声が、さも可笑しいことを聞いたとばかりに笑いに震えた。 『ターラじゃない ? ならば、あなたは何者なんだ ? 』 とし′」 『おれは、リメラトーンだ。ターラはおれの年子の姉で : : : 』 声が、ますます大きく震えた。 『へえ ? リメラトーン ? ターラという名の年子の姉を持っリメラトーン ? 偶然 だねえ : ・・ : ばくもそうなんだよ』 馬鹿な、と田 5 った。 うそ 『嘘をつくな ! タチの悪い : : : 』 どな 怒りを覚え、怒鳴りつけたトーンは、その直後、背後にひとの気配を覚え、振り返 『嘘じゃないってば』 いたずら の 悪戯っ子のような目をして、自分とそっくりな顔が微笑んでいた。 鬱ターラ ? イヤ、違、つ まぎ 目の前の存在は、紛れもなく少年なのだから。 ほほえ
117 鬱金の暁闇 3 あるの、それともないの ? よ、つ * 、 間いただしたリメラトーンに、妖貴である青年はあっさりと応じた。 「ない」 一一一 = ロで、きつばりと。 絶望という名の暗黒が、リメラトーンの心にひたひたと寄せてきた。
「熱心になにを見ているかと思えば : : : 」 青年の唇から、さも可笑しげな声がこばれた。 リメラトーンの視線の先では、彼の姉が映っていた。彼女の正面に、黒髪の女性と 十ほどの子供が、いまにも切り殺されそうな格好で倒れこんでいる。 はんがん その様子を見つめながら、リメラトーンはつい、と半眼を閉した。 「 : : : どうして : : : 」 かす つぶやく声は細く、掠れていた。 「二度と会わせたくなかったのに : そうしてリメラトーンは背後の青年ー芝牙尖を振り返った。 「忘れさせてくれると言ったじゃないか ! 」 なじ 闇 詰る響きもあらわな声に、しかし青年は動しることなく嘯いた。 の「その願いならかなえてやったろうに。ただし記憶の封印が解けるか否かは、流れ次 第だとも言っておいたはすだろう ? そなたの期待を裏切るはどに、そなたの姉が強 情だったということだ。ひとの世には、親の心子知らすという言葉があるらしいが、 うそぶ
気づけば、アーゼンターラは寝台のなかにあった。 」第、めい つぶやき、夢の内容を克明に思い出す。 かい、」う その行為の果てに、彼女は先程までのリメラトーンとの邂逅が夢であったことを理 解すると同時に、ただの夢ではなかったことを確信した。 証拠と呼べるものはなにもない。 それでも、あれこそが弟の真実なのだと彼女は信じた。 同時に、強い決意が固まる。 もう迷わない。もう逃げない。 絶対にリメラトーンを、あの妖貴から救い出してみせる。 そのために必要な力は、すでに手に入れた。 こづくえ の上半身を起こし、アーゼンターラは寝台の横にある小机に目をやった。 ふじよう はようとう 金 鬱浮城最強の、破妖刀が抜き身のままそこにはあった。 つか ふっとう そっと手をのばし、柄に触れた。触れた先から、血管が沸騰するかのような熱を感
Ⅲはたしてこのような場合、なんと表現すればよいのかな ? 」 そう・はう 淡々とした口調で答える芝牙尖の双眸には、微かに面白がるような光があった。 にら まなじり 眦をきつくし、リメラトーンは相手を睨みつけた。 だが、それ以上できることはなかった。リメラトーンは芝牙尖に救われ、その妖貴 かんしよう の干渉ゆえに、多少の力を持つに至りはしたものの、元々は人間にすぎぬのだから。 ようき 妖貴である彼に爪をたてるほどの害すら、与えることはできない。 「でも、まだ方法はあるはすだ : : : 」 唇を噛みしめ、少年が固く目を閉しる。 必死になにかを思いめぐらせているらしいその姿を、芝牙尖は興味深げに眺めてい むじゅん 「人間というものは、なんと矛盾に満ちているのだろうな。そなたは確かに姉である うら あの娘を恨んでおったはずだというのに、不幸になる種を抱えていると知った途端 やっき に、今度は躍起になってその運命を変えようと足掻き出した。わたしなどにしてみれ ば、そう悪い運命とも思えぬものだが : : : 」 かす あが
そこまで記慮をたどったとき、トーンは不意に閃くものを感した。 雷の直撃を受けたかのような衝撃とともに、彼ーーー否、アーゼンターラは、三年も ぎまんまゆ の間、自身を守るために纏いつづけてきた欺瞞の繭の正体を知った。 一度は ほかならぬ目の前の少年の手により壊されたはすのそれを : : : 正確には ざんがい その残骸を、かき集め、抱きしめて、無理やりそのなかで眠ろうとしていた事実を思 い出す。 ぎんこく 真実は、あまりにも残酷なものだったから そうだったのだ、と泣きそうになりながら、ターラは田 5 った。 自分はリメラトーンではない。アーゼンターラなのだ。 ようき あの、村が妖貴によって焼き尽くされた夜、弟とともに村を抜け出し難を逃れた : 。だが自分の独善的な判断によって、弟は : : : 逃がしたはずのリメラトーンは、 おおやけど 火事に巻きこまれ、大火傷を負い、さらには襲撃者である妖貴の手に落ちたのだ。 はなは てい なのに、我が身を挺することで、弟を救ったと思い上がりも甚だしい選択をなした はよ、つけんし 自分は、偶然付近に立ち寄っていた破妖剣士に助けられ、挙げ句保護されて : っ ひらめ 0 0
しる。 「紅蓮姫 : : : 」 はよ、つと、つ 手に入れたーー最強の破妖刀。 ましよ、つ ほうむ 魔性の王さえ葬る力をたたえた究極の武器。 「お前がいる、ものね」 彼女がいれば、恐れるものはなにもない。 あの妖貴たちを倒し、そうしてリメラトーンを救い出すのだ。 呪いのように、アーゼンターラは繰り返すー紅蓮姫の柄にロづけしながら。 ・ : だから、きっと、大丈夫」 「お前はあたしを選んでくれた : ぐれんき らんか 濫花は面白くなかった。 なぜといえば、先日の騒ぎ以来、外出禁止令を出されてしまったからである。 つか
その声は、『彼女』の知るひとのものではなかった。 その姿は、『彼女』の知るひとのそれとも違った。 それでも間違いようがなかった。 こ たましいかな それは『彼女』が焦がれつづけたひとの魂が奏でた言葉だった。 あかっき 『紅蓮姫 : : : わたしの、暁の姫 : : : 』 せつな 告げられた刹那、 , 彼女ー紅蓮姫は夢中でその腕のなかに飛び込んでいた。 『ラキス ! 』 たけ 0 思いの丈をこめた呼びかけとともに はよ、つと、つ ふじようほばくし 以降、破妖刀『紅蓮姫』は、浮城の捕縛師リメラトーン改めアーゼンターラの腕の ぐれんき
112 「・ : ・ : あれは : : : あなただったの : ・ 呆然と、アーゼンターラはつぶやいた。 自分の声なのに、ずいぶん遠くに聞こえる、とばんやり思った : ぼうぜん ・まぼろし 空間に、幻が映し出される。 かって実際に起こったこと、起こるかもしれなかったこと、起こるはすだったこと ・ : さまざまな幻影が、揺らぐ空間を埋めつくしている。 そのなかのひとつを、熱心に見つめる少年の姿があった。 ごくじようむらさきすいしよう 髪はまばゆい銀、瞳は極上の紫水品ー繊細な顔だちは、少女と見紛うばかり。 リメラトーンだった。 こくえ そんな彼の背後に、黒衣の青年がたたずんでいた。 0 せんさい 0 みまご
どうりよう たりの同僚と、深刻な話し合いをするため留守にしていた。 けんむ さらに間の悪いことに、取り次ぎも兼務する警備兵は、ちょうど交代の刻限で、そ ひとけ の周辺には本当に、人気がなかったのである。 よし、誰もいないな。 ほっと息をつきながら、濫花は小さく扉をノックした。 だいじよう 「トーン ? トーン兄ちゃん、いるかな ? おれ : : : わかる ? ーだよ。大丈夫 ? あの、遅くなったけど、あのときのこと、謝りたいのと、助けてもらったことのお礼 言いたくて : : : それで、来たんだけど : : : 」 答える声は聞こえなかった。 けれど、室内には確かにリメラトーンの気配があって、濫花は思わす首をかしげ の いる、よなあ、確かに。寝てるってわけしゃなさそうだし : 鬱なのに、返事がない。 もしかして、寝起きだったりして ?