崩れ失われてゆくものたちの最後の姿さえ目にすることもできず、寂しく日を重ねてい 見ることができなかった飛竜が覚えているのは、それらが伝えていた感覚だけである。 おもむき ・ハンは焦がれた自然そのものに感じられ 小さな飛竜にとっては、その趣をもっファラ だからファラ ハンがとても大切に思えた。 ハンの胸に飛びこんだ。 おもわず嬉しくなって、飛竜はファラ・ 甘えて甘えて身をすり寄せてくる飛竜を、小さな子供をあやすように、微笑んでファラ・ ハンが抱きしめる。 うろこ 赤ん坊の飛竜の鱗は、まだそんなに硬くない。全体的につるんとしていて、弾力がある。 これからどんどん大きくなっていくだろう生命のひとつ。 世界じゅうで懸命に生きている命のひとつ。 宮 ハンの腕にねられたそれ。 色絶対的な信頼を置き、安心してすがってくるもの。 璃 飛竜はと子だけでひとつの群れをつくる。飛竜の雄は群れない 大きくなった子は、牝ならそこに残り、雄は巣離れして群れを出ていく。
ぞっと背を震わせて反射的に振りかえり、見覚えのある形に、あっとシルヴィンが息をの 突きでた前肢は、裂け目に爪をかけた。 樹が引き裂けるー 裂け目から幹の繊維に沿って、樹が縦に二つに引き裂かれたー ハンの指先に届いていた光がすうっと遠のく 激しい日とともに、ファラ・ シルヴィンが自分の乗る飛竜とともに、悲鳴をあげた。 ディーノの腕にしがみついていた小さな飛竜が、激しくえ、爪をたててき叫ぶ。 「なんだ ? 」 割れて倒れいく幹に留まる宝珠を飛竜に追わせながら、ディーノが振りかえる。 そこには。 しつこくうるお 漆黒に潤う山にもにた巨大な飛竜がいた 迷暗黒竜。 色世界最強の魔物と呼ばれる、絶対のもの。 野の異名をもつ自然の飛竜とは、まったく存在を裏返したもの。 この世の終わりを象徴するにふさわしい強大魔。 をえながらも同種に違いない飛竜たちにとり、それは本能の教える仇敵にまちがい む。 ふる
200 ファラ・ ハンを伴ったシルヴィンに追い立てられるようにして、レイムは懸命にディーノ の後を追う。 ひりゅう ディーノは自分の手足そのもの、体の一部ででもあるように飛竜とびったり呼吸を合わせ て巧みに進む。舞うほども、あまりにも鮮やかに、方向を選び変えながら飛ぶ。 こ′」 かすみ凍える風の向こうにある飛竜の尾の先を追いかけることだけで必死で、レイムには まわりのことなどほとんど見る余裕などない。 ぶわりと強い横風が吹いた。 ねら 狙われたように、ファラ・ ハンの腕に抱かれていた飛竜の翼が風にあおられ広がった。 ハンの腕からするりと抜け落ちる。 情けない悲鳴をあげて、風を受けた飛竜がファラ・ あっと目を見開くファラ・ ハンの前で、飛竜が軽々と突風にさらわれる。 小さな飛竜は、凍てついていた体をまだ丸めていたままだった。翼を広げれば端からり ついてしまうかもしれないという危惧があって、恐ろしくて飛べずにいた。 ここで皆とはぐれてしまえば、凍れる風に取り巻かれ、氷詰めのオプジェのひとっとなっ 当し てしまうことは必至だ。
捕まえた。激しく動きやめない飛竜にしがみつき、どうにか体勢を元の位置に戻す。 印を解いたために、放出する魔道力が半減した。上空の魔法陣は捕らえたが、魔法陣その ものがレイムに応えてくる力を導いてやることができない。 むだ これではせつかく届いた魔道力が無駄になる。 ぎよ 飛竜をなだめようとレイムは手綱を御しようとするが、飛竜は狂ったように暴れまわ いったい何が起こったのか、落ちまいと飛竜の背にへばりつきながら困するレイムの耳 するど 飛竜の鋭い悲鳴が聞こえた。 ただならぬそれ。 ひとみ ぎくりと瞳を開いたレイムは、己の身を置く周囲の状況に視線を投げた。 そこは渦巻き乱れて吹きあがる乳白色の海。 うなばら 宮天から降り注ぐ光を跳ねかえし、どこまでも続き輝きうねる白の海原に。 'G 暗闇との色をしたものが現れでていた。 璃レイムと彼の飛竜を取りかこみ、大小無数に。 大気と地上のが凝ったものかと思われる、不定形のもの。ぐねぐねと形を変えてにじり 行寄るそれら。 る。 おのれ
まゆ 眉をひそめたレイムは。 ディーノの衣服をつかみ懸命に持ちあげようとしている小さな飛竜のロのあいだから、光 が漏れていることに気がついた。 「お前ー うしあし レイムは目を剥き、小さな飛竜の後ろ肢をつかむ。 びつくりした小さな飛竜がレイムのほうを見る。 少しばかり透き間を大きくした飛竜のロ許から、たしかに時のらしきものがうかがい 見えた。 レイムは小さな飛竜をつかんで引きはがす。 ふぶき 「力を貸して ! 吹雪を作るんだ ! さっきのあの魔物みたいな ! 時間を稼いで欲し きゅるりと目を丸くし首を捻った飛竜に構わず右腕に抱え、レイムはディーノの背中から 迷法具とするため長剣を引きぬいた。 色左手の甲を上向きに、剣の刃が水平に体の外になるよう構え、右手でひとっ印を切る。 玻刃を少し下向けて対をえた。 大がかりな魔道を行うには、それ相応の力をもっ核が必要になる。 ひ まもの
ある。 たしかに、こんな冷えきったものに突然首にしがみつかれてはたまったものではない。 赤ん坊だとはいえ、飛竜が凍るなどという話、シルヴィンはこれまで耳にしたことがな 「どうしたのですか ? えりくび ハンに、シルヴィンは襟首を捕まえたままの小さな飛竜を 穏やかに問いかけたファラ・ 持ったまま、振りかえった。 ハンはくるんと愛らしい目を見開く。 間近く目にしたものにファラ・ 「ひとところに長居は無用のようですね」 雪竜の収集物は見せてもらった。 ・ハンは可な表情を引きしめた。 自分たちを取り巻く状況を理解し、ファラ ・ハンは、もう一方の腕に飛竜を受け取って抱く。 左手で印を結んだファラ まどう 迷魔道を受け、凍りかけていた小さな飛竜の体がばわりと輝いた。 色身に染みとおるかさに、飛竜はほうと安心し歓声をあげて、ファラ・ 璃 玻した 「俺たちだけが『特別』だからか ? ー 聖き光の祝福を受け選ばれた者であるからなのか。 ハンの胸に抱きっ
たて もに懸命に体勢を直そうとしていたレイムの飛竜に、少し盾になってやる形で助け、レイム たき を伴って、四方から荒れ狂う氷雪の瀧の中に消えていくディーノの後を追う。 カ添えされて、どうにかレイムの飛竜が安定を回復した。 れる囑にはばまれて、んを伴い先行する大きな飛竜を見失うまいと、シルヴィンは やや遠視傾向の薄い水色の瞳を険しくした。 初めはそれは染みか影のように見えた。 強風で槲無に荒れ狂う氷雪の紗幕の向こうに、おばろにかすむもの。 それがなんであるのか、はっきりと見定められるようになったとき。 反射的にディーノの飛竜は大きく翼を広げていた。 風にらうように、少しでもその場に安定して留まれるよう祈るかのように。 迷それは風の終着点のひとつ。 色激しく乱れるものたちを捕らえて逃がさぬもの。 璃 翼を広げ、一瞬ふうっと勢いを殺した飛竜のおかげでディーノはそれをはっきりと見定め
ディーノの飛竜は強固なる翼とをもって、果職にそれらを弾き飛ばした。 たた 手の届く場所まで迫った矢を銀斧でディーノが叩き落とす。 シルヴィンはなりゆきにうろたえてしまい、すっかり気が動転している。 のようにディーノたちのあいだを鰰やかにすり抜けた一本の矢。 それがシルヴィンの飛竜の翼を射抜いた。 ぐらりかしいで。 「シルヴィンっリ」 目の端に捕らえたそれに悲鳴をあげたファラ・ シルヴィンの咽を悲鳴が切り裂く。 墜ちるー 飛竜が凄まじいき声をあげる。 放たれたすべての矢が尽きようかという、そのわずかに前だった。 迷最後の一本をディーノの飛竜は焔で焼く きりも 色シルヴィンの飛竜は失速し、錐揉みしながら墜ちてゆく。 ぎよ 玻気が動転していなければ、シルヴィンにあれを御せないわけがない。 射られたとしても、それが致うになることはまずあるまい 少し手助けしてやれば、はまぬがれるはずである。 ハンに、ディーノがはっと身を固くする。
うそぶ ディーノは嘯きながら、火のそばに腰をおろした。 何を考えたのか、どう気が変わったのかなど言う気はない。 ハンの腕から飛びおり、ディーノに飛びついた。 喜んだ小さな飛竜はファラ・ 肉の刺してある串を握る腕を揺すぶって、懸命におねだりする飛竜に、仕方なくディーノ は肉を指でちぎってわけてやる。小さな飛竜は歓喜して哭き声をあげ、ばたばたと小さな翼 まえあし を振りながら、指定席とばかりにディーノの膝に腰かけ、もらった肉を前肢で抱えて食べ ・ハンに甘えていただけあって、血でできた 膝の上の飛竜は、添い寝してたつぶりファラ しゅうき ぶどう 大粒の葡萄ににた飛竜独特の臭気のほかに、うっとりとするような、ほの甘い匂いがした。 だけでは、まるでファラ・ ハンを膝元に置いているような錯すら起こしそうにな 一心に肉を齧る小さな飛竜から腹立たしげに目をそらしたディーノは、目をそらしたこと 宮によって、その原因となった んと目を合わせた。 ひとみ のお互いを瞳に映し、ディーノはあからさまに顔をそむける。 璃ファラ ・ハンはディーノの態度に驚いたが、気分を害した彼がそのままでおとなしく戻っ てくるはずはないことをわかっていた。 恥ファラ ・ハンに対して、陰湿なわだかまりを抱いているわけではない。
264 す。 ばか 「馬鹿っ " 怒り声と矢を同時にシルヴィンは認識した。 最初から叫を射落とそうとした矢は、い くら強固な鱗を持っ選り抜きの飛竜といえどそ う簡単に弾き飛ばせるものではない。 シルヴィンの飛竜は、それにもろに弱い腹部の側面をしていた。 かっこう この格好では乗り手のシルヴィンもろとも射抜かれるのは必至である。 だんどう あそこで体勢を立てなおさなければ、矢の弾道からそれていたというのに : 「ちいっ ! 」 ぎりつと眉をしくしたディーノが舌を鳴らした。 鰰やかに笋を握られた飛竜が、シルヴィンの盾になるよう戻り、がくんと高度を落と まともに矢に身を晒すことになったディーノは、手綱を放した。 小さな飛竜を抱きかかえるファラ・ ハンを左手で支え、右手で武器を構える。 長剣をとろうと思うやいなや、手の内に斧が現れでていた。 飛竜は手綱などなくてもディーノの意を理解できる。 己の身を守ることが乗り手を守ることと同一となるを知っている。 するど 鋭く風を切って飛来する矢。 はじ うろこ