ファラ ・ハンに言いながら、レイムはその一一一口葉を自分自身にも聞かせていた。 ろうまどうし そうだ。老魔道師が関与しているなら、不安がる必要はない。 を許可し世界の救済を願った女王も、誰かが犠牲になることを望んではいなかった。 「 = 一〔われた言葉をみにするのか。つくづくおめでたいな」 ディーノはふんと鼻を鳴らした。 さいぎしんかたまり 猜疑心の塊であるディーノにとってもっとも信じられるのは、魔物に冒されていない純粋 けもの な死人と本能に頼る野生の獣だけだ。 ハンのために気をつかっているの この男は何か言うと必ずそれをまぜっ返す。ファラ・ たいき に。疲れて気がとげとげしくなっていたレイムは、溜め息をつく。 「ならばあなたは勝手にするといい」 とした口調で突き放した。 与えられた言葉に、ディーノはむっとする。 「俺がいっ誰に従うと言った ? 」 ここうしゆらおう 孤高の修羅王を名乗るディーノにとって、その物言いは、はなはだ心外である。 ああ、失言だったかと、レイムはうんざりしてうなずいた。 「そうですね」 こうてい 肯定してやる以外にない。 おか
胸ファラ ハンを取り巻く空間が界に守られ、そこだけふいと風が凪いだ。 ひとごこち ハンはほうと急を吐く。 ようやく人心地つき、ファラ・ 自力でファラ・ しくつもの氷片にかすめられ、浅く切り裂 ハンの腕によじ上ったは、、 かれて血をにじませる白い腕の傷に、キュイと悲しげに鼻を鳴らす。 な ・ハンにごめんなさいと詫びるよう、そろそろと傷を舐め 自分のために傷を負ったファラ ・ハンはびつくりして飛竜を見る。 かく柔らかいもののくすぐる感触に、ファラ 視線を受けた飛竜は、申し訳なさそうに小さく小さく身を縮める。 「平気よ、このくらい」 うしあし 捕まえていた後ろ肢から手を放し、ファラ ・ハンは優しく言って、飛竜の頭をでた。 ハンのみは温 何もかもが凍てつかずにはいられないこんな場所にあっても、ファラ・ かく空気の色を変えるをの織を起こさせる。 生命が芽吹き、弾けようとする春の色。まばゆい陽をいつばいに受け、瑞々しく鬼やかに 咲きこばれたばかりの、可なる花のりが満ちるよう。 この小さな飛竜が卵からえったときには、もうすでに世界は崩壊の兆しに襲われてい 小さな飛竜は卵の中でうらうらと眠りながら、朽ちていく花々の匂いをいでいた。
194 「どのような魔ですの ? ・ハンがシルヴィンに問いかける。 背後からファラ シルヴィンは少し後ろを振りかえるよう体をひねり、ファラ・ ハンに顔を向ける。 「私の里でそう呼んでいたのは精霊みたいな、目に見えないもののことだったわ。谷のあい だを抜けて吹き下りてくる、すごく冷たい風。遠くに降った雪もさらって連れてくる、強 くって冷たい風のことをそう呼んだわ」 飃花を伴って吹き下りてくる風。突風のように、あるとき固まって吹き下りてくるそれ かたまり は、真っ白に凍えた巨大な寒気の塊に見える。 その形を模して、 1 叫という呼び名をもつ。 「雪竜は思いもかけないところに大きな吹き溜まりを作るわ。小さな子供や、ときには大人 だって、その吹き溜まりに埋もれて見つからなくなって亡くなった。雪竜が「ひとを食ら う』とかいうのは、そんな感じのたとえ話なのだけれど」 形持っ魔物とはなりえないか。 とな ディーノもレイムも異論を唱えないところを見ると、それは世界じゅうの者がそうと知 る、共通のものであったらしい 「それでも - 思案するシルヴィンに、こわい顔でレイムが言う。
104 「ご、ごめんなさい : ナつか ) 素早く印を結んだファラ・ ハンの周囲に、彼女を中心とした小規模のが張られた。 しようましようき 小魔や瘴気を阻止できるだけの、カ弱い結界だが、ないよりはましだ。翼を広げて彼女自 身の能力を無理なくすべて解放すれば、それはもっと強固な結界になるのだが、その分大物 の魔物に発見されやすくなる。カ弱い結界を得たとしても、剣一つ持って戦えないファラ・ ハンからすれば、ようやく人並みになったということにすぎない。 ファラ ・ハンはディーノを見あげた。 「すぐそこにあるの ! 下から上がってくる魔物たちに突きあげられて、そこにあるのー このも応は少しがあるものだから、使える魔物がいないのよ ! 早く取らないと落ちてし やみはざま まうわ ! 闇の狭間に落ちて、またどこか遠い闇の果てに転がっていってしまうわ ! 闇の 中からもう二度と浮かびあがってこないかもしれないの ! お願い、行かせてつ " " 」 「死ぬ気かっ ! 」 「死なないわ ! あなたは一人で残るつもりなの ? どな 何一つとして根拠などなかったが。ファラ・ ハンはそう怒鳴りかえしていた。 言い放たれて。ディーノは驚いたように目を見開いていた。 言われた言葉に思考がついていかなかった。 口にした本人も、いったい自分が何を言ったのか、わけがわからず茫とする。
レイムは穏やかに問いかけながら少しディーノに近寄った。 さげす ディーノは蔑むようにレイムを見下ろす。 「俺がいっ貴様たちの仲間になると言った ? しんらっ 冷たく辛辣に言い放った。 ぼうせいろう あぜん 唖然としながら、レイムは望星楼を後にしたときのディーノを思い出す。 まどう けが そうだ。ディーノは自分の名を汚さずあの王都を出る、そのためだけにレイムが魔道で開 いた道を通ることを選んだのだ。 本質的に聖戦士たることを内識したわけではない。 行動を共にすると宣言したわけではない。 ぼうぜ 茫然とする三人に、ディーノは挑戦的な視線を投げかける。 ディーノなら。この滅亡しかけている世界であっても、自分の思うままに生きてゆくこと ができる。たとえ魔物であろうと、ディーノから自由を奪うことなどできない。 こうそく たいぎめいぶん 聖戦士という大義名分をありがたくいただいたり、それに拘束されることはない。 この自由で気ままなんをぎとめる鎖などこの世界のどこにもないのだ。 . 一つ目の驪を手に入れることにルしたのも、単なるなりゆきであり、そう望んで行動 したわけではない。 むしろレイムやシルヴィンのほうがディーノに助力したような形になっている。
に、霧ににた小魔がべたりとはりつく。はりついて皮膚を溶かし、肉を食らうものだ。這い 食らわれかけて、ディーノのがぞわっとつ。 にら ぎっとディーノが小魔を睨んだ。 けが いかなるものであろうとも、ディーノは我が身を汚すものなど許さない。ましてやそれが 魔物であるなら : ・ い魔に瑟われた右手の内が鋭い尸光を発した。 身の毛もよだっ悲鳴をあげて、魔物は一瞬にして溶けて消えた。 ディーノの手には、夢のように聖なるレプサ・ザンが出現し、握られている。 「小魔はそうかもしれないけど、魔物はなめてかかるとろくな目にあわないわよー 小規模の魔道で防ぎきるのは小魔だけ。大がかりな魔道ならば、小魔を寄せつけないどこ ゅうちょう ろか、消滅させられるものであることを聞きしっているシルヴィンは、悠長に構えている ルージェスに叫んだ。 ほどこ 迷魔道の施してある矢で射落とせる程度の魔物だけなら、たいした問題でもないのだが。 色「負け犬はなんとでもほざくがよい ! 」 璃 ルージェスに聞く耳などなかった。 玻 つまらないことを言ってやったものだと、シルヴィンはほぞを噛む。 ばかおんな という気になった。 こんな馬鹿女、死のうがどうしようが、どうなってもいい か
248 大気も氷もなにもかもが、音をたてながらさらに白くる。 りつく ! 「お願い ! あの手を開かせて ! ふうろう 襲いかかる風狼を光のレピアで払いのけながら、ファラ ・ハンが叫ぶ。 にして恥なる女を懸命に彊し、小さなもが猛火を吐く。 「あんなもの、どうやって倒すのよお ? 悲鳴というより怒りとばすようにシルヴィンが声を荒らげる。 自分たちとあの雪竜では、あまりに大きさが違いすぎる。 ちらりとレイムに視線を走らせてみたが、不思議をる青年は肩で荒く息をし、先ほどの しようもう 一撃ですっかり消耗している様子だ。 もうろう ハンに向ける。 レイムは朦朧としそうになる頭を乱暴に振り、上気した顔をファラ・ 珠を結んだ汗と乱れた金の髪がきらりと舞った。 「封じればいいんです , 簡潔に言いきったそれに、ディーノがぎよっとする。 正気を疑う目で、消耗し悩ましげにさえ見える青年を見る。 導球に導かれ訪れたここは、の明土。 たま
3 / 「でも、そういう気持ちをなくしてはいけないわー ハンは言いかえした。 果恥にファラ・ 「そうして思いどおりに運ぶことなど、ほんの一握りにすぎぬ ディーノは譲らない。 しい 幼いころから虐けられ、ひと形をした屑同然の生命としか扱われなかったディーノにとっ て、ファラ・ ハンの言う綺麗な理屈は受け入れられるはずがない。 「それとも」 意地悪く目を細めて、ディーノはファラ・ ハンを見る。 「お前は、死ぬことなど恐れないとでも言うつもりか ? 」 ハンは、ぎくりとして口をつぐむ。 売り言葉に買い言葉で言いかえそうとしたファラ・ 死ぬことを恐れないとは、言えない。言ってはいけない。うの乙女として、ファラ・ ハンは死ぬわけにはいかないからだ。世界を救うためには、どうあっても彼女こそが生きぬ かねばならない。ファラ・ ハンと呼ばれる翼ある乙女には、誰も代わりがいないのだ。 「少しは賢しい部分もあったか」 口を閉ざしてうなだれたファラ・ ハンへ、ディーノは勝ち誇ったように笑った。 しゅんとしょげたファラ・ ハンを気の毒そうにシルヴィンが見る。 さか きれい
触手のように伸びあがり、襲いくるものをして、もは懸命に身をよじっているの 真下に禁断の地ホーン・クレインを置いていることから、飛竜はを吐くことができな まものしりぞ 。従ってこの魔物を退ける手段をもたない。逃げの一手しかないのだ。 ここの位置でレイムが上空に働きかけるのに最適であることを本能的に知っている飛竜 は、魔物のをれ、大きく動き変えることができない。高度を変えると、途中までやり ししよう かけたレイムの術に支障をきたすことも理解している。 魔物は明らかに、レイムをせんとして、攻撃を仕掛けてきている。 ただ動きを封じて足止めし、時間を取らせるだけの、湿なものたちだ。 魔物たちの目的から察するに、あの樹木から魔物が解き放たれようとしているのに、もう そんなに時間は残されていない。 いくらディーノやシルヴィンや飛竜がいて 時の驪を手に入れても、そうでなくても、 どとう ・ハンが無事ですむはずがない。 も、間近で怒濤のように溢れきた魔物を前に、ファラ ′」ちそう 魔物にとって最上級の御馳走にあたるその肉体、細胞の一片にいたるまで、魔物たちは争 ハンの血肉により強大化した魔 いあい奪い狂うことだろう。引き裂かれ食らわれたファラ・ しゆらおう し力な修羅王ディーノであろうと分が悪いはずである。たとえ伝説の聖なる 物を相手には、ゝゝ 斧レプラ・ザンをもってしても、無傷で生き残れるなどとは考えられない。 、んしつ
212 みないはずがない 。もしも無にレイムがディーノと衝突しても、あれでは文句の言いよ つ、も、ない この状況から判断するに、非は一方的にディーノのほうにある。たとえどんなにまともに ぶつけられても、力量と余裕からディーノが悪いに決まっている。それすらもままならず、 ひりゅう 現実に飛竜を止めてしまったディーノ。突然に飛竜を止めたのには何かただならぬ理由が しゅうたいさら あったに違いない。でなければディーノほどの男が、あんな醜態を晒すはずがない。 っ一」ゝ し / し・ 「ディーノー 振りかえりながらどうしたのかと問いかけたレイムは、なんの前触れもなく激しく唐突に ふぶき 襲いきた吹雪に顔面をなぶられ、声を最後まで言葉にすることができなかった。 するど 細かな鋭い氷片を含むそれに、たまらず腕をあげて目をかばう。 どとう まるで集団の昆虫の大軍か何かのように、怒濤のごとく襲いきた突風は、すぐにゃんだ。 あおられ吹き飛ばされかけながら、飛竜はなんとかその場に留まった。 息をすることすらできなかったレイムは、通り過ぎた風に、ほうと安心して腕をおろす。 ディーノ : 「大丈夫かい ? 呼びかけながら顔をあげたレイムは、ぎよっと目を見開いた。 白くえる風にまれて何も見えない。すっかり取りかこまれてしまっている。 後に続いていたシルヴィンの飛竜も、ディーノの飛竜も何も目で確かめることができな こま