やかた - みる会図書館


検索対象: 明日香幻想 朝露の章
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1. 明日香幻想 朝露の章

団らくは王子から矢代どのヘ何らかの指示がいっていると思いますが、強いてお願いしますと」 「品治どの卩 「品治どのつ ! 」 ふたいろ 一一色の声が、重なった。真稚の腕が、がつつと品治の肩を掴む。 「ど、フいう、ことだ 7 それは」 やかた 「王子は昨日の夕方に、葛城さまの館を出られたそうです。ここに戻るとおっしやって」 雨は静かに降り続けていた。 みこ やしろ つか

2. 明日香幻想 朝露の章

182 「お友達ですか ? はたち ほんじ しろがねはこ 「私の、父上の形見の銀の匣を探してくれた人なんだ。品治さんって言ってね。一一十歳くらい かな。すごく大切な人がいて、その人のために捜し物をしてるんだって。でも、私のこの儀式 のことも、うまくいくよう祈ってくれてるんだ」 「ロ明法 : かな おも 「だからね、大丈夫。私は、ちゃんとできる。父上の念いも母上の哀しみも、兄上や姉上の苦 ひとがた しみも、全部。私が受け止めて、人形に返すよ。みんなの、思いも さかき 安心させるように少し強く言って、子首は楙の小枝をきゅっと握りしめた。型通りの拝礼 みそぎま きびす を、彼女の前に行う。そして流れるような動作で踵を返し、禊の間より退出した。 おお やかた てい 空は夜の色を呈し、緊迫した空気とが館全体を覆っていた。 禊の間とされたのは敷地の中央にある二つの建物のうちの東側で、西側に対になっているの おくどの たてまっ が人形を奉る建物である。その一対の建物と北の奥殿とが、儀式のための空間であった。 えんみぎたずさ つかさどふみや 儀式を司る文屋と子首だけが、奥殿での厭魅の儀に携わる。他の者たちはそれぞれに役目を 任されて、各々の仕事を行っていた。奥殿の前を守る者、門を守る者、儀式の後の禊の任を果 たす者。 建物の周りに柴や枯れ枝をおく者も、家財の一切を持ち、先に館を後にした者もいた。 儀式の終了後、館にはただちに火が放たれる。今宵のうちに、ここを破棄するのであった。 こよい やかた

3. 明日香幻想 朝露の章

やかた 章夕方にさしかかる頃には、雨脚は一段と早くなった。葛城王子の館を後にした一一頭の馬は、 朝雨の中を東へと向かう。 「弓月どの、先程は申し訳ありませんでした」 虹馬首が並んですぐに、品治は弓月に言った。雨の音に消えないほどの声に、弓月はいぶかし 日げ・に隣に目」・回ける。 明 「何が ? 」 「斑鳩宮でのことを : : : 葛城さまに申し上げてしまったことです」 く見えたんしゃないでしようか」 ・一言くらい、相談するという発想はなかったのか。ばか者が。そうすれば : 長い沈黙の後に、葛城は切りつけるみたいな声を吐きだした。 「まったくです」 弓月は柔らかく、応える。 「ああいうのを、救いようのない大まぬけと言うんです」 おもて 困ったような、愛おしむような、淡い笑顔が端正な面に映されていた。

4. 明日香幻想 朝露の章

胃の腑よりしんと、痛みが込み上げた。考えろと、また、声がする。 どこへ : きびす 手を握り締めて、踵を返した。 「品治どの」 まぎ 彼を見る真稚の顔には、紛れもなく不安と動揺があった。少し青ざめているのは、雨に降ら れたせいではない。 やかた 「王子は、葛城さまの館か ? 章「葛城さまは、なんと ? 王子がまた、具合を悪くなさったのか」 露真稚の言葉にかぶせるように、津守が尋ねてきた。そうであって欲しいという願望が、声の ~ 響きの中にある。 「津守どの」 香 品治は忍海大海家の主人に向き直った。両手を握り締めて、しつかりしろと自分自身に言い 明 聞かせる。 あすか 「どうか尾張の大海家に、弓月どのに明日香に来ていただくよう、連絡をお願いします。おそ ゅづき

5. 明日香幻想 朝露の章

「挨拶しようなどとするな。そのまま寝ていろ」 起き上がろうとする気配を、先に断って彼は大海人に背中を向ける。 「また来る」 一言いいおき、扉へと歩きだした。が。 「兄上。あの、 - 折り入ってお願いがあるのですが。申し上げてもよろしいでしようか」 手を扉にかけたところで、大海人が呼び止める。葛城は眉をひそめてふり返り、なんだ、と 先を促した。 言葉を探すように、少しの間があいて。 やかた 「今すぐというわけではないのですが。あの、このけがが治ったら、大殿を出て独立した館を 明日香の地に持ちたいと思っています。それで」 大海人は一度息をつき、まっすぐに葛城を見直す。 露 朝 「もし、兄上さえお嫌でなければ。兄上に、母上の説得の助力をお願いしたいのです」 想 幻 日明日香の夏が、静かに過ぎようとしていた。 おおとの

6. 明日香幻想 朝露の章

みつるぎあさくら その夜のうちに、御剣は朝倉の葛城王子の館に運ばれた。そして次の日の早朝、品治は尾張 あったのやしろ た 熱田社へと発つ。 ふるひとのおおえのみこ 古人大兄王子が熱田社より御剣を宮へと遷し奉ったのは、それから七日の後。同日に葛城王 いせのおおみかみのみや みかがみ 子が、伊勢神宮より御鏡を遷し奉った。 たからひめのおおきみ きとう あんたい その三日後に、宝姫大王による〃天地の安泰と天候の安定〃の祈薦はつつがなく執り行われ 章たのであった。 露 朝 想 香 日 明 目を、彼は大海人に向ける。ほんの少しの間。そして。 「わかった」 静かに、弓月は頷いた。 うなず うったてまっ やかた

7. 明日香幻想 朝露の章

146 あしもと 夜が道を、閉ざしていた。雨は周囲の音を消し、足許を不安定に滑らせる。 やかた 館の中とは異なり、山を下りる道はさつばりわからない自力でこの山を降りたのは」度き りしかなかった。 からだ ひづめ 草と石に蹄をとられ、その度に激しく身体が揺さぶられる。振動に背が痛み、その都度息が 詰まるような感覚に襲われた。 「やわな : ・ おおあまあおげせ 舌打ちをして、大海人は青毛を急かした。長雨に緩みぬかるんだ山道は、予想していた以上 に医っし 木の枝が、頬にぶつかって肌を裂く。ざっと視界が広がり、道が二つにわかれているのが見 えた。 どっちだ : 判断のために、速度を少し緩める。その瞬間、青毛の馬体がいきなり大きく揺らいだ。 「うわっ : 大海人は前のめりになった勢いのまま、青毛から投げ出された。とっさに頭部を抱え込むよ ほお ゆる

8. 明日香幻想 朝露の章

そんなものを、彼は遠い記憶のすみから引き出そうとしていた。 みつるぎ やかた 扉の外の衛士は、何人か。御剣はこの館の内にあるのか。 けれど、重い幕に覆われるような感覚が、思考を断ち切ろうとした。眠い。 すいま あきら からだ 大海人はそれ以上考えることを諦めて、身体が望むままにまぶたを閉した。迫る睡魔に身を ゆだ 委ね、意識を自由にしてやる。休息を、身体は欲していた。 「薬が、効いてきましたか ? 」 文屋の声が、耳元に響く。 「今飲んでいただいたものには、麻痺を解く作用がありますので、次に目覚めた時には言葉は ずっと自由になっているはずです。お身体の方も。あなたには色々とお尋ねしなくてはならな いことがあるのに、まともに会話ができないとなると何かと不便でございますからね」 それは、ありがたい。 大海人はもうろうと、った。 子首の声がしたような、気がした。ー何度かの、やりとり。けれどもう、形を捉えることはで きなかった。 じじよ 文屋と一一人の侍女が立ち上がるのを、気配のうちに感じる。 よい夢を、ご覧下さい おお まひ

9. 明日香幻想 朝露の章

「大海人の行きそうな場所に心当たりがあるのなら、聞いておく。うちの者を探しにやらせ る。あいつの場合、どこかで落馬でもしてけがを負った可能性も、ないとは言えないからな」 かつらぎ ほんじ 長い沈黙の後に、葛城は穏やかに品治に尋ねた。静かな声のうちにある苦い響きに、品治は あえ 山而み、ト小、フに自 5 」吸、つ。 おおあまけ 章「申し訳ありません。俺は、俺にはわかりません。大海家の方ならば、もっと王子のことをご 露存じかもしれませんが」 うなず かろうして、そう言った。葛城はほとんど無表情で、頷く 想「そうか。では、今日のうちにでも訊いてみてくれ。何かあれば、宮にでも、私の館にでも知 香らせてくれればいい」 「はい。わかりました」 「用件はこれだけだ。邪魔をした」 みつるぎ 度か耳にしたが。それが真実を突いていたのなら、御剣が熱田社に戻されるという兆しなのだ ろ、フか。これは」 いつのまにか雨が、静かに降りだしていた。 おおあま やかた

10. 明日香幻想 朝露の章

かぶりを振った。 「何か、宮であったのですか ? 気遣わしげに尋ねるのに、葛城は苦い顔で目を逸らす。 ふたくさあまっしるしあすか あんたい 「大したことではない。一一種の天璽を明日香に運び、天地の安泰を祈る祭事を執り行うことが 決まっただけだ」 ばそりと、言った。 「葛城さま、それは : : : 」 「多臣品治。お前が知り合いに会うというのは、時間がかかるのか ? 」 尋ねかける品治の言を、葛城は断った。 いえ。そっちはもう、終わってますけど」 章「そうか。しゃあ、これから私の館に来れるか。今の徳太の件の他にも伝えることがあるし、 朝お前たちの情報も知りたい」 「あ。はい」 想 虹「大海連弓月、お前は ? うなず 品治の返答に頷いてから、彼は弓月へ視線を転じる。それまでずっと黙って二人のやり取り を聞いていた弓月は、軽く両手を合わせて答えた。 うかが 「葛城さまがよろしいのであれば、お伺いしたく存じます」 やかた