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検索対象: 明日香幻想 朝露の章
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1. 明日香幻想 朝露の章

228 器の薬を、弓月は大海人の傷口にあてがう。 「あ : : : つく じごうじとく 「がまんするんだな。自業自得だ」 大海人は目をきつく閉し、唇をかみ締めた。 「ゆづ : : : き」 あえ 喘ぐ息の下で、呼ぶ。 「もう喋るな」 「私は : : どうなってる ? 」 わずかに、弓月の手が震えて止まった。目を閉したまま、大海人は尋ねる。 「教えて、くれ。自分では、わからないんだ」 「そうだな」 すく 弓月は軽く肩を竦めた。 じんそう 「右の胸と背中に刃創、胸は出血が少しはでだ。ただし、刺すのをためらったのか、そう深く だっきゅう はない。右足首が脱臼、放置されたせいで関節が炎症を起こしている。切り傷と擦り傷と打撲 ろっこっ が多数。打撲は場所によってはかなりひどい。肋骨が一一本ばかりいってる。発熱あり」 事務的に淡々と、彼は説明する。 よもつひらさか 「黄泉比良坂に立っているようなもんだ。だから喋るなと言ってる。了解 ? 」 しゃべ だぼく

2. 明日香幻想 朝露の章

子供に心配させてるんしゃない。 「俺なりに結構がんばってるつもりなんだけど、まだ熱意が足りないって一三ロうのか、なかなか 出てきてくれなくてさ。それにもう一つ、見つけなきゃいけないものが増えたもんだから、今 はちょっと、天気がどうだからなんて、一々言ってられないんだ」 きんぼう ちゃんと笑えているようにと、品治は祈った。額にべったりと張りついたほっれ髪を、巾帽 の内側に突っ込んで唇を横に開く。 「大丈夫だよ、そんな顔するな。子首が心配することない、 それでも不安さを消さない子首の頭に、ふわりと手のひらを乗せた。 「ところで。お前の方はどうなったんだ ? 願い事があるって、この間は言ってたろ ? かな ったのか ? 章腰を折り、子首と目線を合わせる。 露「まだ、そうは言えないけど。でもきっと、かなうよ。最初の一歩はすごく、うまくいったん だ。だから次も、最後まで、ちゃんといくって思う」 想「そっか。しゃあ、よかった」 香「品治さんが祈ってくれたからだよ。僕が考えてたのより、ずっと簡単にいった」 明 「あはは。俺のお祈りなんて、ほとんど役に立たないけどな」 品治は巾帽の後ろを軽くひっかいた

3. 明日香幻想 朝露の章

「ああ : : : よかった : おそ つかさや 畏れるようにため息を漏らし、そっと、把と鞘とに手を触れた 「どうしようって、田 5 ってた。みんなに、どう謝ればいいんだろうって。全部、台無しにしち やったから、私が」 からだ 「大丈夫ですわ。それよりお身体の方がよろしければ、ぜひお出迎えにいらしてください。文 屋さまもみなも、尾張さまのことを心配しています」 「うん。わかった、行って : : : 」 手を離して言いさした、瞳がもう一人の抱えているものに止まる。 布 ? 「それは ? 何 . 章「え ? これですか ? これも、大海人王子が持ち出そうとしたものです。文屋さまは処分す 朝るようおっしやったんですが、よい仕立ての服なのでもったいなくて、いただいてしまいまし た。ほどいて仕立てし直せば、いろいろと使えそうですし」 想 年かさの方の侍女は、たたんだ布を抱え直した。 くら 日「ああ、そフ言えば何か、鞍につけるようあの人は言っていたね」 きじ 子首は何気なく手を伸ばして、生地を手に取る。 「ふうん :

4. 明日香幻想 朝露の章

208 「どこが。なんとでもできるんだー こんな、けがで、動けなくて。声もろくに出ない状態 もう一回言った で。どうやって一人で逃げだすって一 = ロうんだ。ばか言ってるんじゃないー なぐ ら、殴るぞ ! 」 からだ 怒りをあらわに、けが人をにらみつける。そして大海人の身体をあお向けに固定し、木綿を 巻医にかかた あったのやしろ : ・品治。兄 : : : 上、が。熱田社に : : : お前は、そのために : ほお ばしんと、大海人の頬が鳴る。品治の右の拳が、彼の左の頬を払っていた。 「もう一回言ったら、殴ると言った」 うな 低く、唸るみたいに告げて、作業に戻る 「品治 : : : だけど」 再び、大海人の頬が鳴った。 「だったら一人で思い詰めて、一人で動いて、助けてもらわなきゃならないようなことに、な ったりするな ! 俺が、火の海になるとわかってるような場所に、こんな状態のあんたを放っ ばか野郎」 てなんて、行けると思ってるのか。そんなこと、できるわけないだろうがー お こうちょう 品治は顔を紅潮させ、噛みつくみたいに叫んだ。剣幕に圧され、大海人は声をなくす。 「俺もたいがい大ばか野郎だけど、あんたよりはよほどましだ。けが人はけが人らしく、おと なしくしていろ ! 歩くことも立っことも、邁、つことさえできないくせに、むちゃくちや言っ

5. 明日香幻想 朝露の章

ちの中にも、事情を知る者があります。津守どのが、宮の使者や葛城さまがいきなりいらっし やることもあるだろ、フから、それに冷静に対処できる者が必要だとおっしゃいまして。信頼で ほうべん きる者数人に、多少方便も交えて説明してあります」 「そ、 2 言えば、門に爺が立っていたな」 弓月は門を通り過ぎたときの様子を思い浮かべて、上目になる。普段は一一人しかいない門衛 ろうぼく の位置に、今日は、常には津守のそばに仕えている老僕の姿もあった。 「珍しいとは、思ったが」 おおとの みこ 「宮と大殿には、王子は落馬して動けないけがを負ったと、葛城さまが報告してくださってま とねり す。葛城さまが他のどなたか : : : 舎人やごく親しい方などにお話しなさったかどうかは、俺に はわかりません」 「なるほど」 ひざ 弓月は足を崩し、片足を立て膝にした。 「俺は、王子が動かれたときと変わらないほどの情報を、自分が手にしていると思うんです。 うかが やかた 葛城さまの館で何を話され何を聞かれたかも、葛城さまから伺いました。だから、俺に王子の 行動が見えないのは、きっと俺が見逃している、気づいてない何かがあるせいだと思うんで す、 品治は厳しいくらいに真っ直ぐ、弓月を見つめる。

6. 明日香幻想 朝露の章

は断ってきて。よほど私は、嫌われているのかと思う」 「そんなこと、ないー 王子が葛城さまを嫌うなんて、ありません絶対につ」 意気込んで、彼はかぶりを振るが しよほ、フ 「かと思えば、わざわざ処方を記した紙まで添えて山田まで薬を届けたり、大したことでもな うれ いことで、変に嬉しそうにありがとうなどと一一一一口う。何をどう考えているのか、あいつの思考は これつばっちも理解できん」 葛城は唇を噛み、品治の視線から逃げるみたいにふいっと視線を逸らした。 ン」、つ しろがねはこ 「昨日も、そうだった。私が父上からいただいた唐製の銀の匣を、食い入るみたいに熱心に見 ゆず 入っていたくせに、譲ろうと言ったら、途端にすさましいくらいの拒絶を見せた。すぐ後に いかにもとってつけたみたいに申し訳ないを連発して」 章目を細めて、低く、フなる。品治は彼に、語れる言葉を持たなかった。 露「あいつを疑っていないと言えば、それは嘘になる」 つぶや こわね ~ 葛城の声は、一段と低くなった。ほとんど呟くような、声音。 認「いなくなってしまった事実が、何よりもの証拠だと告げるものがある。さっきお前があれこ ′」せいたい 香れと言っていたが、その〃外のカ〃は、御正体を熱田社に返そうとしたところに働いたのだろ あば 明 うと一 = ロう声も、する。お前を責め立てあいつを見つけ引きずりだして、真相を暴けと心のどこ 菊かが叫んでいる。なのに、その一方で私は思い出すんだ。大海人が私にありがとうと、信して みこ やまだ

7. 明日香幻想 朝露の章

ファン してきたかが、見えるんしゃないかなあと思いますー。 ( と、書いている最中に『葛葉』の レターが届いて、そこをチェックなさった方がおられることが判明。ううむ、深いトコロを突 いていらっしやるなあ : : : ) ししっ A 」く おわりのおおきみ やましろのおおえのおおきみ 尾張王の方も、聖徳太子関係の史書に名前があります。ただし山背大兄王との系図上の位置 関係は、見る史料によって微妙に異なっていたりするので、正しく尾張王が山背大兄王の息子 かどうかは微妙です。 そうそう。レターと言えば、前作『葛葉』のときには慌てふためいていたのですっかりあ とがきに書くのを忘れていたのですが、〃みなみのかんむり座〃の中国名が判明いたしました こうら —D 鰲といいます。どろがめ : : : 亀さんのことらしいです。亀の甲羅にでも見えたんでし ようか。教えて下さった方、ありがとおございましたつ。調べて下さった皆様もつ。 じんぎ 一やたのかがみい せじんぐう やさかにのまがたま 三種の神器関連では、「草薙剣が熱田社で八咫鏡が伊勢神宮、では八坂瓊曲玉はどこにある んですか ? 」という質問を受けました。私、どこかで『宮中』にあるって読んだ気がするんで すが、それがどこだったか資料が何だったかが思い出せないです。うううすみません : : : 。確 かに〃遷した〃という記録がないとい、フことは、即ち宮中におきっ放しでもおかしくはないと だんうらあんとくてんのう と田います・が ( だとしたら壇ノ浦で安徳天皇と一緒に一度は水に沈んだということか ? ) なんて書いているうちにラストページです。今回早いなあ。昨年の十月刊からほば一年かけ うつ あわ

8. 明日香幻想 朝露の章

158 あすかいたぶきのみやひのき 明るい光が、明日香板蓋宮の檜の屋根を照らしていた。久方ぶりに姿を現した太陽に、大門 をくぐった人々の話題は自然、そちらへと向かう。 「おはようございます。ようやく晴れましたな」 そこここで、同し言葉が交わされた。 「そうですね。一応、よかったと言いますか」 日照り、集中豪雨、そして地震。立て続けにあった天変地異の後の晴れ間であった。人々の 声には、もう一つ不安がある。 きとう 「祈の日が決まった途端に雨が上がるとは。喜ぶべきなのかはたまた、皮肉と一一一一口うしかない のか。いすれにせよこのまま天候が安定してくれれば、一 = ロうことはないのですが」 「さあて、それはどうでしよう。何しろ春から雨がなかったあげ句の豪雨でしたからな。この 天気もどうなるものか、わかりませんよ。明け方にも、また小さな地震がありましたしな」 いわくら 神の磐座に てん。へんちい

9. 明日香幻想 朝露の章

160 「おはようございます、葛城さま」 かつらぎのみこ いちべっ 葛城王子は彼らを鋭いまなざしで一暼し、無言で挨拶を返す。そのまま大股で彼らの横を通 うわさ り過ぎた。耳の端に、彼らがまた噂を交わしあうのが引っかかる。怒鳴りつけたい衝動が、胸 の奧から湧き上がった。 「葛城さま、おはようございます」 よびかける声に、だが念が沈む。葛城は小さく息をついて、声の主に向き直った。 からだ 「甕穂。もう身体の方はよいのか ? 」 「まい、 おかげさまで。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」 みわのきみみかほ やまと うやうやこうべ 三輪君甕穂はおっとりとほほ笑み、恭しく頭を垂れる。甕穂は倭でも最も古い豪族の一つ、 みわやまほうさい このかみ 神の坐ます三輪山を奉斎する三輪君氏の氏上であった。前の氏上、三輪君文屋の実弟にあた る。 くず 甕穂はここしばらくのあいだ、体調を崩して休んでいた。ちょうど、大海人が葛城との約束 を破り、宮に来なかった同じ日からである。 やまい 「いや。良くなったのならよかった。だが、あまり無理はしないことだ。病は、治りがけが肝 要と聞く」 一回りほど小さくなったような印象を受ける甕穂に、葛城は気遣わしげに言った。 「ありがとうございます みかほ あいさっ みわのきみふみや おおまた かん

10. 明日香幻想 朝露の章

弓月が言いさしたとき。 あすか やましろのおおえのおおきみ 「葛城さま。俺は昨年、明日香に上がった際に、山背大兄王にお会いして : ・ ごうもん で拷問を受けています ぬかず 品治が額き、答えた。 . こっ〔・ 目を見張る弓月の向かい側で、葛城は息を呑み身を浮かせる。 「何をつ : : : お前は」 とゆらそがのおおおみけ おしうみ 「明日香での最後の夜となるはずだった、日に。豊浦の蘇我大臣家から忍海に戻る途中で、俺 は襲われて斑鳩宮に監禁されました」 ぼうぜん 品治は淡々と、自身の身に起きた事柄を説明した。呆然として葛城は彼の話を、山背大兄 王が何を疑い品治を捕らえたか、彼に何を与えたかを聞いた。品治がそれでどうなったかま 露 「大海人が : : : 父上を殺したと考えた : ・ 王族に伝わる毒を、用いて。ばかな」 たからひめのおおきみはいい 虹「あの方が本気でそのように考えておられたのか、それともあくまで宝姫大王を廃位に追い込 香 日 むための台本だったのかは、わかりませんが。俺には、そうおっしやっておられました。王子 びん 明 に頼まれて俺が瓶に薬を入れたと認めろと、宝姫大王がその後始末をしたのだと証言しろと。 はりつる 俺は房の梁に吊されて、打たれて、あの斑鳩襲撃の夜まで、眠ることを許されませんでした。 の いかるがのみや ・・いえ、斑鳩宮