芹沢 - みる会図書館


検索対象: 群狼の牙 : 池田屋襲撃
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1. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

このとき、お梅の心は、現実に引き戻されたといっていい。 とっさ 深く考えることなく、起き上がろうとする芹沢に咄嗟にしがみつき、これを押し倒してし る。 飛び込んできた影が刀を振りあげるのを、お梅は、芹沢の頭の向こうの、壁に立てかけてあ った鏡に見た。 すさ 今までに感じたことのない、凄まじい痛みが、体を貫いた。 「ぎゃあっ ! 」 だが、悲鳴をあげたのは、芹沢であった。 「お、おのれ・・ : ・・」 うめ 呻くがごとく芹沢がいうのを、お梅は・ほんやりと聞いた。 ~ 痛みはもう感じなかった。 襲鏡には、布団の山に突き立つ、一本の刀が見えた。 たたみぬ 田これが布団ごと、お梅と芹沢の体を貫き、畳に縫いつけていた。 ~ お梅は、もがこうとする芹沢に、ますますしがみついていった。自分の中のどこに、これほ のどの力があったのか、と思うほどに強いカであった。 群自分の声とも思えぬ声が、 「早く、早く」

2. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

てっせん 芹沢の鉄扇が、それを台ごとはじき飛ばした。 「何をするんです、芹沢さん」 土方はあくまで冷静であった。怒る様子もない。 「近藤がいないのなら、貴様に聞いてやろう」 芹沢は土方の額、一寸前に、鉄扇をびたりと止めた。 にいみ 「 : : : なぜ新見を殺した」 すう、と土方の目が、ほとんど眠るがごとく細められた。 「答えろ、土方っ ! 返答によっては、ただではすまさぬー 「まあ、落ちついてくださいよ、局長ー まゆ 芹沢の眉が、びくり、と動いた。 土方は、かって一度も芹沢を『局長』などと呼んだことはなかった。 その土方が自分を『局長』と呼んだ。これは何を意味するのか ? わし ( こいつ、遂に儂に降ったか ? •) 考えた末に思い付いたのは、そのことである。 おきた 沖田がこれを知れば、 ( なんておめでたい ) あき と呆れたであろう。

3. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

102 っていて、話を盗み聞くものもいない。 昼過ぎに、山杉屋に現れた文七が持ってきた話は、芹沢鴨暗殺の知らせであった。 聞けば芹沢は、壬生の屯所の、離れの布団の中で、妾い女と共に、体中に数十ヶ所の傷を受 けて死んでいたという。 「なんでも、盜賊が押し入って芹沢を殺した、って守護職には報告があったと聞いております が、そんなこと誰も信じちゃあおりません」 文七は言って、舌を打ったものである。 わらべ 「新撰組がやったってことは、童にだってわかります。 : : : ちきしようめ。女まで一緒に殺し やがって」 だが鷹一朗は、心ここにあらず、といった体で、生返事であった。 なにがし ( 新見某の死は、これの前触れだったのか : : : ) そのことである。 ( 新見が死に、局長の芹沢が死んだ。これで近藤は、新撰組を我がものにしたも同然だな。連 中、これから何をするのか : : : ) であった。 新撰組の数々の悪評は、芹沢の死体と共に、すでに土の中だ。 ゅうとう どくふ お梅はいつのまにか、夫を裏切り、芹沢と遊蕩の日々を過ごした毒婦、などと言われている うめ とうぞく しゅ・」しよく

4. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

最近ではその意気も失せたか、逆らうこともなく、芹沢に嬲られるままになっているよう これに対し、近藤はわざと何もしなかった。 土方などは、 とんしよけしよう 「屯所が化粧臭くてたまらねえ」 などと言ったが、近藤は芹沢の好きにさせておいた。 思えば、 ( あれは芹沢さんの評判を落とすための策だったのじゃないだろうか ) と思う沖田である。 金の問題であれば、会津藩が返すなりして決着をつけることが出来るが、人を、それも他人 襲の女房をカずくで奪ったのでは、どうしようもない。 田会津藩からは再三に渡り、お梅を家に戻すように通告があったが、芹沢は、 ~ 「お梅は戻りたくはないといっているのだ」 の と言って、これを跳ねつけている。 ) ぎみつつう 群お梅が望んだのだとすれば、これは不義密通である。 この当時、不義密通は、死罪になるほどの重罪であった。 0 」 0 なぶ

5. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

一方、監禁して嬲りものにしているのであっても、これはやはり罪である。 このことが会津侯に、 ( 芹沢をなんとかせねばなるまい ) と思わせた大きなひとつの要因であることは間違いない。 それにしても、哀れなのはお梅であった。 それが沖田のロに出た。 「 : : : 土方さん、お梅はどうするのです ? 土方は、じろり、と上目遣いに沖田を見た。 「芹沢さんと一緒に、殺すんですか ? ー 「そうだな」 「逃してやることは、出来ませんかねえ ? こ 「無理だろうぜ」 にべもない。土方は、言ったその後で苦笑した。 とんしょ 「そう睨むなよ、総司。屯所に戻ったとき、お梅がいなかったら、芹沢は捜しに回るだろう。 それじゃあ駄目だ。いつものように、お梅を嬲り尽くして、へとへとになって眠ってもらわな さら けりゃあならない。芹沢は、ただ殺せばいいってもんじゃあない。恥を曝して死んでもらうこ とに、意味がある。そいつはお前もわかっているだろう ? こ にら なぶ

6. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

と言っているのを聞いた気がした。 奇妙な感触が、幾度も体を貫いた。その度に芹沢が悲鳴をあげる。 「おのれ : : : お梅・ : ・ : おのれ : : : 」 芹沢は脇差しを手にしたが、抜き切れなかった。五体にお梅が絡みついていたせいである。 ( 早く、早く・ : : ・早く、この男にとどめを : : : ) お梅は、そのことのみを思っていた。 床下で、虫が遠く鳴いていた。 たち ふとんはが 突き立てた大刀を引き抜き、布団を剥した土方は、芹沢を組み敷くように絡みついたお梅を 見いだして瞠目した。 く - も 「 : : : 蜘蛛だな、まるで」 それが土方の吐いた言葉であった。 芹沢は仰向けになったまま、両腕を頭の上に投げ出し、脇差しを擱んで絶命している。顔 は、無念さに歪んでいた。 比べ、お梅の顔は穏やかそのものであった。 これが、殺された人間の顔だろうか、と不思議に思えるほど静かで、口元には微笑みすら漂 っているかに見える。 どうもく つか ほほえ

7. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

だが、それが芹沢鴨であった。 「何か申し開くことがあるのか、土方」 これには答えず、土方は立ち上がると、上座を譲ったものである。 ( こいつ、やはり・ : ・ : ) ほお 芹沢の頬の肉が下がった。 わず 土方は僅かに顔を伏せている。 くるりと鉄扇を収め、芹沢は上座に腰を下ろした。 「何かあるなら聞いてやる。言え、土方ー 「じゃあ、申し上げましよう。 : : : 局長。新見さんのことは、ありゃあ、守護職の命令です 「な、なに ? 」 くげおど 襲「新見さんはね、名は聞かせてはもらえませんでしたが、とある公家を脅しつけて、金を奪っ 田ていたんですよ。この公家が、朝廷へ訴えて出ようとしたところを、会津侯がすんでのところ ~ で押さえた」 の「馬鹿な」 きよっがく 群芹沢は驚愕した。とうてい信じることは出来なかった。 わし ( いかな儂でも、公家に手を出すようなことはしない ! )

8. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

答えた土方の声も、沖田と同様である。 「それに、新見の筆で呼び出しをかけたとしても、現れなかったかも知れねえ。あの野郎は、 かん 妙に勘のいいところがあるからな」 「新見さんが詰め腹を斬らされたのを知ったら、逃げてしまうんじゃないですか ? 「それはねえだろう、総司。たとえ配下の連中が全部殺されたって、自分だけは別だ、と思っ ているような奴さ。 ーーねえ、近藤さん」 うなず 近藤は、むつつりとしたまま頷いて見せた。 にしき 『山緒』で腹を斬って死んだ男は、名を新見錦という。 みと 芹沢と同じ水戸の出身で、流派も同じく神道無念流であった。 新見は、芹沢の右腕とも言われていて、その関係は部下というよりも、近藤と土方の関係に 近かったようだ。 それゆえに、まずは新見を芹沢の名で呼びだし、芹沢を呼び出す手紙を書かせようとしたの だが、新見は意外に強情で、何としても承知をしなかった。 「ならば致し方無し」 と、腹を斬らせた。 沖田が介錯をしようとしたが、これを止めたのは土方である。 新見は気を失うまで、 かいしやく つばら

9. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

気じゃあなかった」 土方は鼻を鳴らした。 無論、芹沢は無事である。 あれから上機嫌で、自室としている離れ〈と去 0 た。顔は緩みきり、新見のことなど、微 も悼む様子はなかった。 沖田がこの部屋に現れたのは、そのすぐ後である。 のぞ 実は沖田、二人のやりとりを、隣室で息を殺して覗いていたのであった。 き 万が一芹沢が暴挙に出た場合、飛び込んでいってこれを斬るつもりであったのだ。 たカ、うま ~ 、いった。 「局長、の一言が聞きましたね。さすがは土方さんだ」 「嘘がうまい、か ? こ も これには沖田、ふふ、と含み笑いを漏らしただけで答えなかった。 うめ まゆ そのとき、遠くの方から、何やら女の呻くような声が聞こえてきて、土方は眉をひそめた。 お梅の声であった。 ひしやたへえ この女は、もともと堀河の呉服商、菱屋太兵衛の女房であったが、この初夏に代金の掛け取 めかけ り ( 集金 ) に来たところを芹沢に犯され、無理やりに妾にされたのである。 離れには、いつもいつも芹沢の息のかかったものが見張りについていて、逃げようもなかっ うめ ほりかわ

10. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

角屋にしてみれば、またひどい目にあうのではないか、気が気でなかったが、断るわけにも いかぬ。断れば、こんどはどんな難癖をつけられるか、知れたものではなかったからだ。自 ていねい 然、この夜の隊士たちの扱いは、常に増して丁寧なものとなり、下にもおかぬもてなしぶりで あった。 近藤も土方も、あくまで芹沢を立て、時は酌などもしてみせて、これを喜ばせた。 酒が入ると、手のつけようのない男になる芹沢も、この夜は終始上機嫌であり、暴れること もなかった。 芹沢が角屋を出たのは、五つ半 ( 午後九時 ) を回っていただろう。 とんしょ したたかに酔い、上機嫌のまま駕籠に乗って屯所へと戻っていった。 ひらまじゅうすけひらやまごろう 芹沢の取り巻きである、平間重助、平山五郎らも、そのすぐ後で、角屋を出ている。 近藤や土方ら、残った面々は、薄気味が悪いくらい静かに一一刻ほど酒を呑んでから、店を出 ていった。 あんど 角屋で働く者は一様に安堵し、どっと疲れが出て座り込むものもあったが、それでも明るい 気分で仕事に戻ったという。 あんどん 八木家の離れの中は、男女の濃い体臭、汗となってにじみでた酒の臭い、行灯の中で燃える 油や、布団の下で揉みくちゃにされた匂い袋の臭いなどが混じりあって、異様な臭気がたちこ ふとん かご にお の