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検索対象: 明日香幻想 朝露の章
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1. 明日香幻想 朝露の章

やましろのおおえのおおきみ じようしん 「けど。確かお前も、山背大兄王に最後まで戦うよう上申したんじゃ、なかったか ? 」 しん、と、沈黙が流れた 「・・・・ : あのときと、今とはまったく違う ! 何をあなたは : ・・ : つ」 わめく声が、中途でとぎれる。しばらくの間の後に聞こえたのは、すでに落ち着いた、いっ もの文屋の声だった。 「あなたが何を思われようと、自由ですが。この状況で、どうやって御剣を取り戻そうとおっ しやるのです ? 息を呑む音が、する。くつくっと、文屋の笑い声が響いた 「苦しゅうございますか ? 痛みましよう」 あえ 章弱い喘ぎが、漏れる。 朝「たいしたこと、ない」 「減らずロは相変わらずですが、こめかみにも額にも、汗がひどくにしんでいますよ。お身体 虹の方は、正直です」 日「たかが、切り傷だ」 「これをたかが切り傷とおっしやるのは、あなたくらいです、大海人さま」 あざけ 嘲るような声が、した。 おおあま からだ

2. 明日香幻想 朝露の章

弓月が言いさしたとき。 あすか やましろのおおえのおおきみ 「葛城さま。俺は昨年、明日香に上がった際に、山背大兄王にお会いして : ・ ごうもん で拷問を受けています ぬかず 品治が額き、答えた。 . こっ〔・ 目を見張る弓月の向かい側で、葛城は息を呑み身を浮かせる。 「何をつ : : : お前は」 とゆらそがのおおおみけ おしうみ 「明日香での最後の夜となるはずだった、日に。豊浦の蘇我大臣家から忍海に戻る途中で、俺 は襲われて斑鳩宮に監禁されました」 ぼうぜん 品治は淡々と、自身の身に起きた事柄を説明した。呆然として葛城は彼の話を、山背大兄 王が何を疑い品治を捕らえたか、彼に何を与えたかを聞いた。品治がそれでどうなったかま 露 「大海人が : : : 父上を殺したと考えた : ・ 王族に伝わる毒を、用いて。ばかな」 たからひめのおおきみはいい 虹「あの方が本気でそのように考えておられたのか、それともあくまで宝姫大王を廃位に追い込 香 日 むための台本だったのかは、わかりませんが。俺には、そうおっしやっておられました。王子 びん 明 に頼まれて俺が瓶に薬を入れたと認めろと、宝姫大王がその後始末をしたのだと証言しろと。 はりつる 俺は房の梁に吊されて、打たれて、あの斑鳩襲撃の夜まで、眠ることを許されませんでした。 の いかるがのみや ・・いえ、斑鳩宮

3. 明日香幻想 朝露の章

おおあま おしうみ すきまぶん 連子の窓は、風を通すほんのわすかな隙間分だけを押し上げてあった。忍海の地にある大海 ほんじ かつらぎのみこ 家の主殿に、茶の器を挟んで、品治は葛城王子と対座する位置に腰を下ろす。 やかた ひんきやく 本来ならば葛城王子をもてなさなくてはならない立場にある館の主人も、賓客と主人の身辺 じじよ を守るべき衛士も、世話にあたる侍女の一人もいなかった。彼ら一一人だけをこの広い主殿にお いて、だれ一人建物の中にもその周辺にも存在しない。 いらだ 不意に、その切れ長の鋭いまなざしの中に、苛立ちとは異なる何かが生まれる。 「いないのか、奴は。大海家には来なかったのか」 その何かが、品治に焦点を結んだ。怒りと、痛みが。 「は、はい。ですから」 「しゃあ、どこへ行った。あれほど約束していったのに、お前には何も、話してないのか。 『必す』と、私に答えておきながら : : : つ」 えりくびつか 葛城は腕を伸ばして品治の襟首を掴み、引き寄せる。 「あいつは今どこで、なにをしている ! 答えろっー 叩きつけるみたいに、彼は品治を怒鳴りつけた。 れんじ うつわはさ

4. 明日香幻想 朝露の章

148 「う : : : おおおおおおっー ほうこう どせい 獣の咆哮にも似た怒声が耳を打ち、大海人は刀を抜く。 すさましい力が刀の刃から手首を、腕全体を圧した。三成は弾かれた刀を再び、彼の頭を目 がけて振り下ろす。 がっ : : っ ! と、金属のぶつかる音がした。右腕がしびれる。背後から違う殺気が迫るの を、同時に感じた。振り向きざまに大海人は、しびれた腕で刀をふるう。 矢が、真っ二つに折れて地面に落ちた。弓を構えているのが諸石であることを、かろうじて 認める。 おおきみ 「きさまっ ! よくも王をつ 三撃目で、刀は根元から折れた。把が滑りおち、右腕が完全に役立たずになったのがわか る。 衝撃に、息ができなくなった。どこを打たれたのか、斬られたのか、自分がどうなったのか を瞬間見失う。 再び衝撃が、今度は左の脇から全身に突き抜けた。 痛みに、我にかえる。顔に雨が当たっているのに気づく つか みなり もろし

5. 明日香幻想 朝露の章

反対側から、駆けてくるものがある。雨のせいで、姿はぶれてはっきりとは見えないが。あ く。りげ・ れは。あの栗毛は。 ゅづき 「弓月 : : : どのつ卩 品治はカ一杯葦毛のたてがみを掴み、速度を上げさせた。大海家の門を越えて、栗毛のすぐ 傍で葦毛を止める。 「品治 ? 」 驚いて、足並みが乱れた栗毛を手綱であやしながら、馬上の青年はあっけにとられたみたい とろ - い な声を上げ、套衣のかぶりものを脱ぐ 「どうしたんだ ? 品治。らしくない。お前がこんな風に、馬を驚かせるようなことをするな 章んて」 おおあまのむらじゅづき 露大海連弓月の、端正としか言い様のない整った顔が、雨の中に現れた 「いったい何が : 想「弓月どのつ。 いつつ、こちらに」 さえぎ 尋ねるのを遮って、品治はわめくみたいに訊い 明 : って、つい今だ。まだ門にもたどり着いてない」 おしうみ 弓月は冗談めいて笑い、品治のもっと後ろを指差す。忍海の大海家の門までは、もう百歩ほ つか おおあまけ

6. 明日香幻想 朝露の章

あすか 苛立ちと不安を映したみたいに、空には黒い雲が立ち込めている。いったいどれだけ明日香 を、その近郊を走り回ったか、品治は覚えてなかった。 かみつみやけかふおわりのおおきみ 手がかりは、葛城から見せてもらった上宮家の家譜に尾張王という名を見つけたことを除い とねり からて ては、その後何一つでていない。真稚と、葛城王子と、彼の舎人と。空手であることだけを報 告し合う日が続いていた。 やかた 大海人が葛城の館から出た後を追跡しようと目撃者を探したが、時間が遅かったせいか周辺 むら の道や田に出ていた者が見つからす、道周辺の邑でも首をかしげるばかりであった。昨日今日 いかるが と一一日をかけて斑鳩を調べ回ってきたけれど、何の手応えもないままに帰ることになった。 あさくら その報告を、品治は朝倉の葛城の館にしてきたばかりだ。そこで知らされた葛城からの情報 おおきみ でも、御剣を盗んだ者は相変わらず宮へも大王家にも何の接触も図ってきておらす、何らかの 章表立った行動を起こしているようには見えないということだった。 別の場所では新しい展開があったらしいが、そちらに関しては正直、思い出したくない。 朝かんじん 官人たちのあいだでは、大海人が大殿からも宮からも姿を消したことが、この降雨をもたら 想したのではないかという噂が立っているという話だった。 「あと一つ。大海人がやはり御剣を盗んだ者で、雨乞いと聞いて慚愧の念から御剣を熱田社に 返しにいったために、雨が降ったのではないかとい、つのもある こわね ふんがい 話してくれた葛城の声音には、怒りと憤慨と、わすかながらの疑惑があった。 まわか おおとの ざんき

7. 明日香幻想 朝露の章

かつらぎがわ おおあま 葛城川の橋のところで品治に出くわした葛城は、大海人が昨日忍海を訪れたかどうかを確認 おおあまのむらじつもり するために大海家を訪問した。品治は館の主人である大海連津守に事情を説明し、葛城には 主殿で待ってもらって、門衛たちに昨日の来訪者を確かめてきたのであった。 ひざ いちべっ 品治の、頭のてつべんから座った膝までを、葛城は一暼する。そのまなざしにはもう、橋の 上でぶつけられたみたいな激しい感情は、なかった。ただ苦々しさと傷みだけが、残されてい 「では大海人は、お前が言った通りに、昨日から忍海の大海家に寄ることもなく、今も大海家 ) よいのだな」 ため息をつくみたいに、葛城は尋ねた。やはり先とは異なり、声も静かである。 「はい 章、品治はこくりと、頭を縦にふった。葛城の問いの意味を理解してからずっと、鼓動が耳で、 露膝においた手のひらの中で鳴り響いている。目の前にいる人にも、聞こえてしまうんじゃない かと思、フくらいに、強く、速く。声が震えないよ、フにと、彼は祈った。 「王 : : : 大海人さまは昨日は一度も、忍海にはいらしてませんでした。表門でも裏門でも確認 香しましたが、誰も昨日は大海人さまを見ていないそうです。昨日、大海人さまは宮から、葛城 さまの館に泊まることになったとい、フ伝一言を下さいました。俺はだから、大海人さまは高城さ まの館に泊まられたのだと思っていました」 いた

8. 明日香幻想 朝露の章

「そのためにも、儀式を執り行うと ? 」 あったのやしろ みつるぎ 「いや。小耳に挟んだところでは、やはり熱田社からは御剣が失われていて、天候不順もそれ あまっしるし が原因とか。こたびの儀式に天璽を宮に運のは、それが事実かどうかを知るためでもあると 聞きましたぞ」 「事実だとしたら、それは : ・ たからひめのおおきみはいい ふるひとのおおえ かつらぎ 「無論宝姫大王は廃位となられるでしよう。次代は、古人大兄さまですかな。葛城さまは若 かるのおおきみ くておいでですし、天璽から見放された方の直系ではちょっと。軽王も、その点では大王の おとうとぎみ 実弟君であられますし」 おおあま 「私が聞いた話は、それとは違いますよ。大海人さまが落馬なさったとかで、ここのところ宮 しっそう を休んでおいでではありませんか。あれは本当は、御剣盗難の発覚をおそれて失踪なさったの あまご 章だということです。ほら、大海人さまが宮を休まれるようになったのは、ちょうど雨乞いの祈 朝が決まった直後だったでしよう」 「ほお : : : 」 あや あらみたま 虹「それは初耳ですね。私は、漢さまの荒御魂がこの天変地異をもたらしていると、聞きました たましず みかがみ 日けど。今度の祈疇は実は魂鎮めの祈疇で、そのために御鏡と御剣を取り寄せる : : : 」 あわ つかっかと近づいてくる青年王子の姿を認めて、話していた男は慌てて口を噤むゞ周りの者 あせ たちも焦ったふうに居住まいを正し、それぞれに手を合わせて深く拝礼した。 さ つぐ

9. 明日香幻想 朝露の章

くう じじよ 侍女の悲鳴が、空に散った。 さいだん 「この方と、その祭壇にある御剣とを。交換して下さい。決して不当な取り引きではないはす です」 おおあまこびとくび 大海人は子首の頸に腕を回して抱え込み、刀子をその真横につきつける。透明な瞳が、文屋 のそばに立ちすくむ一一人の侍女に向けられ、彼は彼女たちに話しかけた。 うまや あおげ 「お一人は門衛に、門を開くようおっしやってください。もう一方は、厩から私の青毛を出し て、門の外へ運ぶよう手配をお願いします。ああ、青毛にくくり付けてあった荷物の方も、戻 しておいて下さい。あれは預かりものなので、本人に返さないといけないんです」 恐怖と不安と心配とが入り交じった美しい瞳が、大海人の腕の中にいる子首と互いとを見、 文屋へと移る。 おおあまのみこ 「大海人王子っ : ・ : ・」 のど 朝文屋は喉の奧から、吐き捨てるみたいな声を発した。大海人は何の感情も見せずに、彼に向 き直る。 くすのき 虹「文屋どのは、御剣を正門まで運んで下さい。楠の箱は結構です。できれば持ち帰りたいので すが、今は荷物は少しでも少ない方がよろしいので」 明 : : : うぬ」 かせ 「時間稼ぎはしないように。のんびり待つのは、好きしゃありません」 とうす

10. 明日香幻想 朝露の章

176 低い、声に。ぎよっとして一瞬棒立ちになった。 目の前に、真稚がいた。 「真稚どの卩」 あぜん 品治は唖然として声を上げる。ここで真稚に出会ったということに、それ以上に真稚の顔に なぐ 明らかに殴られた跡があるのにびつくりした。 「ど、どうしたんですか、それ」 「なんでもないー 思わす尋ねる彼に、真稚は左の頬を隠すように手を触れて、かぶりを振る。目の真下から頬 にかけてが、ひどく腫れていた。夜目でさえそう思うのだから、陽の光の下で見たらもっとひ どい傷だろう。 「それよりも、お二人はどちらへ行かれるのだ」 おおあま 「高取山へ行く。大海人を迎えにな。お前はどうしたんだ ? 夜に動くなんて : ・ 弓月が追いついてきて、栗毛の足を止めた。言いさした言葉は中途でとぎれ、一瞬彼は息を 止める。 くにおし 「国押か ? ばれたのか、お前」 うな うなず 上目遣いに真稚の顔を見上げ、尋ねた。真稚はむ、と、頷くでも否定するでもなく唸る。 あおげ 「私はお一一人に、王子の青毛が見つかったことを伝えに来た」 ほお よめ