留め - みる会図書館


検索対象: マスカレードの長い夜
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1. マスカレードの長い夜

「はい。エーヴァ様が飢えた子どもに手を差し伸べておられる場面が、美しく描かれていた他 もんしよう には、祈りの言葉と、それと右端の上のほうに、銀の留め具にあったのと同じ紋章の絵があり ました。貝のところの色は : : : 」 うめ ひたい フォルカは呻いて雪の上に額をすりつけた。 ふごう なんという符合 ! なんという証言 ! ( 辷僧が銀の留め具を持ってきた。 ノーマの言ったとおり、その針の先には白い粉がついていた。 会衆は静まり返っていた。 それは「至高神の審判」なのだと納得するに十分だった。 十年近い沈黙を破るほどの証言を、疑う者はいなかった。 おろ 「なんと : : : 愚かな : 「いたわしいこと : : : 」 ささ エーヴァ神に声を捧げ、清らかに暮らす聖なる花嫁といえど、所詮はただの夢見がちな娘に かんたん 過ぎなかったという失望の声が方々であがる。一方、意外な顛末となった「神の裁き」に感嘆 あわ の溜息を漏らす者、そして哀れな少女に同情する者ーーー とも ノーマは修道僧に伴われて広場を去ろうとしていた。 フォルカは這うようにその後を追った。 てんまっ しよせん

2. マスカレードの長い夜

おさ そこには、銀色をした小さなものが納められていた。鑞燭の炎の動きにあわせて色を変えて またたくのは、その表面にあしらわれた宝石の光だった。 当事者たちが、前へ出てそれをよく見ようとした。 めまい フォル - 力は目眩に似た衝撃を受けた。 : そんなものがここにあるのだろう ? なぜそれが、 銀の留め具。 もんしよう 誰が見てもそれが、アスカリナ家の紋章だとわかる、マントの留め具だった。 針が曲がっていた。 彼がノーマに与えたものに違いない。 おとしい それはフォルカを陥れる証拠品になり、さらにはフォルカ自身を不信の谷へ突き落とすもの 夜となった。 ひにく 長皮肉にもその銀製品は、かってないほどきらきらと美しく輝いて見えた。 の 「この留め具は、あなたのに間違いありませんな」 レ司祭はフォルカに尋ねた。と、いうより確認したという言い方だった。 カ ス 「私は、場所が入れ替わっているだけかも知れないという淡い期待を抱いて、何度も書棚を調 マ すみ : その時、この留め具が落ちて べました。ここなる修道僧の手を借りて、隅から隅まで ! いたのを見つけたのです」 ろうそく

3. マスカレードの長い夜

「わたしは、フォルカ様がくださった銀の留め具を、銀筆の代わりにして、白い石を拾っては 小さなものを描いていました。すぐにお返しすべきでしたのに ! ・ : わたしは羊皮紙に描い てみたかったのです」 「留め具を : : : フォルカにもらったと言ったな ? 」 「はい」 もよう 「銀の留具 : : : 、それはどんな模様か言ってみなさい」 るりいろ 「貝と、鋭い剣、でした。赤と瑠璃色の石が、星のように輝いておりました」 フォルカはすぐにでもノーマのロをふさいでしまいたかった。だが、意識を保っているのも やっとの状態で、破れたマントみたいに雪の上にくずおれていた。 やくびよう 「疫病騒ぎの時に落とした物だと彼は言っているが ? 」 と、ルキダ・エルがその説明を求めた。 「わたしも、その時、それをまのあたりにしました。 フォルカ様は、他の方々からその病 あわ 人をかばうために、慌ててマントを、 ご自分のマントを脱いで、病人に着せられたので、 はずれかけた留め具はその後 : : : 施療院で落ちたのです」 けんめい ノーマはそれが自分に与えられた仕事であるかのように、懸命に言葉を探した。 けだか 「わたしはその時に、気高い方だと、 : : : 尊敬しました」 「その日のできごとについては私も聞いている」 せりよういん

4. マスカレードの長い夜

150 独房に人れられた後、しばらくフォルカは放って置かれた。司祭たちがフォルカをどう裁く かを相談していたのだろう。 フォルカは石壁にもたれて目を閉じ、銀の留め具がなぜ教会にあったのかを考えた。 ノーマが持っているはずのフォルカの留め具。マントと換えてくれと言ったのに、ノーマは つか まず そうしなかった。誰の保護も受けず、エーヴァ神に仕えるノーマのことだから、貧しい者に与 ほどこ えてしまったのかもしれない。マントと換えたにしても、そのマントを施したということもあ るだろう。 つらおくそく いちばん辛い憶測は、ノーマが完全にフォルカの好意を拒絶して、それを返しに来たのかも しれないということだった。 アスカリナ家の礼拝室に来るのは最初で最後ーーそんなつもりでノーマはそこを訪れ、銀の 留め具を祭壇に置いたのかも知れなかった。 しこうしん くだ はいくきっ フォルカの想いは打ち砕かれ、至高神エーヴァに完璧な敗北を喫したのだ。 そしてそれを何者かが見つけて利用したのかも知れない。 ( それでもーー ) とフォルカは考える。 それでも、それほどひたむきなノーマに惹かれたんだ。出会って間もない、未熟な自分 だ。彼女が十年かけて愛したエーヴァ神に勝てるはずはないのだ。 きょぜっ さば

5. マスカレードの長い夜

あの雪の日から十年がたったのだわ げんかん 十二月二十一日。雪の訪れも間近にせまった、厳寒の夕暮れ時だった。 れいはいどう さえぎ はんきせき 薄暗い礼拝堂で、少女は幼い日の約束を思い出していた。半貴石の壁で遮られた静かな礼拝 ちょうぞう 室。目の前には美しいエーヴァ神の彫像が彼女を見下ろしていた。 さいだん しんがく にぶ 磨かれた祭壇の上に、見覚えのある神学の書物が置いてあった。彼女はその横に鈍く光る銀 ぐ ほうせき の留め具をそっと置いた。この十日ばかりの間、その留め具は恋人から贈られた宝石のように 彼女の心を乱し、騒がせたのだった。 ささ 私は、エーヴァさまに全てを捧げたのだわ ろうそく 祭壇の蝋燭の明かりが、その悲しげな横顔を照らし出した。 夜 い あと少しで、願いがかなうのだから 長 老師への弟子人りが許される二月一日まで、あとひと月と少しだった。少女はそのことを思 はげ 一い出して自分を励ますように、銀の留め具から目を離した。 カ もう、あの方のことは忘れよう : ス らせん マ そして彼女はその礼拝室をそっと出ようとした。螺旋に組まれた六段の石の上をすべるよう に降りた。もう二度と来ないつもりだった。 が おとず

6. マスカレードの長い夜

「 : : : そうか、施療院だ」 フォルカがそう言うと、ようやく自分の意が通じたことにノーマがほんの少しロもとを緩め てうなずいた。 少女が差し出した銀の留め具を、フォルカはそっと押し返した。 「それはきみのものだ。きみが拾ったんだから。それを売れよ。マントぐらい買えるから、頼 むから : : : 」 あわ フォルカはノーマの手に銀の留め具を握らせた。冷え切った指先が哀れだった。フォルカの おとず 髪を吹く風も雪の訪れを予告していた。オニキスのような黒い瞳にとらえられて、ノーマはは ぐれた子どものように立ち尽くしていた。 さまた フォルカの胸に不思議なざわめきが起こったけれど、彼の存在もまたノーマの祈りを妨げて いたことなど気づくはずもなかった。 せりよういん ゆる

7. マスカレードの長い夜

210 留め具の針で描いたたどたどしい銀線は、エーヴァ神に似た若者の姿をしていた。 その頬には小さな傷が描き足されていた。 けんめい 小さな石に、銀の留め具で懸命にノーマが描いたのは、エーヴァ神ではなかった。 ノーマの冷たい指が、フォルカの頬の傷をたどった。 フォルカが叫んだ時。 突然ノーマの手が引き離された。 修道士に腕を引かれ、彼女は連れ去られた。 こすい 湖水のように透き通った可憐な瞳が、フォルカの脳裏にやきついた。 これが奇跡なのか : こんな結果が ? せつな 意識が消えかかる那、フォルカの目の前に輪郭のぼやけた人物が浮かんだ。恐ろしく青ざ しやじせい めた写字生のウリキナだった。 実体のない映像のように、はかなくゆらめいていた。 なさ ぼくを笑っているんだろう ? 愛しい娘を守りきれなかった情けないぼくを。 フォルカはウリキナがなぜ自分の前に姿をあらわしたのかを知るはずもなかった。 もや やがてその映像はぼやけて、白い靄に包まれた。 かれん いと り・んかく のうり

8. マスカレードの長い夜

ね。問題は、その人物がどうやって証拠物件となるその留め具を手に入れたかということだ。 話したまえ、フォルカ」 ルキダ・エルがそう言った。 重苦しい沈黙。 「フォルカ ? 」 セルフィオンがもどかしそうに言う。 あくえき 「 : : : それは : 、悪疫騒ぎのあった日に落としました」 フォルカの声は沈んでいた。 よういくいん きしゃ やまい 「今月の喜捨集めの翌日でした。ーー養育院の子どもが病に倒れて、彼女をマントで包んだ時 に落としたようです」 夜司祭とルキダ・エルがひそひそと何か話していた。悪疫騒ぎについては施療院の医師から伝 長わっているはずだ。そのことを確認しているのだろう。 の 「それで、その後、ずっと見つからなかったのだね」 レ ルキダ・エルが言った。 カ ス 「 : : : はい」 マ フォルカは嘘をついた。 ノーマが拾ったことを隠した。 せりよういん

9. マスカレードの長い夜

「どじ。考えなしのお人好し」 セルフィオンが笑った。 フォルカも笑いながらマントをはねのけた。 「そのマント、留め具がとれちまってるけど、気づいてたか ? 」 とセルフィオンが言った。フォルカは横目でマントを見ながら、思い出したように言った。 「病人を包んだ時に、どこかで落としたのかな」 セルフィオンが臥所に近づき、 「げ、何読んでるんだよ、おまえ ? 」 と声高に言った。枕元に分厚い写本が置いてあった。 しんがくていよう 「神学提要「ーーじゃねえか。上級一一年で使う本だろーが」 「暇で仕方なくてさ。『神学の書』も読んだ。ほとぼりがさめるまでは散歩するわけにもいか ないだろ」 「そりや、そうだ。散歩すれば財布はすられるし」と言って、またセルフィオンは吹き出し こ 0 「で、どこまで読んだの」 かたひじ セルフィオンは臥所に片肘をつき、重々しい書物を指ではじきながらフォルカに言った。 「きみが来るのがもう一日遅けりや、全て読み終わってたけど」

10. マスカレードの長い夜

ノーマはその罪深さに怯えたように青ざめていた。 司祭は憐れむように首を振って言った。 「いったいなぜ : 素描など、あと少しでできるところだったではないか。長い十年のう ちの、 : あとたった一カ月で ! 」 その時、押し殺すようなすすり泣きが聞こえた。 「わしが、悪かった」 で・し それはノーマの弟子入りを待っていた老いた聖像画家だった。 きた 「銀筆も羊皮紙も与えず、贅沢も許さなかった。それも精神を鍛えるためと思って厳しくして きたのだ。もっと早く弟子入りを許していれば : : : 」 ひざ 老人は、自分を責めるようにがつくりと膝を折っていた。 おんじよう かくとう 夜「司祭様、学頭様、・ : : どうか、この娘をお許しください ! 温情をかけてやってください」 長「銀筆 : : : 」 の フォルカがつぶやいた。 レ フォルカの銀の留め具が銀筆の代わりになり、素描への欲求を堪えがたいものにしてしまっ カ スたのだろうか マ ノーマは自分のために顔色を失っている師匠を悲しそうに見つめていたが、再び顔を上げ て、言葉を紡いだ。 あわ つむ おび ぜいたく お ししよう きび