の前でがこんなふうに一 = ロ葉を使ったことはなかったのだ。 ゆが 茫然と見つめてくるカナンの視線に気づくと、はフッと唇を歪め、視線をそらして呟い 「嫌味のひとつも言わせてくれ。しかたがないだろう ? よもやこの期に及んであなたに裏切 られるとは思わなかったのだ」 思わず前のめりになりかけた体を、リウトの握る手の強さに引き戻される。 カナンはリュウトを振り返り、また、—O のほうを見つめた。 長い髪がさらっと宙を舞い踊る。
ェデン《明日への翼》 彼は人間の美などを享楽として捉える感情を持ち得なかったのだから。 「カナン ? 」 リュウトがカナンの表情を確かめようと体を離しかけたが、カナンはそれを許さず、小さく 頭を振ってリュウトの裸の胸に顔を埋めた。 ししつけい 肉体の頼りなさは未来への憧憬のように、仕草の儚さは過去への忘れ物のように、ふたりそ ろって若さを使い捨てている世代だ。 ふたりの間には何もなかった。高山地帯に耐えられるべき衣類は身につけていたが、その布 もところどころ取り払われて、ふたりの素肌は生身のまま触れ合っている。 闇。他に動くものの気配は感じられない。 しん やがて、残り少なかった蝋燭の芯がジジ : ・と音を立てて燃え尽きた。 静けさと共に無明の闇がふたりを包んでくる。 かなた もう一度リュウトの肩にあごを預けて、カナンはじっと彼方を見つめた。 ゅうきやっ 闇をも見通す闇の剣精の視界に、その石の壁が映る。悠久の時の流れの中に生き残ってきた 古い石が、きっちりとすき間なく積み重ねられているのがわかる。 マチュ。ヒチュの古代都市の地下深く 日本からは太平洋を越えた遠い地だったが、新宿からここまで飛ぶのはさほどむずかしくは 5 よ、つこ 0 きつらく とら しんじゅく はかな
220 ほおぼね くちびる リ = ウトとよく似た顔立ち、ほとんど同じ形の唇、鼻筋、頬骨。そして瞳。 記憶に残る恋人の造形が、ショウヤのそこかしこに見つかる。 まっすぐに自分を見上げてくるショウヤの瞳がカナンを恐れさせた。 恐ろしいのはその瞳に映る自分だ。自分の醜さを見抜かれるのが恐ろしい この澄み切った瞳に、自分のようなものを映してはならない。 いつまでもノートを受け取らないカナンに、ショウヤがもう一歩近づく 「よせ。私の手は血で汚れているー カナンが体を退いた。と。 どくんとカナンの胸が鳴る。 両手を広げて立ったまま、カナンはその場で動けなくなっていた。 ちまみ 血塗れた自分の胸にひたいを押しつけてきた少年。 まるで抱きしめて欲しいというように。幼い子供のように無防備に、ショウヤはカナンの胸 に体ごと預けてきたのだった。 「ショウ : ・ : ・」 震える。 心も体も、どうしようもなく震えた。 押しつけられた温もりに混乱するカナンを、ショウヤが再び顔を上げ、見つめてくる。 ひとみ
「・ : インターネットを使えば探し出せるかもしれん」 「ネット ? ああ、スザク得意だもんね。でもこんな状況でまだ生きてんのネットって ? 」 「少なくとも昨日までは世界主要各都市の光の聖剣士とは連絡が取れた。どこも闇の無幻力の ぐン一アリ・ー 侵略を受けて最悪の状態だが、衛星はまだ活動を停止してはいないし、動力源は自力でどうと でも確保できる。俺もそうしているしな。新宿はまだ死んではいないんだ」 「それで ? ほんとにリウトが見つかっちゃったらどーすんの ? 」 スザクはしばしの間、何も答えず地面を眺めていた。 チヒロもヒメもじっと黙ってその新しいリーダーを見守る。 風がゆく。 やがてスザクの腰から光の聖剣がゆっくりと引き出された。 ュリカという自分の剣精を失った後、スザクは新しい剣精を選ぶことを迷わなかった。 の彼はすでに戦うことを選んでいたからだ。 その戦いの中にはむろん、裏切り者に制裁を加えることも含まれていた。 明 風の向こうまで。 ン デすらりと天へ伸ばされた切っ先が光を帯びて闇を切り刻む。 かなた 彼方を見つめる目をしてスザクは言った。 「殺す
129 「やめろリュウト ! 無茶だ ! 」 「ジジィー 目工覚ませー 鬼神の顔がリュウトに宿る。 すさ アダム 凄まじい速度で繰り出されたリュウトの拳が、闇の聖剣士の横面を張り倒した。 エレメントきっこう 光と闇の無幻力が拮抗する。 ( なんという力だ、リュウト : エレメント カナンは茫然としてリュウトの体を発光させている光の無幻力を見つめた。 イヴ かって新宿で相争ったときのリ、ウトの。ハワーを思い出す。最強の闇の剣精と呼ばれた自分 アダム と対等な力を持った光の聖剣士は、そういえば彼だけだったのだ。 が、やはりそこまでだった。武器のないリュウトの体は次の瞬間、洞窟の奥まで吹き飛ばさ れ、岩壁にたたきつけられてしまう。 の「う・ : つ」 日「リュウト : 明 逆上したカナンが闇の聖剣を構えたが、リュウトはそれを許さなかった。 ン デ「やめろカナン ! 斬るな ! 「し、しかし」 「斬るんじゃねえ ! 」 ぼうぜん しんじゅく こぶし
190 スザクの目は暗く濁り、ヒメはその底なしの色に圧倒されて立ち尽くす。 「決定はか下す」 「ス、スザクちゃ 新宿から闇の聖剣士を一掃する〃、 「ヤツが戻ってきたからといって俺の方針は変わらない。″ ″リュウトは見つけ次第殺す〃」 ″闇よりも先にオ ーパーツを見つける〃。そして、 「スザ、いや、 丿ーダー、なんもその、殺さねーでもー 「いやなら抜けろー 絶対の拒絶。 説得のしようもない。 誰も彼を救えない。 イヴ たったひとり、今はもうこの世界からいなくなってしまった剣精以外には。 くちびる 呆然とするヒメの前で、サナはスザクにもたれかかり、そのぶつくりと脹らんだ魅力的な唇 ささや をわずかに開いて毒の言葉を囁いた。 「ああスザク、助けてくれるのならリウトの居場所を教えるわ。早くリュウトを殺して。私 を安心させて」 ばうぜん に′」 ふく
294 そのことはリュウトの胸だけに納められ、他には誰も真実を知る者はいない。 エレメント だがこの世から一切の無幻力が消え去り、すべての人々に日常が戻っていった後も、リュウ トの頭の中にはカナンと戦った日々の記憶が色濃く残ったままだった。 「お、どうしたカナン ? 」 不意に赤ん坊がぐずりだし、ふえふえと切なく泣き始めてしまう。 「よしよし、泣くなよカナン。俺はここにいるだろ ? リュウトは赤ん坊を抱き上げて立ち上がり、腕を揺りかごにして泣く子をなだめる。 そうしてリュウトにあやされていると、赤ん坊はまもなく泣きやみ、揺らされることを喜ん でキャッキャッと笑い始めた。 「イイコだな、カナン。イイコだ。よーし、イイコは花見に連れてってやる ! 」 「リーダーってホント赤ん坊の前だとメロメロだよな。演出やってるときは鬼みてえなのにさー 「おいそこ聞こえたぜ ! てめえ次の公演じゃ覚悟しとけよー ハシバシ鍛えてやるそー 「うつわー、めちゃくちゃ幸せっすー」 そんなふうに楽しげに泣き笑いのマネをする劇団員も、かっては光の聖剣士だった少年だ。 自分の居場所を探して新宿ハビロンを見つけ。仲間を見つけ。 その彼ももう今は一一十歳の青年である。 きた
144 「俺たちの明日のために戦おうぜ。俺はぜんぶ捨てた。仲間も。家族も。だからもうあんたし か残ってねえんだ。あんたのためにしか戦えねえ」 「リュウト」 「だめだな俺は。あんたしか見えねえ。あんたしか欲しくねえ」 「リュウト」 「別れたっておんなじだ。世界中が俺を憎んでも、俺はあんたのためにしか戦わねえ」 見つめる眼。 じっとカナンを見つめていたその眼から。 「リュウト : 「来るな ! 」 リュウトはこ・ほれた雫を拭きもせず、身動きだにせず、ただカナンを見つめ続ける。 カナンは息をのみ、恋人の濡れた瞳に心を奪われていた。 ここに 0 今、ふたりでいる奇跡。 「カナン、あんたを取り戻すためなら俺はなんでもするぜ。これが—O が仕掛けてきたゲーム だってんなら、 hO を倒すために俺は生きる」 その名にカナンがぎくりとした顔をして、リュウトはスッと眼を細めた。
126 しゃああああああん : どうくっ 闇の切っ先が触れ合って、恐るべき雷光が洞窟の天井を貫いた。 「カナン ! 」 今にも闇の聖剣に斬られそうになっていたリュウトが、目の前に降りてきたカナンの姿に悲 痛な声をあげる。 洞窟の周辺は数名の闇の聖剣士によって囲まれていた。 リュウトが肩を押さえてよろめき、カナンは洞窟内部もすでに侵略されていたことを知る。 「リュウト ! 肩が ! 」 、子供が・ : ! 」 「俺はいし カナンは岩場に打ちつけられて倒れている小さな子供の体を見つけた。その子供のそばには もうひとり小さな少年がいて、激しく泣き叫んでいる。 アダムおそ 「弟をかばったんだよ。奥に女の子も逃け込んで来てる。村が闇の聖剣士に襲われたらしい」 X X 5 X X つらぬ