芹沢 - みる会図書館


検索対象: 群狼の牙 : 池田屋襲撃
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1. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

それだけに、今の原田と土方のやりとりは、何やら気にかかった。 危惧、といってよい では土方の様子は、と見れば、これはもう山南のことなど忘れたように、原田と共に芹沢の 死を確認していた。 ( 気のせいだ ) 沖田は首を振った。 ( 芹沢さんを突き殺して、気が高ぶっているのだろう ) であった。 そうして翌日には、そんな危惧など、綺麗に忘れてしまっていた沖田であった。 ~ 「親分、そいつは間違いないのか ? 」 襲鷹一朗は思わず身を乗り出した。 田 芹沢が殺されてから三日が経った、九月は二十一日のことである。 みぶでらほうむ 牙「間違いもございません。昨日、葬式があって、遺体は壬生寺に葬られたという話です」 狼「ううむ うな 群 腕を組み、鷹一朗は唸った。 びざ 鷹一朗と文七の二人が膝をつきあわせているのは、山杉屋の座敷である。今は障子も閉め切 ぶんしち きれい

2. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

あか きれいそ は綺麗に剃りあげられていて、垢じみたところはない。年は三十代を半ば越えている程である ふ が、それよりもいくらか老けて見える。 ざやたち きっこうかすりあわ 今日の芹沢は、亀甲の絣の袷黒の紋付に袴といういでたちで、腰には赤塗り鞘の大刀を一 振り差していた。 「近藤ー がらり、と近藤勇の居室の襖が、なんの断りもなく開かれた。 「近藤さんは留守ですよ」 そこにいたのは、土方であった。 土方は上座に正座をし、本を読んでいた。目は落としたままで、芹沢の方を見ようともしな 「うぬー まゆ 襲、芹沢の眉が一寸も吊り上がり、垂れた顎の肉がふるりふるりと震えた。 田「どこへ行った ! ~ 「市中の見回りですよー なまず の 言って、ばらり、と紙をめくる。巨大な鯰の暴れている絵が見えた。土方が読んでいるの 群は、絵草紙 ( 文字はひらがなの、絵を中心とした小説 ) の合巻 ( 数話を一冊にした本 ) である 芻ようだ。 ひじかた ふすま もんっきはかま

3. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

何やらおかしかった。お梅は、体を痙攣させるようにして、喉の奥でくつくっと笑った。 今宵は、夜が冴えている。 地獄とは思えぬほどの、静けさであった。 ふとん 背中にかけられている布団は汗を吸って重く、気持ちが悪かったが、跳ねのける力はなかっ それに、動いてこの鬼を起こしてしまい、またそろ責め苦を味わうのは嫌だった。 かわ ( 喉が渇いた : : : ) やがて、お梅が思ったのはそのことである。 水差しは、芹沢の頭の向こうに、脇差しと共におかれている。 手を伸ばせば届かぬものでもない。 ( けれど、起こしてしまったら : : : ) 恐怖が胸を焼いた。 だが、一度意識してしまうと、渇きはどうにも我慢できなかった。 お梅はそろそろと、まるで蝸牛のように、体をずりあげようとした。 芹沢の目が、かっ、と見開かれたのはそのときである。 お梅は、心臓を握りつぶされたような気になった。 途端、足の方で障子がばりばりと蹴られ、二つの影が躍り込んできた。 こよい かたつむり けいれん のど

4. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

めていた。 芹沢はふんどしひとっ着けぬ素っ裸で、こちらも汗に濡れ尽くした裸体をぐったりとさせた お梅を、体の上に乗せたまま大きないびきをかいている。 お梅はびくりとも動かぬ。 散々に抵抗したものの、今宵もやはりかなわず、もはや指一本動かすことが出来ぬほどにつ かれ果ててしまっていたのだ。 芹沢の責めは執拗で、お梅は、地獄の鬼に体をばらばらにされては生き返り、また同じ責め 苦を味わう『等活地獄』へ、生きながら落とされた思いで、この数カ月を生きていた。 近頃では、自分がまだ生きているのか、それとも死んで本当に地獄に落ちてしまったのか、 よくわからなくなっている。 ( こんなことが、現実であるはずはない ) 襲そう思えた。 田 ( わたしは掛け取りに来て、そこで殺されたのじゃあないだろうか : ・ とんしょ ~ は、屯所の姿をしているのじゃあないだろうか ) のであった。 群体の下で、白い鬼の肉が揺れている。 ( 鬼も呼吸をする ) しつよう こよい : だからこそ、この地獄

5. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

「だがな総司、会津侯直々の命とあっちゃあ、こいつは仕方もないぜ。一応、探索だけはしな くてはな」 「芹沢さんのことはどうするのです ? 「そいつは、ぬかりなくすすめている。ま、もう少ししたら教えてやるよ」 「ずるいですよ、そんな楽しそうなことを独り占めなんて」 「ふ、ふ、まあ、そういうなよ。実行組には必ず入れるからよ」 「本当ですよ、もう」 沖田は、頬をふくらませて見せた。 芹沢の暗殺計画については、襲撃の日時、方法、襲撃を実行する隊士の人選など、すべてに おいて、土方が一任をされている。 ゆえに沖田はその内容、方法については、この時点では一切、知ってはいない。 「それで、会津藩士殺しの、犯人探索の方は ? ー 「どうする近藤さん ? 一「三度、伏見街道沿いを探索してやれば、後は、捨ておいてもいい と思うがねー 「 : : : 書状の中身による」 重々しい声で、近藤がようやくに言った。話し合いが始まって、ようやく口を開いた近藤で あった。 ほお じミしき

6. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

いま一方は、狗党に身を置いていたともいわれる、水戸浪士、芹沢鴨を中心とした一派で ある。 天狗党とは、攘夷派で知られる水戸の徳川斉昭の遺志を継ぐものであることを掲げた、過激 攘夷思想の一党である。徳川御三家のひとつである水戸藩でのそうした動きは、幕府にとって よ、 ( まことに頭の痛い ) ことではあるようだ。ことに、長州がこの八月に京を追われてからは、全国の攘夷論者が、 ( もはや頼みは、水戸藩のみ ) と支援を始めているらしい。 その天狗党にいたという芹沢鴨が、なにゆえ同じ攘夷派である長州を討つがわにまわったの ~ か : : : それは鷹一朗の知るところではない。 襲あのように殺されたからには、あの男は、 田 ( 芹沢の手下だったのだろうぜ ) とはわかる。 牙 の なればついに近藤が、新撰組を己が手中に収めるべく、動き出したのだと見ていいだろう。 狼 群 ( 阿呆らしい : ・ : ・俺には、どうでもいいことだ ) 鷹一朗は、ひとり苦笑した。 じつい とくがわなりあき

7. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

「そりゃあそうですが : 「だったら、もう言うな。俺が好き好んで、こんな手の込んだことをしたいのだと思うか ? 沖田は首を横に振った。 「何事も隊のためだ。我慢をしてくれよ」 近頃は土方も、そんなことを言うようになった。 重くのしかかるような息をつくと、沖田は暗い瞳をして、頷いて見せた。 翌、夕刻より、島原の角屋で新撰組の酒宴が予定通りに開かれた。 ぎおん みぶとんしょ ゅうかく 壬生の屯所からも近い島原は、祗園と違い、官許 ( 幕府公認 ) の遊廓である。場所柄、新撰 組の隊士もしよっちゅう通っていたようだ。 ~ 角屋といえばこの六月に、新撰組にはずいぶんとひどい目にあっている。 おうみ こうがみずぐち 襲以前、会津藩邸で、近江 ( 現・滋賀県 ) 甲賀郡水口藩 ( 二万五千石 ) の家臣が、新撰組を批 田判したことの詫びとして、芹沢らを招き、角屋で宴を開いたことがある。 このとき酔った芹沢は、 牙 の「客の扱いが気に入らん ! 」 群 との理由で、店の器物という器物を自慢の鉄扇で破壊し尽くし、さらに、七日の間、営業を むね 禁止する旨を申し渡し、これを守らせている。 てっせん う生 9

8. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

長州の志士などはむしろ、払いはよかったようだ。 それでも連中は、好かれるには程遠かった。 くちく その一派が駆逐され、 「やれ、これで静かになった」 と思いきや、今度は新撰組が、悩みの種となったのである。 底が知れない、という点でいえば、新撰組の方がよほどであった。 いくら攘夷志士たちでも、商家に向かって大砲を撃ちかけたりはしなかった。 だが、新撰組はこれを堂々とやり、しかも特に咎めだてもされなかったのである。 あやのこうじ やますぎやげんえもん 鷹一朗の叔父で、綾小路通りの丸や町で材木商を営んでいる山杉屋弦衛門方でも、大番頭の けいたろう 圭太郎が被害にあっている。 せりざわかも ~ 店に立ち寄った局長の芹沢鴨に、出した水が温いと、湯呑みを頭に投げつけられたのであ 撃 しんどうむねんりゅう 田並の人間が投げた湯呑みではない。芹沢は、神道無念流の折り紙 ( 免許皆伝 ) を持っている ~ ほどの腕なのだ。 の湯呑みは圭太郎の頭で粉々にくだけ、そのときの傷が元で、圭太郎は半月前についに死んで 群しまった。 み いと、つじゅんえい 圭太郎を診てくれていた町医者の伊東順栄は、 0 まるちっ ぬる とが ゅの

9. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

「早く、早く介錯を・ : と言い続けていたが、ついに首を斬られることはなかった。 まね しかしなぜ、同じ隊士に詰め腹を斬らせるような真似をしたのであろうか・ : くちく きしっとしゅ′」ししまく 実は近藤勇は、攘夷派を駆逐した後、八月も下旬になって、京都守護職である会津藩主、松 だいらかたもり いっそう 平容保に呼ばれ、芹沢一派を一掃するよう、申し渡されていたのである。 無論、直接には言わぬ。 松平容保は、 「新撰組に、二人の局長はいらぬ」 と言ったのみである。 だが、その言葉の意味するところはひとっしかない。 にが ろうぜき ~ 近藤は、松平容保が、報告される新撰組の狼藉に、苦りぬいていることを知っていた。 よじん 襲実のところ、悪評のほとんどは芹沢一派のせいといってよかったが、それを余人に解れとい 田うのは無理な話であろう。 はおり だんだら染めの羽織を着ていれば、それは『京都守護職配下・新撰組』なのだ。 もろもろ の近藤は、配下の者に、勝手に金策をすることを禁じていたし、その他諸々、武士道に鑑み けが げんばっ 群 て、これを汚すごとぎ行為をした者には厳罰をもってあたるという方針であった。厳罰とは、 死刑である。処刑された隊士も、既に数人ほどいる。 じトでつい まっ かんが

10. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

ざんしゅ だ。腹を斬らぬのなら斬首にする、とでもいわれたのだろうぜ」 「でも、死ぬことには変わりがないじゃありませんか」 「侍にとっちゃあ、どう生きるか、っていうのと同じくらい、どう死ぬか、ってのが重要なの 鷹一朗は苦笑いを浮かべた。 「首を打たれて死ぬなんざ、もっとも恥ずべき死に方さ。どちらかを選べ、といわれたら、一 も二もないだろうぜ」 「手前にはわかりませんよ」 「だろうな」 鷹一朗はにべもなかった。 ため息をつく亭主に、白宵は酌をしてやった。 せいひっ 撃、ろうざいく 襲蝋細工のような男の死顔は、どこまでも静謐であった。 屋 田 ~ 「芹沢さんたちを呼び出せなかったのは残念でしたね」 の壬生に戻る道すがら、沖田はそう言ったが、声の調子は明るく、少しも残念そうには聞こえ 群なかった。 「ま、仕方ねえさ。新見もなかなか強情なところのある男だったからな」 さ」