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検索対象: 群狼の牙 : 池田屋襲撃
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1. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

いなかざむらい ( 殺してやる。田舎侍どもめ、いまに見ていろ ) 茶を注ぎながら、宮村の目はぎらぎらと殺意に燃えていた。 なにがし き ( 神坂某を見つけたら、奴とやる前に全員叩き斬ってやる ! それまでだ。それまでは生かし ておいてやる。奴を見つけ出すことに、俺が貴様らを利用してやる ! ) それが、宮村の本心であった。 だが、その中に池田昌勝は入っていない。兵藤がどこまでも敬意を示していた兄弟子の池田 には、逆らう気持ちはなかった。 さればこそ、山杉屋でも大人しく退いたのである。 お盆に五つの湯呑みを並べると、宮村は幾度か大きく息をついて、二階へと上がっていっ 「お待たせ致した」 言 0 て、瓣開けたとき、その顔には微塵も殺意は見えなか 0 た。 「近藤 ! 近藤はいるか ! だいおんじよっとんしょ その大音声が屯所に響き渡ったのは、九月は十七日の夕刻であった。 ひいろ 陽はすでに傾き、八木邸のすべては、燃えるような緋色の中に沈んでいた。 きよく ろうか 色白の巨驅を震わせるようにして、踏み抜かん勢いで廊下を行く男ーー芹沢鴨である。月代 こんどう せりざわかも さかやき

2. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

「そうしていただければ、うちのにもっくらせて持たせますんで」 「そいつは楽しみだな」 はんとき さかな それから鷹一朗と文七は、半刻 ( 一時間 ) 程も栗を肴に酒を呑んでいた。 二人は、ほとんど口をきかなかった。文七は、なにか心に思うことがあるようだが、それを 言いだせずにいるようであった。 鷹一朗は、強いては訊かぬ。 その間に、とっぷりと陽は暮れ、辺りはすっかり夜になった。 文七の顔に落ちた影が、やけに濃かった。 「 : : : 坊っちゃん」 何個目かわからぬ栗を剥き終わったとき、文七がようやくに口を開いた。 「なんだい」 「 : : : 実は昨夜、伏見街道でお侍が二人、斬り殺されましてねー 「へえ」 「それが、ちょいと : : : まずいことになっております」 「まずいこと ? 」

3. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

118 にべもない。 「まあ、それはそうでござるが : : : 」 「一人につき、二両お出しいたしましよう。新撰組の隊士であれば、三両。ただし、一人を斬 ったのなら、次までに十日の日を空けていただきたい」 「それも、理由は教えてはもらえぬのでござるかな」 弥四郎は苦笑して言った。 「いえいえ。理由と一言うほどのものではございませぬ。あまり立て続けにやっては、警戒が厳 しくなり、こちらも動きづらいゆえ・ : : ・」 「めくらまし、というわけでござるな」 「ま、そればかりではありませぬが : : : 」 桝屋喜右衛門は、ふふ、と笑った。 「では、よろしくお願い致しますよ、先生」 「 : : : わかった」 弥四郎は、実に頼もしく返事をしたものである。 「この手紙を、どこへお届けすればよろしいので ? ふところ 鷹一朗がしたためたた書状を懐に入れつつ、文七が訊いた。表書きは、『喜八殿』となって

4. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

そのことである。 かっての朝廷であるのならともかく、復権した今の朝廷に手を出すことは、自滅行為であ る。それがわからぬ、新見ではないはずであった。 ( だが、それをした ) 土方はそういうのである。 「信じられませんか ? しかし、守護職は信じた。そして近藤さんに、新見さんの処刑を命じ られたのです。局長は、新見さんとは同郷であるから、手を下すのはしのびなかろうーーそう 申されたそうですよ。まあ、お疑いなら、守護職にお聞きなさい。すぐにわかる」 「むう : ・ うな 芹沢は唸った。 ( 確かに、これが嘘ならすぐにわかる。そのような嘘を、この土方がつくだろうか ? •) そのことである。 正面から見た土方の顔は、あくまで静かであった。 「 : : : それにねえ、局長。守護職は、あなたのために、一席もうけてくれたのですよ」 「そりや、まことか卩」 しまばらすみや 「ええ。明日の夜、島原の角屋でね。近藤さんは、局長を慰めるように申しつかった、と言っ

5. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

いる。 昨日と同じ、山杉屋の座敷である。 くらまでら それで後は届くはずだ」 「鞍馬寺の小僧に渡してくれればい、。 「わかりました。 ・ : ところで坊っちゃん、このお人はどういう・ : : ・」 てんぐ 「鞍馬山の天狗様さ」 「ええ ? こ すとんきよっ 文七は素っ頓狂な声をあげた。 「坊っちゃん、おからかいになっちゃいけませんよ。天狗なんそ、いるわけがないじゃありま せんか」 鷹一朗は薄く笑った。 ~ 「ま、いるかいないかはともかく、喜八はな、天狗様のような爺いさ。俺の剣の師匠といって 襲 屋 田 「坊っちんの ? 」 しゆっぱん 「出奔して最初の二年は、俺は鞍馬山にいたのだよ、親分」 狼「そいつは知らなかった : : : 」 群 「誰にも言ったことはなかったからな」 文七が怨みがましい目で見たが、鷹一朗は気づかぬ振りで、土産のを食べた。 じじ

6. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

その際、有田と呼ばれた侍が、弥四郎の顔に唾を吐きかけた。 しかし、それでも弥四郎は動かなかった。 提灯が遠ざかっていく。 侍たちの話す尸が、不思議とよく聞こえた。 ぎおん 「兵藤 : : : おぬし、祗園は初めてであろう ? 「ああ」 「よいところだそ。京の女は、たまらぬ」 「そんなものか」 「まるで別だ。これが同じ女かと思うそ。やはり京はすべてが違う。空気からして違うとは思 わぬか ? こ こよい だゅう ~ 「それはわからぬが : : : それよりも、今宵は本当に白宵太夫に会えるのか ? こ 襲「話は通してあるが : : なにせ気まぐれな女ゆえ、 いってみなくてはわからん」 田「そうか」 のゆらり、と弥四郎は立ち上がった。ひどく酔っているはずであるのに、地についた足はしつ 群 かりとしていた。 弥四郎は、刀の鯉口を切ると、するすると二人の背後に近づいていった。 こいぐち

7. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

弥四郎はであ 0 た。 俗に、 くさっ 「御医者様でも草津の湯でも治らぬ・ : と言われる病である。 こいわずら この男がかかっているのは、恋煩い、なのだ。 ぎおんたゆう 相手は祗園の太夫、白宵である。 弥四郎が白宵と初めて出会ったのは、今年のまだ梅雨も明けぬ頃であった。 鷹一朗に手紙を頼まれ、これを届けにいった際に、弥四郎は有名なこの太夫を見た。 まさしく、 ( 雷に打たれた : : : ) 思いであった。 そのときの笑顔、触れ合った指先の熱が、日が経つにつれて胸に迫り、毎夜、夢にまで見る ようになった。 始終、白宵のことばかりを考え、食事をするのも忘れる有様である。 山杉屋の庭を借り、真剣を何百回と振り抜いているときでも、これに少しも集中できぬ。 としん さらには、鷹一朗に対する抑えようのない妬心がむくむくと頭を持ち上げるのを、どうする こともできなかった。

8. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

勝は、態度をころりと変えて、まるで子供のように目を輝かせて鰻に箸をつけた。 気に入ったようで、 「うまい、うまい」 と連発した。 しかしながら鷹一朗は、その珠屋の「うまい」鰻を、あまり楽しまなかったようである。 その日、鷹一朗の姿を見かけたものがもう一人いる。 はおりはかますがたずきん 野次馬に混じり、その侍は一部始終を眺めていた。上等な羽織、袴姿で、頭巾をかぶって 神坂弥四郎である。 もう ~ 外出をするようになって、また祗園詣でをするようになったのである。 襲 だがやはり、祗園町には足を踏み入れぬ。こちらとあちらを分ける、四条大橋の袂でしばら 屋 田 くの間、時を過ごすだけである。 池 ずいぶん 牙しかし、心持ちは随分と変わっていた。 としん 狼以前は妬心に身を焦がす思いであったが、それもなかった。 群 ( もはや、想いは叶わぬ ) と見極めたゆえか。 こ たもと

9. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

192 「頂戴するぜ」 飲み干し、今度は鷹一朗が銚子を勝に向けた。 「さ」 「ありがたく頂戴する」 勝は注がれた酒を一息で飲み干すと、大きく息をついた。 それからは、互いにしばらく口をきかず、手酌で和んだ。も 0 とも、鷹一朗はあまり呑ま ず、ときおり肴をつまんでは、食べるばかりであったが。 外は、闇が濃い。 ( そういやあ、神坂さんと初めて飯を食ったのは、この隣の部屋だったな ) それが思い出された。 ( いったいどんな正月を過ごしたのか : : : ) 何も、わからぬ。相変わらず、手がかりは一切ないのだ。 おび ( 潮時かも知れねえな・ : ・ : このまま怯えて暮らしていても仕方がない。会津の連中も、前の一 おじうえ 度きりで顔を出すわけでもないしな。 : : : それに、俺もいつまでも、叔父上のところにいるわ けにもいかぬ ) お雪の顔が浮かんだ。 ( 怒るかな。それとも、泣くか : : : さて ? •) ちしつだい さかな

10. 群狼の牙 : 池田屋襲撃

あぐら ひざ 鷹一朗はお雪の方に体ごと向くと、胡座をかいた膝を、ぼん、と叩いた。 するとお雪は、鷹一朗の側に行き、足の間に、ちょこんとおさまってしまったものである。 背が七尺もある大男ゆえ、なせる芸当であった。 「兄ちゃん : : : わたしたち、どうなるの ? 」 「どうもならねえよ」 とが 「神坂さまが捕まれば、みんなお咎めを受けるんでしよう ? わたし、はりつけになるの 「誰がそんな、下らねえことを言うんだよ ? こ 「 : : : お店のみんな」 鷹一朗は嘆息した。 ( まったく、人のロに戸は立てられねえ ) 撃 襲であった。 田 心配をしているのだろうが、それがかえってお雪を怖がらせているのでは、本末転倒であ 狼「こわい : : : 」 群 お雪は、鷹一朗の胸に顔をうずめた。名の通りの白い肌が、いまは青い。それでも、泣かぬ ようにと堪えている姿は、愛しさをかきたてた。 こら